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『 積み重なりゆく想いの果ては 』
佐久間 恋路ka4607)&尾形 剛道ka4612


 夜気が背中を這い上り、覆いかぶさるように、抱きしめるように、まとわりつく。
 身の中を巡るべき血は皮膚の裂け目から流れ出て、ついでに熱を連れていく。
 戦いに夢中になる余り、うっかり薄氷を踏み抜いて池に嵌った片足は、氷そのもののように冷え切っていた。
 そんな中で、痺れるような痛みだけが自分が生きていることを伝えて来る。
 この先に待つものは命の終りかもしれない。
(違うな)
 尾形 剛道は白い息を吐く。
 彼の望む命の終りは、恍惚の中でなければならない。
 だから、今はそのときではない。

 かつてなら、そのまま自分の塒に帰っていただろう。
 いくら寒いといっても、頑丈な剛道は屋根の下なら凍え死ぬこともない。
 だからひとり塒で思いつく限りの悪態をつきながら適当に傷の手当だけをすませ、横になって寝ていれば、そのうち動けるようになる。


 けれど気がつけば。
 目の前にあったのは、自分の塒とは違う部屋。
 乱暴に扉をノックした後は、そのまま傍の壁に背中を預ける。
 しばらく目を閉じて耳を澄ませていると、心地よい足音が駆けて来るのがわかった。



 部屋の主は佐久間 恋路だ。
 驚きと共に、「またか」という慣れが、剛道を見る瞳にありありと浮かんでいる。
「もー、またこんな酷い怪我してきて……もう少し気を付けてくださいよ」
 そう言いながらも大柄な剛道に肩を貸し、よろめきながらも暖かな火の前まで連れて行ってくれた。
 赤いペンキをバケツごと頭から被ったような剛道が、目だけをギラギラさせているのはいつものことではある。
 だからといって、傷の深さは毎回同じというわけではない。
「たいしたこたぁねぇ。寝てりゃ治る」
 そう言って、長身を床に横たえた剛道は顔をしかめた。
 恋路は傷薬や包帯やガーゼやお湯を入れた洗面器を手早くかき集めて、剛道の傍に座りこむ。
「どこが痛みますか?」
「…………」
 どこと言えない程に服はズタズタで、あちこちに赤黒いしみができている。
 ただそれが全部剛道自身のモノとは限らないのだが。
 恋路は小さく息を吐くと、腕や足を手なれた様子で持ち上げひっくり返し、剛道の反応を窺った。
 腕も足もちゃんと動いたし、剛道は黙ったままだ。
 どうやら大きな骨は折れていないらしい。
 ――指やアバラは、骨折のうちに入らないという意味ではあるが。

 恋路は少し迷ったあと、鋏を取り出す。
「すみません、この服はもうどうせ駄目でしょうから。切ってしまいますよ」
「……ああ」
 脱がせるより剛道当人の負担も少ないだろう。そう思って、既にぼろ布になった衣服を切る。
 手早くお湯に浸した布で身体を拭き、改めて傷の具合を確認した。
 肩口、腕、脇腹。
 無数の傷口はあるが、取り敢えずは止血で間に合いそうだった。
「どこで誰とやりあって来たんです? ここまでやられるなんて。依頼ですか?」
「ああ」
 恋路の問いに、面倒そうに、それでも返事はしてくれる剛道。
「まあどうせ、お相手はもっと酷い目にあったのでしょうけどね」
 小声で笑いながら、恋路は胸にちくりと刺さる小さな棘を感じていた。

 これは誰かが付けた傷。
 相手もまた、剛道によって傷つけられただろう。
 命のやり取り、ぴいんと張り詰めた瞬間、それを剛道と共有したのはその相手だけなのだ。
 ――何故それが自分ではなかったのか。
 恋路は唇を噛みしめる。

 応急手当てを済ませた恋路は、剛道に自分の夜着をまとわせ、毛布を被せた。
 火にあたって多少はましになったが、血の気の失せた顔はまだまだ青白い。
 さすがに疲れたのか、静かに目を閉じて横たわる剛道の姿を見ているうちに、恋路の心に得も言われぬ感情が湧き上がる。

 嫉妬。羨望。渇望。
 その他、言葉にできないような混沌。

 傷の手当てを任せるぐらいに、自分を信用してくれるようになった剛道。
 それだけで嬉しかったはずなのに。
 自分の本当に欲するものはそれだけではないのだと、改めて思い知る。


