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『 暖まるもの・お鍋とお酒と‥‥ 』
向坂 巴jc1251)&向坂 玲治ja6214

 久遠ヶ原に数多ある学生寮の一つ、常葉荘。
 いつもなら談話室に学生の姿が絶えないのだが、今日に限ってそちらは静か。

 隣のキッチンの方には、人影があるようだ──。



「玲治さん、お野菜切れましたか?」
「もう少しだ、待ってくれ」
「人参が済んだら、きのこをお願いしますね」
 一組の男女が並んで料理に勤しんでいた。向坂 玲治と葛城 巴。巴はここの寮生だ。
 二人で肩を寄せ合って、野菜を刻んでいる。玲治は大根、巴は白菜。この後控えますのは長ネギ春菊、きのこにお豆腐、鶏肉と鱈。
 傍らのコンロには土鍋がおかれ、だし昆布に水が張られている。
 今日は、寄せ鍋だ。

「二人分にしちゃ、多くねぇか?」
「お鍋はたくさん作った方が、美味しいですよ」
 トントントン、ざくざくざく。
 二人の会話も、まな板の上も、キッチンに軽妙な音を響かせていく。

 ざくざくざく、の音がやんだ。
「白菜、終わりました。次は‥‥ネギを切りますね」
 ざるの上にいったん切った白菜をあけてから、巴は長ネギをとろうとまな板から視線を外す。
「‥‥あイテッ」
「玲治さん!?」
 慌てて首を巡らすと、玲治が左手をぶらぶらさせていた。
「刃が当たっちまった」
 少しだけばつが悪そうに、玲治は言った。
「見せてください」
「平気だって」
「ダメです」
「戦場だったら、こんなのかすり傷にも入らないぜ」
 だけれど巴は強硬に、玲治の傷を見ると言って聞かなかった。
「ここは戦場じゃありませんから、そんな言い訳は通用しません」
 玲治は根負けしたように苦笑して、巴に左手を差し出す。巴は優しくその手を取った。傷跡を探して、ライトヒールを施す。
「気をつけてくださいね」
 そう言って、その手を離した。二人は料理に戻る。
 ──と思ったら。
「「あっ」」
 二人の声が重なった。
「ええと‥‥」
「見たぞ」
 ニィと笑って、玲治。気をつけて、と言った直後に自分の指をやってしまうとは、なんたる不覚。
「かすっただけですから」
「ダメだ」
 ここぞとばかりに迫る玲治。
「でも、玲治さん回復使えないじゃないですか?」
 巴は我ながらもっともだと思えることを言ったが、玲治は「いいから」と強引に巴の手を取った。
「こうすんだよ」

「きゃっ──」

 指先にぱくっと吸い付かれて、巴は小さく悲鳴を上げた。
 じっとしてろよ、と玲治に目で言われて、どぎまぎと視線を逸らす。
「誰かに見られたらどうするんですか、もう‥‥」
 そう言いながらも、指を引っ込めたりはしないのだった。

   *

 そんな紆余曲折はありつつも。
「具材の準備ができたので、これから煮込んでいきますよ!」
 意気込む巴が、野菜を放り込んでいく。でもまだお鍋は沸いていない。
「水から煮るのか?」
 玲治が聞いた。
「その方が美味しく出来る、ってこの前聞いたんです」
 水から加熱した方が、旨味がしっかり出るのだそうだ。
「あー‥‥」
 でも春菊は最後にした方がいいんじゃないか。
 思わず口を出しそうになる。
「なんですか?」
 巴が玲治を見た。
「‥‥いや、何でもない」
(まあ、いいか)
 いちいち口を出すのも鬱陶しいかと思い、巴を見守ることにする。

