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『抜き身の刃 』
紫 征四郎aa0076)&木霊・C・リュカaa0068)&オリヴィエ・オドランaa0068hero001)&ガルー・A・Aaa0076hero001


 玄関先のドアに取り付けられた呼び鈴が、開いた拍子に軽やかな音を奏でた。
 元旦の寒気が部屋の暖気と混ざり合って玄関先でふわりと弾ける。
 そんな風に乗って届いた来客の見知った気配に、赤眼の男はニコリと頬をほころばせていた。
「いらっしゃい、待っていたよ」
 男――木霊・C・リュカ(aa0068)の声に導かれて、戸口に佇んでいた少女と青年は小慣れた足取りで店の中へと足を踏み入れると、後ろ手にそっと扉を閉める。
 何分古い店の扉だ。
 風に任せて閉まった暁には立て付けが歪んでも文句は言えない。
 少女はそれを知っているからこそ、静かに、いたわる様に扉が閉まるのを見届けていた。
「年が明けて、一気に冷え込みましたね」
 ゾクリと肩を震わせながらも店内の暖かさにほっと優しい吐息を吐いた紫 征四郎(aa0076)を前にして、隣に控えたガルー・A・A(aa0076hero001)はボサリとした黒い髪をかき上げながら店の中をぐるりと見渡す。
「相変わらず時化てんなぁ……潰れないのが本当に不思議なもんだ」
「はは、厳しいね。これでも近所の大学の先生達には重宝されているんだよ?」
 開口一番のガルーの言葉にリュカは乾いた笑みを漏らすと、店の奥の方へと向いて柔らかな声を響かせる。
「オリヴィエ、せーちゃん達が来たからお店の看板を変えてくれるかな?」
 その言葉に反応するようにして、どたどたと板の間を駆ける足音。
 しばらくして、褐色の少年がひょこりとその顔を店先に現していた。
「なんだ、もう来たのか」
 むすっとした表情でつっけんどんに口にした少年――オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)はサンダルを引っ掛けてひょいと店先に下りると、そのままなんとも無しに入り口のほうへと足を速める。
 不意の接近にビクリと肩を震わせた征四郎に眼もくれずに入り口の鍵を施錠すると、そのまま扉に掛けてあった「OPEN」の掛札をくるりとひっくり返して見せた。
「あの……こ、こんにちわ」
 眼と鼻の先の少年にどこかぎこちない様子で笑いかけた征四郎に、オリヴィエは「おぅ」と小さく唸るような声で頷き返しだけすると、そのままとんと跳ねるように奥へと消えていってしまった。
 後に残されてほぅと小さなため息を吐く征四郎。
 そんな彼女の背を、ガルーは何も言わずにとんと優しく叩いて見せた。
「さぁさぁ、あがって。今お茶を淹れよう」
「あ、大丈夫ですよ。征四郎が淹れますから」
 壁に手を添えて立ち上がったリュカに征四郎はそっと駆け寄ると、その手を取って奥の住居へと導いてゆく。
 そんな様子を微笑ましく見守っていたガルーもまた、2人の後に続いて懐かしい家へと足を踏み入れていくのであった。
 
 板の間を抜けたその先に、古書堂『金木犀』の住まいはある。
 平屋の一軒屋を店と住居スペースとに分けたその家は、決して広い訳ではないが、大の大人が1人と子供が1人住むには十二分なものであった。
 古くなったがまだまだ使い勝手の良いコンロにステンレスの薬缶を掛けながら慣れた手つきで背伸びして、戸棚からポットとカップを取り出そうとして――届かずに、傍に添えられた踏み台を手繰り寄せる征四郎の後姿を眺めながら、ガルーはからかうように笑って見せた。
「1年経っても届くようにはならないもんだな」
「おだまりなさい。たった1年でそんなに変わるもんですか」
 不満げな表情で答えた征四郎であるが、すぐに目的のものを手に板の間へと降りると、指差しカップの数を確認して満足げに頷いてみせる。
「まだ残ってるもんだな、俺様達のカップ」
 改めて口にしたガルーの言葉に、征四郎もはっとして目を丸くしていた。
「それは……あって困るものでは無いでしょうし、捨てるほどのものでも」
 もっともらしい言葉を並べながらも、仲良く並んだカップを前にしてどこかこそばゆい表情を浮かべる征四郎。
 そんな彼女の横顔をちらりと見やって、ガルーはどこが決まりが悪そうな表情で天井の梁を見上げる。
「今だから聞くがな――後悔はして無いんだな?」
 ガルーの言葉に征四郎は言葉を詰まらせるように息を飲んで見せた。
 暫くの沈黙が流れるが、やがて変わらぬトーンで口にする。
「もちろんです。私達が前に進むために、必要な事でしたから」
 口にして湯気の立つ薬缶を取り上げると、静かにポットの中へと湯を注ぐ。
「そうか、なら良いんだ」
 それで話は終いだと言う様に火の消えたタバコを口に咥えるガルー。
 茶葉の蒸れた良い香りが、部屋いっぱいに広がっていた。
 
