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『●どうしようもないほどいつもの風景 』
センダンka5722)&帳 金哉ka5666)&ka5673

 目的はあれど目的もなく、ぶらりと活気あふれる道を歩く閏。様々な店が様々な物を売っていて、横目でのぞき、気になれば顔を向け歩いていた。
 もっぱら見る物は雑貨、ではなく、肉や魚などであった。
「今日のメインはどういたしましょうか」
 昨日は肉だったが、今日も肉にすべきか、魚にすべきか。些細な悩みではあるが、真剣に悩んでいた。
 食べてくれる人――いや、鬼は、どっちでもいいと言ってくるだろうけど、せっかくなのだからと、どうしても考えてしまう。それに、どこを見ても我こそは主役と言わんばかりに魅力的な食材が、自分という存在を主張するようにきらきらしていた。
 そんな中、閏はこちらをじっと見つめる目と目が合ってしまった。だがそれは、人の目ではない。きれいにまん丸のつぶらなおめめに瞼はなく、銀ぴかに光っている。
 その目を見た瞬間、閏は胸を打たれ、もはやそれから目を離すことができなかった。恋にも似た感覚だろうか、少なくとも惚れ込んだという言葉に間違いはない。
「よし、君にいたします」
 褐色の指で狙うかのように、ビシッとそれへ向けた。閏が指を向けると、店主はそれがよく見えるように持ち上げてくれる。
 腹の銀色が美しい、まるまると太った見るからに脂の乗った魚を――

 ぷちりぷちりと皮の焼ける音。混じって聞こえる、落ちた脂が炭で蒸発する音。堪らない匂いが鼻孔をくすぐり、そのたびに米を握る閏の手は止まってしまう。
 じっと皮の上で少し融けた塩の粒を見つめていると、不意に手元からふわりと米の優しい匂いが漂ってくると、腹が鳴る事に抗うことができるはずもない。
(もう少し、もう少し)
 自分に言い聞かせ、できあがった握り飯に塩を振り、漬物を添えた皿に並べる。
 そしてまた、炊き立ての熱い米に手を伸ばして掴みあげた。余計な水分でふやけるのが嫌だから手を水で冷やさないし、冷めたおにぎりも美味いけど、やはり炊き立ての熱いうちは格別なので、米が熱いうちに握る――きっと冷める前に帰ってくるはずだから、少しでも温かいうちに食べさせたい――やはり作る側として、そう思ってしまうものである。
 魚も頃合いだ。空腹を訴え続ける身にとって、もはや漂う匂いすら最強の凶器と呼んでもいい。これに勝てる輩なんて存在しないといないと断言できるだろう。
 ちらりと、小さな窓から外を見る。灯りをつけなくてもいいほどに、なんとかまだ明るい。
「早く帰ってきてくださいね、セン。もうすぐご飯ですよ」




 思ったより遅くなった――それが帰路を歩くセンダンの、思っていた事だった。
 いつもと同じくらいの時間に帰れるはずが、帰り際になってほんの少しのトラブルがあった。それほど大事にはならず、これくらいならよくではないにしろ、たまにはある事だ。
 そう、たまにある。頻度が多くないにしろ、それほど珍しい事ではない。
(いつもンことだが、閏の小言が今から聞こえてきやがらあ)
「ま、だからどうしたって話だがな」
 それだっていつもの事と、それくらいの気持ちでいた。
 ――それがまさか、あんな事になるとはつゆ知らずに。

「ただいま、だ」
 玄関に入るなり、第一声がそれである。
 とても普通の事のようだが、センダンからすれば自分の家に帰ってきたのだから言おうが言わまいが勝手、むしろ誰かが家にいたとしても言う必要なんてないだろうとすら思う……が、言わなければ小うるさい事を昔に何度も聞かされ、ついには根負けして言う習慣だけは何とか身についたのである。
 ただ、今日はなんだか様子がおかしかった。
