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『あさひのなかで 』
ラヴィナ(ic1195)&志鷹 都(ib6971)&馨(ib8931)

 高く澄んだ鈴の音が仄かに線香の香りが宿る空気を震わせた。開けた障子から差し込む光はゆるゆると流れる煙に浮かぶ。
 新年を迎えるための大掃除が終わり澄んだ空気と静寂の中、磨かれた仏壇を前に手を合わせる都と馨。安置されている位牌は都の実母と実父のものだ。
 母が亡くなったのは都が三歳の時。病身だった母は周囲の反対を押し切り命がけで都を生んでくれた。
 うっすらと記憶に残る母の姿はいつも床に伏せている。今となっては声すら朧だがそれでも優しかった笑顔は覚えている。
 父は母が亡くなった翌年流行病で他界した。夜、寂しいと泣く都に本をたくさん読んでくれた父。都を膝に抱いた父の本を支える手が大好きだった。幼い都の何倍も大きい手。今も不意に思い出すことがある。ゴツゴツとした父の手が頭を撫でてくれる感覚を。そしてその手が病で見る影もなくなってしまったことを――。
 二人が亡くなり、自分は母の姉夫妻に引き取られた。とても優しい人たちで、都を実の娘のように愛してくれた。都が結婚し、生まれた双子も実の孫として可愛がり愛してくれている。
 耳に残る鈴の音に重なる双子の赤ん坊たちの笑い声。双子をあやす養父母の明るい声。
 そして隣には愛する夫……。
 都は口元を和らげた。
(私はとても幸せだよ。心配しないで、ね……)
 もう一度今は亡き父、母を心に浮かべる。
 結婚し子を成した今ならわかる。二人とも子を置いて逝くことがどれだけ辛かったか、どれだけ自分の幸せを願ってくれただろうか、ということを。

 久々に娘家族が遊びに来た。いや実は思うほど久々ではないのかもしれないが、幼い双子の成長ぶりは目覚ましく少し会わなかっただけでもとても長い事会わなかったような気持になるのだ。
 台所で茶と菓子を用意していると娘の都が「お母さん、手伝うよ」と顔を覗かせた。
「大丈夫よ、貴方は双子ちゃんの側にいてあげなさい」
「恭がいるから大丈夫だよ」
「お父さんがね、都たちが帰って来る前に絶対大掃除を終わらせる、ってとても張り切っていたのよ。だからお父さんの相手をしてあげて」
 それから内緒話をするように声を潜めた。
「娘の前だから格好つけているけど、張り切り過ぎて腰が痛いらしいわよ」
 もう年を考えないから、と笑えば「頑張り過ぎだよ」と娘も笑う。
「お父さんに後で軟膏を処方してあげようかな」
「えぇ、きっと喜ぶと思うわ」
 居間で赤ん坊が鳴き始める。
「都、おむつはどこだい?」
「お父さん、私が変えるから大丈夫。腰が痛いのに無理は駄目だよ」
 居間へと戻る娘の軽やかな足取りは幼い頃と変わらない。だがもう娘の帰るところは此処ではないのだ。娘には新しい家族がいる。
「あらまあ、少しだけ寂しいわね」
 あまり深刻にならない口調。寂しいが娘に愛すべき家族ができることを喜ばない親がいるだろうか。
 新しいおむつを身に着け馨の腕の中でうつらうつらし始めた赤ん坊を見つめる都の双眸に浮かぶ柔らかい光。
「隣の部屋にお布団を用意しているわよ」
「ありがとう、お母さん」
 それはかつて妹が都へ向けていたものと同じ光だ。
(ねぇ、みてるかしら? 私たちの娘はとても素敵な家族を持ったわよ)
 死の間際まで娘の幸せを願っていた妹に語り掛けた。

