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『砕けた薄氷(破片/起源) 』
薄氷 帝jc1947

 ざぶり。

 角を曲がった。

 ぞぶり。

 瞬間、別世界が広がっていた。

 がぶり。

「――――は?」

 ぐちゃり。

 辻を曲がればそこは地獄で、

 がつ、がつ、がつ。

 迂闊にも足を踏み入れた。

 ごり、ごり、ごり。

 薄氷 帝(jc1947)の目の前で、たった今まで談笑していた――――の頭部に、何かがすっぽりと覆い被さった。
 ごりごりがりがりもちゃもちゃばきばき。
 鈍い音が響く。綺麗に着飾った紅一点の――の身体がびくんびくんと跳ねる。
 頭部に被さったそれはどう見てもこの世にあるまじき物体で、そう、なんというか全身に牙の生えた軟体生物が、

 悲鳴が轟いた。

    …

 赤いレーザー光が走ったような気がした。隣にいた――の腹部が吹き飛ぶ。生物の教科書で見たことのある諸々がアスファルトに散らばった。
 ふわりふわりと白い羽が舞い降りた。天使の羽。テレビCMでよく見るそれらはしかし、爆ぜた。さながら手榴弾のように、逃げようとした――の脚部を粉砕した。
 黒い歪曲した何かが飛んできた。刃物、鎌、と認識した頃には、呆然としていた――がまるでチーズのように縦に裂けた後だった。

「なんだ、これ」
 ごりごりごり。
 帝の足下では――の身体がのたうっている。もはや肉体の反射で行われる奇怪なロボットダンス。
 ばりばりばり。
 寒いと言っていた足が無様に動く。手入れされた肌がアスファルトに削られていく。

 爆音/転がり落ちる人/悲鳴/怒号/車のクラッシュ音/唸り声/

   鳥の鳴き声/砕けるガラス/ぐちゃり/爆ぜるトラック/煙る街/焼けただれた赤色/

      悲鳴/嗚咽/叫喚/嬌声/爆音/クラクション

「なんだよこれ――――――ッ!」
 見慣れたはずの街は、たった一秒で地獄へとすり替わった。

 大量の白と黒の羽が舞い降りた。

「に、 げ」

 ――の声が聞こえた気がした。

 爆音。断絶。

    …

「――――あ」
 意識を取り戻す。目を開けて――違和感を覚える。右目が開かない。何かべっとりとしたものが瞼に降りかかっている。
 確認しようと思って手を動かす。

 ――途端、猛烈な痛みが全身を駆け抜けた。
 いや、全身が痛みを訴えていることを認識した。身体中が痛くて熱くて、何がどうなっているのか脳のキャパシティを越えている。

「が、あ、う……」
 それでもなんとか身体を起こす。左目を開ける。聴覚と嗅覚がぼんやりと蘇ってくる。
 不確かな五感で、再び世界を認識する。


 そこはまるで異世界だった。

 瓦礫の山。燃える家々。聞こえる怒号。不愉快な焦げた臭い。
 まるで壊れた模型のように、あちらこちらに散らばる人体のパーツ。
 おおよそ、平凡で凡庸で見慣れた自分の街とは思えないほど、かけ離れた光景だった。
 現実だと認めたくないくらいに、絶望的な風景だった。

「あ、」
 這いずって移動する。
 何がなんだか分からない。
 ただ――大好きな友人達はどうしただろう。どうなったのだろう。どうなったんだっけ?