 弱くもか細い声で「おかえり」と返ってこない。それどころか家の中が少しひんやりとして、閏が居ても静かな家が、いつもよりさらに静かだった。
 眉をひそめ、怪訝な顔をするセンダンはきっと夕飯が用意しているであろう部屋へと足を運ぶ。
 戸を開ける前に、目を閉じて気配を確認するが、戸の向こうに僅かだが衣擦れする音や呼吸音が感じられる。間違いなくそこに閏がいると確信すると、引き戸を勢いよく開けた。
「おい、いるんなら返事くらいしろよ。殺すぞ」
 いつもの口癖を投げるが、こちらに背を向けて正座している閏は俯いたままかすかに揺れてるくらいで、振り返りもしなければ言葉も返してこない。
 閏の前には焼かれた魚と、塩むすびがテーブルの上に置かれていた。
 だが、見るからに冷え切っているような気がする。米の表面も乾燥して、少し硬くなっているような気もした。
 ハッキリ断言できないのは明かりが灯されておらず、ほぼ沈みきった夕陽がギリギリで頑張ってくれているとはいえ、薄暗くて今ひとつ見えにくいからだ。
 ただならぬ様子に身じろぎしない閏へもう一度、「おい」と声をかけるが、やはりしばらく反応はなかったが、やがて蚊の鳴くような声で何かを言った。
「あ? 今なんか言ったか」
 聞き取れなかったセンダンのためなのか、また何かを言うのだが、もともと小さい声がさらに小さくては、やはり聞き取れない。センダンの顔が不機嫌にゆがんだ。
「おい、聞こえねえよ。もっと大きな声でしゃべりやがれ、殺すぞ」
「どうしてご飯の前に、ちゃんと帰ってこなかったんです!?」
 声を荒らげ振り返る閏に、思わずセンダンの目が丸くなってしまった。
「なんでいつもの時間に帰ってこないんですか! せっかく、せっかく……!」
 冷めきってしまった料理を前に、今にも泣きだしそうな閏が声を詰まらせ、センダンを睨んだ。
 睨まれたセンダンだが、怯んだ様子もなく少しの間だけ面を食らったような顔をしていたが、たちまち犬歯をむき出しにして睨み返す。
(なんだってんだ? そんなに珍しいことでもねえし、今に始まったことじゃねえだろ。
 いつもなら、ちらっと小言でしまいだってのに、今日に限って、なんでこんなに怒ってやがるんだよ)
 なぜこれほどまでに閏が感情を爆発させているのか見当もつかないセンダンだが、言われたことは癪にしっかり触っていた。
 だからつい、口からはいつもの悪態に似た言葉しか出てこなかった。
「知るかよ、何時に帰ろうが勝手だろうが。殺すぞ」
 こう言えばなんだかんだで閏がごめんなさいと、いつものように言うだろう――そんな期待もあったのだが、閏は睨むのをやめない。
 もしかするとこれだけ長い時間、目を合わせたのは初めてかもしれなかった。いつもの気弱な閏なら、すぐに目をそらしているはずである。
「ああそうですね、勝手ですね。なら勝手に冷えたご飯でも食べていればいいんです」
 予想をはるかに上回る冷たい態度に、今度こそ、センダンは言葉を失った。
 よくわからないが相当、気に入らない事をしたらしいというのは理解したが、だからといってわけもわからず、さしてこちらが悪いという気もしていないのに謝るのはとても、とても、癪に触る。
 ならば、どうすればいいのか。
 それに対してセンダンの結論は――部屋の隅で閏に背を向け、寝転がるだった。
「……寝る。邪魔したら殺すぞ」
 腹がけたたましい咆哮を上げているが、握った拳で腹を叩き、そんな事で収まったわけではないが収めた事にして、センダンは目を閉じ、不貞寝を決めこむのであった。
 そして閏は閏でやはり腹の虫が治まらず、頑なにその場に居座り続け、徐々に闇が深まっていく中、センダンの背中をじっと睨み続けていた。
 ――と、その時。
「お前らは何をやっておるのじゃ……?」
 開けっ放しの戸から顔を覗かせた金哉が、顔を確認するまでもなく呆れていた。
