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『新春、春と言えどもまだ寒し 』
和紗・S・ルフトハイトjb6970)&砂原・ジェンティアン・竜胆jb7192

 季節は正月。
 慌しい師走が終わり、久遠ヶ原の学生にも冬休みという束の間の休息。

 とはいえ――樒 和紗(jb6970)は「ノンビリ」ではなく、バイトに勤しんでいたのだが。
 和紗の勤め先はバー『Heaven’s Horizon』である。ここは和紗にとっての女子力師匠が働いているところであり、和紗はバーテン見習いとして店の二階に住み込みバイト中なのだ。
 とはいえまだ日中、ドアには「CLOSED」の看板が下がっている。
「……」
 ミニタイトスカートバーテン服。そんな『仕事着』で、黙々。和紗はテーブルを磨いていた。生真面目な彼女らしく、一点の曇りも許さない丁寧さ。およそ常人が机磨きに発揮するものではない研ぎ澄まされた集中さは、彼女が弓で狙いを定めている時の様子に良く似ている。

 きゅっ、きゅっ、きゅ――

「……良し」
 フッ。ようやっと、和紗は顔を上げ、額を手の甲で拭った。満足げな紫の瞳は、鏡のように磨け上げられたテーブルをキラキラと映している。
 そのまま和紗は店内をぐるりと見渡した。テーブル、良し。椅子、良し。床、良し。掃除が完璧に行き届いた清い空間に、和紗はうんうんと頷きを繰り返す。良し。
「さて――」
 一先ずのノルマを達成した和紗は徐に振り返る。

「まだ準備中ですが何故店内に」

 振り返った先の椅子に、砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)。
「気にしないで」
「気にします」
 話は二十分ほど遡る――唐突に店にやってきたジェンティアンは、ドアを開けて和紗を見るなりこういった。「遊びに行こう」と。
「仕事の邪魔です」和紗はそう答えたのだが、「えー? 遊びに行こうよ〜」と答えられ。
「掃除中なので」
「邪魔にならないようにしてるから〜」
 なんて、何度か問答を繰り返した後、彼は「なら掃除が終わるまで待つ」と言って聞かず、結局店に居座って……今に至る。
「掃除終わった? じゃ遊びに行こ!」
「……」
 ジェンティアンが諦める気配は皆無のようで。和紗はジトリと彼を見ると、溜息を吐いた。

 彼は過保護だ。毎日毎日店に来るのには流石に辟易する。
 が。しかし。絶対に口にしないことだが、和紗はジェンティアンを誰よりも信頼している。兄のような存在だ。住み込みバイトを応援してくれたこともある、ゆえに、完全無視もまた、できなくて。

 再度の、溜息。
「分かりました。ならば勝負に勝てたら付き合いましょう……表へ」
「……分かった、勝負だ!」
 まるで散歩に連れて行ってもらえる大型犬のような……。ガタッと立ち上がるジェンティアン。

 彼は過保護だ。和紗は唯一無二の最愛のはとこなのだから。
 なのに、これまでは同じマンションに住んでいたのに、和紗がこのバーに住み込みバイトを始めてしまい、時々しか元の住居へ帰らなくなったので。
 ……寂しい。ジェンティアンは超寂しいのだ。超構ってほしいのだ! なので今は嬉しみしかないのだ!


 というわけで、近くの空き地。
 冬晴れの青空が二人を見下ろす。


「勝負内容は正月らしく羽根突きで。一セット七点先取の三セット勝負。得点を取られれば顔に墨。――いいですね?」
 言下に羽子板を突きつけ光纏する和紗。どうやら有無は言わせぬ様子。
「いいよ、のった!」
 答えるようにジェンティアンも光纏。羽子板を構え、あけましておめでたい正月らしく祝福のアウルをその身に纏う。
「では――」
 サーブの姿勢。和紗が構える――その目は緑火眼。

「いざ、尋常に勝負!」

 クイックショット。鋭く素早く打ち放たれた羽根は弾丸のようなスピード。
「おおっと!?」
 初っ端から容赦のない一撃。ジェンティアンは咄嗟に緊急障壁を展開し、およそ羽根が持ち得ぬ速度のその勢いをわずかに緩和させる。
 しかしなんとまぁその命中精度を以て打ち返しにくい場所に打ってきたものだ。嫌いじゃない、むしろそうこなくっちゃ――ジェンティアンは口角をニッと吊る。
「反撃っ!」
 ジェンティアンは白く輝く光を羽子板に宿し、振り抜こうとして……ハッ、と気付く。
(そうだ……僕が点取っちゃったら、和紗の可愛いお顔に墨が!?)
「っ!」
 生じた迷いに一撃がブレた。何とか打ち返すも、
「しまっ、」
 甘い球が、和紗へと無防備に飛ぶ。
「隙あり!」

