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『冬眠、暁を覚えず 』
アリストラ=XXka4264)&ギュンター=IXka5765


 春は眠いと、遥か昔のどこか別の世界で誰かが言ったそうだ。
 しかし、言わせてもらえば冬だって眠い。
 クマもリスも、カエルやヘビだって冬の間は寝て過ごすではないか。
 つまりそれは生物にとって自然な選択であり、必要最小限のエネルギー消費のみで生命を維持するという無駄のない合理的な生存戦略であり、摂食も排泄も行わず環境に優しいロハスで意識高い系の行動様式であり――

 要するに、人間だって冬眠したいのだ。

 させてくれ。
 起こすな。

 起こすなと言うのに……!


 その屋敷は、冒険都市リゼリオの片隅に建っていた。
 門扉には六芒星の模様が描かれ、そこから玄関先まで続く飛び石の通路は長く、両脇には季節の草花が咲き乱れている。
 石を渡った先にあるのは赤い煉瓦屋根の大きな洋館。所々にヒビの入った白壁には蔦が奔放に這い回っていた。
 何処かの貴族か豪商の持ち物のようだが、そこに出入りする者達の顔ぶれは一風変わっている。
 年端も行かぬ少年少女から老紳士まで、種族も様々、纏う空気も様々。
 共通点と言えば、多くの者が身体の何処かしらに奇妙な刺青を施していること、くらいだろうか。
 そこは、とある地下組織に属する者達が住まう場所。
 リアルブルー風に言えば、社員寮といったところだろうか。
 その一室に、コツコツと響く規則正しい足音が近付いて行く。
 足音の合間には、これまた規則正しくカツンという音が合いの手のように混ざっていた。
 音の主はノックもせずにドアを開け、手にしていた杖を壁に立てかけると、躊躇いもなく部屋を突っ切って窓辺へと歩み寄る。
 そしていきなり、遠慮の欠片もなく豪快に、カーテンを開け放った。

 ジャッという無慈悲な音が鼓膜を貫き、閉じた瞼の奥に眩しい光が叩き付けられる。
「んぁ……?」
 窓際のベッドで惰眠を貪っていたアリストラ=XX(ka4264)は、あからさまに不機嫌そうな起動音を立てた。
 しかし、そのまま起動フェイズを続行するかと思いきや、頭の上まで毛布を被って再びのシャットダウン。
 だが天から伸ばされた細い腕はそれさえも許さず、毛布という名の保護カバーは容赦なく引っぺがされた。

 誰だ、俺の眠りを妨げる奴は。
 幸せな夢を取り上げようとする奴は。
 許すまじ。
 アリストラは、その不届き者を断罪者の眼で見据えた――ただし、寝惚け眼につき本人が期待したような効果は全くと言っていいほど現れてはいなかったが。
 いや、寝惚けていなかったとしても、その相手には効果がなかったことだろう。
 何故なら、そこに立っていたのは――

「おはよう、アリス。良く眠れましたか?」
「なっ……兄者……?」
 その姿を認めて、アリストラは慌てて飛び起きた。
 柔和な笑みを浮かべて枕元に立っているのは、ギュンター=IX(ka5765)――アリストラの兄弟子だ。
「随分と無防備な寝顔で……お互いもう良い大人になりましたが、そうしていると幼い頃の面影が――いや、流石にそれはありませんか」
 可笑しそうに含み笑いを漏らしながら、白髪の紳士は弟分の奔放に跳ねた髪に手を触れる。
「しかし、この頑固な寝癖だけは相変わらずですね」
 直そうとしても直らない寝癖を抑えるついでに、その頭をポンポンと撫でる。
「兄者……」
 まるで幼い子供に対するような仕草に、アリストラは僅かに不満げな声を上げた。
 情けない姿を見られて、ただでさえ恥ずかしいのに、そのうえ頭を撫でられるなんて。
 しかし、この人に抵抗出来る筈もなかった。
 何しろ記憶にないほどの遠い昔から、ギュンターはアリストラと共にあるのだから。
(「子供扱いするなと言っても、兄者にとっちゃ俺なんかまだまだ小僧っ子なんだろうな」)
 髪に触れる指は昔に比べて細く、骨張っている。
 しかしその感触は、昔と変わらなかった。
 くすぐったいような、気持ち良いような、もっと触って欲しいような、やめてほしいような。
 覚えてはいないが、子供の頃の自分は「もっとやって」と素直にせがんでいたかもしれない。
 だが今のこの図は恥ずかしすぎる。
 頭をナデナデされて喜ぶオッサンとか誰得なのか。

