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『ホットショコラの味 』
笹山平介aa0342)&柳京香aa0342hero001

 トントントントン……。
 板チョコが細かく刻まれる音が台所に響く。
 傍では牛乳と生クリームが弱火でコトコト温められている。
 柳京香(aa0342hero001) は笹山平介(aa0342) がホットショコラを作るのを見ていた。
 出来上がりにホイップクリームを乗せ、削ったチョコレート、そしてマシュマロをトッピング。
 特製のホットショコラは、バレンタインデーだけ。
 京香は平介の背を見ながら、彼との出会いを思い出していた。

 京香が何かに引っ張られて、この世界に降り立った時。
 真っ先に目に飛び込んだのは、男の背中だ。
 似ている?
 京香は眉を顰め、それから、気づいた。
 誰に似ているか思い出せないのだ。
 ここは、自分が今までいた世界ではない。そのことは判る。世界を渡ったからか、記憶が完全ではない───最も落としてはいけなかった記憶が、欠如している。

 私は、この背中に似た誰かに庇われた。
 私が死ぬべき所を、その誰かが肩代わりして、死んだ。
 誰かの死で、私は生き延びた筈だ。
 誰かとは誰───

「……」

 京香は、目の前の人物の息遣いで我に返った。
 声を上げないが、泣いているのだろうか。
 背中の向こうには、小さな墓が3つ。
 京香が回り込んでその顔を見ると、表情もなく、声もなく、その男は生きながら死んだ目で涙だけを流していた。
「彼らを、喪ったの?」
 京香が確信を持って尋ねると、男は首をこちらに向けた。
 その動作に感情的なものは何もない。
「ここにいる子達は、私の目の前で、愚神に食われました」
 息を呑む京香へ、彼の言葉が続く。
「……私が殺したようなものです」

 ここは、児童擁護施設なのだそうだ。
 笹山平介と名乗った彼もこの施設で両親の顔も知らず育ったのだと言う。
 子供にはよく解らない世界蝕もこの世界に少しずつ馴染むようになり、同時に脅威も見え隠れしていたけれど、やはりどこか他人事のまま成長し、今では施設にいる小さな3人の子供の面倒を見るようになっていたそうだ。
 それらが他人事ではないと知った時には、全てが遅い。
 その日、施設の庭で、平介は子供達と遊んでいた。
 明日はバレンタインデー、施設では例年バレンタインデーのおやつの時間にチョコが振舞われているのだが、十分な数が行き渡らないこともあり、子供達は一度でいいから沢山チョコを食べてみたいと口々に言うので、平介は提案したのだ。

 それなら、ホットショコラも作る?
 ほっとしょこら?
 チョコを刻んで、温かい牛乳と生クリームに溶かして、ホイップクリームも後で買いに行って飾って、それからチョコもちょっとだけ掛けて、マシュマロもおまけしたら……
 ごちそう!
 つくってー、ぼくのみたい!
 みんなといっしょにのもうよ!

『ご馳走がご馳走の話をしているなんて、面白いわね』

 唐突に生じた声は、頭上から聞こえた。
 シンプルな黒のドレスを身に纏う女は宙に浮き、白雪の肌に血のような赤い眼をしている。
 鋭い爪、鋭い牙は人間のそれではなく───愚神。

「あなたを殺した方が子供のライヴスが美味しくなりそう」
 その声は、平介の耳元で響いた。
 頭上にいた愚神は平介のすぐ傍まで来───それを認識するよりも早く、腹部に熱い衝撃が貫いた。
 愚神は平介の腹部から手を引き抜くと、平介の血で赤く染まった腕に舌を這わせる。
「美味しいわぁ。ゾクゾクしちゃうわね」
 喉を鳴らして笑う様は、捕食者のそれだ。
 子供達が泣き叫ぶ声が聞こえる。
「来るな!!」
 平介は、込み上げる血などどうでもいいとばかりに叫んだ。
 子供達に向けて声を荒げたのは、これが初めてだった。
 生きろ、逃げて、生き延びろ。
 その感情だけで叫んだ。

 けれど、次の瞬間、平介は自らの叫びを後悔した。

「はなれろよ! に、にーちゃんからはなれろよ!」
「ばけもの! やっつけてやる!」
「いま、たすけるから! だから、いっしょに、ほっとしょこらのもう?」
 子供達は、自分が犠牲になっている間に逃げろと言われたことを本能的に理解した。
 故に、足元にあった石を愚神に投げつけ、平介を救おうとしたのである。
 彼らはあまりにも小さくて、この世界の存在ではない愚神には石を投げても意味がないことを知らなかったのだ。
「逃げろ、駄目だ、止めろ!!」
 平介が怒鳴るも、愚神は瞳を細めた。
「今凄く美味しそう」
 地に転がされた平介の目に、スローモーションの悪夢が映る。
 愚神は───生きたまま、絶叫を上げるあの子達を美味しそうに食べていた。

