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『羽根突き #とは 』
矢野 古代jb1679)&ミハイル・エッカートjb0544)&ラカン・シュトラウスjb2603)&蛇蝎神 黒龍jb3200)&緋打石jb5225)&華桜りりかjb6883)&ファウストjb8866)&稲田四季jc1489


 正月。
 矢野 古代(jb1679)は暇を持て余していた。
 それはもう思いきり持て余していた。

 愛する娘はふらりと一人旅に出かけたきり、まだ戻らない。
 旅先からは時折思い出したように絵葉書などが届くし、電話で連絡をとることもあるから、寂しくはなかった。
 そうだ、寂しくなんかない。
 ただ暇なだけだ。

「新年の親戚周りは学園の依頼って事にしたし、そもそも親戚こっち来ねえしな……」
 訳:めんどくせぇ
 社会的責任のある立派な大人の言うことではない。
 率直に言うと駄目人間のような発言であった。
 しかし今は正月、少しくらいは駄目になっても許される時節だ。
「あー、寝正月さいこー。もう動かねえぞ、俺は炬燵と結婚するんだ」
 酒とツマミ、それにミカンとTVのリモコンは手の届くところに用意した。
 後は動く用事があるとすればトイレくらいなものだが寧ろトイレが来い。
 呑んで食べて、ゴロゴロして、中年体型に一直線だがダイエットは松が取れてから。

 しかし、どんな幸せも慣れてしまえば飽きるもの。
 飽きてしまえば、長い休みもただ退屈なだけの苦行となる。
「暇だ……」
 古代は炬燵にすっぽりと嵌まりながら、和室の天井を見上げた。
 中年が、いや年齢を問わず、人間が暇を持て余すとろくなことにならない。
 古来より小人閑居して不善を為すとも言うではないか。
 では器が大きければ立派な行いをするのかと言えば、それはそれで晩年の豊臣なんたらのように「ちょっと暇だから隣の国ぶんどって来るわ」になったりする。
 暇を持て余した挙げ句の行動なんて、結局のところそんなもんだ。

 というわけで。
「そうだ、羽根突き大会をしよう」
 そういう事になった。
 何故?
「そこに羽子板があるからだ」
 ないけど。
 見えたんだよ、なんかそんなイメージが。
 これは啓示だ、初詣にも行ってないけど、神様が啓示をくださったのだ。

 そうと決まれば大会の参加者を募らねばなるまい。
 古代は硯を用意して、墨をすり始めた。
 黒く艶やかな石の肌に堅い墨を滑らせているうちに、興奮に波打った心が静かに落ち着いてくる。
 出来上がった墨を筆にたっぷりと含ませ、一気に書き上げた。


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 『 挑 戦 状 』

 仁義なき羽根突き大会に挑む者よ、来たれ。

 交戦協定は2つ。
 その一、羽根を落としたら墨汁を顔に塗りたくること。
 その二、板が折れたら全身に墨汁で模様を描くこと。

 参戦にあたっては白い着物を推奨、ただし各自で用意されたし。

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「これでよし」
 書の出来映えに満足した古代は、早速それを伝書鳩の足にくくりつけ――
 いや、今はそんな時代ではない。
 ぱしゃっと写メして一斉送信ぽちっとな。
「便利な世の中になったものだ」
 一体いつの時代から生き続けているのかと問いたくなるような台詞を吐いて、満足げに息を吐く。

 さて、誰が来るかな――?