 居間の小さな洋テーブルに腰掛けたリュカとオリヴィエの姿をその目に捉えて、征四郎はそっとお茶を乗せたトレイをその上へと置いていた。
 そうして、なんとも無しに椅子へと腰掛ける。
 リュカとガルー、征四郎とオリヴィエが向かい合うかつての定位置。
 トレイからカップとポットを下ろしながら、話半分に征四郎は口を開く。
「どうですかリュカ、エージェントとしての生活は」
「ああ、おかげさまで何とかやっているよ。大分慣れたものだけど――」
 言葉を濁したリュカに征四郎は心配そうな眼差しを向ける。
 その気配に気づいたのか、リュカは慌てて首を横に振ると取り繕うように笑みを浮かべた。
「一時的にでも光を取り戻してみるとね、元の状態に戻った時にどうもいつもの『見えない感覚』が不慣れなものになってしまうんだ。だからオリヴィエにもいろいろと迷惑を掛けてしまってね」
「気にするなよ。俺としても、あんたが居なけりゃこの世界に留まる事はできないんだ」
「おいおい、そんな言い方しちゃリュカが可愛そうだぜ?」
 割って入ったガルーをリュカは笑顔で制して言葉を添えた。
「大丈夫、彼なりの照れ隠しだよ。オリヴィエ、冷蔵庫から買っておいたケーキを出して貰えるかな?」
「おうよ」
 ひょいと椅子から飛び降りて台所へと掛けて行くオリヴィエ。
 真横を抜けた行きざまに、揺れ動いた空気がうなじを吹き抜け思わずビクリを肩を揺らす征四郎。
 揺れたポットから蓋が零れ落ち、小気味の良い音を立ててテーブルの上へと転がる。
 彼女は慌てて小さく謝ると転がった蓋を拾い上げ、あるべき場所へと戻していた。
「……あれでも、大分『トゲ』は抜けてきたんだよ」
 そんな彼女の様子を前に、語りかけるような口調で言うリュカ。
 その言葉に心を見透かされたようで何を言うでもなく唇をぱくぱくとさせた征四郎であるが、やがて落ち着いてそっと瞳を伏せていた。
「普段から意識はしているんです……このままじゃいけないとも」
 搾り出すように口にした征四郎。
 そんな彼女を前にしてリュカはそっとその手を伸ばすと、行き場を探すように彷徨ったその手の平で、そっと彼女の頭を撫でていた。
「あんまり俺様の相棒をいじめないでくれよ?」
「はは、ごめんごめん」
 バツの悪そうな表情でしゅんとする相方を前にしてどこか悪戯な笑みを浮かべて諌めたガルーに、リュカは声を上げて笑い返して見せた。
「ただ、こうしていると1年前の事を思い出してね。まだ、皆一緒にこうして食卓を囲んでいた時の事さ――」
 


 ――それは今日と同じように寒い冬の日のこと。
 厚い雲が太陽を隠し薄暗い部屋の中で、少女は一人、何をするでもなく佇んでいた。
 視線の先には部屋の隅で背を丸めて蹲る少年の姿。
 同じように何をするでもなく、何を見るでもなく、ただただそうするしか無いようにそこに居た少年を見つめてただただ佇んでいた。
 少女――征四郎とガルーがリュカの家に転がり込んでから半年。
 自分達と同じように彼――オリヴィエは突然この家に入り込んで来た。
 リュカがどうして彼をこの家に連れ込んだのかは分からない。
 ただ『彼がどういう存在であるか』。
 そして『彼とリュカがどういう関係であるか』。
 それは幼い征四郎ながらに、『自分の身にも起こった記憶』として感覚的に理解はしているつもりだった。

