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『選択肢B 』
コウaa0186hero001

●崩壊
 まるで終末の日のようだと誰かが呟いた。
 夕焼けに染まった空を分厚い灰色の雲が覆い隠そうとする最中、地上を覆うは射出された矢の波と突き出された千の槍。一瞬ごとに誰かの血が大地を染め、次の瞬間にはその血の上にも誰かの躯が横たわる。ただ血で血を洗うだけの戦いには終わりがないようだった。
「逃げろ!」
 誰かが叫んだ。真っ直ぐに、彼へと向かって。だがその人の背が割れ血肉が四散する姿に、立ち向かうべきか言葉通りに逃げるべきか一瞬迷ったその隙を突くように、頭上に矢の雨が降り注いだ。
 あぁそうか。俺は死ぬんだ。
 何も成し得ぬまま。
 その雨を見上げて悟った瞬間、過去が走馬灯のように脳内を駆け巡る前に。
「お前は逃げろ!」
 また、誰かが叫んだ。
 
●入隊
「まーた、盗人か」
 その日、兵士達は駐屯先の町外れで1人の少年を拾った。否、1人だけを拾わざるを得なかった。食料を盗み出すべく忍び込んだ子供達は皆あっという間に逃げてしまい、初犯と思われる少年だけが残ってしまっていたから。
「ストリートチルドレンだな。この辺りも、日に日に治安が悪化していくな」
「仕方ありませんよ隊長。戦況が差し迫った状況であることは事実です。兵糧の徴収もありましたし、前線付近から雪崩れこんでくる流民もいますしね。かと言って見過ごせば、このような子供は今後も増えますし…」
 縄を掛けられ兵士達に見下ろされながらも、少年は大人たちを見上げていた。むしろ張り合い睨んでいるようにも見える。
「ここはひとつびしっと、規律を乱す輩にはですね」
「そうだな。お前…名前は?」
「…コウ」
 そう、少年…コウ(aa0186hero001)は答えた。
「腹が減ってるか」
「減ってる」
「そうだろうな。だが盗みはいかん」
「そんな事は知ってる」
「よし。お前は今日から非正規隊員…見習いになれ」
「はぁ!?」
 驚いたのは隊長の周囲に居た兵士達で、コウ自身は特に表情は変わらない。相手の言っている言葉の内容よりも、どうやってここを切り抜け逃げ出すかを探し考えるほうに力を注いでいた為、意味を理解するに至らなかったのだ。
「見習いと言えども隊員ではある。そうすれば食いっぱぐれることもないぞ」
「1日1食か?」
「2食…多ければ3食食べられる」
「分かった。何をすればいい?」
「頭の良い子は助かるよ」
 そう言って隊長は笑う。
 それは、日々生きることに必死で笑うことさえ忘れていたコウにとって、どこか異世界の出来事のような、けれども心に僅かな蝋燭の灯が点るような、そんな光景だった。
 