 夜は都、馨、そして母の三人で作った年越し蕎麦を頂いた。
「驚いたわ、恭一さんとても手際がいいのね」
「私の友達の料理の先生もやっているよ」
 厨房で並んで片づけをする都と母。
 居間では馨と父が酒を酌み交わしている。
「その……だね」
 都の養父、馨にとっての義父が聊か言い難そうに言葉を濁した。大らかで明朗な義父が言葉を濁すことは珍しい。何か心配事でもあるのだろうか、と馨が問うように徳利を向ければ義父が空になった猪口を上げる。
「君の腕の傷は寒さで傷んだりしないのだろうか?」
 あぁ、と馨は義父が言い淀んだ理由を察した。左腕の傷は幼少期、故郷を捨てた馨を拾い育ててくれた師匠との稽古の最中に負ったものだ。そして親代わりに自分を育ててくれた師匠は既に他界をしている、ということも義父母に話しているから気遣ってくれたのだろう。
「えぇ、大丈夫です。本当にもう跡が残っているだけなので」
「そうか、それは良かった。開拓者は私たちより丈夫だと聞くが無理は禁物だよ」
 安堵したように猪口を干す義父に馨は「お気遣いありがとうございます」と目を細める。
 そして気づかれぬよう視線を落とした。自分はそんなに気を遣ってもらえる身ではないのに、と。
 幼い自分に起きた出来事を知ってなお、大切な娘を快く自分に託してくれ、双子が生まれた時は涙を流して喜んでくれた都の父母……。
 心根の優しい温かい人たちだ――というのに。酒に映る自分を見つめているのが辛くて一気に飲み干した。
 自分は彼らに己の稼業を明かすことができていない……。彼らは自分のことを開拓者だと思い、そして師匠も開拓者としての師匠だと思っているのだろう。
 殺し屋だとは露にも思っていないはずだ。
 優しい人たちだ、都のように全て話しても受け入れてくれるかもしれない。でも……話すことはできない。
 この優しい空間を自分の持つ業で波立てたくはない、と思うと同時に。
「恭一君も遠慮せずに。今日のために用意した良い酒なんだよ。君の誕生日のためにね」
「お義父さん……」
 顔を上げた馨の視界に義父の笑顔が映った。
「君と飲もうと思っていたとっておきなんだ」
 笑顔で酒を勧める義父に「では遠慮なく」と猪口を差し出す。
「君が生まれてきたからこそ、都は素敵な家族を得、私たちは可愛い孫と出会うことができた」
 おめでとう、と掲げられる杯に馨も応える。
 こんなにも良くしてくれる人たちに隠し事をしているという心苦しさ……。
「子供の頃都が買ってと強請ったものにそっくりだが……」
 義父が馨の腕で揺れるモルダバイトのブレスレットに気付く。
「これは俺の誕生日に都……さんが、贈ってくれたものなんです」
 モルダバイトは馨の誕生石、一粒一粒、都が選び願いを込めて手作りしてくれたものだった。子供の頃にお守りだと贈った色付き硝子とは違う本物だよ、と冗談めかして言っていたが馨にとって硝子玉も本物も関係はない。
 この二つのブレスレットに込められた都の気持ちは本物なのだから……。
「子供の頃貰ったものもまだありますよ」
 俺の宝物です、と告げれば義父は嬉しそうに笑う。
「大切にしてもらえているなら何よりだ。何せ一か月のお風呂掃除に食器洗いと引き換えだったからね……っと、これは」
 内緒だよ、と人差し指を口の前に立てた義父の悪戯っ子めいた表情は血が繋がっていないというのにどこか都に似ていた。
「あら、あら、二人して内緒話かしら?」
 厨房から義母と都が姿を現す。
「そろそろ無くなるころかなって御燗つけてきたのに」
 あげないよ、とお盆を遠ざけようとする都に義父が慌てる。
「いやいや、母さんも都もよく気の付く良妻だって話していたところだよ、なあ恭一君」
 同意を求められて馨も大きく頷いた。
 聞こえてくる除夜の鐘。
「恭一君、都……」
 義父の真面目な声に馨と都は背筋を正した。
「苦しい時は云いなさい。いつでも力になる」
 此処は素直に頷くべきところだと馨もわかっている。だが自身のことを隠している後ろめたさに躊躇いが生まれる。
 義父母は馨の心の中を読んだわけではないだろう。でも……
「私達は家族なのだから……」
 温かく微笑んで力強く頷いてくれたのだ。
「お父さん、お母さん……ありがとう」
 礼を述べる都の隣、深々と頭を下げる馨は鼻の奥が僅かに痛くなるのを感じた。