 カーーーーーーーーーン。

 小気味いい音が響き、ジェンティアンの足元の地面に羽根がめりこんだ。
「先ずは一点……」
 つかつかと和紗がジェンティアンに歩み寄る。その手には墨をたっぷりと含んだ筆。ぐっ、とジェンティアンは息を呑んだ。
「ルールですから」
 和紗が先んじるように言う。そう、ルールだ。ならば仕方がない、ジェンティアンは抵抗しない。そのほっぺたに、和紗は筆でぐりぐりまるっと。
「……なに描いたの?」
「ねこ」
「ねこ」
「女子力です」
「そ、そっか」
「見ますか? ここに手鏡が」
「あっ見る見る」
「どうぞ」
 かくして映っていたのは、その、なんだ、まぁ、ねこなんだけど、変にリアリティ追求した所為でなんかアレなことになっている。そしてご丁寧に「 ね こ 」と文字が書いてある。無駄に達筆。
「うん! かわいい! かわいいよ!」
「そ うですか……」
 まぁ過保護ジェンティアンにはそれすらも可愛く見えたのだが。ちょっと照れる和紗であった。
「ところで和紗。この羽子板と羽根、妙に丈夫じゃない? アウル込めても壊れないし」
「こんなこともあろうかと久遠ヶ原学園の購買で購入したものですご安心を」
「用意周到だね……!」

 そんなこんなで戦いは続く。
 二人ともアウル全開でエクストリーム羽根突きを繰り広げる。
 そのアクション映画さながらな凄まじい光景に、にわかにギャラリーも集まってきた。妙な緊張感。誰もが固唾を呑んで勝敗の行く末を見守っている。

 かーん。
 すこーーーん。

 寒空に高い音が響く。
 そんな中、ジェンティアンは――攻めあぐねていた。和紗が強すぎるから、ではない。和紗が好きだから、だ。羽子板勝負は楽しいし嬉しいけれど、和紗の顔に墨を塗るなんて、出来ない! 絶対に無理! でも勝負に勝って一緒に遊びたい! どうしたらいいんだ!
 が、一方で和紗は容赦なく攻めてくる。インフィルトレイターの能力を(無駄に)遺憾なく発揮しまくって、精密にえげつないコースを狙ってくる。

 そして。

「これで、」

 決着の時は、やって来た。

「――終わりです、竜胆兄」


 ぱーーーん。


 振りぬかれた一撃。
 地面に突き刺さる羽根。
 勝負あり。
 結果は、和紗のストレート勝ち。

「くっ……」
 惨敗。ジェンティアンはその場に崩れ落ちる。
 その顔は真っ黒だった。ねこ。うさぎ。いぬ。ひつじ。まんどらごら。めっちゃ動物が描かれている。顔面動物園。まんどらごらは植物だけど。引っこ抜いた時の叫び声を聞くと死ぬとかいうやつだけど。そんなまんどらごらの絵だけ異様に上手いけど。なんでまんどらごらだけ異様にクオリティ高いの。
 ションボリ。ジェンティアンは三角座りでガチ凹みしている。顔面動物園の所為ではない。和紗と遊べないことが現時点を以て決定したからだ。
「それでは、約束通り」
 そんなジェンティアンに、和紗は言い放つ。

「竜胆兄の勝ちですので付き合いましょう」

 一瞬、ジェンティアンは理解が追いつかなかった。
「……へ?」
 顔を上げ、目を真ん丸くするジェンティアン。やれやれ、と和紗は言葉を続けた。
「私欲より俺を汚さぬ事を優先するだろうと……その信頼を裏切りませんでしたから。竜胆兄の勝ちです」
 羽根つきの得点ではなく、信用を勝ち取ったのだと。
 苦笑を浮かべた和紗に、ジェンティアンは思わずほろりと感動の涙を零しかけ……
「イイハナシです」
「自分で言うの!?」
 和紗に真顔で淡々と言われ、思わずツッコミを入れてしまったそうな。







 さて。

 流石に顔面が漆黒動物園状態で出かけたら通報されかねないので、ジェンティアンは顔を洗い。
 和紗も仕事着から着替え――とはいえ洋服センスに自信ないので取り敢えず制服――をして。
「出かける場所は俺が指定してもいいですか」
「勿論! 和紗とならどこへだって行くよ僕!」
 ジェンティアンは浮かれていた。嬉しくて嬉しくて天にも舞い上がる心地だった。
「ほう」
 一方で和紗はニコォと笑う。
「……『どこへだって行く』?」

 ――そして。
 辿り着いた場所は、有名スイーツ店でした。

「……!」
 ジェンティアンの顔が青ざめる。

 説明しよう! ジェンティアンは甘い物が大の苦手なのだ!
 甘いにおいもアウトなのだ!
 なのでスイーツ店の甘いにおいに包まれることはすなわち地獄を意味するのだ!

「いやぁ。季節の新メニューの参考にしたいと思って」
 しれっと。平然とした顔で、和紗は店内を眺めている。ジェンティアンが甘いものが苦手と知ってここにつれてきた理由はただの嫌がらせである。
「しっ し ぬ」
 一方のジェンティアンは半死半生状態である。
「どうしましたか竜胆兄、嬉しくて死にそう、ということですか?」
「や それもあるけど しぬ」
「人間、そう簡単には死にませんよ。――あ、俺が注文したケーキがきました」
 甘い香りただようチョコレートケーキ。
 濃密なチョコの香りに一際ジェンティアンが青ざめる。
「……美味しい。竜胆兄も一口どうですか。はい、あーん」
「えっ」
「はい、あーん」
「ちょ」
「はい、あーん」
「   」
 白目。

「あーん……」

 観念。
 諦念。
 ぱく。
 もぐもぐ。

 ……。

「ぐふッ」


 ジェンティアンはしんだ。スイーツ(笑)



『了』



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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樒 和紗(jb6970)/女/18歳/アーティスト
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)/男/22歳/アストラルヴァンガード
初日の出パーティノベル -
ガンマ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年02月17日

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