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『砕けた薄氷(破片/接続) 』
薄氷 帝jc1947

 ――殺す。殺す。殺す。

    …

 敵の名前は天魔というらしかった。
 いわゆる天使と悪魔で、共に人類の敵であるらしい。
 どうでもよかった。

 殺す、殺す、殺す。

 右手に炎を、左手に雷を、身体に風を。
 この手に残ったものはこの異能だけ。
 これを以て、俺は。

 殺す。殺す。殺さなければ。

 東に天使の出現があれば、行って殲滅してやり。
 西に悪魔の出現があれば、行って蹂躙してやり。
 南に天使の出現があれば、行って撲滅してやり。
 北に悪魔の出現があれば、行って駆逐してやり。

 殺し、殺して、殺し尽くして。

 ふとそれと同類の人間が目に入った。いわゆる婦女暴行の一歩手前。たまたまそこに居合わせた。
 なんとなく殴り飛ばした。ゴミを触っただけだと思った。
 「ありがとうございます」と震えた女は言った。
 何も感じず、何も思えず、何も言うことはなく、そのまま立ち去る。
 あんなにも憧れた両親のあり方は、今や時間の無駄以上の何物でもなかった。

 それよりも、何よりも、俺は。

    …

 ノイズが酷い。情報が何も流れてこない。破損している。忘却している。そもそも記憶していない。

    …

 天使がいた殺す悪魔がいた殺せ天使を潰して悪魔を吊して天使を焼いて悪魔を灼いて天使を刺して悪魔を潰して天使を晒して悪魔を並べて天使を切断悪魔を攪拌天使を圧殺悪魔を轢殺惨殺絞殺扼殺刺殺毒殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺

    …

 気づけば身体が動かなくなっていた。
 殺さなければいけない。
 俺は殺さなければいけない。
 何を。誰を。何のために。奪われたから。
 何を? 誰を? 何のために? 奪われたから?
 何が? 誰に? 何のためで? 奪われたのか?

 わからない。
 わからなくなっていた。
 何もかもが不明瞭で、全てが認識不可能で、そもそも俺は誰だっけ?
 右手に雷、左手に炎、身体に風を。
 いつも通りのイメージを浮かべた途端、ずきんと何かが壊れる音がした。
 うおおおんと体内から唸る悲鳴。壊れ続ける音が聴覚を支配し続ける。
 だから、そんなことより、俺は、

「おーい、大丈夫? 生きてる?」
 ノイズが聞こえた。


    ◇

 ――ふと、目が覚めた。

 一面の白が目に入る。ぼやけた五感が異常を認識し、身体に命令を叩き込むが動いてくれない。
 動いてくれなかった。自分の身体だとは思えないほど鈍重で、意識だけの存在になってしまったのではないかと錯覚する。

 ふわ、と冷たい何かが頬を撫でた。同時に白い何かがひらひらと目の前を舞った。
 やがて視界が戻ってくる。
 真っ白だと思っていたものは、白い天井だということにようやく気づいた。

 自分は横になっている。白いベッドに寝かされている。頬を撫でたのは風で、なびいたのはカーテンだ。
 視線を動かすと、自分の腕にチューブが刺さっていることに気がついた。
 ぴ、ぴ、という電子音が、頭のすぐ横で鳴っていることに気がついた。

 つまり、この状況は。

「おや、目が覚めたかい?」
 優しい声がする。視線を動かすと、白い衣装を身に纏った中年の男性が立っていた。
 ――要するに、ここは病院なのだった。

    …

 二日間の静養を経て、ようやく身体が動くようになってきた。
 医者の言う限り、極度の栄養失調とストレスによる過労だったらしい。本来なら二日やそこらで立ち直れるものでもないとも言っていた。
「流石は覚醒者とでも言うべきかな」
 覚醒者、という言葉を始めて耳にした。
 曰く、自分のように超能力に目覚め、天魔に対抗しうる力を持つものの総称であるという。
 総称と言った。それはつまり、

「私達は久遠ヶ原学園という学校に所属している。久遠ヶ原は覚醒者の学び舎であり、天魔と対抗するための機関だ」
 いつの間にか現れていた制服姿の男――見るからに同年代――はそう言った。
 それはつまり、自分のような能力者は他にもいるということだ。
「君のことは聞いている。天魔の勢力争いに巻き込まれ覚醒、野良で天魔狩りを繰り返していた、と」
 それから色々と『確認』をしてきたが、いまいちピンと来なかった。
 例えば出身が――であるとか、倒した天魔の数が野良としては規格外だとか、密かに『復讐鬼』と呼ばれていたことだとか、その他の諸々が分からなかった。
 というより、思い出せなかった。
 ……いや、そもそも記憶していなかった。
 ただひたすら、目の前の『敵』を屠ることだけしか意識にない。
「正直なことを言えば、私達としても君の存在は放置しがたい。無計画に暴れられるとこちらとしても計画が狂うし、見捨てるのも寝覚めが悪い。何より――」
 何を思ったのか、男は自分に向かって手を差し伸べてきた。
「君の才能は捨てるには惜しい。私達の仲間になってくれないか。共に、天魔から地球を守ろう」

 ――思い出した。
 そう。俺は、あいつらを殺すために修羅となった。
 俺の大切なものを蹂躙し尽くしたあいつらを殲滅するために鬼となった。
 それでも独力では限界があり、今こうして倒れている。

 ……倒れている暇なんてない。
 そして目の前の男――いや、その背後には同じ力を持つ連中が山ほどいるのだろう。
 この手の先には、久遠ヶ原学園というその組織には、『手駒』となり得るヤツらが、いくらでも。

 その手を握った。こくりと頷いた。
「そうか。それは良かった」
 何を勘違いしたのか、男は嬉しそうに破顔した。

 俺は天魔に復讐する。俺の味わった地獄を、お前らにも味わわせてやる。
 そのための手段として、俺は久遠ヶ原に所属する。
 にたりと笑う。暗く昏い笑みだった。

「ようこそ久遠ヶ原へ。私達は君を歓迎する。――薄氷、帝くん」
 そこでようやく、俺は自分の名前を思い出した。


(そして本編へ続く)


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jc1947 / 薄氷 帝 / 男 / 19 / アカシックレコーダー:タイプB】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせいたしました。私なりの帝さんの空白期間はこれで締めとなります。
 意識的に『中二』的なテイストで纏めてみました。いかがだったでしょうか?
 この度はご発注ありがとうございました。またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
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エリュシオン
2016年02月26日

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