 力があれば。
 こんなことにはならなかった。

 違う。

 これは、俺の所為だ。
 あんなこと言わなかったら、皆死ななかった。

「いいカオね。でも、大丈夫よ。私の糧になるのだから」
 時を停めた平介へ、愚神が口を開ける。
 されるがまま、平介が食べられようとした瞬間───H.O.P.E.のエージェントが駆けつけた。
 平介は自分だけが生き残った後悔を残して気を失い、気づいた時はベッドの上。
 手当てがされ、傷痕もなく、夢ではないかと錯覚しそうになったが───あの子達の姿はなく、夢ではないという現実が突きつけられる。
 目の前で、生きながら食われた。遺体はない。
 エージェント達は間に合わなかったことを謝罪してくれたが、彼らに非はない。近隣住民の通報で急行してくれたエージェントは最速で来ていた。それでも間に合わなかっただけだ。
 間に合わなかったのは、自分自身の非によるもの。
 誰も平介を責めない。
 労わるように言葉を投げてくれる。
 誰も、責めてくれない。
 ここで泣いたら、皆が心を痛める。
 だから、平介は大丈夫だと言った。

 それでも───

 遺体もないあの子達の墓は、施設が墓地に手配していると知っている。
 けれど、ここがあの子達の家、帰る場所。
 平介は独り、あの子達の墓を内緒で作った。
 小さくて、墓と呼ぶにはあまりにも簡素な墓。
 完成した墓前であの子達の名を呟いた瞬間───平介は、現実ではないと思いたかったあの子達の死を『現実』と認識し、自覚ないまま涙を流していた。

 京香は、語る平介に危機感を覚えていた。
 力がないことを嘆き、力を求めたとしても、守るべき存在が目の前で食われた男は、今、生きながら死んでいる。
 まるで、あの子達を追うかのように、その目は世界を捉えていない。

 何 を 望 む ?

 京香は、気づいた時には手を伸ばしていた。
 実体のない手が胸倉を掴めたことで、気づく。
 この男は、自分と誓約出来る程相性がいい。
 いや、だから、平介と出会っているのだろう。
「絶対に死を選んでは駄目……その子達を思うなら、自ら死を選ばず、生きろ」
 感情に任せた言葉の結果の喪失。
 平介の後悔を知って尚、京香は平介を死に導いては駄目だと口を開いた。
「その子達は、好きで、だから、守りたかったなら……その子達の死は何になる」
 平介は、京香をじっと見た。
 胸倉を掴む透けた手を見、それから、零すように言葉を漏らした。
「自分が消えてしまうかもしれないのに……」
 なのに、本気で怒ってくれている。
 それも、自分の所為で食われたあの子達の為に。
 消えてしまうことよりも優先してくれた彼女に応えるならば。
「私は……絶対に死を選ばない」
 誓約は成り、京香は平介の英雄としてその実体を得た。

 それから、時は流れ───

「出来た。見た目から美味しそうだよね?」
 平介がトレイに2つのホットショコラを乗せてやってきた。
 あれから、平介は『喜』と『楽』以外の感情を見せなくなった───同時に、本人がどこまで自覚しているか判らないが、人との距離に敏感で、近くなり過ぎないよう、セーブするかのように、少し嫌われるようなチョッカイを出している。
 それは、距離の近さを怖がるからだろう。
 平介の不器用なまでの優しさが、そうさせている。
 だから、京香は真実を胸に留め、「アレが平介の普通よ」と彼のフォローに回るのだ。
 もし、自分が側にいられなくなる日が来たとしても、独りぼっちにならないよう。誰かが彼の不器用な優しさを守ってくれるよう。
(私は無理やり誓約してしまったけれど……)
 平介に礼を言いながら、ホットショコラを受け取り、京香は思う。
(本当に必要としたのは、誓約をした平介ではなく、守ってくれたあの人を平介に見た私なのかもしれない)
 何も思い出せないその人を守りたかったが、成せなかった。
 その人のお陰で、今、平介の英雄として、ここに在る。
「死なないよ」
 平介が、微笑んだ。
 そう、死ねない。
 誓約があるから、ではない。
 自分が死んだら、京香はいなくなるから。
 誰かに守られることがないよう本心を隠した微笑の裏は、目の前の京香しか知らない。
「ありがとう」
 京香は、そういうお礼の話ではないと知っている。
 けれど、暴き立てず、ホットショコラに口をつけるだけ。
 英雄は、この世界で求められる存在。
 けれど───
(平介は、私の英雄かもしれないわね)
 密かな言葉は、ホットショコラと共に飲み込む。

 今は京香だけが飲むホットショコラは甘く、そして、平介の後悔の味がした。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【笹山平介(aa0342)  / 男 / 24 / 能力者】
【柳京香(aa0342hero001) / 女 / 23 / ドレッドノート】

以下ゲストNPC
あの子達 男女3人の小さな子

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木です。
この度は発注ありがとうございます。
浪漫パーティーノベルでしたので、バレンタイン前、ホットショコラという要素を絡め、描写させていただきました。
恋人とは少し違う間柄のお2人が、これからも互いを支え合いますように。
浪漫パーティノベル -
真名木風由 クリエイターズルームへ
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2016年02月24日

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