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『砕けた薄氷(破片/忘却) 』
薄氷 帝jc1947

 ざり、ざり、ざり
 ノイズが混じる。痛みを覚える。

    …

 ぱきり、と凍ったアスファルトを踏みしめた。水たまりが凍っていたのだろう。
 昨晩は今冬一番の冷え込みだったらしい。
 びゅうと吹く北風、からからと音を鳴らす落ち葉、吐く息は白く、どこかモノクロめいて見える街。
「うええ、寒」
 昼間を回って多少温んだとはいえ、二月の寒波はおおむね例年通りだった。地球温暖化が嘆かれて久しいが、こうして日常を回している分には遠い異世界の話である。
「男子はまだいいわよ。こちとらスカートよ。寒い通り越して痛いわよ」
「ジャージでも穿けばいいだろーが」
「嫌よそんなハニワスタイル。そんな発想だからモテないのよ」
 平凡で安穏とした通学路を、友人達の雑談をBGMにして帰路に就く。いつもと変わらない日々。あと一ヶ月で卒業ですよと言われても、そんな実感がまるでない。この生活がいつまでも続くような、そんな錯覚に陥りそうになる。
 薄氷 帝(jc1947)の高校生活は、おおむねそんな感じで幕を閉じようとしていた。
「帝もそう思わない?」
 いつもの六人組で家路に就く。紅一点の――――は、年頃を気にしない幼馴染みの気安さで訊ねてきた。
 それでも見た目は大人びてきて、お洒落にも気を遣うようになってきている。かつて囃し立てたへたくそな化粧は、すっかり様になっていた。
 帝はそういった諸々をおくびにも出さず、しれっと答える。
「まあそうだね。完全に田舎者の発想と言わざるを得ないかな。今時はソックスが主流なんだっけ?」
「なんで詳しいんだよ」
「このくらいは合わせてもらわないとね。帝はその辺弁えてるわ」
「というか黒ストを校則で禁止したアホは誰だ」
「ほんとそれな」
「黒に限定すんなキモい。ストッキング自体が禁止食らってるんだから、女子の苦労ってもんをちょっとは分かれお前ら」
 そんなたわいもない会話でからからと笑い合う。

 信号が青に変わった。

    …

 断片的な情報を俯瞰して、

    …

 帝はいわゆる不登校少年だった。
 きっかけは些細なことの積み重ねであり、当人にとってはそのいずれもが重大である。
 例えば髪を引っ張られたこと。お気に入りのぬいぐるみを破かれたこと。鉛筆を折られたこと。聞こえるように陰口を言われたこと。教科書を燃やされたこと。女扱いされたこと。生徒手帳を蹴り回されたこと。ノートの落書きを勝手にコピーして廊下に貼り出されたこと。その他諸々。
 『軽い遊びじゃないですか』と彼らの言う。事実、傍から見ればたわいもない子供の悪戯である。子供にとってそれ以上の意味などどこにもないし、学校としても問題視するほどではない。
 けれども幼い少年の心を切り刻むには十分であり、学校という場所がとてもおぞましい監獄のように感じられ、

 ある日、とても教育熱心な先生が寄せ書きを持ってきた。クラスメイト諸君の応援メッセージだと先生は言った。もちろんそこには帝『で』『お遊びをした』生徒の名前が大挙しており、その内容は、


 嘔吐した。


 ――救いは、両親が学校に抗議を申し立てたことだった。のみならずクラスメイトの親連中にまで謝罪を要求したのである。
 両親は困っている人を放っておけない人格者であり、それが息子となれば尚更である。一切の手抜きはしなかった。
 最終的に教育委員会からの監査が入り、ちょっとしたニュースにはなったらしい。受けた被害に見合うだけの反撃はしてくれた、ということだ。
 こうして、帝は自宅を安寧の場所と定めることが出来たのである。

