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『温室に咲く、薔薇二輪 』
ニケ・ヴェレッドka4135)&シエル・ヴェレッドka4132


 新年、ヴェレッド家では当主の家族と親戚達が一同に会し、挨拶を交わすことが慣例となっている。
 そこには当然の如く、次女ニケ・ヴェレッド(ka4135)の姿もあった。
 ハンターとなって暫く前に家を出ていた彼女にとって、それは久しぶりの里帰り――もっとも、帰りたくて帰った来たわけではないが。

「可愛いニケ、久しぶりだね……元気だったかい? 会えて嬉しいよ」
 現当主である義父が、満面の笑みを浮かべながら歩み寄って来る。
 生まれてすぐに両親を亡くしたニケは、この叔父のもとに引き取られ、何も知らずに育った。
 だが、今では知っている。
 この男が相続争いの果てに実の父を死に追いやった張本人であることを。
 かつて実の母に横恋慕し、今では自身にその姿を重ねていることを。
「暫く見ないうちに、また一段と似てきたようだね」
 見つめる瞳の奥に父性ではない何かを感じ、ニケの背筋に冷たいものが走る。
 同時に、やはり同じものを感じたのだろう義母の突き刺すような視線を捉えた。
「新年おめでとうございます、お父様」
 礼を返すふりをして義父の抱擁から逃がれたニケは、最低限の義務だけを果たしてその場を後にする。
 本当は、この場に顔を出すことさえ厭わしかった。
 しかし当主としての正当性を主張するなら、礼儀と伝統は重んじるべきだ。
(「品格に欠けるなどとと思われては、あの女に勝つことは難しいだろうからな」)
 ニケは精一杯に背伸びをし、大股で歩く。
 その足は自然と、温室の方へと向いていた。

「お母様、私……せっかくですし薔薇を見てまいります」
 妹が姿を見せたことで露骨に機嫌が悪くなった母に、シエル・ヴェレッド(ka4132)はそう告げて席を立つ。
 シエルもまた、ハンターとしてその能力を活かすために少し前から家を離れていた。
 口実として持ち出せば、その裏に隠した真の目的を悟られることもないだろう。
「私の白薔薇は、今年も温室で綺麗に咲いているのでしょう?」
「ええ、ええ、そうね! それはもう美しく咲き誇っているわ!」
 私の白薔薇。
 その言葉を聞いて、母親は実に嬉しそうな笑顔を作った。
「白い薔薇は貴女のものよ、シエルさん。貴女にこそ相応しいものだわ」
 それは当主の証と言ってもいい。
 妹のニケにとっては決して手の届かない高嶺の花。
(「でも、私は……」)
 母親に向けて優雅な一礼を返し、シエルは何気ない様子でその場を離れた。
 妹はきっと、そこにいる。
 まだ幼く、何も知らず、ただ仲の良い姉妹だった頃の大切な思い出が残る、あの場所に。


 白い薔薇は、今も変わらずにそこで咲き誇っていた。
 ニケの手では触れることさえ許されない、姉シエルだけの特別な薔薇。
「ボクも昔は無邪気だったな」
 自嘲気味に笑う。
 幼い頃は、姉のようになれば自分も白薔薇が持てると思っていた。
 いつも姉ばかりを見ている母も、自分を見てくれると……冷たい態度が嘘のように消えて、姉と同じように愛してくれると。
 そんなこと、あるはずがないのに。

 温室の壁面には、紫の蔓薔薇が枝を伸ばしていた。
 白い薔薇に追われるように、隅へ隅へと逃げるように。
「ニケちゃん……これを見て、いつもほっぺを膨らませていたわね」
 自分も白い薔薇がいいと駄々をこね、拗ねていた、小さな可愛い妹。
 その姿を思い出し、シエルは小さく笑みを零す。
 あの頃から、母は自分に言い続けていた。
 何かに取り憑かれたように血走った目で、呪文のように『あの子に負けるな』と、そればかりを繰り返していた。
 そこから逃げるように、二人でここに逃げ込んで――
「こっそりお茶会を開いたり、薔薇の迷路で隠れんぼをしたり……」
 二人だけの大切な時間。
 大切な思い出。