 家族で新年の挨拶を交わしたのち、双子を都の両親に預けると都と馨は友人ラヴィナに会うために神社へと向かう。
「都さん、久しぶり〜〜!」
 人ごみもなんのその駆け寄って来たラヴィナは待ち合わせ場所の鳥居の前で都に抱き着いた。
「二人とも新年あけましておめでとう! 双子ちゃんは元気?」
「おかげさまで元気だよ。 ラヴィナちゃんは?」
「もちろん」
 元気だよ、と二つに結った髪を揺らして馨を振り返る。
「恭一さんは髪伸びたね。前よりかっこよくなった。 あ、まずは忘れる前に。年を越してしまったけど……」
 お誕生日おめでとう、とラヴィナは馨に可愛く包装された包みを渡す。
「ありがとう、ラヴィナ」
「中は見てのお楽しみ」
 軽くウィンクを返すと、ラヴィナは都に並ぶ。
「まずは御御籤引きたいな」
「その前にお参りだよ」
 早く行こう、と歩き出すラヴィナの服の裾を都が引く。
 まだ夜明け前だというのに流石遭都、神社は新年を祝う参拝客で賑わっていた。
 漸く賽銭箱の前に辿り着くと三人、それぞれ賽銭を投げ柏手を打つ。
 去年一年ありがとうございました、今年一年家族や友達が平穏に過ごせますように……、そして……。
 双子が元気にすくすくと成長しますように――。
 都が目を開くと既に馨とラヴィナは祈りを終えていた。
「何をそんなに祈っていたの?」
「秘密だよ」
 人差し指を唇の前に立てる都を見て、やはりお義父さんに似てるな、と馨が思ったのを本人は知らない。
「まずはお守り買って、御御籤と……」
「屋台も巡る? あ、お神酒も頂かないと」
「ラヴィナ……酒に弱かっただろう?」
 溜息を吐く馨に「縁起物だもの」とラヴィナが頬を膨らませる。
「なら温かいお茶はどうかな?」
 都が参道脇の休憩所を指さした。

