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『女子中学生と家政夫の日常 』
奈義 小菊aa3350)&青霧 カナエaa3350hero001


 突然、という感じに目が覚めた。
 じろり、と目覚まし時計を睨む。デジタル表示は5:59。
 アラームが鳴る、1分前である。
 奈義小菊はとっさに手を伸ばし、アラーム機能のスイッチを切った。
 勝った。ほんの一瞬、そんな気分になった。
 目覚まし時計に起こされるのは、良い気分ではない。
 かと言って寝坊をする可能性が0パーセントではない以上、仕掛けておかないわけにもいかない。
 そして寝坊をしそうになったら、あの男が起こしに来る。
 アラームで起こされるよりも、ずっと不愉快な思いをする事になる。
 小菊は、ベッドの上でむくりと身を起こした。
 夢は見た、のだろうか。見たとしても、内容は覚えていない。
 よく眠れた、という事なのであろうか。眠りの浅かった時など、見た夢の内容まで克明に覚えている事がある。
 小菊は、部屋の扉を開けた。
 キッチンの方から、物音が聞こえる。ふんわりと、味噌汁の香りが漂って来る。
 あの男の、少なくとも料理の腕前だけは、自分の母親よりも上であると小菊は認めざるを得なかった。
 父も母も、忙しかった。2人とも様々な研究機関から引っ張りだこで、今は確かグロリア社と契約を結んでいるはずである。
 だから、経済的には恵まれていた。
 それで充分ではないか。不満を言ったら罰が当たる。親という存在に対し、経済力以外の一体何を期待しろと言うのか。
 小菊は、そう思う事にしている。
 小学校を卒業すると同時に、小菊は家を出た。両親が嫌いというわけではないのだが、そろそろ離れて生活したかったのだ。
 今は、こうして借家で暮らしている。アパートやマンションではない、一軒家である。
 家賃は両親が払ってくれている。エージェントとして稼ぎがあるから自分で払う、と小菊は再三言ってはいるのだが。
 洗面所で顔を洗い、髪を整え、部屋に戻って身支度をする。
 それらを済ませてから、小菊はキッチンへと向かった。
「おはよう、小菊」
 青霧カナエが、にこりと微笑みかけてくる。微笑んでも、あまり明るい感じにはならない。
 秀麗ではあるがどこか陰気な顔立ちが、小菊は好きではないが嫌いでもなかった。鬱陶しいほど明るい男よりは、いくらかましだ。
 男にしては長い髪を、後ろで束ねている。身体つきは細く、角度によっては背の高い女性に見えてしまうかも知れない。
 黒いジャケットの上から、純白のエプロンを巻き付けている。自分がエプロンを着るよりも様になっている、と小菊は思う。
「目覚まし時計が鳴る前に起きられましたね。18勝22敗、ですか?」
「19勝だ」
 カナエが椅子を引こうとするのを遮るように、小菊はさっさと腰を下ろした。
 食卓に並んでいるのは、何の変哲もない朝食である。ふっくら炊き上がった白米に、味噌汁。焼き魚に目玉焼き、お新香。
 こういうものを作るのが、母は苦手であった。
「何にしても、貴女が自力で起きて下さる人で本当に良かった」
 テーブルの向かい側に腰を下ろしながら、カナエは言った。
「僕のような男が、起こすためとは言え、年頃のお嬢さんの寝室に踏み込んで行く……やっぱり良くありませんからね、これは」
「私が寝坊をしそうになったら、もう放っておけ。遅刻をしても、それは私の責任だ」
 儀礼的に軽く手を合わせてから、小菊は箸を取った。
 同じように手を合わせながらカナエが、くだらない事を訊いてくる。
「よく眠れましたか?」
「眠れた。何やら夢を見たような気もするが、内容は覚えていない」
「それはもったいない。覚えていれば、友達との会話の種になったかも知れないのに」
「友達などいない」
 即答しつつ小菊は、目玉焼きに塩を振った。醤油やソースなど、かける人間の気持ちがわからない。
「……クラスの連中がな、夢について会話をしていた。昨夜こんな夢を見た、などという他愛もない話だ。端から聞いていて私は思った。自分の見た夢。話題として、これほどつまらないものはないとな」
 目玉焼き、だけではない。味噌汁も焼き魚も、普通に美味い。
 英雄、という触れ込みで、この青霧カナエという男は小菊の前に姿を現した。
 人の役に立つ存在。それが英雄の定義だとすれば、まさしくカナエは英雄である。
「……お前なら、どこへ行っても誰かの役に立てる」
 口の中のものをきちんと飲み込んでから、小菊は言った。
「別に……私である必要は、ないと思うが」
「そうですね。ですが僕は、貴女と出会ってしまった」
 暗く微笑みながら、カナエは言った。
「出会ってしまった以上、もう貴女でなければ駄目なんです。鬱陶しくてお嫌でしょうが、諦めて……僕を、居候させて下さい」
「鬱陶しいとも嫌だとも言っていない」
 白米の塊を味噌汁で流し込んでから、小菊はカナエに箸を向けた。
「おい勘違いするなよ。別にお前を歓迎しているわけでもないんだからな」
「はい。お世話になってます」
 カナエは暗く微笑み、小菊は黙り込んだ。