 その瞬間、彼に繋がる者達の携帯やスマホが一斉に着信音を鳴らした。

 ミハイル・エッカート(jb0544)は 不良中年部の部室で独り寂しく酒盛りの最中だった。
 いや、寂しくはない。
 炬燵のふりをしたロボット犬しいたけしめじえりんぎ通称しめりんに潜り込み、周りには暖を取ろうと集まって来た野良猫達がみっしり。
「日本の正月は炬燵でミカン、手酌で熱燗。これが最高だぜ」
 周りに猫がいれば尚良し。
 しめりんのヒーターでスルメを炙って、猫達にもお裾分け――
「いや、猫はスルメを食べると腰が抜けると、どこかで聞いたな……」
 なんでも猫にはイカを消化する酵素を持たないとか。
 それに塩分が高いのも身体に良くない。
「お前達にはやっぱりこれだな」
 初売りセールでGETした猫グッズ福袋、その中に入っていた最高級の猫缶を取り出してみた。
 と、匂いが漏れる筈もないのに、たちまち押し寄せて来る猫、猫、猫。
「待て、慌てるな、今開けてやるから……!」
 にゃー、にゃー、にゃー!
 本物の猫の声に混じって、猫声の着信音が鳴る。
『にゃにゃにゃにゃーん♪ にゃにゃにゃにゃーん♪』
 かの有名な交響曲第五番の第一楽章である。
 あまりに有名すぎて、逆に出だしの部分しか記憶にないそのメロディを猫が歌っていた。
 いや、実際はそれっぽく聞こえる電子音だが、細かいことは置いといて。
「ん? なんだ?」
 リアル猫にもみくちゃにされつつメールを開いてみる。
「古代からの挑戦状?」
 猫缶の中身を皿に移しながら、読み進むこと暫し。
「新春早々バトル、しかも死装束で来いとは上出来だ」
 受けて立とうじゃないか、ちょうど炬燵でぬくぬくしすぎて身体が鈍っていたところだ。
 そうと決まれば早速――まずは白い着物を用意するところからか。
 葬儀屋に行けば売っているだろうか?

 ラカン・シュトラウス(jb2603)は毛並みの手入れをしていた。
「この白く美しいボディを保つには、日頃の手入れが欠かせぬのである!」
 なにせ白だからね、少しでも汚れが付くと目立つからね。
 それはもう、お肌の手入れに毎日の貴重な時間と財産を惜しげもなく注ぎ込む女性の如く、いや、それ以上の情熱をもって自分を磨く。
 もちろん正月だからといって、その手入れを怠ることはない。
 お陰で彼の毛並みはいつもツヤツヤピカピカもっふもふ。
 一点の曇りなきこの純白を汚すなど、まるで花嫁の白無垢に泥を塗るかの如き悪辣非道な所業。
 そのようなこと、断じてあってはならないのである。
 よって、彼は引き籠もる。
 だって外に出たら汚れるじゃない!
 しかし、そんな彼にも弱点があった。
 楽しそうなことには目がないのである。
 ついでに友人の誘いは断れない性分でもあった。
 そんな彼のもとへメールが届く。
「ぬははははー! 矢野殿が何やら楽しそうなことを画策しておるな!」
 出欠の返事?
 そんなもの、返さずともわかるであろう!(えっへん

 ファウスト(jb8866)は古代の『うちの子達に恋人が出来るなんてお父さん(お爺ちゃん)絶対許さないぞ同盟』の仲間である。
 同盟の構成員は、ほぼ毎日のように保護者会チャットに顔を出す。
 特に話すことがなくても顔を出す。
 出て来ない時は何か世界を揺るがすような重大事件に関わっている時か、リアルで娘や孫とイチャついているかのどちらか――ほぼ100%後者である。
 ごく稀に娘や孫が機嫌を損ねた等の些細な、しかし本人にとっては世界の終わりレベルの重大事によって、ネットに繋ぐことも出来ないほどの特大ダメージを受けている場合もあるが。
 正月、古代はどうやらその最後のケースに当て嵌まってしまったらしい。
(「奴は今日も不在か」)
 ちょっぴり心配になったファウストが様子を見に行ってみようかと考え始めた、ちょうどその頃。
 ぴろろん、とシンプルな着信音が鳴った。
「む、生きていたか」
 便りがないのは元気な証拠と言ったのは、通信手段が手紙か電報くらいしかなかった頃の話だろう。
 今は手軽に瞬時に誰とでも繋がれる、寧ろ繋がりすぎて鬱陶しく思うこともある時代だ。
 恋人同士なら三日の音信不通で浮気を疑われ、一週間で破局に至りかねない。
 有名人ならアカウントが乗っ取られ、炎上した上に死亡説が流れ、実際に社会的な死を迎える可能性もあるだろう。
 そんなことを考えながらメールを開く。
 現れたのは――
「なんや、挑戦状やて?」
 これはまた正月早々に物騒なことだと、背後から誰かの声がする。
「おめっとさんやね、玄関開いとったで勝手に上がらせてもろたで」
 振り向くと、蛇蝎神 黒龍(jb3200)が画面を覗き込んでいた。
 年末年始のアレコレを終えて、デスクワークから解放されたので、ファウさん家に息抜きに遊びに来ましたー。
「おもろそうやね、行くん?」
「売られた喧嘩は買わねばなるまい」
 売られてないし、喧嘩でもないけどね。
「ほなボクも行こかね、なんや楽しそうやし」
 黒龍は持って来たマッコリの瓶を抱え直す。
 二人で呑もうと思って持って来たものだが、大勢集まるとなると到底足りない。
 途中で酒屋にも寄って行こうか。