 サクサクと砂を踏む音。寄せて返す波は穏やかだ。
 三人は初日の出を見るために海へ来ていた。
 夜明け前の風は冷たく、だがその代わり空に瞬く星の輝きは一層強い。
「ふふふ……楽しいねぇ」
 ちょっと覚束ない足取りで波と追いかけっこをしているラヴィナは時折よろけている。
「だから言ったのに……」
 とは言うもののよもや御神酒一杯でできあがるとは思っていなかった、と馨が苦笑を漏らす。
「久しぶりに友達に会えたんだもの。楽しくなるよね」
 庇う都にラヴィナは「そうだよ」と胸を張る。
「それにしても良く俺の誕生日を覚えていたものだ」
「料理のお師匠さんだもの」
 結婚を控え花嫁修業中のラヴィナは時折馨に料理を教わっているのだ。
「そういえば料理の腕のほうはどうだ?」
 尋ねる馨にラヴィナは「順調!」と親指を上げる。
「じゃあ、今度ラヴィナの手料理をご馳走してもらうかな」
「喜んで。でもルールが一つあります。何が出てきても残さないこと」
「頑張ってね、恭」
 馨を揶揄う都に「え、都さんもだよ」とラヴィナがいう。
「私も?」
 驚く都に
「当然だろう」
「当然だよ」
 異口同音の馨とラヴィナ。暫く顔を見合わせて三人同時に噴き出した。
 勿論都も馨も本気でラヴィナがおかしな料理を出してくるとは思っていない。
「二人ともいつの間にそんな仲良しになったの?」
「それはね……」
 今では冗談も言い合える仲だが、知り合ったばかりの頃ラヴィナは馨の抱える業に少なからず恐れを抱いていた。
 それから次第に馨の過去を知り、彼と接していくうちにラヴィナの中で印象は変わっていく。そしていつの間にか親友の都とともに彼にも幸せになってもらいたい、そう願えるようになっていた。
「拳で語り合ったから」
 突き出されたラヴィナの拳骨を馨が受け止める。
 拳で語り合ったというのは冗談だ。だがラヴィナと馨が大喧嘩したのは事実。
 都の幸せを願うが故に、都の気持ちに対して素直にならない馨の態度にラヴィナが「貴方はどうしたいの?!」と真っ向から切り込んだ。
 未だかつてない大喧嘩だったように思える。
 だがラヴィナに引くつもりはなかった。これが原因で大切な親友と別れることになって構わないと覚悟を決めて挑んだ喧嘩だ。
 自分は都と一緒にいられなくなっても、それでも彼女と馨に幸せになってもらいたい、と。
 だから二人が結婚し都の体に新しい生命が宿ったと聞いた時には嬉しさのあまりボロボロと大粒の涙が止まらなかった。
「再会した時、私も拳で語り合えばよかったかな?」
 握った拳をじっと見つめる都に馨が「勘弁してくれ」と肩を竦めた。
 14年の歳月を得て再会した幼馴染のお兄ちゃんの変わりように都は戸惑い、どうすればいいのかとても悩んだのだ。彼のその苦しそうな作った笑みを溶かすには……。
 時に心折れそうになった日もあった。そんな時何度ラヴィナの笑顔に明るさに救われたことか。
 彼女には感謝してもしきれない。
 都とラヴィナは息の合った様子で馨の昔の様子を揶揄う。「姿をみかけると逃げようとした」とか、「挨拶しても『あぁ』しか返してくれなかった」とか。
 馨は甘んじてそれを受ける。時折「俺を呼び止めようとして転んでいただろう?」なんて小さな反撃をしつつ。
「恭一さん、聞いてもいいかな?」
 元気なラヴィナが控えめに切り出す。義父といい今日は妙に気を遣われるな、と馨は先を促した。
 ラヴィナは馨にとって大切な存在だ。確かに何かと絡んでくる都の友人を鬱陶しいと思っていたこともあるが。
 だが彼女の真摯な想いや言葉はどんな拳よりも強く馨の心を揺さぶり、自身と向き合うきっかけを作ってくれた。
 彼女がいなければ自分はこうしていなかった。きっと大切なものをこの手に掴もうとすらしなかっただろう。
「恭一さんのお師匠さんてどんな人だったの?」
「師匠か――」
 そう呟いたきり黙り込んだ馨にラヴィナが「無理しなくていいよ」と顔の前で手を振る。
「いや、違う。どこから話そうかと思ってね」
 何せ容赦のない師だったから、と続ける馨。体に残る傷の多くは師匠との修行でできたものだ。
「いきなり真剣で稽古をしよう、と言われたときは耳を疑ったな」
 辛く苦しい修行の日々は都との思い出がなければ乗り切れなかっただろう、と思う。
 寡黙な人だった。子供だからといって甘やかすといったことは一切ない人だった。
 でも――
「釣りに行ったり、夏には祭りにも連れて行ってくれたな……」
 あんなに腕が立つ人だったのに金魚すくいは驚くほど下手だった、と懐かしむように視線を海へと向けた。こうして思い出すのは時折師が自分に向けてくれた不器用な笑顔だ。
 今思えば師は自分にとって第二の父のような存在だったのだろう、と馨は思う。
 自分は多くは語らぬ師の背中から多くを学んだ。
 馨の瞳に宿った色に都も己の師のことを思い出す。優しく温かい人であったが同時に厳しい人であった。医師であることに誇りを抱いている人でもあった。
 都が情に流され判断を誤りそうになるたびに、「優しさだけでは医師は務まらぬ」と叱責されたものだ。
「ところで金魚すくいの腕前は?」
「師よりは……な」
「今度お祭りで三人で勝負しない? 負けた人が皆に屋台で好きなものを奢るの」
「それ楽しそう。いいよね、恭?」
 ラヴィナの提案に乗った都に念を押されて馨も同意せざるをえない状況だ。
「忘れちゃダメだからね、約束!」
 三人で指切り。
 暫く思い出話に花を咲かせていると東の空に橙が混じり始めた。誰ともなく水平線へと顔を向ける。
 波音だけが存在を示していた暗い海に零れる陽光の欠片が反射してきらきらと煌めく。
 金色の混じり始めた海の果て――都は視線を吸い寄せられた。
 橙が次第に煌めく黄金色に染まり、水平線から差し込む光――……。漆黒だった海は光に照らされ姿を変えていく。
 それはまるで闇を払拭する希望のように眩くて――。
 その眩しさに都は目を細める。
 辛いことも悲しいことも沢山あった。それでも自分たちは此処にいる。
 過去を笑って、こうして三人で。
 それはなんと嬉しい事か、なんと素敵な事か……。
(あぁ、願わくば――)
 ラヴィナと馨、二人の手に自分の手を重ね……
(ずっと三人一緒に――)
 そっと握った。
「今年も楽しい思い出たくさんつくろうね」
 繋いだ手をラヴィナが軽く振る。
 新しい一年の始まりを告げる朝。
 都は海を空をそして自分たちを照らす明るい光に、自分たちの未来を重ね強く祈った。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ic1195  / ラヴィナ / 女 / 23】
【ib6971  / 志鷹 都 / 女 / 26】
【ib8931  / 馨(恭一)/ 男 / 31】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。桐崎です。

都さん、馨さんと家族や友人との絆のお話しいかがだったでしょうか?
今回都さんのお父様、お母様をかなり描写させて頂いております。
お二人のイメージが大丈夫か心配です。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
初日の出パーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2016年03月15日

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