 漸く解放されたアリストラは、いつもの癖で枕元の煙草に手を伸ばす。
 が、その手は目当てのものに触れることなく戻された。
 特に咎められることもなかったが、兄貴分の前で煙を吐き出すのは何となく憚られる。
 しかし、かといってこのままではどうにも口寂しかった。
 そんな気分を読まれたのだろうか。
 ギュンターは傍らのテーブルにちらりと視線を投げる。
「疲れていたのでしょう? このところ仕事が立て込んでいましたからね」
 その視線を辿った先には、いつの間にかティーセットが用意されていた。
 繊細な模様が描かれたポットに、手の込んだ細工が施されたカップが二客。
「私も最近は中々時間が取れませんでした。でも今日は久々に、ゆっくり出来そうでしたので……」
 皿の上に盛られた、クルミたっぷりの焼菓子を横目で見る。
「……小腹か空いていないかと思いましてね。お茶に付き合ってくれると嬉しいのですが」
「減ってるぞ、小腹どころか大腹だ」
 時は既に正午を回り、胃袋はすっかり空になっていた。
 しかし寝起きの身体には軽めのほうがありがたい。
「では少しお待ちを……紅茶を淹れますので」
 その間にアリストラは寝乱れた衣服を整え、しつこい寝癖が残る赤い髪を無造作に後ろで結ぶ。
 眼帯は付けずにそのまま、無精髭は……まあいいか。
 ザラザラの顎を撫でたところに、紅茶の香りが漂って来る。
「良い香りだ」
 思い返せば、この香りはいつもアリストラの傍にあった。
 幼い頃は勉学の合間に、青年になってからは仕事の合間に。
 紅茶が飲みたいと、頼んだことはなかった気がする。
 けれど気が付けば、落ち込んだ時や何かの節目には、必ずこうしてギュンターが紅茶を淹れてくれた。
 今もそうだ、頼んだわけでもないのに――しかし、こうして目の前に出されてみれば、確かに自分はそれを欲していたと気付かされる。
「兄者は怖ろしいな」
「はて、怖ろしい……ですか?」
 苦笑いを浮かべた弟分に、兄は悪戯な笑みを返した。
「ああ、俺がまだ形にしてない考えまで、全部お見通しなんじゃないかと思えてくる」
 多分それは気のせいではない。
 だが、ギュンターに何か特別な能力が備わっているというわけでもなかった。
「お互い長い付き合いですからね」
 弟分のちょっとした癖や顔色を見れば、大体のことは見当が付く。
 特にこんな風に油断している時には、好みやら機嫌やらが色々と筒抜けだった。
「因みに今は……つまみ食いをしようと考えていますね?」
 言われて、アリストラは伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。
「いえ、どうぞ食べてください。もうお茶も入りますから」
 くすくすと笑いながら、ギュンターは可愛い弟分の目の前に菓子の皿を置いた。
「……美味い」
 一口食べて、その程よい甘さと絶妙な焼き加減に思わず唸る。
「流石、兄者……俺の好みを熟知してんな」
 敵わないな。
 いや、敵うはずもないと目を細める。
 普通なら悔しがる場面なのかもしれないが、アリストラはそれが嬉しかった。
 組織の中でただひとり、こうして素に近い自分を見せることが出来る人。
 甘えることが出来る人。
「兄者の紅茶は久し振りだ。……それに、この屋敷でこういう静かな時間もな」
 カップから立ちのぼる香りを楽しみ、アリストラは嬉しそうに笑った。
 無防備に寝ている時でさえ姿を現さなかった、子供の顔がちらちらと見え隠れする。
 集団にいてもどこか一人に見えてしまう彼の、普段と比べて幾分か柔らかい表情。
 それを見られるのは、兄貴分だけの特権だ。
(「いつも眉間に皺寄せてると疲れません? もっと笑えば良いのに勿体ないですねぇ」)
 それを口に出したところで、きっと何も変わらない。
 だからこうして、さりげなくお茶に誘う。
「またこうして、度々お付き合いくださいね、アリス」
「ああ、そうだな……兄者」
 兄の誘いならいくらでも、ありがたく付き合わせてもらおう。

 今はただ、この穏やかな時間が変わらぬ事を祈って――



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4264/アリストラ=XX/男性/外見年齢46歳/可愛い弟分】
【ka5765/ギュンター=IX/男性/外見年齢65歳/気の利く兄貴分】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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可愛いコワモテおっさんを目指してみましたが、いかがでしょうか。

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ファナティックブラッド
2016年02月29日

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