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『春の足音 』
加倉 一臣ja5823)&小野友真ja6901


「♪かーくていしんこくが今年もやってくるー(字余り)」
「違うんだッ、領収書の整理は出来てるんだッ! 記帳してないだけで!!(それ大事)」
 小野友真の鼻歌に、加倉 一臣は過剰反応し椅子から立ち上がりかけ膝をデスクへ強かに打った。
「……ッッ、…ッ」
「……一臣さん、だいじょばない?」
「ない」
 年末年始休みの息抜きを終えて、先送りにし続けていた『奴』との対決が迫っていた。

 年末大掃除の際に目についた『奴』の姿。しかし、それを相手にしていたら年越しそばを食べる暇が無くなってしまう。
 そうして先送り先送り―― 今に至る。

 3月の悪魔。春をお迎えするための恒例行事。その名はカクテイ=シンコク。
 撃退士の傍らでフリーランスのデザイナーなんてやっているものだから、一臣は毎年毎年、このモンスターと戦っている。
 デスクワークの彼の手元へ、友真がコーヒーカップを置いた。それから、アーモンドチョコレートを3粒。ちなみに友真用にはコーヒーではなくココアを用意している。
「頭脳労働には甘いものが一番、てな。こういう時の差し入れに、何がいいかわかってきたような気がするで」
「お、サンキュ!」
「そんで整理はどこまで? 単純に打ち込んでくんは得意、任せろー」
 ふふっと笑い、友真が書類の幾つかを受け取る。
「……なかなか量あるな?」
「面倒掛けます。月別には分けてるけど、更に勘定科目別で分けねばでな」
「まじか」
 真顔になってから、友真はすぐに笑顔に戻し、バァンと一臣の背を叩く。
「面倒なんて、いくらでも掛けたったらええんやて! 今まで見守るしかでけへんかったし」
 大学生になったら、年上の恋人とも少しは対等になれるなじゃないかな。もっと近くなれるんじゃないかな。
 そう考えていた友真だけれど、現実は難しい。
 次から次へと忙しい案件が友真には舞い込んで、振り返れば高等部時代の方が二人の時間は多かったかもしれないなんて。
 一緒に暮らしているのに、すれ違いの生活が続いていた。
(特別な何かではないこういう時間、やっぱりすごい嬉しいな……)
 キーボードを叩く音・紙を捌く音が響き、コーヒーの香りとココアの香りがゆったりと空間に広がる。
 暖かで落ち着いた、愛しい時間だ。

 交際を始めて、二人で暮らすようになって。『大人』の一臣との差を目の当たりにすると同時に、自分に出来ることは何だろうかと考え続けた。
「一臣さん一人を、戦わせたりせぇへんからな。ここにヒーローがおるで!」
「頼もしいわー」
 笑いを返す一臣の声にも余裕がある。
 それまでは死相を浮かべて書類やパソコン画面と格闘していたことを思えば、二人で前倒し事務仕事がもたらす恩恵は大きい。
「……ふたりって、良いな」
「どうしたん、急に」
「友真が居てくれてよかったなってこと! 俺ひとりじゃ、絶対ギリまで逃げてたね!!」
「うん、知っとる」
 にっこり。
「デスヨネ」
 軽く絶望。
 ゆるく会話を繋ぎながら、作業は進む。
「……そういやさ、撃退士として独立したらの話だけど。V兵器は何費になるんだろう……」
「ちなみに今の段階で、一臣さんの場合は経費で落とせるん?」
「デザインに使わないからな!!? 久遠ヶ原の領収書は…… …………」
「学食の、混じっとるけど」
「そこはイチバチで。ほら、取引先との打ち合わせに使った設定」
「設定いうた!?」
 だったら、V兵器も『デザイン参考』に…… いやいやいや。
「独立かー。筧さんを見てると、旅費交通費が一番でかそうな気もするな」
「東海・近畿エリアがメイン活動やゆうてたけど、充分に広いやんな。バイクで移動にも限度があるやろ」
 久遠ヶ原へはV兵器の入手やらメンテやらを含めて頻繁に顔を出しているが、帰りには転移装置を使うという強硬手段を取っているらしい。
「そうか……、転移装置で飛べなくなるのか」
「今までも、帰りは自力やったから同じようなものに見えて片道はタダやったもんな」
 いつかは学園から巣立ち、学んだことを最大限に活かせたら。斡旋所には並ばない、届かないSOSを拾えたら。
 そんなことを考えるけれど、現実は厳しい道のようだ。無論、それを理由に諦める気はない。
「あ。職種登録って大丈夫なんやろか。俺、『ヒーロー』で登録しようと思うとるんやけど」
「撃退士と書いて『ヒーロー』でいんじゃない?」
「……完璧やったな!!?」