 緋打石(jb5225)は寝正月を楽しんでいた。
 クリスマス? 知るかよ。
 正月? 昼間から堂々と酒が呑める日だろ?
「もっとも一年中何があろうと、いつでもどこでも酒は呑むがな!」
 なお彼女はこう見えても年齢三桁である。
 ロリBBAである。
「そう言えば昔、そんな歌が流行ったものじゃのう」
 一月は正月、二月は豆まき、三月は雛祭り。
 花見に子供の日に田植えに七夕、暑いからと言っては呑み、台風が来たと言っては呑み、特に何もない時にもやっぱり呑み、師走のクソ忙しい時でも忘年会と称して呑みまくる。
 それがこの国の大人だと聞いた。
 ダメ大人? 知るかよ。
 そんなわけで一人で酒盛りをしようと思い立ったその時。
「なんじゃ、正月早々……」
 年賀メールだろうかと開いた画面に、堂々と「挑戦状」の文字が。
「この自分に挑むとは身の程を知らぬ奴よ」
 どこかの悪の大幹部の如くニヤリと笑み、緋打石は立ち上がった。

 華桜りりか(jb6883)には、洋風な遊びのことはよくわからない。
 しかし和の遊びなら多少は得意だった。
 多少と言う割には、メールの画面に据えられた目は真剣そのもの。
「ふむ……これは勝たなければいけない勝負なの、ですね」
 挑戦は受けるもの。
 そして相手が挑戦して来たということは、こちらが上級者であると思われているのだろう。
 これはいわゆる道場破りだ。
 負ければ道場の看板が奪われてしまう。
 羽根突き道場を開いた覚えはないし、ありもしない看板を奪うことも出来ないが、そういう設定ならば乗らねばなるまい。
「華桜流の看板は、あたしが守るの……です」
 よくわからないが、とにかくそういうことになった。

 稲田四季(jc1489)はJKである。
 イマドキのJKは胸部装甲も厚いが顔面の装甲も厚い。 ※ただし個人差があります
 つまり、家でも学校でも、オンでもオフでも、いついかなる時にも化粧は欠かせないのだ。
 学校に行くのに化粧は必要ない、学生は色気など出さずに勉強とスポーツに励めば良いのだ――などと言う者にはまず現実を見てほしい。
 女性は一歩社会に出たが最後、化粧なしでは生きられないのだ。
 スッピンは犯罪とまで言われて慣れない化粧をすれば、今度は下手だの垢抜けないだのと好き放題に言われる始末。
「じゃあどうしろってのよ、ねえ?」
 学生時代からバッチリメイクで慣れておくしかないじゃない。
 社会の要求に応える行為が間違っていると言うのなら、スッピンを許容すべし。
「なーんてね」
 四季の場合、そこまで考えているわけでは多分ない。
「だってキレイになるのって、誰だってうれしーでしょ?」
 だからメイクは年中無休、正月だからって手を抜いたりはしないのだ。
 そんなところに、古代からの挑戦状が届いた。
「このおじさん誰だっけ? まあいっか!」
 どうしてメアドが知られているのか、それも謎だが気にしない。
 そんなことより。
「着物で羽根突きっていったら、フツー電車のポスターみたいなヤツでしょー!?」
 ほら、あれ、振袖っていうの?
 やたら豪華で派手でキラキラしてるやつ。
 真っ白なんてありえなくない?
「まあでも、それで来いって言うなら用意はするけど」
 どんなシュミよ、それ。