 その手にはほのかに野菜の匂いが香る風呂敷があり、暖かみがあって優しい匂いに、少しは落ち着いた閏とセンダンの腹の虫が再び鳴きだす。
 薄暗いを通り越して暗い室内に踏み込み、風呂敷と、もう片方の手に持っていた灯火をテーブルの中央に置く。本来ならあまり好ましくない獣脂の焼ける臭いすら、今の2人にとっては腹の虫を煽るには十分だった。
 表情を作らなかった閏だが、金哉に顔を向けると途端にニコニコとする。
「いらっしゃい、金哉くん」
「あそこで不貞寝をしている誰かさんと何があったんじゃ、閏」
 いまだに此方を向こうとしないセンダンを一瞥する金哉。閏はその視線を追う事無く、ツンと顔をそらした。
(意固地になっておるのぅ。それも両方)
 原因はわからないにしても、そういった部分はとてもわかりやすい。それに、けっしてそう呼んだりはしないがセンダンを父、閏を母のように想って、感謝しながらも育った金哉だ。この空気が読めないはずもない。
「聞いてよ金哉くん。センがね、いつものようにご飯前に帰ってこなかったんです」
「俺の勝手だって言ってんだろ。殺すぞ」
 再び例の脅し文句が飛んでくると、これまた無視――するかと思いきや、金哉が来た事で少しは頭の冷えた閏は、その声色でセンダンがだいぶイライラしているのに気付いてしまい、先ほどと違った怒りの泣き顔ではなく、不安げな泣き顔を作る。
 センダンの苛つきは金哉も気づき、そして「ははぁ」と、説明としては不十分だった言葉でも、長年一緒に暮らした仲だけあって、なんとなく察しがついた。
 それを確認すべく、センダンの方に歩み寄った金哉はしゃがみこみ、その顔を上から覗き込む。
「で、どうして怒られておるか、わからんかえ」
「知るかよ。あいつをどうにかしろ、金哉。でないと、殺すぞ」
「なに、解決方法は簡単じゃよ。
 どうせヌシ、謝罪のひとつも言っておらんのじゃろ。一言謝罪すれば、あれもすぐ腹の虫を治めるわ」
 そう言われたセンダンは覗き込んだ顔からさらに顔をそむけ、それっきり語らなくなってしまう。
 やはりと思いながらも立ち上がる金哉は、センダンと閏を交互に見比べる。センダンの背中は機嫌が悪くなる一方なのを伝え、それが閏にもわかるのか、だんだん、オロオロとしている。
 くだらないと言わんばかりに金哉は溜め息をひとつ。
「どうせヌシら2人、意見のすれ違い以前に、意見の交換もろくにしとらんのじゃろ。もう少し大人になって、自分から歩み寄ったりせんのか。
 意固地になりすぎても、どうしようもないじゃろうて」
 じっとその目がセンダンに向けられ、そして閏にも向けられる。
 もはや泣いていると言えるくらい顔をくしゃりとさせた閏に、苦い笑いを向けた。
「閏、少々泣き虫が過ぎるぞ。泣く前に、やることがあるんじゃないかえ」
 金哉が顎で示すまでもなく、閏はよつんばでセンダンに近寄り、すぐそばで正座し直して服の端をちょいちょいと弄り、か細いながらもはっきりと告げた。
「ごめんなさい」
 謝るまでは許さないと思っていたが結局、閏の方からその言葉を口にしてしまった――が、胸につっかえていた物がすっと取れた気がして、嫌われるのではないかという不安も少しだけ和らいだ。
「ほれ、喧嘩両成敗じゃ。センダン、ヌシも謝れ」
「うるせえ、殺すぞ」
 相変わらず意固地を通そうとするセンダンへ、またも金哉が顔を覗き込む。
「いつまでそうしている。ヌシだって、謝らなければならんと薄々、思っておるのじゃろ。理由も知らぬまま言いたくないだろうけどな、きっとヌシには説明されても一生わからん理由じゃよ。
 それなら多少の理不尽を飲み込んで、ここいらでワビのひとつもいれておく方が、ずっと楽じゃろうてな」
 センダンもそんな事はわかっている。だがわかっていても、やはり言いたくないのがセンダンの性質である。