 恋路はそっと膝を進め、間近で剛道を見下ろした。
 眠ったのだろうか、剛道はピクリとも動かない。
 逆に動かないということは、意識があって、こちらの様子を窺っているのかもしれないが。
 恋路の頭の隅にはそんな考えがぼんやりと張り付いていたが、首から下が勝手に動いていた。
 恋路は両手を差し出して、剛道の肩に触れる。
 指は固い筋肉をなぞり、首元へ。
 大柄な体に比して華奢に見えるが、実際は鍛え上げた頑丈な首筋だ。
 そこに指を添わせる。
(ねえ、剛道さん。俺に殺されかけたら、俺を殺してくれます?)
 親指を喉元に押し当て、徐々に力を籠める。

 恋路の一番の望みは、恋した人によって命を奪われること。
 死を恐れる気持ちも嘘ではないが、「その瞬間」を思うと心が震える。
 だから剛道にこがれる。
 命の終りを迎えようとするとき、生物としての本能である「死にたくない」を飛び越えて、捩じ伏せて、恍惚へと導いてくれるだろう人。
 剛道もまた、それに相応する感情を持っているのだと知ってからは、思いは日々強くなっていく。
 傷つけるのは俺がいい。
 そして傷つけられるのも俺がいい。
 そう、これは嫉妬。
 ここまで剛道が傷つけた相手が妬ましい。羨ましい。
 だから俺にもください。あなたの『本気(あい)』を――。

 次の瞬間、恋路の天地が逆さまになって、強い衝撃に背骨が軋んだ。



 剛道は無言のまま跳ね起き、恋路を組み敷くと、その首に手をかけた。
 自分の力なら、片手でもへし折れるような頼りないほど白く細い首だった。
 恋路はほんの一瞬、驚いたように目を見開いた。
 だがすぐに何かを訴えるかのように、うっすらと涙さえ浮かべて剛道を見上げている。
「……ねぇ剛道さん、そろそろ俺も殺してくださいよ」
 かすれた声が哀願の調子を帯びる。
 剛道は鋭く光る目をわずかに細めた。

 知っている。恋路の望みは痛い程にわかっている。
 穏やかに笑って毎日を過ごしながら、心の底に眠る醜くも美しい獰猛な獣をなだめるだけで精いっぱい。
 そこから解放される瞬間の喜びを待ち望む恋路を、救えるのは自分だけ。
 いや、他の誰ができるとしても自分は――。
「……馬鹿を抜かすな」
 恋路の首から手を離すと、剛道はまた床に寝転がる。
 今度は拒絶するように、背中を向けて。

 のろのろと起き上がった恋路は、その背中を横目で見やり、言い訳するように呟いた。
「……すみません。血の匂いに少し、気が動転してしまって」
 首に手をかけた本心は、多分剛道にはわかっているのだろう。
 だからこそ、そのまま解放された。解放されてしまった。
 こうして想いはまた、重く静かに積み重なっていく。
 深く深く沈んで行く心の奥、いつか恋路はこの重さに耐えきれず、薄い心の殻を踏み抜いてしまうかもしれない。
 そこにあるのはもっと深い闇なのか、それとも――。

「今ではない」
 剛道の声に、恋路は驚いて顔を上げた。
「え?」
 確認するように声をかけるが、返事はなかった。

 そう、今ではない。
 楽しみは後に取っておかなければ。
 剛道は自分自身の心の声を、そう解釈する。
 だがどこか妙なざわめきが残った。
 恋路の望む「その瞬間」を待ち望んでいるのは剛道も同じだ。
 だが願いが成就した後、自分はどうやって生きるのだろう?

 ずっと抱いていた心の空虚は、気がつけば少しずつ萎んでいる。
 いや、かつては空虚であることすら自覚していなかった。しようとしなかった。
 今この喪失を埋めるものを、剛道は他に知らない。
(……馬鹿な)
 恋路に見せないように背けた顔には、剛道には珍しい葛藤の色が浮かんでいた。


 冬の夜は更けていく。
 そしてまた、想いは積み重なる。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4607 / 佐久間 恋路 / 男 / 24 / 人間(リアルブルー) / 猟撃士】
【ka4612 / 尾形 剛道 / 男 / 24 / 人間(クリムゾンウェスト) / 闘狩人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、ある寒い夜の光景をお届けします。
どの程度まで本音を漏らすかなど、発注文の内容からこちらで解釈させていただいた部分もありますが、イメージを大きく損ねていないようでしたら幸いです。
ご依頼ありがとうございました。
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2016年03月01日

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