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『初めての恋歌 』
ルナaa3515hero001

 時計の針が、時を刻んでいる。
 あと少し……あと少しだけ、待ったら。
 あの子が学校から帰ってくる。

(早く帰ってこないかしら)
 心の中で呟いたルナ(aa3515hero001)は唇だけその名を呟き、それだけで彼への想いで満ちる心を実感した。
 満ちた心のまま、その手を見つめれば、あの時が蘇る。
 あの年頃特有の瑞々しい手は、優しい温もりで触れてきた。
 ……いつもは、自分から彼に触れていたけど、あんな風に触れたことはなくて。
「参加して、良かった……」
 ルナは、初めて彼から触れて貰った手を大切そうに頬へすり寄せる。
 バレンタインデーにデート(とルナは称している)として足を運んだ(半ば強引に、だが)高層ビルで開かれていたイベントのひとつへ彼と参加したのだ。
 恋人向けのイベントに彼がそんな間柄ではないと抵抗を覚えても、ダメなのかと瞳を潤ませれば、彼は断り切れず、折れて参加してくれるのを見越して。
 優しいから、彼は自分に付き合ってくれるのだ。

 だから、好き。

 ルナは口に出して呟き、嬉しそうに頬を染める。
 彼は年下、まだ16歳の少年。坊やだろう。
 でも、他の誰とも違う男性(ひと)、初めて、生まれて初めて優しくしてくれた男性(ひと)。
 サキュバスであった自分へ、男は快楽しか求めてこなかったから。
 快楽を与える代わりに精気を貪り尽くし、その果てに討たれ、封印されて───気がついたら、この世界に流れ着いていた。
 殆どの力を失い、孤独に震え、けれど、誰にも気づかれず、依り代もないまま消えていくだけだろうと思い、思った通りのまま消滅が近づいていたその時、彼が声を掛けてきたのだ。
 心配そうな顔をした彼の目に、自分はどう映っていたのかは解らないが、彼は誓約を交わしてくれた。
 そうして消滅を免れ、実体を得た自分は人の身になってしまったけれど、それよりも、自分を案じて声を掛けてきてくれたことが、俄かに信じられなくて。
(……苦しそうな人がいたら、助けるのは当然だよ、か……)
 ルナは尋ねた自分に迷いなく返してくれたことを思い出し、顔を綻ばせる。
 それが嘘偽りない言葉というのは、表情を見れば判ることだった。
 本当に心配して声を掛けてくれた、手を差し伸べてくれた、助けてくれた。
 そんな風に優しくしてくれた男性(ひと)は、今までいなかった───思えば、この時には彼への想いが芽生えていたのだろう。
 けれど、生まれて初めてだったから判らなくて、気に入ったと思って、彼が欲しいと思った。
 抱きつくだけで顔を真っ赤にする彼は、この世界に馴染みがない自分を本当に気遣い、自分の世話をしてくれる。自分の中では当たり前のことも、違うと言って、色々教えてくれる。心から、優しくしてくれる。
 その一方、彼は独りひたむきに目標に向かって勉強している。
 彼がこの国のものではない小説を読んだまま転寝しているのを見───ルナは、いつもならそこで自分の欲に走った行動を取るのに、その寝顔が可愛くて、眺めていたいと思って、気づいた。
 気に入った、欲しいと思っていた感情は、愛しいという恋心だと。

 だから、嬉しかった。

 誰の手か判らないようにされ、自分以外にも複数の手があった中、彼は自分の手を当ててくれた。
 イベントの趣旨とはいえ、彼から手を触れたのは誓約を交わしたあの時以降初めての筈なのに。
 優しく触れた手が、当ててくれるかと少し緊張する(思い返すと、そうだったと思う)中、この手を───思い返す度に喜びで胸が震える。
 本当に、本当に嬉しかったこと、どれだけ気づいてくれているだろう?

 心を、優しさをくれる男性(ひと)。
 生まれて初めての男性(ひと)。
 ねぇ、知ってる?
 私……キスをして、初めて、あんなに嬉しかったの。

 ルナの指先が唇をなぞる。
 この唇は、今まで数え切れない程、男に快楽を与え、そして貪ってきた。貪り尽くしてきた唇だ。
 けれど、それだけだ。
 そこには優しさも愛しさも幸せもなかった。
 展望台で、無機質な筈のビル群を見て、結構綺麗だと感じて───けれど、ルナは腕に抱きつく彼の横顔を見、気づく。

 上から見たから、綺麗なんじゃない。
 ……きっと、こうして、一緒に見ているからね。

 この腕が振り解かれないのは、きっと、振り解いても抱きつくのを諦めないからだろうけど、本気で拒絶しないのは優しさだ。
 その優しさが、手を当ててくれた。
 嬉しくて、幸せで。
 ルナはその喜びを伝え、彼の頬に唇を寄せた。
 それは、初めての行為だったかもしれない。
 快楽を与える為ではなく、この想いを伝える為のキス。
 貪る為ではなくキスをした瞬間、胸の中に幸せが満ちた。
 頬へ触れるだけのキスなのに、こんなにも幸せになれるなんて。
 真っ赤になったその顔を見られるだけで、胸が一杯になるなんて。
 私に初めてを沢山くれる男性(ひと)───きっと、彼だけ。

 だから、彼はたったひとりの男性(ひと)。
 快楽と精気だけ貪ればいいだけのエサに過ぎなかった男達とは違う。
 私を滅ぼそうと武器を向けてくる男達とも違う。
 ……初めて、嫌われたくない、傍にいて欲しいと思った、優しくて優しい男性(ひと)なの。

 す き

 唇を動かし、ルナは人知れず口元を笑ませた。
 共に過ごした時間を思い出すだけで嬉しい。
 その名を、抱く想いを口にするだけで幸せ。
 触れられたら、もっと幸せ。
 だから、学校から帰ってくる彼を『いい子』で待っている。
 待っているだけの待ち遠しいひと時ですら、甘くて、暖かい。

 鍵が開く音がした。

 ルナは音を耳に拾って、部屋の入り口へ顔を向けた。
 時計を見れば、いつも通りの帰宅時間になっている。
 やっと、帰ってきた。
 愛しいあの子が、帰ってきた。
 ルナは立ち上がり、それから、鏡で装いに問題ないか素早くチェックする。
「大丈夫ね」
 当ててくれた手で頬にキスをした唇に触れてから、ドアが開く音に合わせ、ルナは駆けていく。
 初めての男性(ひと)へ、おかえりなさいを言う為。
 その手で抱きしめ、その唇で彼への想いを告げる為。

 彼女の恋心は人と少し違うかもしれない。
 彼に危害を加えようとする者へは、幾らでも残酷になれるだろう。
 けれど、その想いは偽りないもの、純粋なもの。
 初めての恋する幸せを胸に満たしたルナは、その想いを余すことなく彼に伝える。

 その想いは、彼女だけの恋歌。
 初めて知った、たったひとつのピュアな恋歌。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ルナ(aa3515hero001) / 女 / 26 / バトルメディック】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木です。
この度は発注いただき、ありがとうございます。
生まれて初めて優しくしてくれた一羽さんへ恋に落ちたルナさんの心情やバレンタインデーの想い出を中心に描写をさせていただきました。
同時に、かつてはそうではなかったからこそ、より幸せに感じているというのが出ていればと思います。
ルナさんの恋歌がこれからも幸せであることを願っております。
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2016年02月25日

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