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『君ノ名 』
常塚咲月ja0156


 貴方は……怖いの……?

     ――そう、俺は怖いのかもしれない。

 貴方は……嫌いなの……?

     ――そう、俺は……嫌いだ。この世に存在する、俺自身が。



 其れでも。



 貴方に出逢い、私の躰は……心は、暖かな旋律を知った。

     君に出逢い、俺は形ある歓びと形ない後悔を知った。



 何故、こんなにも悲しいのだろう。



 消えない傷痕を負って、消せない罪を犯した貴方……。

     牢獄に囲まれた世界で、鏡に映った嘘の笑顔と生きてきたのは――咎人の鬼。



 だからどうか、願わせてほしい。



 何時か、貴方が貴方自身を、

     何時か、“桜を忍ぶ鬼”が君を、







「「殺してしまわないように」」



 世は、大正。
 人と妖が織り成す草紙は歩みの軌跡をひとつずつ記し、眩き未来を刻む。

 全てを終える日は、何時か。
 繋いだ指は幾重の花弁のように想いを重ね、桜――はらはら。朱に染め、儚く散り逝く理のように。





 香水の匂いが追いかけてくるように鼻につき、不快だった。
 彼の平素な昼下がり。それは、甘美な螺旋に蛇を這わせたような毒――とでも相手は思っているのだろう。背徳な行為の何が悦を知るというのか。
 所詮、金を持て余す婦人の相手は只の上辺で。偽りの感情を返せば、退屈と無意義が常に彷徨っている。

「(……湯浴みを済ませてくれば良かったか)」

 帰りゃんせ、と、烏が鳴く。
 だけれど。心と躰の穢れを躊躇うよりも、今宵は“彼女”の姿を目に映したい。言の奏でを聞き、頬の温もりに安堵したい。

 肩に羽織った外套が風で翻る。
 その時。

 ――、

「――黙れ」

 耳障りな“鬼”の嘆きを聞いたような気がして。軍服姿の彼――流架は、苛立ちを虚空へ解き放ったのであった。





 はらり、ひらり。
 日の本を永久に誇る薄紅の花弁が、宵を飾る。
 人の刻が暮れた此花神社に、神代の桜が宴を給え――妖しの蝶が戯れていた。

「(あ……あの人だ……)」

 彼方へ、此方へ。
 桜の大樹の枝を足場に、紺青色の羽をそよがせて一片舞うかの如き彼女――咲月は緩慢に動きを止めると、少し離れた位置で此方を仰いでいた流架と目笑を交わした。自然と浮かんだ綻びで、口に咥えた草団子が危うく逃げだしそうになって慌ててもぐもぐ。

「(う……頬、もちもちでぱんぱん……)」

 思いのほか膨らんでしまった両頬に、掌を添える咲月。
 無邪気なその様は本当に無垢で。流架は遠慮のない微笑みで彼女を眺めていた。

「(むぅ、ちょっと恥ずかしい……。……あ……そうだ……)」

 僅かな気恥かしさに悪戯心がむくむくと覆い被さって。

「とう」

 ――。

 白緑地に牡丹な袖が、ふわり。
 翻った着物の裾から白い素足が露わになる。ひらり、はたはた。薄ら紅の空を躍り――駆け寄ってきた流架の傍らで着地。

「んむ……十点満点……」

 ぴっ。
 両手を上げて自分に万歳。
 だが、満足気な咲月とは裏腹に、流架の表情は険しかった。

「危ないだろう! 怪我をしたらどうするんだ!」
「う……? 平気だよ……? 私は妖だから……こんなことで傷、負ったりしない……」
「――それでも、……“もしも”があって、君が傷つくところなんか見たくない。見たくないんだ」

 そう告げると、流架は咲月の両頬を慈しみ深く掌で包んで。すぃ――判断に沈む彼女の視線を己の瞳へ上げた。
 風が悪戯に吹き抜けて、二人の影法師が桜吹雪に攫われる。
 千歳緑と翠玉の色が反射し合い、薫り漂い、想い彷徨い――現を忘れた。





 嗚呼、消える刹那に身を委ねられたら。





「……今、願い、叶うのなら……永遠ではない俺の為に、君には永久に咲いていてほしいんだ」

 七日離れた時間は彼の声を酷く懐かしくさせ、咲月は身が熱で震えるのを感じた。

「ん……私は……貴方の隣りにいる……そっと、ずっと、繋がってるから……だから……私は貴方の為に咲くよ……」

 七日程しか経っていない彼女の温もりは酷く繊細で、流架は零した吐息に切な安寧を潜ませた。

「私ね、真実も偽りもいらない……」
「――サツキ?」

 とくん。
 揺らめく自分の名。響く、色。咲月のココロが高鳴りを連れてくる。
 弾んだ想いは掌の温もりから、彼の胸の体温へ。――甘えた。浮世に舞う薄紅の弁に酔ったかのように、そう、誤魔化して。咲月は流架の躰に心(からだ)を重ねる。

