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『奪われた名前 』
イアル・ミラール7523)&響・カスミ(NPCA026)

 イアルは呆然としていた。
 かつてはこの場で部屋の主――響カスミと共に生活していた。
 一年の空白の中、一体何が起こっていたというのか。
 生活感が皆無となっている空間の中で、自分が考えつくことを思案する。
「引き払ってるわけじゃないわよね。家具は残ってるんだし」
「光熱費は支払われているみたいだよ。明細書もあった」
 そう言うのは、一緒にここまで付いてきてくれた貴族令嬢とIO2エージェントの少女だ。
 NINJA部隊である彼女は隠密行動も得意であり、イアルが動揺している間にこの場で起きている現状把握を済ませてくれたようで、「あのね」と言葉を続ける。
「……わたしが触れたことで消えちゃったんだけど、多分、そう言う仕組のものだったんだろうけど。魔法のカードがあっちのテーブルの上に置いてあったの。紫のオーラを持つカード。イアル、この意味が分かる?」
「ま、まさか……」
 少女の言葉に、イアルは身を震わせた。
 憶えが有り過ぎる感覚だ。
「ね、ねぇ、それって……あの魔女のこと?」
 傍に居た令嬢も、同じように体を震わせる。
 一般人である彼女にも、やはり身に覚えが有り過ぎる事柄であるからだ。
 ――魔女。
 彼女たち全員に、深く関わる存在。
 一連の諸悪の根源でもあり、IO2としても長くその存在を追い続けている『団体』でもある。
「一旦、戻ろう。長居しないほうが良いかもしれない」
 やけに冷たい空気の中、沈黙を破ったのは少女であった。
 彼女の感覚はここにいる誰よりも優れている。その彼女が言うのだ。受け入れるべきなのだろう。
 だが、イアルはそこで引き下がることが出来なかった。
「ごめんなさい。あなた達だけで先に戻って」
「イアル、このまま一人で足取りを追うつもりなの?」
 少女の言葉に、イアルは小さく微笑みを作りながら頷いた。
「……私にとって、大切なお友達なのよ。あなた達と同じくらいにね」
「危ないんじゃないの?」
 令嬢が少女に続いた。二人共、イアルを心から心配しているのだ。
 それを受け止めて尚、イアルは首を横に振る。
「必ず戻るから、お願いよ二人とも」
 イアルのしっかりとした口調と決意に、少女も令嬢も二の句を告げられなかった。
 そして二人は、渋々ながらもその場から立ち去り、マンションの一室にはイアルだけが残された。
 静まり返った空間で、彼女は一度、深呼吸をする。
 時間にして数秒。
 それからイアルは、気持ちを新たにカスミの痕跡を追うための行動に移った。

 ――神聖都学園。
 カスミの勤務場所である。
 まずはここから、とイアルはスーツを身に纏い校内へと入り込んだ。
「響先生はどちらに?」
「ああ、先生でしたら先ほど音楽準備室へと行かれましたよ」
 廊下を歩く教師らしき人物を捕まえて、居場所を探る。
 相手は疑いもなくそう答えてくれたので、笑顔でお礼を言ったあとに階段へと進んだ。
「スーツで正解だったかしらね」
 校内は生徒の声でざわついていた。どうやら今は休み時間のようであった。
 そんな中を、イアルは平然と歩く。
 独り言にもあったスーツのおかげなのか、躊躇いもなく音楽準備室へと足が向かっていることを、僅かに不思議に思いながら。
「――カスミ、いるかしら?」
 コンコン、とノックをしてから扉を開けると、その向こうには一人の影があった。
 カスミ本人であった。
「……イアル?」
「カスミ……!」
 二人同時に、互いの名を呼び合った。
 そこには一年前から変わらない、絆があるように思えた。
「マンションに居なかったから、心配したのよ。引っ越したわけじゃ無さそうだったけれど……」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと今……別の場所にお世話になってるのよ。イアルこそ、今まで何処に? 探してたのよ」
 カスミは手にしていた教材を窓沿いの作業台の上に置いて、そう問い返してきた。
 以前と変わらないような表情であったが、イアルはそこで一瞬だけ違和感を抱く。だが、彼女の問いに答えるためにその思考は掻き消し、唇を開いた。
「……わたしは、魔女に囚われてしまって……ついこの間、IO2のエージェントに助けてもらったばかりなの。連絡も出来ずにごめんなさい」
「そうだったの。……いいのよ、大変だったのね。ねぇイアル、そこに座って。私の話も聞いてくれる?」
「ええ、もちろんよ」
 イアルはカスミの言うとおりに、その場においてあった椅子に腰掛けた。
 するとカスミは教壇に体を預けて、悩ましげにため息を吐きこぼす。
 それが、彼女の『異変』でもあった。
「カス……」
 イアルが彼女の名前を呼ぼうとすると、目の前に手が伸びてきた。黙って話を聞いて欲しいという事なのだろう。それを受け入れ、カスミの言葉を待つ。
「私ね、今とても幸福なのよ。満たされているの。分かるかしら」
「え、ええ……素敵な人にでも出会ったの?」
「そうね、素敵なひと……素敵な主様。あの人はとても綺麗で……私を毎晩、愛してくれるの」
 カスミはうっとりとした顔つきでそういったあと、自分を抱きしめる仕草をした。まるで、その『愛』を思い出しているかのように妖艶であった。だが、彼女の言葉に聞き捨てならない違和感があり、イアルは顔を上げる。
 直後。
「!」
 イアルは自分の体が動かないことを自覚した。
 言葉すら発することが出来ないまま、彼女はその場で石化する。
 イアルの後ろからじわりと紫色のオーラが生み出され、そこから姿を見せたのは一人の魔女であった。
「……よくやったカスミ。褒美に今夜もたっぷり可愛がってあげるよ」
「あぁ……主様、有難うございます。私はとても幸せ者です……」
 背が高く凛々しい顔をした魔女が、カスミの頬を優しく撫ぜながらそう言う。
 するとカスミは蕩けそうなほど幸福な表情を作り上げて、返事をした。
 そんな彼女の瞳には、光が宿っては居なかった。