 かくして、八人の猛者が矢野家に揃う。
「もちろん俺も参加するぞ、主催者にして発起人だからな」
 古代は自らも白装束で道場破りの客人達を出迎える。
 道場破りは挑戦者である古代のほうだった気もするが、細かいことは気にするな、正月だからな!
「まずは明けましておめでとう、そしてようこそ惨劇の舞台へ」
 新年のおめでたい雰囲気ににそぐわない?
 いいんだよ、コメディなんだから。
「ではさっそく始めよう。ルールは簡単だ、とにかく打て、落とすな、以上!」
 組み合わせは、まず手近な者同士で適当に。
 どちらかが一度墨を塗られた時点で1ラウンド終了、ローテーションで相手を交代する。
 以後はそのパターンを繰り返し、全員が黒く染まるまで戦いは続く。

 では――いざ尋常に勝負!


「猫と共に、俺参上!」
 上下とも真っ白な紋付袴姿のミハイルは、猫の応援団と共にやって来た。
「タマ、ミケ、ブチ、トラ、シロ、サバ、クロ。お前ら、俺の戦いざまを見るがいい」
 勝ったら高級猫缶やるから、しっかり応援頼むぜ。
「「にゃー!」」
 対する相手は白くてツヤピカな毛並みを輝かせたラカンである。
「我も参加してやらんこともないのである! 仲間に入れるがいいのであるぞ!(えっへん」
 偉そうである。
 やたら偉そうである。
 しかし。
「にゃー」
「にゃにゃー」
「にゃにゃにゃーん」
 仲間と勘違いしたのか、ミハイル応援団の猫達がわらわらと集まって来る。
 足元にすりすりされ、登られ、肩や頭に乗っかられ――
「こ、これは……身動きが取れないのである!?」
 まさか、みはいる殿の策略……!?(戦慄
「それに、これは我が知っている羽根突きではないのである!?」
 拾ってくれた田舎のじじばば殿のお孫殿に教わった羽根突きは、もっとこう……穏やかで和やかで、和気藹々としたものだったはず。
 なのにこれは――
「いや、それがこの場のルールであるなら、我もそれに従うまでであるな!」
 覚悟完了!
「ゆくぞ! ぜんりょくぜんかい!!(カカッ」
 先攻を取ったラカンは羽子板に霊的な銀色の焔である「聖火」を纏わせ、高速の一撃を打ち放――
「くっ、猫様達の呪縛で身動きが取れないのである!」
 ぽとり、羽根はそのまま落下して、サーブ権(?)がミハイルに移る。
「無念である!」
 しかし可愛い猫達を振り払うなんて、そんなこと出来ません!
「よくやった、さすがは俺の応援団だ」
 日頃から温かい寝床と食事、それにオモチャを提供していた恩を忘れていなかったと見える。
 猫は恩知らずだなどと誰が言った。
 さあ反撃だ、攻撃されてないけど反撃だ。
「飛び道具得意なインフィの俺に勝てると思うなよ!」
 負ける気は全くない。
 プロのインフィはスキルなど使わぬ、素のままで充分だ。
 片手で羽根を軽くトス、羽子板を大きく振りかぶって――

 ばきぃ!

 砕けた。
 羽子板が、それはもう木っ端微塵に。
 V兵器じゃないからね、撃退士が全力で使ったらそりゃ壊れるよね。
 さて、ここで交戦協定その二を思い出してもらおう。
「板が折れたら全身に墨汁で模様を描くこと、だったのであるな!」
 ラカンは墨をたっぷりと含ませた筆を手にミハイルに迫る。
「みはいる殿、覚悟するのである!」
 なに描こうかなー、正月だから何かおめでたいモチーフでも……いや、ここは。

『 白 猫 参 上 』

 書き初めである!