 仕事に区切りが付いたら、コーヒーブレイク。
「脳に沁みるーー」
「溶けるなー……」
 カップで両手を温めて、二人は深ーく安堵の息をこぼす。とりあえずため込んでいた分は終了である。おめでとう、おめでとう!
「手伝いサンキュな、友真。これで今年も何とか倒せる……」
「ここまで進めておけば、割と楽なやつ? 余裕の3月と行きたいですね!」
「それな!!」
 毎年毎年、重体覚悟の戦闘任務だから、たまには余裕でクリアしたい。
 計画的なお仕事をして、同時期に死相を浮かべる同業者に対してドヤ顔したい。
「でもって、……こっちは余裕とはいかんかったんやけど」
「?」
 タイミングを探していた友真が、視線を泳がせながら小さな包みを取り出した。
「誕生日プレゼント、やでー。年が明けてしもうたんやけど……」
「えっ、なになに 心の準備が必要な年齢ですからね、むしろ有り難い」
 30代まで崖っぷちとなりました一臣です。
 シンプルなデザインの包装を解き、箱を開けると――
「へぇ、ドッグタグ。……うん?」
「家の住所と、俺の名前も入れておいた。……ここが『帰る場所』、な?」
 とん、と自身の胸を指し、友真は微笑し、赤面し、両手で顔を覆う。
「自分で言っておいてやけど、めっちゃ照れる……」
「照れろ、照れろ。すげー嬉しいよ、ありがとうな。大事にする」
 ネックレスチェーンの付いたそれを、一臣はさっそく身に着けた。
「へへ、よかった。似合うとる」

 休憩を終えて、まだ一日という時間に余裕があることに気づく。
「早めに片付いたことだし…… きっと片付いてない先輩のところ、行っちゃう?」
「筧さんに、新年のご挨拶やな! 行くー!」
「じゃ、まかなって行きますか」
「……まか……な?」
「着替えて。行きますか」
 キョトンとした友真の返しに、一臣は慌てて咳払いを。
 うっかり、郷の言葉が出ましたよね。それもまあ、気を許している証拠ということで。




 どこにでもあるような、ワンルームマンション。
 そこの一つに、フリーランスの撃退士事務所がある。
 友真が慣れた手つきで部屋番号を押すと、インターフォン越しに誰何の声。
「明けましておめでとうございまーす。確定申告でーす」
 がしゃっ、どたがたばたっ
「なーんて。お手伝い要りません? 筧さん」
 開口一番の友真の冗談へ、家主である筧 鷹政の動揺が見て取れた。苦笑しながら一臣が言葉を続ける。

「心臓止まるかと思ったよ……。どうぞ、あがってあがって」
「おっじゃまっしまーーーーす! てぇい!」
「はっはっは! この事務所に入るには、俺を倒してからだ!!」
「入っていいんですか、ダメなんですか」
 タックルを仕掛ける友真に対し、魔王対応を返す鷹政。
 童心に帰る二人の横で、一臣が申し訳程度のツッコミを入れた。


 友真の淹れるコーヒーを、事務所にあった菓子折りと一緒に囲む。
「わ、ほんとに美味しい。コーヒーメーカーで淹れるのと全然ちがうんだな」
「愛、込めてますから」
「なるほど」
「さっきまで、書類整理してたんですよ。で、筧さんはどうなのかなって」
「おかげさまで」
 一臣からの話題に、鷹政は不敵に微笑む。
「12月に、加倉が来てくれただろ。それで一念発起してがんばってみた」
「えっ、何それ俺きいてへん」
 去年の12月、お宅訪問……だと?
 浮気ではないにせよ、楽しいことに自分を呼ばぬとは!
 ソファから腰を浮かせる友真を横目に、一臣は話を逸らす。
「筧さん、書類の量が減ってません筧さん」
「あれは違う、過去に対応した天魔のデータ! 最近のもあるよ、ちょっと覗く?」
「あっ、興味あるかも」
「大体は一過性だから、参考にはしにくいんだけどね」
 デスクに山積みとなっている書類から、鷹政はいくつかを二人へ手渡す。
 主の指揮から外れたもの、ゲートの『力』によって勝手に生み出されては溢れるもの。
 人々の生活を脅かす『サーバント』や『ディアボロ』には、上位の意思が関連付けられていないものが多い。
「ただ、たまーに、昔に相手取ったものと似通ったパターンがあったりしてな。それを結び付けていくと大物に当たる場合もある」
「なるほど……」
「優先順位は低いから、ため込み過ぎたけどさ。手を付けられたのも、3月のボスを倒すメドがついたお陰」
「お互い、今年は穏やかに春を迎えられそうですね……」
「今のところはね……」
 鷹政と一臣が微笑を交わし、どちらからとなく目を逸らす。
 二人は知っている。土壇場になって足りなくなる、それが書類という奴だ。




 有り物材料で一臣がピザ生地を作り、愉快なトッピングで軽い夕飯を賑やかに過ごし。
「俺の方がごちそうになっちゃったな、今日はありがと。気を付けて帰ってね」
「こちらこそー。今年も、どうぞよろしくお願いします」
「今年は! ヒーローも誕生日プレゼント期待してますね!!」
「はは、わかったわかった」
 春の向こうの約束と、今年一年分の挨拶を。


 ボスを倒して、今年も穏やかな気持ちで桜を眺められますように。



【春の足音 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5823/ 加倉 一臣 / 男 /29歳/ インフィルトレイター】
【ja6901/ 小野友真  / 男 /20歳/ インフィルトレイター】
【jz0077/ 筧 鷹政  / 男 /30歳/ 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
はいよる足音、確定申告ノベルお届けいたします。
余裕の事前準備、大事なやつ。
楽しんでいただけましたら幸いです。
良い春をお迎えくだs ……迎えましょう……!(ひとごとではない)
初日の出パーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年02月26日

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