「私が信じるのは、“貴方”だよ……。色んな事、知ってる貴方に逢えたから……」

 月がただ、清浄であるように、
 私は何も知らなかった。

 ――触れて。
 ひとつひとつに。

「貴方は私の、訪なう導……」

 ――染めて。
 波間を描く光のように。

「――、」

 沈黙で対話をした彼の腕(かいな)は、咲月を確と抱き締めていた。
 まるで、ナニかに怯えるかのように――。







 流れる星屑。
 月夜に霞む夢現な光景を双眸へ映しながら、流架の言は唯一人へ奏でる。

 帝都の色模様、身形の華、和洋の食文化……。
 個性と自由を求めて改革している時代の“変”を、耳心地の良い草紙の如く綴って聞かせる。

 ――君が笑う。
 其れだけで、流架の中で“美しい時代”が生きていた。

「そういえば、そろそろ参拝客が増える時期じゃないかい? 春先はサツキも忙しいだろう」
「う……? そうだね……皆、色んなお願い事してる……合格祈願が多いけど、安産とか……あ……でも、恋愛成就が多い……?」
「おや、そうなのか。……神仏に祈願することで叶う願いなのなら、心安い事柄だろうに」

 傲慢な祈りだ、と。
 穢れた躰で歩く己には残酷な希み。

「んむ……?」
「いや、何でもないよ」
「むぅ……気になる、けど……。貴方は……お願い事ないの……?」
「――俺?」

 次いで、声を呑む。
 ――。
 眼窩に刺さるような痛みがやるかたなくて。流架は弱った眉の形で、口端を歪めた。

「そう、だね……。



 、



 過去が無くなりますように――」

 いっそのこと、

「そうなれば……少しは楽に、なるのだろうか」

 ――この感情さえも忘れてしまえばいい。何度、そう思ったことか。
 だが、

「ん……苦しい……?」
「――、……違うよ。すまない、サツキ。忘れてくれ」
「んん……貴方の心、聞こえた……。起きたことを変えることは出来ないけど……未来を変えてゆくことは出来る、よ……?」

 君が、隣りにいる。
 君の光に――揺れる。

「私が、貴方の未来に少しでも添うことが出来れば……いいな……」

 ――こんなにも。

「……」
「お兄さん……?」
「――ん。ありがとう、サツキ」

 つい、応えることで“欲”を出してしまった。
 柔らかい烏羽な髪をくしゃくしゃと撫でてやると、咲月は擽ったそうに双眸を細めて顎を引く。心地良いのは此方も同じだというのに。

「でも……その前に一つだけ、サツキに叶えてほしいことがあるんだ」
「ん……?」
「名前で呼んでほしい。俺のこと」
「う……!? あ……お兄さんの名前……綺麗な響きで、好き……だよ……? んん……っと……」
「……嫌?」
「ちが、う……! 人も妖も……名は、魂だから……とても大切……なの、と……」
「“と”?」
「ぅ……恥ずか、しい……――、んと……あ……立春祭……? お祭りあるの、知ってる……?」

 咲月は目元の朱と微かな狼狽を浮かべて、流架を見返した。流架は心の浮き立ちを微笑みで隠し、その面差しをしめやかに見つめる。

「ああ、毎年賑わっているよ。サツキは初めて?」
「うむ……神社から出る事少ないから……知らなかった……。お祭りの時は穢れとか色んな意味で危ないから……って、神主さんや桜の神様が……言う……」
「……でも、気になる?」
「んー……うん……。秋にお兄さんが一緒してくれた縁日……とても楽しかったから……お祭りもきっと、楽しいんだろうな……って……」
「行きたいのかい?」
「……! いいの……?」
「ああ、だが……確か――二十七の日、だったか……」