 まぁあれです、おじさんたちそろうとガチで遊ぶからね、そういうイキモノだからね。
 なので黒龍もガチで遊ぶことに決めた。
 おじさんじゃないけど、少なくとも見た目は。
「スキルつこたらあかんとか聞いてへんしな」
 と、言ったそばからミハイルが自爆する姿が目の端に映った。
 スキルなしでも粉砕されるほど、羽子板は脆いらしい。
 壊れた羽子板は新しいものに替えてもらえるらしが、壊れた時点でその一戦は敗北が決まる。
 ならば使うスキルは補助系に絞るべきか。
 黒龍はダークフィリアで潜行し、更に動きを読まれないよう酔拳スタイルで羽根を打つ。
 対するファウストは推奨通りの白い着物でその場に立っていた。
 ただ、なにか微妙に間違っている。
 着方が左前なのは、まあ普通の日本人でも近頃は間違える者が多いと聞くが――流石にそれはないだろう、その額に付けた三角は。
 正式名称を「天冠」と言うらしいが、それは死装束のひとつである。
「購買は便利だな、着物もあるとは」
 それどころか手甲と脚絆、六文銭を入れた頭陀袋まで用意されていた。
 編み笠と草履、杖も含めて勧められるままに全てを揃えて、こうなった。
 購買の売り子が「これでいつでも三途の川を渡れますね」とニコヤカに微笑んでいたのが少々気にかかるが、あれはどういう意味だったのだろう。
「コスプレやなんやと間違われたんちゃう?」
 言いながら、黒龍が羽根を打ってきた。
 正月にそんな縁起の悪いコスプレなど言語道断と、普通なら炎上ものの騒ぎになるに違いない。
 しかし、ここは久遠ヶ原だ。
 それだけで全てに説明が付き、納得がいく。
 そして許される。たぶん。
(「板が折れたらという項目がわざわざ設定されている以上、折れる可能性も考慮されて――」)
 いや、違うな。
 打たれた羽根が飛んで来るまでの僅かな間に、ファウストは考えた。
(「板が折れる力で打つのが標準か」)
 それだけの力を込めても板を折らずに戦う、これはそんな高度なテクニックを競う勝負なのだ、きっと。
(「つまりそれは己との戦い、目の前の敵は敵にして敵にあらず」)
 板を折るということは、己の力に溺れて沈むに等しい。
(「正月の遊びでさえ精神修養に利用するとは、日本人恐るべし……!」)
 いや、多分それ違うと思うんだけど。
 主催者もきっとそこまで考えてない、って言うかもう想定を遥かに超えてる。
 しかし思い込んだら一直線、爺ちゃん意外に熱かった。
「ならば受けて立とう、ゲルマン民族の誇りにかけて!」
 悪魔ですけどね。
 絶妙な力加減で羽子板を振るい、飛来した羽根を――
「ぐっ!?」
 動けない。
 足が何かに掴まれたように動かない。
 ダークハンドか。
「よかろう、ならばこちらも容赦はせぬ」
 スリープミスト、からの北風の吐息でインパクトの瞬間に羽根を吹き飛ばす。
「これなら羽子板が折れることはあるまい、打っていないのだからな!」
 ずるくない、ずるくないよ。
 魔法禁止って項目もなかったからね。
 しかし対する黒龍も、あの手この手で巧みに打ち返して来る。
 白いクンフースタイルで軽快に、酔ってもいないのに酔拳で、のらりくらりと。
 ラリーは意外に長く続いた。
 しかし。
 スキルが切れた瞬間、ファウストの羽子板は羽根を思いきり叩き付けた。
 そして――

 ばきゃぁ!

 形あるものはいつか壊れる、諸行無常。
「さーて、ファウさんんには何が似合うやろね?」
 黒龍は筆を手に暫し考える。
「せや、これがええんちゃうか……」
 平気物語の一節を吟じつつ、さらさらと書き上げる経文。
「せやけど顔には書けへんな、耳どころか首ごと持ってかれからどないしょ」
 って、どこの日本昔話ですか。