 だが、服を引っ張るその力で、どれほどの不安を抱えているのかわかってしまうくらいに付き合いが長い閏の、見えはしないけど今にも泣きだしそうな顔を思い浮かべると、嫌々ながらも身体を起こして、金哉と閏へと向き直った。
 そしてそれはもう渋々といった態度で、その言葉をやっと口に出した。
「……わりいな、閏」
「許して、くれますか。セン……?」
「許すも何も、よくわからねえが怒らせたのは俺みてえだからな。お前がもういいってんなら、俺だってもういい」
 嫌々そうにそういうセンダンだが、それでも閏表情はパッと輝き、笑顔を見せる。
 こうなればもう大丈夫だろうと、金哉はやれやれと頭を掻いて呆れた顔ながらも少しの安堵を見せた。
「まったく……閏も閏だが、センダン、ヌシは言葉が足りなすぎるわ。もう少し気遣いの言葉の一つでも、覚えたらどうじゃ」
「知ったことか。今までこうして生きてきたのが俺だ、殺すぞ」
 聞く耳を持つ様子のないセンダンに金哉は肩をすくめるが、その顔にはそう言われることを予期していたと言わんばかりの表情が浮かんでいた。
 それ以上の小言を止め、テーブルの上の風呂敷を広げると、木箱が現れる。それも開けるなり、ふわりと辺りに野菜の甘みと鶏肉の香りが漂い、センダンの喉がゴクリと鳴った。
「仲直りしたらほら、飯を食うぞ」
 飯という言葉にセンダンの機嫌が一気に戻り、閏も一瞬、明るい表情を見せるのだが、眼前の冷めた料理を見るなり、しゅんと目を伏せてしまう。
(暖かいうちに食べてもらって、それで――)
 もう過ぎた話なんだとかぶりを振るが、それでも料理を作った者としては、あの言葉に期待してしまう。あれだけいい魚とおにぎりの組み合わせ、しばらくどころか、もうないかもしれないとさえ思っているだけになおさら聞きたかった、あの言葉。
 閏が何を思っているか知らないセンダンはまるで気にした様子もなく、魚にかぶりつき、そして塩むすびを口一杯にほおばる。
 きっと冷えていてあまり美味しくなんかない――そう思っていた閏。
 だがしかし、センダンはこう言った。
「すげえ、うめぇ」
 一瞬、きょとんとした閏だが、信じられないという表情を見せたかと思うと、今日、最高の笑顔を作る。
「ほら、セン。お腹すいたなら、こちらも食べていいんですよ」
 自分の分まで勧める閏と、遠慮なく受け取るセンダンに、こうなるだろうなんて思っていた金哉は鼻で笑い、持ってきた筑前煮から人参をひとつまみ、口に放り込む。
「ま、なんだかんだで仲がいいのよな」
 2人を見ていると、口の中の人参は1人で食べる時とは違った味を広げるのであった――



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5722 / センダン / 男 / 34 / ぶっきらぼう馬鹿】
【ka5666 / 帳 金哉 / 男 / 21 / 今日は仲裁役】
【ka5673 / 閏     / 男 / 34 / 泣き虫意固地】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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まずはご発注ありがとうございました。少しお待たせして申し訳ありません。ファナブラだとさすがに色々世界観を調べたりと手間取ってしまうものですね。このような生活をしているだろうとか、いろいろ想像しての部分も多かったのですが、いかがだったでしょうか。
またのご発注、お待ちしております
初日の出パーティノベル -
楠原 日野 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2016年03月10日

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