▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 薄桃色の罠 』
ファルス・ティレイラ3733)&碧摩・蓮(NPCA009)


 それはいつもと同じ日だった。
 大通りから二、三本奥へと入ったところに、シックな外見の店がある。ちらりと覗けばその不思議な品揃えに、虜になることまちがいなしだ。
 ここは彼女――ファルス・ティレイラの師匠の店である。ティレイラがこの店で店番をするのはいつものことであり、そして今日も師匠が外出している間に店番を仰せつかっていた。
「ふふふ〜ん♪」
 幸い客はいない。
 ご機嫌なのだろう、ティレイラは鼻歌を歌いながらマイクロファイバー製のクロスで展示品の埃を優しく拭っていた。いつも掃除をしていないわけではない。けれども毎日というわけにもいかない。数多い商品の全てに毎日掃除の手をかけられるとも限らないのである。店番とはいえ品出しや倉庫整理を担うこともあるのだから。
(やっぱり綺麗に取れますね〜♪)
 その点、このマイクロファイバー製のクロスは軽く拭うようにすれば埃を拭き取ることもできるので、ティレイラのお気に入りだった。力を入れなくても撫でるようにすれば埃が取れるところが一番気に入っている。掃除の際に魔法道具に傷をつけてしまったり、下手に触れてしまって誤作動させてしまう可能性も減るというもの。買い物を頼まれた時に偶然目に入って試しに買ってみたものだったが、良い買い物をしたとティレイラは自負していた。
「ふん〜ふふふ〜ん♪」
 商品の埃をひとつひとつ丁寧に拭き取りながら、ついつい鼻歌が漏れる。もちろんお客さんがいる時は鼻歌を歌ったりはしないが、今日はまだひとりもお客さんが来ていなかった。
「あなたも早くお客さんにお迎えしてもらえるといいですね〜」
 ティレイラがクロスで埃を拭き取りながら声をかけたのは、陶器でできた魔法道具だ。白地に藍色で文様のようなものが描かれているが、面白い形をしている。フラスコを斜めに倒し、球となっている底を平らにして斜めのまま安定するようにした形。しかも試験官のような細長い出入り口の先は、ラッパの先のように開いていた。
(これはどんな魔法道具なのでしょうか?)
 この店の中や倉庫の中の魔法道具でティレイラがその用途や効果を知っているものは殆ど無い。ただ下手に触れてろくな事にならなかった経験だけは、売るほどあった。
(あ、棚にも埃が溜まってますねー)
 踏み台に乗って謎のフラスコ(便宜上、ティレイラは心の中でこう呼んだ)の乗っている棚を見れば、うっすらではあるが埃が積もっていた。同じ区画にある魔法道具をどかしてみれば、魔法道具の形と同じように埃が跡を作っていたので、長い間この区画の魔法道具は動かされていないのだろう。それと、この前の掃除の時にティレイラが、魔法道具の埃は払ったが棚の埃を払うのを忘れた可能性が浮かんでくる。
(大変です、お客様がご覧になったらきっと不快に思われますよね)
 そう気がついたら、これは徹底的に掃除をしなくてはならない。以前の自分が忘れたせいで、お客様に不快な思いをさせ、師匠の店の評判を落とすわけにはいかないのだ。
 ティレイラは魔法道具を手に取ると慎重に踏み台を降り、近くにある空いているテーブルに置く。その区画に置かれている魔法道具をすべて慎重に棚からだし、そして換えのクロスを手に取ると再び踏み台に乗った。そして埃を掃き落とすのではなく、クロスに吸着させるようにしながら拭いていく。ものの数分でその区画は綺麗になり、ティレイラは満足気に頷いた。
 クロスについた埃を落とさぬように注意しながら踏み台を降り、クロスをビニール袋の中へとしまう。そして飾られていた魔法道具をゆっくりと丁寧に棚へと戻す作業に取り掛かった。
(落とさないように、余計なところに触らないように、丁寧に……)
 指の先まで緊張させて、ひとつ、またひとつと棚へ戻していく。踏み台から降りてテーブルの上を見れば、戻さなくてはならない残りの魔法道具はあと一つだ。今までの緊張の反動で、ティレイラは深くため息を付いた。四肢に渡っていた過度の緊張が抜けていく気がする。
(あとはこれだけですね)
 残ったのはあの、陶器でできた謎のフラスコ。冷たいその丸みにを両手で包み込みそして持ち上げると――。

