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『魔法の椅子と少女の甘味 』
ファルス・ティレイラ3733

「ありがとうございました!」
 荷物を渡し終えたファルス・ティレイラは笑顔と明るい声で言った。
 これで今日の配達の仕事が終わり、家に帰ることができる。今日は配達のためにずいぶん遠いところまで来てしまった。知らない土地ではないが、帰りが遅くなってはいけないので、ティレイラは背中に翼と尻尾を生やしてから、文字通り飛んで帰った。眼下に広がる光景は雑多なコンクリートジャングルだったり、大きな国道に車が無数に走っていたりしていた。特に興味がひかれるものはなく、渡り鳥にぶつからないよう気配を探っていた。
『ぐぅ…』
 ドキッとして、ティレイラは思わず腹部に手を当てた。
「そういえば、お腹すいたかも」
 まだ日暮れまで時間があるし、と思いティレイラはゆっくり地上に降りてきた。
 イタリアン、和食、中華……そういえば、この辺最近ヴィーガニズムのお店が出来たって雑誌に載ってたっけ……。
 多種多様なレストランの前を通り、表に出されたメニューを見ていたが、どれもいまいちピンと来なかった。
「あ…」
 ふと、甘い匂いが香った。
 美味しそうな匂い、というわけではなく、どこかで甘い香を焚いていて、それがティレイラのところまで漂ってきたような――。その甘い香りをティレイラは吸い込み、胸の中で吟味した。そして、食べ物屋を探すよりも、その香が焚かれている場所を探しに行った。


◇◆◇


 ティレイラの足は、蔦が絡みついた外観と大きな窓が印象的なアンティーク専門ショップの前で止まった。おしゃれな外観とは裏腹、窓から中を覗き込んでみると何かの儀式に使うような妖しげな物から何の価値も無さそうなガラクタにしか見えないような物まで色々あった。中央に置かれた机の上には大きな香炉が置いてあった。食べ物はなさそうだが、ティレイラは栗色の扉の取っ手を掴んでいた。
「こんにちはー」
 一応声をかけてみたが、店長らしく人物はティレイラの存在に気づかないのか奥で何かしたまま振り向きもしない。店内は甘い香りが充満していたが、むせるほどキツイわけではない。心地いい甘さだった。適当に見学してみるかと、店内を見て回ることにした。
「あっ! いたたた……!」
 入り口近くに置いてあった木製の簡素な椅子の足に右足が躓き、よろめいた。幸い、ちょっと痛かっただけだったが、あんなに大声を出したのに、店長は奥にいたまま店内には見向きもしなかった。
 椅子は、椅子の背の外側に蔦の彫刻が施されている以外に彫刻・装飾はなく、シンプルな作りだったので傷がついたならわかるはずだが、傷ひとつ無さそうだった。
 気を取り直して、小物が置いてある棚を見てみた。
 マンドレイクの置物や、魔女が魔法薬を作るときに使う鍋のようなマグカップ、レプリカの短剣などが置いてあったが、やはり興味を引く物はない――と思っていると、アクセサリー入れに丁度良さそうな木製の小箱が置いてあった。箱に蔦が絡みついているような彫刻がしてあった。中を開けてみようと手に取り、少しだけ開けてみる。
『いないいない、バア!』
 小箱から声のような音がしたと思ったら、中から舌を出して人を馬鹿にしたような顔をしたお化けが飛び出してきた。もちろん作り物のびっくり箱だが、突然のことでティレイラは驚き、右足に重心をかけた。右足から一瞬力が抜けた感覚がしたと思うと、体勢が崩れていた。
 何かが右足に絡みつき、ティレイラの身体を引きずるように引き寄せていた。なすすべなく引きずられて何か固い物に当たったと思ったら尻もちをつくかのように、あの入り口の木製の椅子に座らされていた。臀部から魔力が発せられる感覚がしたと同時にティレイラの身体を触手のようなものが伸びてきて絡みついてきた。両腕を動かそう力の限りもがいた。もがいた時に絡みつく触手を見ると、それは蔦だった。この椅子の背に掘られた蔦がティレイラの身体に絡みついていたのだ。
 蔦はティレイラの身体中に伸び、根をはるように密着した。蔦が触れているところが熱くて冷たくなっていくのを感じた。蔦はティレイラの魔力を吸収しながら巻き付き、皮膚に食い込むように同化していっていた。それに気づいたティレイラは恐怖で声を上げたが、店長はまるでティレイラの存在がないかのように、一度も振り向くことはなかった。
 出しっぱなしの翼や尻尾にも蔦が絡みつき、根がはり終ると、蔦は茶色く変化していった。木のような質感や色合いとなり、木製の椅子とも同化していった。
 やがて音が止み、店内がシンと静まった。
 翼や尻尾のある少女の装飾が施された豪華な椅子が、店内入り口に置かれていた。


◆◇◆


 ティレイラは温かくて柔らかい感触がしたような気がして、ぼんやりと目が覚めたような気がした。意識ははっきりとしていないが、ぽかぽか陽気の日に日向ぼっこしながら、友だちと一緒にまどろむような感触がした。
「この椅子、変ねぇ。木製のはずなのに温かい感じがするわ。不思議ねぇ…ねえ、あなたも座って試してみてくださいな」
 時々こうやって店を訪れる客らしき人物が、ティレイラの椅子を試すために座っていた。そんな客の感触に、ティレイラは妙な喜びで満たされるような気がした。
 そんなティレイラの耳に、ある音が聞こえてきた。しかし、ぼんやりした意識の中では音を聞こうとすることはできない。しかし、その音はしつこく何度も聞こえてきた。

『い……な…………!』
『い…な……いない……ぁ!』
『いない…ない……ア!』
『いないいない、バア!』

 ふと、意識が途切れた。
 ティレイラの心にはまどろみも喜びもない。
 鼻を突き刺すような強烈に甘い臭いがして、むせた。
 目が開いた。腕が動き、手が開いて閉じた。足も動く。
――なぜ、私は椅子に座ってるんだろう?
 さっきまでの体験は夢だったのか、現実だったのか。
 まだはっきりとはしない意識の中でティレイラは考えたが、せっかく元に戻ったのだから深く考えないようにした。
 少し頭がもやもやするけれども、ティレイラは栗色の扉の取っ手を掴んでいた。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
大木あいす クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年02月22日

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