 コンロに火がついた。



 ぐつぐつぐつぐつ。

「いい音ですね」
「美味そうな音だな」
 巴と玲治は互いに笑顔を向けあった。

 舞台は巴の居室に移された。小さな炬燵に二人向かい合って入っている。
 カセットコンロの上では土鍋が湯気を吹き上げて、蓋を外される時を待っていた。
「でも、まずは──」
「ああ」
 巴は梅酒、玲治はウーロン割りの入ったグラスをそれぞれ持ち上げた。

「乾杯!」

 ちん、と透き通った音を響かせて、二人はグラスの中身を喉に滑らせていく。
「ふふ。美味しいです」
 巴はグラスをこと、と置く。
「それじゃあ、蓋‥‥とりますよ?」
「ああ」
 注目の一瞬。

 蓋が上げられると、白い湯気が一瞬で広がって二人の視界を覆い隠した。
「ど、どうですか?」
 肝心の鍋の様子がよく見えず、巴は外した蓋を脇にやりながら玲治に訊ねた。
 玲治は湯気をよけて、鍋をのぞき込む。
「ああ──いい具合だな。食べ頃だ」
 二人で切った具材を満載して、お鍋は色よく煮えていた。湯気に一歩遅れて、食欲をそそる匂いが立ち上り、二人の鼻腔をくすぐった。
 二人は顔を見合わせて、にんまり笑ったのだった。

「さあ、食おうぜ」
「あっ、私がよそいますね」
 玲治が言うと、すかさず巴が中腰になって菜箸を取り上げた。
 出汁をたっぷり吸って柔らかくなった白菜に、長ネギ、人参。鶏肉と鱈を一切れずつとって、最後に春菊を飾り付けるように乗せた。
「はい、どうぞ」
「おう」
 玲治に椀を渡すと、続けて自分の分をよそい始める。
「巴、何から食べる?」
「私ですか? ‥‥そうですね、お魚が美味しそうですよね。あまり煮すぎると、固くなってしまいますし」
 玲治の質問に何気なく答えていると、眼前に玲治の手がにゅ、と出てきた。
「ほら」
 箸の先に、一口大の鱈の切り身が湯気を立てている。
 玲治が促した。食べさせてやる、といっているのだ。
「えっと──」
 少し胸を押さえてから、巴は口を開けようとして。
「それ、熱くないですか‥‥?」
 と言った。
 巴は猫舌である。
「ん、そうか」
 玲治はいったん手を自分の方へ引き戻すと、箸で摘んだままの切り身をふうふうと吹いた。
「これでどうだ?」
 再び差し出される。巴は(まだちょっと湯気が立ってる‥‥)などと思いながら遠慮がちに口を開けた。

 はむ。

「あ、あふ‥‥」
 やっぱりちょっと熱かった。
「平気か?」
「ん‥‥」
 でも、火傷してしまうほどではない。
 落ち着いて噛みしめると、たくさんの具材から染み出た出汁の旨味が、口の中にじゅわっと広がった。
「美味しいです‥‥ふふ」
 思わず笑みがこぼれる。まだ一口だけど、胸の中が幸せで満たされていくのが分かる。
 この思いは、二人で共有しなければ。
「じゃあ、お返しです」
 巴は自分の椀の中から鶏肉を取り上げると、唇を近づけふうふう吹いた。玲治より少し念入りに、ふー、ふー、ふー。
「はい、‥‥あーん」
 ちょっと照れつつ。
 差し出してからひとくちにはちょっと大きいかな、と思ったのだが、玲治は口をぐわっと開けると肉にかじり付いた。
「だ、大丈夫ですか?」
 口をもごもごさせる玲治に思わずそう聞いたが、玲治は大きく喉を慣らす。
 そしてニカッと笑って「美味い」と言ったのだった。

   *

「まだ飲むか?」
「あ‥‥はい。お願いします」
 梅酒を飲み干した巴に、玲治が酌をした。二杯目は甘いチューハイだ。
 暖かいお鍋に、お酒。すっかりリラックスした巴の頬はほんのり上気している。
「巴、ネギ食わねぇのか?」
「ネギは、全部玲治さんの分です」
 笑顔でにっこり、言い切った。