●訓練
 常時腹を空かしている生活から解放されるというだけで、コウは何も分からずその部隊に所属し生活することになった。
「魔法…?」
 彼にとっては豪勢な食事である粥とスープを食べて隊に保管されていた携帯用寝具でぐっすり眠った翌朝、その兵士達が何者なのかをようやく知ることになる。
「そうだ。魔法戦闘部隊。魔戦部隊と言って、戦時下では主に魔法で戦うのが我々の部隊だ。基本的に攻撃魔法を覚えていくことになるが、防御魔法も達人となればかなりの範囲を守れるようになる。他にも回復や補助魔法の使い手も居るが、どれほどの達人であってもそう沢山の魔法を使いこなすことは出来ない。どれを取得するかは向き不向きにもよるが重要な選択だな」
「俺にはどんな魔法が合ってるんだ?」
「それは、試してみないと分からない。選択肢は幾つもあるんだ。一通りやってみるといい」
 面倒見が良いのか仕事が暇なのか、隊長はコウを連れて1日かけ、一通りの使い手の元を回ってくれた。言われるがままに言われた通りの呪文を唱えて分かった結果は。
「素質は平凡だな。可もなく不可もなく。まぁ適していないというわけじゃないし、普通にやっていけるだろう」
 だから明日から頑張れと言われ、何も分からぬまま夕食のパンと野菜スープを食べ、コウは眠りについた。
 毎日食事を取ることが出来、しかも料理には味が付いている。寝具の上で快適に寝ることが出来るし、言うことはない。たまたま逃げ遅れたというだけで、自分はこのような幸運にめぐり合うことが出来たのだ。だったら、それに報いるのが自分のこれからの生き方だろう。朝起きてそう決意すると、コウは颯爽と訓練場所へと走って行った。
 素質は平凡。その言葉の通り、毎日身体を鍛え魔法を学ぶことに打ち込んでも、なかなか身につかなかったが、それでも1ヶ月、2ヶ月と時が過ぎるうちに、少しずつ自分でも上達を体感できるようになって行く。上達させる為には同僚達の技を盗んで習得することも必要だった。より上手く使いこなすコツなどは、先輩達のほうがよく分かっている。
 そうして、ただ快適な生活を得る為に始めたはずのこの日常は、いつしか彼の中では生活の全てになっていた。満足に食べ寝る為にその道を進んでいるはずなのに、寝食さえ忘れて取り組むこともあった。
「多分、楽しいんだと思う」
 過去をからかわれる事も時にはある。けれども、どうして苦しいはずの訓練を寝食忘れて続けているのかと聞かれると、いつも決まってコウはそう答えた。
「学ぶのは大変な事も多いし、上手く行かないことも沢山ある。けど、少しでも上達したなとか、成長できたなとか、昨日まで出来なかったことが今日出来たとか…そういうのが、楽しいんだよな」
「お前って凄いな」
「別にすごくないだろ。俺はできない事も多いから、できるようにやってるだけだし」
「俺なんて、いっつも訓練辛くて逃げたくなるけどな〜。お前は逃げようと思ったことないの?」
「逃げたら生活できないからなぁ。切羽詰まるまで頑張りたいからさ」
 どんなに辛くても、全てを放り出して昔の生活に戻りたいとは思えない。だったら、出来る限り今の道を究めて生きたい。
 コウの前に広がっているであろう無数の選択肢は、どれも彼には輝いて見えた。
 自分で選ぶことが出来る幸せ。生きることが出来ている喜び。学びへの希望。未来は明るいものだと、そう信じることが出来ていたのだ。
 
●昇格
 どれくらい経った頃だろうか。幾つか目の駐屯地での訓練を終え、コウは隊長たちに呼ばれていた。
「これまで本当によく頑張ったな。訓練以外でも周りの補助にもよく気を配ってくれた。お前の作る料理はなかなかだと評判だぞ」
「それは料理長に教えてもらったんです」
「塩加減が最高ですよね」
「副隊長の言う通りだ。料理の味は士気にも影響する重要な仕事だからな」
「心します。次からも不味い料理は作らないよう気をつけます」
「そうしてくれたまえ」
 大きく頷いたところで、隊長は我に返る。コウを呼んだのは料理の味付けを褒めるためではない。軽く咳払いすると、隊長は再度重々しく頷いて見せた。
「おめでとう、コウ。昇格だ」
「…何がですか?」
「鈍いな。お前の地位は何だ」
「地位…は、見習い兵…ですね」
「そこからの昇格と言えば何だ」
「…あ。見習い卒業ですか!?」
 思わず叫んだコウに、傍に立っていた副隊長も大きく大きく頷く。
「その通りだ。君を正規の隊員として迎え入れる。よく頑張ったな」
「…はい!」
 自然と笑みを浮かべ、続けてコウは口を開いた。
「では次の戦場から…自分も、参戦できるんですね」
「…あぁ」
 ではやっと、役に立てるのだ。
 これまでの日々を思い、コウの胸に様々な思いが去来する。だが一番の思いは。
「今までの恩に報いるべく、尽力します」
 戦い勝利に僅かでも貢献することで、これからの道は開けるはずだ。だがそれは自分ひとりだけの道ではない。
 皆で、共に歩み続ける為の道だったはずなのに。
 