「矢野氏は白褌ではないのだな」
 緋打石はちょっと残念そうに首を傾げた。
 褌が好きだと風の噂で聞いたから、てっきり今日も白褌一丁で参戦かと思ったのに。
「もちろん締めてるさ」
 だが今日の褌は見せフンではない。
 普通に下着として着用しているものだ。
 よって、ご覧に入れることはかないませんので悪しからず。
「まあよかろう、見せぬとあらばその着物を剥ぎ取るまでじゃ」
 いや、べつにそういう趣味があるわけではない。多分。
 しかしこの場のノリとして、やらねばならぬ気がしたのだ。
 片手に羽子板、片手に一升瓶のスタイルで。
「話には聞いておったが、自分でやるのは初めてなのじゃ。腕が鳴るのう!」
 酒をあおりながら、いざ勝負!
 先攻は古代、案外まともに普通に打ってきた。
「ふむ、面白くないのう」
 面白くないなら面白くする、それが久遠ヶ原の流儀。
 緋打石は腕を振り上げ、飛んで来た羽根を迎え撃つ――が、持っているのは一升瓶だ。

 がっしゃぁん!

 そりゃ割れるよね。
 ガラス瓶だもんね、普通の。
 しかし撃退士は粉々に砕けたガラスの破片を頭から被っても平気なのである。
 中身の酒をまともに被っても酔ったりしないのである。
 ただし空気には酔う。
「はっはっはぁ! どうじゃ、打ち返したぞ!」
 酒にまみれた羽根が弧を描いて飛んで行く――明後日の方向に。
 しかし、飛んだ方向が明後日だろうと百年後だろうと、打ち返せなければ負けだ。
 古代は射術三式・軌曲でその軌道を変え、更にイカロスバレットで撃ち落とし、落下したところで着地前に普通に打ち返した。
 いいのか、それ。
「いいんだよ、コメディなんだから!」
「上等じゃ、受けて立とうぞ!」
 割れた瓶の底に残っていた酒を飲み干し、緋打石はますますテンション高くノリも良く。
 しかし、ごく普通の板きれである羽子板は、そのノリに付いて行けなかった。

 べきっ!

 割れた。
「なんじゃ、根性ないのう」
 やーめた。
 何事も経験だが、一度経験したからもういいや。
 え、なに、墨を塗らせろ?
「おいこらやめろ何をするqあwせdrftgyふじこlp」


(「……この格好は少し縁起が良くない気がするの」)
 りりかは白い着物に白いかつぎという格好だった。
 しかし縁起の悪さでは軽く上を行く者がいるし、気にする必要もないだろう。
 対戦相手は恐らく初対面の四季である。
「んと、よろしくおねがいします……です」
 ぺこりと頭を下げたりりかに、四季はまるで生まれた時から隣同士だった幼馴染のようなノリで返事を返して来た。
「うん、いっぱい楽しもうね!」
 主催者の趣味に関して文句を言いつつも、ちゃんとバラエティショップで白い着物を買ってきた。
 洗うことなど考えていないから、汚れたら捨てることを前提にしたポリエステル100%だ。
 中はあってよかった中学時代のスク水。
 なお普通に着られる。
「エステに行くお金はないけど、ダイエットには気を使ってるからね! 体型は変わってないよ!」
 胸のあたりもぜんぜんキツくなってない、というのは喜ぶべきか否か。
 それはともかく、四季はこう見えて気配りの出来る子なのである。
「着物は捨てるけど、墨で汚れたお肌は捨てられないからね! ちゃんと洗って落とすためにお湯とか沸かしといたから大丈夫だよ!」
 あ、古代のおじさん、台所勝手に借りちゃったけどいいよね!
 なに、寧ろありがたい?
 そうだろう、そうだろう。
 だから対戦した時は手加減してね!
「じゃあ行くよ!」
 ごく普通に、四季は羽根を打つ。
 対するりりかも普通に穏やかに、かこん、かこんと軽やかな音を響かせてラリーは続いた。
 そうだよ、羽根突きってこういう遊びだよ。
 羽子板が割れるのがデフォだったり、羽根が劫火に包まれていたり、ハイスピードカメラでも捉えきれない超高速ラリーが続いたりするものじゃないんだよ。
 ああ、いいなあ、日本の正月って。
 勘違いした勝負を終えた男達(一部除く)が鼻の下を伸ばしてのほほんと眺める中、きゃっきゃうふふと勝負は続く。
 しかし、この二人とて久遠ヶ原の撃退士。
 ラリーは次第に白熱の度を増していく。
 そして遂には、りりかのすーぱーしょっとがうっかり発動してしまった。

 びしぃっ!