「……ッ!」
 ビクリと体が震えた。
 どれくらいの時間が経ったのかは解らなかったが、イアルは別の場所に移された上で、石化を解かれたのだ。
 乙女のような容貌の魔女からの口づけで。
「ふふ、お目覚めかしらお姫様」
「あ、あなたは……」
 見た目は可憐な少女の姿をした存在が、にっこりと微笑んでくる。
 それに恐れを感じたイアルが自ら起き上がろうとした場所は、柔らかなシーツの上であった。
 そして、体が思うようには動かない。視界に収まりきるだけで確認をしたが、衣服すら別のものなっている。何の因果か、自分が『姫』であった頃の物だ。
 イアルは既に、為す術が無かった。
「安心してちょうだい。ここは牢屋じゃなくて、最高級のベッドの上よ。これからアナタが善がるために用意した、特別なお部屋なんだから」
「……ど、して……こんな事に……カスミは? カスミはどこ!?」
「あぁ、彼女ならお姉さまと別の部屋でお楽しみ中よ。あの子は今では忠実な下僕なんだから」
「……、……」
 あまりのことに、言葉を生み出すことが出来なかった。
 自分が居なかった一年の間に、カスミも魔女の手に落ちてしまっていたのだ。
 そして、彼女を救う手立てが完全に失われている。
 また同じようにして、悪夢を繰り返してしまうのか。
 そう思うと、涙が浮かんだ。
「あらぁ、泣いちゃうの? 心配しなくても大丈夫よ、あの子もアナタも気持ちよくなって、自分を忘れちゃえばいいんだから」
 魔女が鈴のように笑いながらそう言うと、ゆらりと意識が揺れる気がした。
 屈してはならないという気持ちが確かにあるのに、イアルはそれ以上の拒絶も反抗も出来ない。助けてくれるものすら居ない。
「ねぇ、ほら。アナタはあの子と同じように、幸せの世界に浸れるのよ。それは決して悪いことじゃないわ……」
 魔女の言葉が続いた。その響きはまるで、暗示のようでもあった。
 イアルはそれを遠くで聞きながら、瞳を閉じる。
 魔女には彼女の悲しみは理解できず、しようとすら思えないらしい。
 クスクスと笑い声を響かせながら、パチンと指を鳴らすと、別の顔の魔女が数人その場に現れた。
「さぁ、素敵な時間の始まりよ。楽しみましょうねお姫様」
 自分が寝かせられている大きなベッドに、数人が乗ってくる気配がする。
 むせ返るような花の香が鼻孔を突いて、彼女は眉根を寄せた。
 だが、『それだけ』であった。
 再び魔女に囚われてしまったイアルはその日から七日七晩に渡って、夜伽の相手をさせられる。
 どれほどの数の魔女が、彼女の体の上に乗ったのかは解らないほどであった。
 終わりの見えない悦楽を与えられ続けたイアルは、体は先にそれだけを求めるようになり、そこから精神が崩落していった。
 そして、八日目の朝を迎える頃には、すっかり変わり果てた姿へと変貌しており、一人の魔女を主と認識するだけの傀儡となっていった。
「あっさりと堕ちたわねぇ。元々、そう言う体質でもあるらしいけれど……そうだ、この際名前を取り上げちゃおうか。そうすれば、ヒトであることすらも忘れてしまうでしょ。そうねぇ、名無しは可哀想だから、『犬』って名前を付けてあげる」
 楽しげに笑いながらそう言う魔女には、一片の慈悲すら感じられなかった。
 その魔女が人差し指を向けた先に居たのは、イアル本人である。
 彼女は足元で四つ這いとなり、はしたない姿を晒し続けていた。
「ふふ、今日からお前は犬だよ! アタシだけに従順な犬!!」
「……クゥン」
 イアルはすでに、まともな返事すら出来ないでいた。
 彼女は今、魔女の言うとおりに『犬』そのものになりきってしまっているのだ。
 名前と人である事を無残にも奪われてしまった亡国の姫は、誰の手にも届かない敷地内の中、静かに汚れ堕ちる道をひたすらに歩き続けていた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年02月22日

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