 英雄――この世界から果てしなく遠く、限りなく近い世界からやって来た異邦人。

 そして彼をリュカは受け入れた……その事実だけで、彼の存在を否定するようなものは彼女の中にありはしなかった。
 そもそもガルーと共に家を飛び出して来た自分を優しく、暖かく迎え入れてくれたリュカの事だ。
 きっとこの少年もあの時の自分と同じように全てを失い、全てに否定され、まるで世界に取り残されたかのような地獄を味わっていたのだろう。
 そうして途方に暮れていた所にリュカが手を差し伸べたのだ。
 詳しい事情は知らずともありありと思い描けたその背景は、征四郎がオリヴィエに興味を持つのには十分すぎるものであった。
 何かをするわけでもない。
 何をしたら良いのかも分からない。
 その惹かれる思いのままに少女は少年の下を訪れ、その瞳を介していた。
「……あ、あなたもガルーと同じ世界から来たのでしょうか?」
 震える唇で発した言葉にオリヴィエはびくりと肩を震わせて、睨みつけるようにその視線を征四郎の方へ向けていた。
 思わず後ずさる征四郎。
 オリヴィエは彼女の問いに答えるでもなく、ただ低く、唸るように喉を鳴らしていた。
「わ、私は征四郎……あなたと同じ、リュカに助けられてこのお家に住んでいます。あなたのお名前は……?」
 それでも震える声で口にして、征四郎は一歩を踏み出す。
 そうして静かに彼に手を伸ばそうとした所で――世界が弾けた。
 最初にその身に感じたのは激しい動悸だった。
 息が苦しい。
 それが、自分の背中が激しく床に打ち付けられたせいだと気づいたのはそれから大分先のことだった。
 次に感じたのは身体の重み。
 何か強い力に押さえつけられたかのように、自分の身体が動かない。
 否――まさしく征四郎は飛び掛ったオリヴィエに床に押し倒され、馬乗りにその身体の自由を奪われていたのだ。
 脚でもって脚の自由を、左手で右手を、右の肘で左手を、それぞれ押さえつけられる。
 胸元に左の肘で体重を掛け、馬乗りになった尻の重みで腰の自由を奪い去る。
 そうしてわけもわからず見開いた視線の先に、獣のようにぎらついたオリヴィエの視線がはっきりと交差していた。
 喉元に突きつけられた硬いもの。
 それがナイフの刃だと知る事も無く、ただひたすらに全身を駆け巡ったその冷たさに、征四郎の意識が弾ける。
 吹き飛んだそれの代わりに脳裏に刷り込まれて来たのは半年前のあの日――自分が全てを失った、恐怖に満ち溢れた赤い記憶だった。
 
 ――いやぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!

 鼓膜を劈くような少女の悲鳴が家中に木霊していた。
「どうした征四郎!?」
 扉を蹴破るようにして飛んできたガルーの瞳に映ったのは自らの主に刃を向けた1匹の獣の姿。
 瞬間、後頭部で熱い何かが弾けたかと思うと、相手が子供の恰好をして居ると言う事も忘れてその小さな体を力いっぱいに突き飛ばしていた。
 視界を舞ったアオイチモンジから抜き出した槍を手にどかどかと部屋を横切ると、よろりと身を起こしたオリヴィエの胸倉を掴んで無理やりに立ち上がらせる。
 そうして、ギリリと刃を噛み締めて敵意を剥き出しにする彼の瞳を睨みつけ、低いトーンの声で一言放っていた。
「今お前が、あいつの心を抉ったのはわかるか……?」
 オリヴィエは答えず、ただ真っ直ぐに睨み返して喉の奥を鳴らすのみ。
 そんな彼に痺れを切らして、自らの主にそうしたように鋭い槍の穂先をその喉元へと突きつけるガルー。
 そんな彼にオリヴィエも負けじと刃を翻したが――それよりも先に、彼の身体を抱き止めるように包み込む者が居た。
「止めろオリヴィエ! そんな事をしちゃいけない……彼等は敵じゃない!」
 ガルーから引っ手繰るようにオリヴィエを引き剥がすと、暴れる彼を真正面から強く抱きしめた。
 暴れた拍子に閃いた刃が皮膚を薄く切り裂くのもお構い無しにただ只管そうしていると、やがてオリヴィエも感情の高ぶりが収まったかのように低い唸り声だけを上げてそっとナイフを眼下に下ろす。
 そんな2人の様子を前にガルーは小さく舌打ちをすると、部屋の隅で蹲って震える主の下へと静かに歩み寄っていた。
 伸ばしかけたその手は今や自分を抱きしめるようにぎゅっと肩を抱き、見開いた瞳から大粒の涙を流す少女を前にして、彼は少女の瞳に移る『恐ろしいもの』を遮るかのようにその頭の上から自身の白衣をそっと被せた。
「……リュカに感謝しておけ。お前があいつの相棒でなけりゃ、俺様は止めなかった」
 言い残すように口にして、そっと征四郎の肩を抱くようにして立ち上がらせるガルー。
 そのまま彼女を引き連れて部屋を後にする。
 彼らが去ったその後には、少年を抱きしめ方を振るわせる男の姿が薄暗い部屋の真ん中にぼんやりと残り続けていた。