「あっ!」
 受け損ねた四季の足元に羽根が刺さる。
「いっけなーい、落としちゃったー(てへっ」
 そうそう、このリアクションだよ。
 羽根、地面にメリ込んでるけどね。
「おとしたら顔に墨を塗るの、ですね……?」
 大丈夫、可愛く塗ってあげるから。
 いつもどおりのバッチリメイクに迫る墨汁。
「あたしの顔、もう塗るとこないからー!!!」
 ほら、既にお化粧てんこ盛りだし!
 しかし、りりかは容赦なかった。
 遠慮なく大胆に、筆の先を四季の顔にべちょっと。
「……んぅ?」
 あれ、描けない。
「おお、ウォータープルーフすごい!」
 墨汁に勝った!
 厚化粧バリア、恐るべし。



 そして、ここからは乱戦模様。
 墨を塗られる度に対戦相手を変えて、全てを黒に染め上げるのだ。

 白猫ラカンは今や顔だけが白い白黒猫になっていた。
 フェンシングのスキルを使い、目にもとまらぬ速さで羽根を打つ。
 だがしかし、相手は魔法書さえも鈍器に変える魔法使いファウストだ。
「この超人羽根突きに、そんな小手先の技は通用せん」
 魔法てんこ盛りの大人げない反撃に遭い、ラカンは防戦一方。
 これではイカンと反撃に出ようとしたところに――

 ぎゅ!

 りりかさん、うっかりラカンの尻尾を踏んでしまいました。
「……ぁ……ごめんなさい……です」
 いやいや大丈夫、お陰で転んで地面と仲良しになった挙げ句に羽根も落としてしまったけれど、大丈夫、だい、じょう……
「いぃぃやあぁぁぁ!」
 真っ白な後ろ頭に堂々と書かれる「鬱」の文字。
 ここも顔には違いない、多分。
 だって猫の額は狭いんですもの、画数が多い漢字は書けないじゃないですか。

「余所見している暇はないぜ!」
 ラカンの様子に気を取られたりりかは、ミハイルの一撃を受け損ねた。
「俺の勝ちだな」
 墨汁滴る筆が容赦なく迫る。
「ミハイルさん、女の子には特別なルールがあっても良いと思うの……」
「甘いな、これは戦いだ」
 そして書かれる、額に「肉」の文字。
 いるよね、必ず一人はコレ書きたがる男子。

 しかし、そんなミハイルに強敵が迫る。
 ガチな空気を感じて、うなじの毛がピリピリと逆立った。
 次の対戦相手は――そう、永遠のライバル古代。
「同じインフィとして負けるわけにはいかん。顔も着物も真っ黒にしてやるぜ」
「望むところだ、楽しもうか」
 そして始まる真剣勝負。
 得物が羽子板だが、それもプロが使えば――いや、やっぱり羽子板は羽子板だけど、なんか違う気がするんだよ、わかるだろ!
 両者ともスキル全開、大人げなさ満開。
 思いきり打っても板が割れない角度を計算し、相手の動きと意図を瞬時に読み取り、攻守共に最大の効果を生み出すべく筋肉の動きを制御――
 羽根突きって、なんだっけ。

「「にゃーにゃーにゃー!」」
 ねこの おうえん !
 ミハイルの
 こうげき が 1 あがった!
 ぼうぎょ が 1 あがった!
 すばやさ が 1 あがった!
 はーどぼいるど が 20 さがった!

「あー、うん、おとこのこやねぇ」
 黒龍が他人事のように呟く。
「いいぞもっとやれー!」
 飛び交う声援、もとい緋打石の野次。
 ついでにピーマン投げ付けてやろうかと思ったけど、男の真剣勝負は邪魔しちゃいけない。
 だから野次だけで我慢するよ、後で酒にでも入れてやるけどね!