 あの日も二人で屋敷を抜け出して、この温室に隠れていた。
 おやつの時間に出された菓子を食べずにポケットにしまって、お茶のポットとカップをスカートの中に隠して。
 冷めたお茶に薔薇の花びらを浮かべて、潰れたケーキを分け合って食べた。
 それはどんな豪華なお茶会よりも楽しく、幸せなひととき。
『私も、いつかお姉様とお揃いのドレスを着たいな』
 幼いニケの目に、二歳年上の姉はお姫様のように眩しく輝いて見えた。
 フリルやレースがふんだんに使われた豪華なドレスは、姉だけが着ることを許される特別なものだった。
 自分がそれを着られないのは、単純にまだ小さいからだと思っていた。
『お姉様と背丈が並んだら、私も着られるようになる?』
『ええ、きっと』
 まだ何も知らない姉妹は、その日を夢見て笑い合った。
『私、がんばって大きくなる。好き嫌いしないで、なんでも食べるね!』
 お揃いのドレスで舞踏会に行こう。
 王子様とワルツを踊ろう。
『じゃあ、その時は一緒に白薔薇のブーケを作りましょう?』
『ほんと? 私も白薔薇でいいの?』
『もちろんよ。あなたは私の、大事な妹なのだから……』

 それはもう遠い昔のこと。
 ニケにとっては二度と戻れない、戻りたいとも思わない時間。
「だって、ボクは知ってしまったから」
 隠されていた真実を。
 あの日から、自分は変わった。
 何をしても自分が白薔薇を持てないと知った日。
 自分の出生を知った日。
 父が父ではなく、母が母ではなく……姉が姉ではないと知った日。
「何も知らずに父の仇に養われていたなんて、滑稽な話だ」
 無邪気に姉を慕っていたあの頃の自分を思い出し、苦いものでも呑み込んだような顔になる。
 何故だろうと、疑問に思うことはあった。
 冷たい母、使用人からの視線、白薔薇……同じ姉妹なのに、どうしてこうも違うのだろうと。
 全ての答えが出た時、白薔薇は憎しみの象徴となった。
 それからはただ、憎しみしか浮かばない。
「……ボクには必要のない花だ」
 ぽつりと呟く。
 その声は誰の耳にも届いていない筈だった。
 しかし――


「ニケちゃん、やっぱり此処にいたのね?」
 その声に振り向くと、人の形をした白薔薇の精霊が柔らかく微笑んでいた。
 いや、そんなはずはない。
 わかっている、あれは敵だ。
 親の代に当主の座を巡って争い、今もまた同じ闘争に明け暮れる仇敵。
「一緒によく来た温室だから、きっと居ると思って」
 その言葉に、紫の蔓薔薇は棘だらけの枝でその身を覆い、返事もせずに背を向けた。
 ピリピリと神経を尖らせた小さな背中に、白薔薇は寂しく微笑みかける。
「必要ないだなんて……そんな悲しいこと言わないでちょうだい」
 そう言った姉に対して棘を向けたまま、ニケは荒々しく苦い口調で言い放った。
「ボクが当主の座を手に入れたら、こんなもの全部焼き払ってやる」
 しかし、シエルは寂しげな笑みを浮かべたまま、静かに手を差し伸べる。
「……私はそれでも、今でも、ニケちゃんを愛しているわ……」
「やめろ、虫唾が走る」
「貴女は大切な、私の妹よ」
 誰よりも気高く、まっすぐで、優しい子。
「ねえ、覚えてるかしら。昔ここで、二人でお茶会をしたこと……」
「そんな記憶はない」
「じゃあ、やってみたらどうかしら? 綺麗な薔薇に囲まれて飲むお茶は、きっと美味しいと思うの」
「そんな事、何故しなければいけない? ボクはそんな暇ではない」
 冷たい視線がシエルを射る。
 だが、ふわりと柔らかな白薔薇は怯まなかった。
「仲直りのため……というのでは、いけないかしら」
「くだらない、そして不可能だ」
 そう言い残し、ニケは足早に温室を後にした。

 その背に向けて、シエルは投げかける。
「こんな事に意味は無いわ、もう辞めましょう?」
 誰も聞いてはくれない、誰の耳にも届かない、けれど言い続けている、心からの言葉を。

 どれだけ言い続ければ、それは届くのだろう――


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4135/ニケ・ヴェレッド/女性/外見年齢15歳/紫蔓薔薇】
【ka4132/シエル・ヴェレッド/女性/外見年齢17歳/白薔薇】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
ご依頼ありがとうございました。
また、ぎりぎりまでお待たせして申し訳ありません。

お二人にいつか、幸せな未来が訪れることを祈りつつ――

口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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ファナティックブラッド
2016年02月26日

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