 お鍋の締めは、うどん。
「いろんな出汁が出てて‥‥スープがすごく、美味しいです」
 つるつる、ずるずる、お椀の中のスープも全部、平らげて。
「ごちそうさまでした‥‥」
「美味かったな」
 お箸をおいて、巴はぐーんと伸びをした。玲治と二人きりで囲むお鍋はとても美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまったようだ。
「お腹一杯ですね」
 そう言って、自分のお腹をそっとさすって。「あ、でも」思い出した。
 体を起こし、炬燵から抜け出ると、片隅に置かれていた紙袋をがさがさと持ち上げる。
「デザート、忘れてました」
 食後に二人で食べようと、鯛焼きを二匹、買ってきてあったのだ。
「俺は忘れてなかったぞ」
 甘い物好きの玲治は言い張った。
「とはいえ、こっちも結構腹は膨れてるんだよな」
 一匹まるまるは、ちょっと厳しい腹具合──。

 結局、二人で一匹を半分こすることになった。
「縦に半分にすれば、二人とも頭が食べられる、って以前言ってましたよね?」
 鯛焼きを手に、巴。頭としっぽ論争に新風を巻き起こす、玲治の斬新な視点であった。
 それに従い、巴はしっぽの分け目から、鯛焼きを半分に引き裂き始めた。包丁はキッチンに置いてきたから、手である。
「あ、あれ‥‥」
 慎重を期したつもりだったが、分かたれた鯛焼きははっきり大小がわかるようになってしまっていた。
「玲治さんに大きい方をあげます」
 結局そうなってしまったが、「ちゃんと私の方にも頭は残ってますから、これでいいんです」と巴は胸を張ってみせるのだった。

 鯛焼きはだいぶ冷めてしまっていたが、外皮のパリパリ感はまだ残っていて、十分美味しかった。
「巴」
「はい?」
「ついてるぞ」
 玲治が身を乗り出して、指を伸ばして巴の頬に触れた。そこに残っていた餡子を拭って戻ると、玲治は迷わず指先を口に含んだ。
「ん、甘い」
「な、なんですか、そんな‥‥」
 まるで自分のことをそう言われたような気がして、つい下を向いてしまう巴であった。

   *

「ふう‥‥もう入りません‥‥」
 半分この鯛焼きを平らげると、巴は長く息をついた。
「ちょっと、失礼しますね‥‥」
 長い髪をまとめているリボンを解くと、炬燵に入ったまま、後ろのクッションに体を沈めてしまう。
「そんなところで寝るなよ、風邪引くぞ」
「ちょっと、食休みです──」
 そう答えはしたものの、巴の呼吸はあっという間に長く、深いものになっていく。
「‥‥やれやれ」
 玲治は炬燵を出て巴の傍へ行くと、自分の上着を脱いで巴の上半身に掛けてやる。
「ん‥‥玲治さん‥‥」
 目は閉じられたまま、巴は夢うつつに名前を呼んだ。

 お鍋と、お酒と、愛する人と。巴は暖かなもので身体の内外から包まれている。頬にはうっすらと赤みが残り、口元が幸せそうにほころんだ。

「どんな夢、見てるんだ?」
 玲治は顔を近づけ、囁いた。一緒に目を閉じれば、きっと彼も同じ夢を見ることができるだろう。


 そっと口づけを施すと、眠る巴はもう一度、愛し君の名を呟いた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1251 / 葛城 巴 / 女 / 20 / アストラルヴァンガード】
【ja6214 / 向坂 玲治 / 男 / 20 / ディバインナイト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 二人の寄せ鍋パーティ、いかがでしたでしょうか。
 お鍋の具材は指定が無かったので、こちらで決めさせていただきました。
 美味しく楽しんでいただけましたら幸いです。
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嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年02月26日

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