●選択
「お前は逃げろ!」
 気付けば目の前には隊長が立っていた。自分を庇う大きな背中が見えた瞬間、風を切るような音が周囲に広がる。無慈悲に射抜かれるだけだった彼らの周囲で、折れた矢が転がった。風系の魔法で応戦したのだろう、恐らくは。
「俺も、戦います!」
「足手まといだ。お前には次がある。逃げろ!」
 緊迫した声だった。コウは軽く唇を噛んでその姿を見上げる。いや、言われなくても分かっていた。自分が足手まといだということ。そしてこの戦いは。
「武運を!」
 圧倒的な戦力差だった。勝てる見込みの戦いだったのだ。それを隊長達が分かっていたかは分からない。だが誰かが生き延び、戦況を伝える必要があった。自分が、伝えなければならない。
「ぐぅっ…!」
 一目散に走るコウの脛に、矢が刺さった。その痛みと衝撃によろめき一瞬振り返ったその視界に広がるのは、炎獄の海だ。炎が波のように揺れながら嗤っている。
「畜生っ…畜生…」
 幾つもの踊る黒い塊が、隊の誰かであったことだけは、分かった。嘲笑われているのに、何もできない自分が悔しい。憎い。誰一人救えず、そして誰一人の仇さえ討てないのだ。
「生き延びてやる…」
 痛みを和らげる魔法を掛けて再び走り出す。生き延びさえすれば、仇は討てる。いつか必ず、彼らの為に戦うことが出来るのだから。
 だがその背に幾本もの矢が突き刺さった。次いで頭に衝撃を受け、土の上に倒れこむ。かろうじてそれでも進もうと腕を動かし土を掻くと、かすむ視界の中でぼんやりと光が見えた。何の光かは分からないが、希望というものがあるならば、それはきっと光の形をしているのだろう。腕で前へ前へと進みながら流れ出る血に自らの体を濡らし、下がり行く体温を感じながらも、それでも指を光へと伸ばした。
 その指先が触れた光の先に、違う世界の景色が透けるように見える。まるで空から見下ろしているかのように、建物が群像のように並んでいた。
 このまま光の先へと進めば、自分はその世界へ行ってしまうのだろうか。逃げずに生きようとしたこの道、この世界から逃げることになるだろうか。
 だが選択肢は二つ。
 死ぬか…生きるか。
「…生きる…!」
 生きたい。生き延びてやる。泥の中を這ってでも這い蹲ってでも、生きる道があるならば、その道を選択する。次があるならば次こそは必ず、恩人となるべき人、仲間、守るべき人を守ってみせる。
 お前は生きろと、そう、彼らが生かしてくれたこの命を、ここで無駄には出来ないのだ。
 
 
 気付けば、彼は水色の空と同化するように浮かんでいた。
 眼下に広がる街並はどこまでも長く、遠く、続いている。それを見渡した瞬間、彼の体は重力を感じ取って落下し始めた。
 
 
 コウの新たな物語は。
 そして、始まる。 



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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aa0186hero001/コウ/男/16歳/魔法兵士(ソフィスビショップ)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注頂きましてありがとうございます。呉羽でございます。
この度は、始まりの物語を書かせて頂きまして、ありがとうございました。
口調などが間違っておりましたらリテイクくださいませ。

リンクブレイブの世界では回復系のスキルはお持ちではないようでしたが、元の世界では一通り使えたのだろうなと思いまして、今回使う形になっております。
コウさんにとっての新しい世界でのご活躍をお祈り致しております。またご縁がございました折には、よろしくお願いいたします。
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2016年02月22日

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