 ……ただ、『同い年の子供達がたまらなく恐ろしい』という心の傷は、両親だけではどうしようもなかった。

    …

 最適化(デフラグ)が進行する。

    …

「で。――の結果って明日だっけ?」
 横断歩道を渡りきる。
「うわー、思い出させるなー!」
「現実が、現実が押し寄せてくるゥーッ!」
 わざとらしくふざける友人達。高校生活の終わりを告げる、大学受験という名の過酷な試練。
 就職を考えるクラスメイトもいたらしいが、友人グループはみんな進学を選択した。それぞれの未来へ、それぞれの大学へ。
 ――小学生の頃から続いていた関係も、そろそろ離別が近づいている。
「今嘆いてもどうにもならないでしょ。どうせ結果はもう出てるんだから」
 帝は敢えて飄々と答えた。当人である――はくわっと目を見開く。
「うっせーよ優等生! 嫌味か! しれっとセンターで満点取りやがって!」
「あー、私立ってセンター入学もあったなあ……。滑り止めも完璧?」
「よし、明日は――が勝っても負けてもカラオケに行こう。祝勝会or残念会として。――のおごりで」
 きしきしと帝は意地悪く笑う。
「おいやめろ、なんでそうなるんだよ! あとカラオケも帝の独擅場じゃねーか!」
「あー、いいねえ。もう半年くらい行ってなくね?」
「自由登校ばんざーい。平日昼間なら安いから大丈夫大丈夫」
「大丈夫、君ならできるよ!」
「何も大丈夫じゃねえー!」
 やんややんや。
 朗らかに笑い合いながら、下らない話に花を咲かせる。騒がしい六人組は、いつもと変わらない冬の街を闊歩する。


 ――この輪にいる間だけは、帝は年相応の少年でいられた。
 心の傷は完治していないにせよ、自宅以外に居場所があるというのは、それだけでありがたいことだった。


 始まりはある晴れた日のこと。突然、お節介な小学生達が薄氷家に大挙してきた。

『あそぼうぜー!』

 というかナチュラルに不法侵入してきた。
 塀を乗り越え、壁をよじ登り、二階にある帝の部屋にダイレクトアタックをかましてきたのである。
 当時の帝にとって『同年代の子供』というものは恐怖以外の何物でもなく、パニックで錯乱しそうになった。自宅という聖域を侵されることに絶望しそうになった。
 悲鳴を上げようとするが、声が掠れて上手く出せない。帝は部屋の隅に逃げようとして、精一杯の抵抗を、

 けれども、彼らは強引に帝の手を取った。
 そして不思議なことに、その手に敵愾心とか悪意とかそういったものは一切なく。
 帝はあっという間に外に連れ出され、日が暮れるまで彼らと遊び倒した。
 ――いやまあ、その後全員で両親にこっぴどく叱られたのではあるが。

 そうして今がある。
 決して幸せとは言えない小学、中学時代だったけれども、かけがえのない友人達と乗り越えてきた。
 そのうち高校生になり、取り巻く環境も変化していく。
 あと一ヶ月もすれば、大学という新しい世界に飛び込んでいくことになるのだろう――

「大学に行っても、また時々遊ぼう」
 不意に帝はそんなことを言った。みんながきょとんとした目を帝に向ける。
「あ、いや、今のはなんというか、」
 言い繕うとした帝に、ぷっと笑いが漏れる。
「そりゃそうでしょ。というか――に一人暮らしが出来るとも思えないし、適度に顔出さないと死んでそう」
「はー? 大丈夫、料理とか万全だし」
「湯を沸かすだけは料理とは言わないからな?」
「掃除とか洗濯とかも含めて家事って言ってんの。つーか男連中はその辺心配すぎるわ」
 しれっと――は帝のことも含めてきたが、とりもなおさずそれは、卒業しても関係を変えるつもりはないという意思表示だろう。
 それぞれの場所へ進んでいくけれども、関係は続いていく。
 少なくとも今はみんな、確固たるその意思がある。
 帝はその事実に安堵しながら、角を曲がっ

    …

 痛い/痛い/痛い

    …

 ざぶり。


(続)

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jc1947 / 薄氷 帝 / 男 / 19 / アカシックレコーダー:タイプB】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご発注ありがとうございました。
 帝さんの空白の過去を埋めるということで、まずはかつてあった日常編です。
 ご期待に添えていれば幸いです。そしてここからどうなってしまうのか……?
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エリュシオン
2016年02月24日

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