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『甘すぎる愛の味 』
的場 小夜ka5056)&時音 巴ka0036


 バレンタインデー。それは、主に女性が、意中の男性に対してチョコレートを贈る日。近年では、送る側、送られる側に例外も多いが……、今回は本来の文化に準拠した形のようだ。
「バレンタインはいいですよ、恋人や夫婦であまーく過ごすんですの♪」
 と、舞桜守 巴(ka0036)。
 彼女は義理の妹に当たる的場小夜(ka5056)に例の文化を伝えていた。
 今や世界的に広く認知されるイベントとはいえ、生まれた土地や世界が違えば、一から伝えなくては理解してもらえない。バレンタインとは何か、何のために、何をするのか。
 それというのも、二人の人間関係がそうさせるのだ。
 若くして既婚者である小夜。その旦那と巴は、互いに知らない仲ではない。
 夫婦円満のために、巴が一肌脱いだ形だ。溺愛する義妹のことだ、こうした行事ごとを上手く利用することで、手にした幸せを確かなものにしてほしい。
「……どうしたらいいのかしら」
「もちろん、チョコレートですわ! せっかくですし、手作りにしましょう。市販のものを溶かして形を整えるだけでも、様になるものですよ」
 要するに、巴はこう言いたいわけだ。

 一緒に作りましょう、と。


 チョコレートの調達はさほど難しいものではなかった。時期が時期だけに、そこかしこで売り出しをしている。特に、小夜は初めての経験ということなので、オーソドックスなミルクチョコレートがチョイスされた。
 火を起こし、ボウルにチョコレートを入れて、溶かす。……その前に。
「結構、力がいるのね。……手が疲れてきたわ」
「でも、上手ですわ。流石は台所を預かっているだけありますわね」
 上手に溶かすコツ。それは、チョコレートを細かく刻み、熱の通りを良くすること。
 しかし、硬い。これに何度も包丁を入れるのだから、骨が折れる。
 板チョコ一枚ならばどうとでもなるが、三枚も刻むのだから余計に。ひとまず一枚刻み終えたところで、小夜はボヤく。
 それでもしっかりと均一の大きさに刻まれたチョコレートを目に、巴は感嘆。
 途中休憩を挟みながら、刻む、刻む。
 ようやく粉末チョコレートの山ができると、今度は水を張った鍋を火にかける。
「さぁ、ここからが大事ですわよ。温度を上手に管理しないと、綺麗に仕上がらないのです」
 と、温度計を持ちだす巴。
 何事にも、適温がある。この場合は、五十度だ。
 二枚分のチョコレートを入れたボウルを鍋に浸し、温度計を注視する二人。
「手間がかかるのね。もう少し火力を上げてもいいかしら」
「ダメですよ。焦ったら、形が歪になってしまいます」
 どうにも、待つのはじれったい。しかし温度を維持しなくてはならない関係上、火の勢いを無暗に上げることもできない。
 勝手の分からぬ小夜にとっては、ストレスだろう。
「こんなところでしょうか。小夜、これでゆっくりと混ぜてください」
 へら。
 ボウルに面した部分が、徐々に溶けだしている。焦げ付きを防ぐため、また満遍なく溶かすため、上手にかき混ぜねばならない。
 下を上へ。上を下へ。
 こうして上手く溶けたら、今度は水に入れて冷やしつつ混ぜ、二十六度になったらまた湯せん。この時、残る一枚分のチョコレートを加える。
「小夜、どうしましたか?」
 しかし、ここで小夜の様子がおかしいことに気づく。
 元々表情が豊かでない小夜だが、何か我慢しているような、居心地の悪そうな、そんな雰囲気を醸している。
「……結構、臭うのね」
 それは、耐性のなさ故だった。
 チョコレートの甘い香り。味覚が鋭敏すぎる小夜は、普段から極端に味の薄いものを好む。味が薄いということは、香りもかなり抑えられているということでもある。
 つまり、くらくらするのだ。
「愛情の香り、というものです。フランスという国では、チョコレートは恋の味、というくらいですし。慣れればとても良いものですよ」
 巴にとってはかぐわしい香りであるのだが、小夜にとってはそうではない。
 しかしチョコの香りを好む女性は世に多く、きっと小夜にも理解してもらえるに違いない。
 義理の姉妹でありながらも、かつてはそれ以上の関係だった巴が、小夜の味覚を理解していないはずもなく、チョコレートに抵抗を示すのは予測済み。だからこそ、分かってほしかった。
 一般的な味覚を備えさせることで、同じものを食べる楽しみを得たい。そんな欲求もあってのことだろう。
 今すぐには難しいとしても……。
「ほら、あとは型に流し込んで冷やせば完成ですよ」
 ハートの型。一口サイズ程度のそれを、六つ。
 ようやくこの香りから逃れられると、小夜は手早く流し込んでゆく。
「余ったわね。どうしようかしら」
 板チョコを三枚も使ったのだ。当然のように余る。
 捨ててしまうにはもったいないし、かといって流し込む型もない。
 そうとなれば。
「味見しましょう。さぁ小夜、あーん」