「  あ、」
 やがて、ヒトガタを見つけた。
 それはまるで現実を突きつけるように、原形を留めていた。
 見慣れていたはずの制服姿。いつの間にか大人っぽくなった幼馴染みの身体。
 頭部だけが、なかった。

「 あ、 あ、  ああ」
 あり得ない方向に足を曲げた――がいた。
 腹部に大穴の開いた――がいた。
 縦に裂けた――がいた。
 あちこち煤けた――の頭だけが転がっていた。

 これは現実なんだよとせせら笑うように、大切な友人達のパーツが、

「――かど!」
 不意に自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。聞き慣れた声だった。
 それは尊敬してやまない両親のものであり、困った人を捨て置けない強い人達のものであり、こんな状況でも自分の息子を気に掛けられる立派な大人のものであり、
 二人は血相を変えて自分の元へ、
「――――あ」

 駄目だ。それは、駄目なんだ。
 どうして駄目なのかを理解する前に直感し、そしてそれはコンマ秒のうちに的中した。

 翼の生えた黒い/白いナニモノかが降ってきた。
 それは赤子の手を捻るように両親の身体をいともたやすく、


  どくん どくん どくん
  止めろ/止めろ/止めろ

    どくん どくん どくん
    止めろ/止めろ/止めろ

      どくん どくん どくん
      誰が?/何を?/僕が、


「うああああああああああああああああああ!」
 咆吼。
 瞬間、帝の身体が嵐のような暴風を纏った。

 止めろ。止めろ。止めろ。
 止める。止める。止める。
 ――僕が、止めなきゃ!

 その右手に雷の剣を。その左手に炎の槍を。無意識のうちに引き抜いて、いつの間にか自由に動く身体で飛びかかる。
 目の前の白い/黒い異形を刺し貫いて、いともたやすく絶命させる。
 その余波で、その向こうの人間までもが吹き飛んだ。

 薄氷帝は、覚醒した。

    …

 迸る雷。
 疾ける炎。
 吹きすさぶ風。

 ――やるんだ。僕がやるんだ。
 一心不乱に振り回す。バケモノはいともたやすく壊れていく。
 形勢はたやすく逆転した。

 ――止める(コロス)。止める(コロス)。止める(コロス)。
 あれほどまでに不条理だった異形どもは、帝の力で虫のように落ちていく。
 そもそもが放置されていた下級の天魔共。お互いにとって『目が合ったからじゃれあった』程度の行動原理。力も知能もたかが知れており、

 ――殺す。『俺』が、お前らを、殺し尽くす。
 故に。
 覚醒したばかりとはいえ、『全力の殺意』を以て驀進する帝に敵う道理があるわけもなかった。


    …

 ふと、気がついた。
「――い、っづ……」
 同時に全身が危険信号を訴える。もうやめろ、これ以上は壊れる、痛い。
 地面に膝を突くと、身体を纏っていた雷も炎も風も消失した。

 息を吐く。
 いつの間にか開くようになっていた右目を擦り、乾ききった血がぼろぼろと零れ落ちる。
 辺りを見た。
 振り返った。

「――――」
 息を呑む。
 街を舞台にした地獄絵図には、いつの間にか加筆修正が加えられていた。
 『スパークしたような焼け跡』と、『炎に嬲られたような』と、それらを『暴風が混ぜ返した』ような、そんな意匠が増えている。

 うめき声。泣き声。炎と水と電気という、ライフラインの壊れた音。
 あちこちに散らばる怪物の死体。

 それがどういうことか、すぐには理解が及ばなかった。
 理性が理解を拒絶した。
 けれども、優秀な帝の頭脳は冷徹にその意味を解析してしまい、


 悲鳴を上げた。


 帝は走り出す。
 全てに目を背けて走り出す。
 受け止めるには重すぎた。
 退屈ながらも愛おしい日常は、一瞬にして崩壊した。
 永遠に続くかと思っていた日々は、永遠に手の届かない所へ行ってしまった。

 ――俺が、俺がやるんだ。
 気づけば遠くにバケモノの影。一度意識してしまえば感知するのは簡単だった。
 ――お前らを、一匹たりとも、逃さない。
 帝は走る。ただひたすら、前だけを向く。
 ――俺の大切なものを、守るために。
 復讐の鬼と化す。

(続)


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【 jc1947 / 薄氷 帝 / 男 / 19 / アカシックレコーダー:タイプB】
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エリュシオン
2016年02月26日

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