「――何してんだ、あんたら」
 不意に響いたオリヴィエの声に、3人の意識は現実に引き戻されていた。
 視線を向けると、近所のケーキ屋の箱を手に携えたオリヴィエが、どこか怪訝な表情を浮かべて3人の前に佇んでいるのだった。
「いや、少し昔話に花を咲かせていてね。ありがとう、持ってきてくれたんだね」
 微笑みかけたリュカにオリヴィエは無言で頷くと、そのまま自分の席に着いて箱を開いて見せる。
 色とりどりのケーキが並んだ宝石箱を前に、征四郎とガルーは思わずうっとりと眺めてしまいそうだった。
 そんな2人を他所に、そそくさとケーキを配るオリヴィエ。
 まず自分の好物をキープして、リュカに、ガルーに、順にケーキを渡して行く。
 そうして征四郎の番になった時、オリヴィエは一瞬躊躇ったように手を止めた。
 その様子に静かに口を結んで少年へと視線を走らせるガルーと共に、どこか助けを求めるような視線をリュカへと送るオリヴィエ。
 その気配に対してリュカは静かに首を縦に振ると、やがてオリヴィエはおずおずと箱からケーキを出して征四郎の方へと突き出していた。
「ぁ……」
 差し出されたそれを見て、征四郎は思わず目を丸くした。
 真っ白なクリームの上に赤く熟れた大きな苺――大好きなショートケーキ。
「リュカ、覚えていてくれたんですね!」
 声を弾ませて問いかけた征四郎に、リュカは笑顔で首を横に振ってみせる。
 その様子にキョトンとした様子の彼女を前にして、静かにオリヴィエへとその視線を促していた。
「お兄さんはケーキの種類までお願いしていなかったよ。これは彼がお店で選んで買ってきてくれたものさ」
「馬鹿、何で今言うんだよ……ッ!」
 リュカの言葉に思わず大声を上げて喰って掛かるオリヴィエ。
 ひとしきり彼の事を責め立てると、やがて恐る恐る、征四郎の方へとその視線を向けていた。
 当の征四郎はまだどこか事を理解していないかの様子で目を丸くしていたものの、やがてオリヴィエと目が合って暫くの沈黙が流れた後に、小さく噴出すような笑みを漏らしていた。
「そんなに可笑しいのかよ……買ってきて損した」
「い、いえ、違うんです」
 征四郎は笑いと共に目じりにこみ上げた涙を人差し指で軽く拭うと、呼吸を整えてオリヴィエの方へと向き直る。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「……そうか」
 笑顔で言う征四郎を前に、今度はオリヴィエの方が決まりが悪そうに肩を竦ませる。
 そんな彼女らの姿を目の当たりにしたガルーはリュカの見えていないはずの視線と向き合うと、2人もまた、どちらとも無く小さな笑みを溢して見せるのだった。
 
 ――END
 
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0076 / 紫 征四郎 / 女性 / 7歳 / 攻撃適性】
【aa0076hero001 / ガルー・A・A / 男性 / 30歳 / バトルメディック】
【aa0068 / 木霊・C・リュカ / 男性 / 28歳 / 攻撃適性】
【aa0068hero001 / オリヴィエ・オドラン / 男性 / 10歳 / ジャックポット】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、のどかです。
今回は家族のような2組のエージェント達の過去と現在を書かせて頂きました。
月日の流れは心を癒し、いずれは心から2人が分かり合える時が来るでしょう。
その時は願わくは、はじまりとなったこの家から新たな未来へと歩み出す事ができれば――
外様ながら、そのような未来を妄想しながら書き留めさせて頂いた次第です。
あらゆる過去を乗り越えて、素晴らしい道を進んで行ける事を心よりお祈り申し上げます。
ご注文、本当にありがとうございました!
初日の出パーティノベル -
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リンクブレイブ
2016年02月17日

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