 数秒の後、部屋の隅に蹲る小夜の姿があった。
 この甘み……いや、甘ったるさ。
 小夜にとっては、強烈すぎる味。それは、吐き気を催すほどの。
「辛いなら吐きなさい、ごめんなさい、私が……」
 その背をさすりつつ、声をかける巴。
 聞こえているのかいないのか、目元に小粒の涙を浮かべ、小夜はただ口の中のチョコレートを吐き出すことも飲み込むこともできず、ただただ青ざめた顔をしていた。
 そっとバケツを取り出して、巴は小夜の目の前に置いた。
 これに縋り付く小夜は、吐くだけ吐く。だが、味見に使ったチョコレートが良くなかった。
 液状になったままのそれを口にしたのだから、当然、吐ききれない。下に、歯に、臍に、こびりつき、絡みつく。まるで船酔いのように逃げ場のない小夜。
「もう……仕方ありませんわね……。小夜、少しこちらを向きなさい」
 放置するわけにはいかない。愛する義妹が、こんなにも苦しんでいるのだから、一刻も早く解放させてやらねばならぬ。それに、自分の責任でもあるのだ。巴は、小夜の頬に手を添えて、自分を振り向かせる。
 疑問を抱く余裕も、振り払う反射もない。
 ただ、視線が絡み合って。
「ん……」
 巴は、小夜と唇を重ねた。
 そして吸い出す。小夜の口に残る、チョコレートを。
 糖と唾液が混じり、僅かに変化したその味は恋の……いや、愛の味だった。
 いつだったか。状況は違えど、二人はこんな風に。過去の記憶も、また、巴の胸の内に湧いてくる。
 あぁ、愛していたのだと。


 結論。水でゆすげば良かったのだ。
 吸出し、舐めとり。いずれにしても限界がある。巴がどれだけ丁寧に施しても、小夜の不快感を取り除くことはできなかった。
 ようやくすっきりした様子の小夜は。
「こんなに甘ったるいもの、旦那は本当に気に入ってくれるかしら」
 自分の苦手なものを、夫に渡すのは気が引けるのだろう。
 ……小夜には、将来を共にしてゆく伴侶がいる。ひとつのゴールに辿り着いている。
 巴もそれは理解している。そのつもりだ。そのつもりだが。
「気に入りますよ、男はそんなもんです」
 などと言いつつ、胸の高まりを感じていた。
 かつて、恋し合っていた頃。あの頃の二人。もう一度、もう一度だけでも、また、あんな風に。
 そうした思いが、衝動が、胸の中を渦巻いて、今にも突き動かされそうだ。
(……色々と諦めてるんですから、この気持ちは静めませんと……!)
 抑えるので精いっぱい。
 もし小夜に何かしら声をかけられても、まともな返事をする自信がない。
「巴姉様は、好きなの?」
「え? えぇ。もちろんです」
「そうよね。そうでなきゃ、作ろうなんて言わないもの」
 納得顔の小夜だった。

 そうこうしている内に、チョコが冷えて完成した。
 綺麗な、艶のあるハート形のチョコが六つ。
 後は包むだけだが……。
「あら、分けるのですか?」
「もう一人、渡したい人がいるのよ」
 三つを包み、残る三つは小さな皿に盛りつける小夜。
 既婚者である小夜にとって、渡すべき相手は旦那一人のはずだが。
 頭上に疑問符を浮かべる巴。
 もう一人とは、誰なのか。
「はい、巴姉様。あーん」


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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的場小夜(ka5056) 女性 十六歳
舞桜守 巴(ka0036) 女性 十九歳
浪漫パーティノベル -
追掛二兎 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2016年02月09日

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