 客観的に見れば、自分の方が青霧カナエに世話をされている。そのくらいは小菊にもわかる。
 ただ働きの家政夫を1人、住まわせている。
 家賃を払ってくれている両親には一言、伝えておくべきであろうと小菊は思うが、まだ言い出せずにいた。
 役に立つ英雄であろうと、役立たずの紐であろうと、若い男と一緒に暮らしている。
 知れば、両親は激怒するかも知れない。
 家賃を出してくれなくなったら、それはそれで構わない。言ってある通り、自分で払うだけだ。
 カナエが言った。
「……御両親に、挨拶をしておくべきでしょうか?」
「余計な事は言わんでいい」
 即座に、小菊は却下した。
 想像はつかない。根拠もない。が、何やら面倒な事になりそうな気はする。この男を両親……特に、父親と会わせてしまったら。
 もっとも、あの父親と和やかに会話が出来る者など、そうそういないのは事実である。
 聞くところによると父は20年前、北極海において『世界蝕』の発生を目の当たりにした、数少ない人間の1人であるらしい。
 それ以来、あの人は変わってしまった。母が1度だけ、そんな事を言っていた。
 もちろん『世界蝕』など、小菊が生まれるずっと前の話である。父が変わってしまったのだとしても、変わる前の父がいかなる人物であったのかはわからない。
(変わった結果が、あれならば……かなり、まともな人間だったのだろうな)
 思いつつ、小菊は両手を合わせた。
「ごちそう様……」
 席を立とうとする小菊に、カナエが声をかける。
「小菊、今日はこれから何を?」
「お前に関係があるのか」
「小菊」
 カナエが、じっと見つめてくる。
 その青い瞳を無視して立ち去る事が、小菊は何故か出来なかった。
「……学校へ、行って下さい」
 毎朝6時に起きているのは、規則正しい生活をするためであって、学校に遅刻しないためではない。
 今日は、図書館へでも行こうかと思っていたところだ。
 中学校の教科書などよりも、ずっと難しい本を、自分は何冊も読んでいる。
 そんな事を思いながら、小菊は言った。
「この間のテスト……全科目で、90点台を取ったぞ」
「だから?」
「私に、中学校の勉強など必要ない。卒業出来る程度の出席日数は確保する」
「小菊……正直に言って下さい」
 カナエは言った。
「いじめられているのなら、僕が話をつけますから」
「そんなわけがあるか!」
 小菊はつい、怒鳴ってしまった。
「仮にそんな事があったとしても、私が自力で解決する! お前の力など借りない!」
「そのためにも、学校へ行かなければ」
 暗く微笑んでいたカナエが、いつの間にか真顔になっている。
「貴女は確かに、いじめられているわけではないのでしょう。むしろクラスメイトの何名かは、小菊の事を心配して気にかけていると思いますよ? 貴女は、放ってはおけない人ですから」
「お前に何が……!」
 お前に何がわかる、と言おうとして、小菊は口籠ってしまった。
 思い当たる顔が、いくつかある。同じクラスの少女たちだ。
 一緒に喫茶店へ行こう、と誘われた。小菊はそれを無視し、さっさと立ち去ってしまった。
 どう応えたら良いのか、わからなかったからだ。
 ずっと、心に突き刺さっている。
「貴女、人から構われる事に慣れていないでしょう。だから他人との間に、自分から壁を作ってしまう……僕のよく知る人に、少し似てます。小菊の御両親が、もしかしたら、その人と同じタイプの方々なのかも知れませんね」
「ふん。だとしたら、お前のよく知るその人とやら、ろくな人間ではないな」
 心に突き刺さった事から逃げ続けていたら、あるいは、あの父親と同じような人間になってしまうかも知れない。
 逃げずに学校へ行き、向き合わなければ。
 そんな事を、居候の男から偉そうに言われるのは、確かに癪ではあるのだが。
 誘ってくれたクラスメイトたちには、謝らなければならないだろう。
 許してくれなかったとしても、それは小菊自身が招いた事態だ。
 いじめの類に発展したとしても、それは自分で言ったように、自力で解決しなければならない。
「自力で解決する、なんて思わないで下さい」
 カナエが言った。
「いじめや喧嘩でなくとも、何かがあったら……御迷惑でしょうが、僕が貴女をお守りします」
「同じ事を何度も言わせるな。余計な事は、言わんでいい」
 勢いよく、小菊はカナエに背を向けた。
 この男のよく知る人、という人物にいささか興味がなくもないが、訊いてみる事ではなかった。
 両親に関して、さほど親しくもない人間に根掘り葉掘り尋ねられたら、小菊もあまり良い気分はしないからだ。
 この男に訊かれたら、まあ気分次第では教えてやらぬでもないか、と小菊は思わなくもなかった。



登場人物一覧

 奈義小菊(aa3350)
 青霧カナエ(aa3350hero001)
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2016年03月04日

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