 カチッ

「……え?」
 手元から聞こえてきた音に、ティレイラは思わず動きを止めた。



 不思議な音がして、ティレイラが足を止めて。異変が起きたのはその後すぐ。ラッパの吹き出し口ようになっていた部分がティレイラの方を向いていたのも運が悪かった。
 全ては一瞬。吹き出し口からにゅっと出てきた薄桃色の『何か』はすごい勢いで膨らんでいき、そして気がついた時にはティレイラはその薄桃色の何かが成した球体の中にいた。
「えぇっ!?」
 思わず声を上げて薄桃色の壁に触れる。
 ぬちゃり。
 べとつく嫌な感覚。押す力に逆らわぬように伸びた薄桃色の壁はまるで膨らんだ風船ガムのよう。ティレイラの両手にベトリと纏わりつく。
「なんですか、これっ……!」
 しゅぅぅぅぅぅぅぅぅ……なんだか嫌な音が聞こえた。嫌な予感は的中するもので。最初は球体だった薄桃色の膜が、ティレイラが動いたことで形を保てなくなってきたのだ。脚に、腕に、薄膜がベトベトと絡みつく。
 気持ち、悪い。唾液と粘液に纏わりつかれているような不快感。
「い、やっ……ですっ……!」
 早くこんな膜から逃れたい。ティレイラはなんとか両手を開いて、炎の魔法を使った。掌に顕現した火球で膜を燃やそうとする。しかし、膜は穴が開くどころか、熱による損傷がまったくないようだ。
「う〜〜〜!」
 炎が効かない。ならば。ティレイラは背中にまでまとわり付いてきた膜の力に逆らうようにして、背に翼を生やした。そして膜が翼にまとわりつこうとするより早く、羽ばたく!
(これならっ……!)
 羽ばたいいて飛ぶ勢いで膜を押し破ることが出来るかもししれない。ティレイラの心に希望が宿った。
 羽ばたくごとに膜は段々と薄くなっていく。このまま破って押し広げてしまえば……いける、そう思ったのだ。

 しかし。

「いやぁ……」
 薄くなった膜は破れなかった。それどころか、薄くなったことで先程よりもティレイラの四肢や翼への密着度が増していた。広げた翼や伸びた尻尾に完全に密着して絡みついた膜。まるで大きな獣の舌で舐め続けられているような感触。
(これ以上、どうしたら……)
 複雑に絡みついた薄膜はティレイラの行動を阻害する。膜に包まれる前に驚いて机の上に戻した謎のフラスコをどうにかすればなんとかなるかもしれない、そう思っても手足が自分の意志通りに動いてくれないのだ。
「きゃっ!」
 どすんっ。バランスを崩して、ティレイラは床へと倒れこんでしまった。幸い絨毯が敷かれていたので石造りの床に直接体を打ち付けることは防げたが、今度は起き上がろうとしても起き上がることすらできない。
 これは、絶体絶命!
(私、ずっとこのままなのでしょうか……)
 師匠が戻ればなんとかしてもらえるだろう。けれども今のティレイラにはそんなことすら思いつく余裕が無いのだ。起き上がろうともがけばもがくほど薄膜はティレイラの身体に絡まりつき、体力と気力だけが消耗していく。

 どれ位そうしていただろう。

「邪魔するよ」
 店の入口から声が聞こえたのだ。
(お客様!?)
「おや? いつもの売り子はいないのかい?」
(あの声は!)
 ティレイラにはその声の主に覚えがあった。アンティークショップ・レンの店主である碧摩・蓮。度々この店にも顔を出してくれていて、普段売り子をしているティレイラとも顔見知りになっていた。
(碧摩さんなら、この状態を何とかする方法を知っているかもしれない……でも)
 ティレイラは迷った。助けを求めて声を上げることはできそうだ。だが、この状態を蓮に見られるのは恥ずかしくもある。
「店に誰もいないなんて不用心だね。こっちかい?」
 蓮はゆっくりと店の中を歩いてくる。売り子が出てこないことで、何かあったのかもしれないと警戒しているのだろう。声は上げても足音をたてないその歩き方が、用心しているのだとティレイラにもわかった。
(このままでと、見つかってしまいます……だったら、見つかるより先にこちらから助けを求めたほうがっ……)
 どちらのほうが恥ずかしく無いだろう、そんなことを考えているティレイラ。だがティレイラが決断するより、蓮の方が早かった。
「あんた、一体どうしたんだい? 誰かにやられたのかい!?」
 気がつけば、蓮はティレイラの頭の側に立っていた。ティレイラはゆっくりと顔を上げて、蓮を見上げる。
「強盗……ではなさそうだね。店内は整然としている。だったら一体……」
 薄膜に絡め取られて芋虫状態のティレイラを見て、蓮は一番初めに何者かがティレイラを襲ったのではないかと考えた。だが、それにしては店内が整然としていて、抵抗をした跡もない。
「その……」
 ティレイラが申し訳無さそうに視線をテーブルのに向ける。蓮はその視線を追って、テーブルの上の謎のフラスコを見て、そして。
「なるほどね」
 事態を理解したようで、ティレイラを見るその瞳は哀れみのような同情のようなものを帯びている。
「ううっ……」
(絶対またドジ踏んだってバレてます……)
 その視線に否定することも肯定することもできず、ティレイラは涙目になるしかなかった。
 


       【了】




■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】
【NPCA009/碧摩・蓮/女性/26歳/アンティークショップ・レンの店主)】

■         ライター通信          ■

 この度はご依頼ありがとうございました。
 お届けが遅くなってしまい、申し訳ありません。
 いつも一生懸命で、ちょっとドジで、そして可愛らしいティレイラ様の魅力を描くことができていれば幸いです。
 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
みゆ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年02月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.