 掌で口元を覆い、流架は諮る面持ちと鈍い語調で呟いた。



 浄化という調べの――罪業。
 何時か相応しい業報に塗れて消えゆく日が訪れる、そう、思い知らされる“鬼”の実(じつ)。



「忙しい……? 無理、しないでいいよ……?」
「――いや、大丈夫。必ず迎えに行くから、石段の下で待っていておくれ」

 今更だ、と、流架は自嘲の色を胸に。
 穢れた契りを解き放ったのは、目が合った瞬間に全てを裏切ってしまったのは――きっと。







 君の所為。





 二十七の日。

 其れは酷い“羽音”であった。
 不快で、吹き荒ぶ狂気。

 ――妖の小娘に現を抜かしおって。最近のお主の刃、鈍っているそうではないか――

 彩りの壊れた世界に頭(こうべ)を垂れるこそすれ、興味や未練などなかった。
 今迄は。
 
 ――鬼は所詮、死ぬる瞬間(とき)まで鬼。月の流水に浮かぶ桜を幾程焦がれても、お主の未来は一寸先まで死の都だ――

 抗い難い“残酷な時代”であろうとも、真白な光の彼女が――存在自体の彼女の価値観こそが唯一無二の真実を紡いでくれる。
 そう、信じると決めたから。

 ――はき違えるでないぞ。我らはお主の味方ではない。お主を敵にする“手段”は幾らでもあるのだからな――

 無の間の意味に得たのは、猛る殺意。
 そして、
 ――失うことの恐怖。







 切っ先が揺れるようになってしまったのは、“反映”しているから。

 流架は“仕事”を終えた身形のまま駆けていた。
 予想以上に手間取ってしまったが、返り血も一刀も受けてはいない。だが、恐らく質の低い傾向なのだろう。
 祭りの音も灯りも疾うに、宵に揺蕩う桜の花弁へ沈んでいた。
 しかし、流架の足は此花の神社で待つ咲月の下へ、前だけを縋るように見て走っていた。期待と絶望が一緒くたになって心音を乱す。

 からん、ころん……。

 飴玉を転がすような音色を耳にして、流架は石段を狂おしく見つめた。
 心が大きく波打つ。

「――サツキ」

 其処に、求める人影が確かに存在していた。
 石段に腰を下ろし、細い腕で両の膝を抱える彼女の姿であった。咲月は物憂げに、ふっ、と視線を上げて、そこで初めて息を弾ませる流架に気がついたのだろう。その目が緩やかに瞬いたのち、ゆるゆると眉宇を切なく歪めて流架の下に駆けてきた。

 からん、ころん。

 蝶が華やぐ黒塗りの下駄が、咲月の足下で愁い、鳴いて。
 彼女は流架の胸に顔を埋めた。

「すまない……本当にすまなかった、サツキ」
「……」
「君の心を傷つけた。……どうか、お詫びをさせてほしい。今からでも何処か――、」
「ちがう……ちがう、の……」

 か細い声で呟いた咲月は、かぶりを振って流架を見上げる。

「貴方に、何かあったんじゃないかって……心配……した……。――凄く、怖かった……」

 目の縁に突き上げてくる感情をそのまま、表情を固める流架へ言が紡がれる。

「何処にも行かなくていい……貴方が傍にいれば、それでいい……」
「……」
「――お兄さん……?」
「、」





 ――叫びたいほどの衝動で、彼女を抱き締めていた。

 息を殺して、微笑みで彼女を感じる。
 周りに在る全ての意味を、生きることを望む未来(あす)を――腑に落とした。運命だと、必定だと妄信していたものが崩れる。永劫に続く明けない夜は、己の手で切り裂く――。

「サツキ」

 彼女の名を、呼んだ。










 鬼の哭く“明日”、伝え合う想いは来世で――。



 空に浮かびし、海月を眺めて。

「おー……先生、おはよ……。夕方だけど……。昨日、伊藤先生達とお酒飲み過ぎた……?」

 淡とし、耳に愛でる彼女の声音。
 細やかな情と共に伝う温もりが、藤宮 流架(jz0111)の頭を優しく撫でる。流架が夢見心地に薄い瞼を開けると、常塚 咲月(ja0156)が微笑みを浮かべながら見下ろしていた。

「ブランケット掛けたけど……寒くなかった……?」
「――ん、平気。ありがとう、咲月君。ふふ……君の膝、貸してくれたのか」
「う……? ん……膝枕……何時もして貰ってるから……」

 お馴染みの縁側。
 お馴染みの彼と彼女。
 お馴染みの――ウタとココロ。

「――……早く、春にならないかな……。そしたら、桜も咲くし……色んな植物の絵、描けるのに……」

 咲月は心持ち顎を上げると、芽吹く春の薫りを馳せるように双眸をほっそりとさせる。夕の風が彼女の髪をふわりと踊らせた。琥珀な色が一瞬、烏羽に濡れたように映って。
 流架は声を呑んで、瞳を微動させた。

「それに先生も、桜見れるし……。一緒に……見たいな……」

 ――嗚呼、確かに此処に“在る”。
 君が隣りにいてくれる、その温かさが何よりもの“彼”の“未来”だったのだろう。

 だから、君の名を呼んだ。

「サツキ」

 ――。

 君はひと時、意想外な顔をしたけれど。首を傾げるように俺を見て、唇を綻ばせた。
彼らは逢えたのだろうか。










「サツキ――……」

 彼を救えるのはきっと、彼が愛した君だけだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0156 / 常塚 咲月 / 女 / 21 / 此ノ花捧げん桜人也】
【jz0111 / 藤宮 流架 / 男 / 26 / 我が世蝶咲く咎人也】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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愁水です。
平素よりお世話になっております。

此度のノベルは【結ンダ小指ノ追想桜】の対の内容となっております。
お言葉に甘えさせて頂き、ハロウィンノベルの時に設定していたルカをぶつけさせて頂きました……!
流架であり、ルカではない彼。彼の“小難しい”描写にココロを読んで頂けましたら幸いです。ルカ目線のお許しにも感謝を。

素敵なご縁とご発注、誠にありがとうございました!
浪漫パーティノベル -
愁水 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年02月23日

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