 そんな緋打石が手にしているのは、もはや一升瓶のみ。
 しかも中身は墨汁である。
 これでは羽根を打ち返すことも出来ない。
 出来るけど、やったら最後どうなるかは想像に難くない。
「緋打石さん、試合中の余所見はいけないの……ですよ?」
 気が付けば、目の前に満面の笑みを浮かべたりりかが立っていた。
 羽子板持ってないし、不戦敗でいいですよね?
 その顔に遠慮なく塗りたくられる墨は桜型、ちょっとおしゃれにでも大胆に。

 で、そろそろ皆さん墨を塗る場所がなくなってきたんだけど。
 あのおっさん二人はいつまで遊んでるつもりなのかな?



 暫く後。
 正月の青い空の下に、物干し竿にかけられた真っ白な洗濯物が――
 いや、真っ黒な着物がずらりと並んでいた。

 大丈夫、みんな着替えは持って来てる。
 持って来てるよね?
 顔を洗って晴れ着に着替え、まずは作品の品評会。
「あ、顔を洗う前の写真はばっちり撮ったよ! 欲しい人は後で言ってね!」
 四季がカメラを手に声をかける。
 後は最後にもう一枚、干した芸術作品の前に並んで撮ろうか。
 風にたなびく着物は七枚、その殆どがもはや何が描かれているかわからないほどに真っ黒だ。
「ねえ、これって何? このムンクだっけ、なんか叫んでるっぽいの」
「サルだ、今年は申年だからな」
 四季の問いに、ミハイルは見えるだろうと自信満々に胸を張る。
 まあ下手になるのは仕方ないよね、人が着ている着物に描くとか普通ないし。
「ちゃんとした紙に描くなら普通に上手いんだ」
 そういう事にしておこう。
 しかし、その隣には無駄に上手いウサギの絵があった。
 写実的なタッチなのにコミカルで可愛く、しかも背景の植物まできちんと描き込まれている。
「写真がない時代には、絵に描いて記録を残してきたからな」
 さすがファウスト、御年八百余歳。
 この着物だけ、捨てずにとっておきたい気分だ……もしかしたらプレミア付くかも?


「さて、存分に遊んだし、そろそろ中に入るか」
 記念撮影を終えて、古代が皆を促す。
 温かい飲み物と温かいお部屋はご用意してございます。
 え、飲み物だけかって?
 わかった、鍋も付けよう。
 もちろん酒もある。

 ところで……
「今日の面子に、黒猫なんていたか?」
「矢野殿、我でありますぞ!」
 それはふわもふのツヤピカ白猫からゴワゴワバリバリの黒猫に変身したラカンの姿だった。
 着替えもせずに、身体を洗うこともなく、墨の香りを漂わせている。
 元から黒い猫の人は着ぐるみの替えを持っているようだが……もしかして、こちらは一張羅なのだろうか。
「それはそうと、矢野殿。我は以前から気になっていた事があるのである!」
「気になっていること?」
 なんだろう、目下のところラカン自身が色々な意味で最も気になるのだが。
 それ以上に気になることとは……?
「そうである! 矢野殿はたまにわけのわからぬことを叫んでおるのである!」


「『くろすと』とはなんであろうか!!」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb1679/矢野 古代/男性/外見年齢39歳/褌は絶対領域】
【jb0544/ミハイル・エッカート/男性/外見年齢31歳/猫の応援は偉大なり】
【jb2603/ラカン・シュトラウス/男性/外見年齢27歳/黒猫になりました】
【jb3200/蛇蝎神 黒龍/男性/外見年齢24歳/酔拳ヒッター】
【jb5225/緋打石/女性/外見年齢12歳/ノリで生きる自由人】
【jb6883/華桜りりか/女性/外見年齢16歳/おっとり最強道場主】
【jb8866/ファウスト/男性/外見年齢28歳/芸術肌の首なし幽霊】
【jc1489/稲田四季/女性/外見年齢16歳/防水加工は完璧】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
ご依頼ありがとうございました。また、お待たせして申し訳ありません。

無邪気な大人はカッコイイ(こくり
なお実際に化粧に墨が乗るかどうかは試したことがないのでわかりません(

口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
初日の出パーティノベル -
STANZA クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年02月29日

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