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『 僕がいままで生きてきた、そのほとんどの時間が。 』
桃井 咲良aa3355)&ジャック・ブギーマンaa3355hero001
 一つの病室で完結している。
 それは無味乾燥な部屋で、棚と花瓶と、鏡に、小さな本棚、ただそれだけ。
 病院の隅っこにある個室で、僕は忘れ去られたようにひっそりと生きていた。
 そんな僕が唯一コミュニケーションをとるのは看護師たちで、彼女たちは決まって、僕の容態をすこしきいて、変わりなしと言って部屋を出ていく。
 僕はその、一向に回復しない体を引きずって外に行くこともできず、この病室でかごの鳥となっていた。
 特に変化もない毎日がただ続く。
 窓の隙間から入り込む季節の風だけが。僕に時がたっていることを教えてくれた。
 窓の外には、枯れて死んだ桜の木。
 それがまるで僕のようで。不思議とその光景は嫌いになれなかった。
「一人ぼっちだね」
 それは僕が僕自身にむけて言った言葉。
「だって、仕方ないよね」
 もう、独りでいることを嘆くことはなかった。もう慣れてしまった。
 けど独りで眠る病室は、夏の夜でも、とても寒かったのを覚えている。
 僕は実はいつからこの部屋にいるのか、それを思い出せない。物心がついたころから、体が弱くて病院にいるからだ。
 病名はわからない、五つの病院を回ったそうだけど、その精密検査からは何もわからなかった。
 現代医学ではお手上げ。そうお医者さんに言われてから。僕の両親は僕に微笑みかけることしなくなった。
 そして今の病室に閉じ込められてから。そろそろ十年たつのか。
 ここにはテレビすらない。娯楽もない。楽しみなのは来客くらいだったけど。
 両親がお見舞いに来てくれたことは。本当に最初の頃しかなかった。
 僕の病が何なのか分からないとなると、医者も僕のことを観るのをやめた。
 今では誰も来ない、回診の看護婦くらいだけど、彼女たちは僕と話をしてはくれなかった。
 それでいいと、僕は思った。
 もう望むものなんて何もない。
 緩やかに死んでいくこの体にまかせて、ただ残りの命を消化しよう。
 そう僕は思っていた。

   *   *

 僕は眠っている時、夢を見ることがある。それは決まって。僕の知らない場所の夢だった。
 鮮やかな緑の草原と髪を攫うほどに強い風。暖かな陽気。
 僕はその何もない世界を、ただ全力で駆け回っている、四本足で地面を捉え走っている。
 どこまで行っても端にたどり着かない。だから終わりを気にせず走り続けられる。
 ああ。これがもしかしたら、幸せというものなのかもしれない。
 そう僕は感じ。そこで、目が覚める。
 僕は、その夢を何度も見たことがあった。
 そのたびにその夢のイメージは鮮烈さを増していった。
 それと共に、僕の思いも。強さを増していった。
「この、窓の向こうに。あの草原があるのかな」
 夜の窓から見上げた空はどんよりと曇っていて、その切れ間から星や月が見える。
 今日は月が明るい。
 僕は強く、その腕を伸ばしたのを覚えている。
「この病院の外にはどんな世界が広がってるのかな」
 僕は体を起こして、窓を叩いた。
 これは卵の殻だ。けれど自分では、割ることはできない。
 自分の力では僕は何もできないんだ。
 孤独感が僕を包んだ。
 一人、孤独に死んでしまうのは別にいい。けど。
 もしこの先に、僕が見たことのない世界があるのなら。
 僕は、死ぬ前に一度でいい。それが見たかった。
「なんで、僕の足は動いてくれないんだ」
 そう、僕はあきらめて瞼を下ろす。その時だった。

 強い痛みが僕を襲った。

「が、あが」
 それは突然の変化だった。僕は体の底から湧き上がってくるような熱量と痛みに、両手を胸に当て、体を縮こませて耐える。
「体があつい」
 まるで心臓から、マグマが湧き上がってくるかのような感覚に、僕は正気でいられなくなった。
 何度となく胃や、喉が痙攣して。
 吐気はあるけど、全然吐けなくて。
 つらくて必死に拳を握りしめた。
「だれか、助けて」
 僕は無意識のうちにそう、つぶやいていた。けど。
 僕は思った。いったいこの僕を、誰が助けてくれるっていうの?
 もう思い出せもしない、お父さんと、お母さん?
 お医者さん? 誰が、だれが?
 そう思うと、怖くて、ナースコールも押せなかった。
 小さなボタンを握りしめたまま。もしこのボタンを押して本当に誰も助けに来てくれなかったら。
 そう考えると怖くて僕は、この痛みに一人で耐えるしかなかった。
 そうしている間にも、僕の体の痛みは増していく。まるで体の内側から何かか突き破って出てくるような感覚。
 やがて、僕の太ももに何か柔らかいものがからみつくのを感じた。
 これはなんだろう、そう思ったけど、熱に浮かされた僕に体力は残っていなくて。朦朧とした意識では確かめる力もなくて、やがて僕の意識は暗い闇に堕ちることになる。

 次の日の朝、僕は世界が一変していることにきがつく。

 僕は額の汗をぬぐって体を起こした。すっかり日が昇り、あわただしく走り回るナースの声が聞こえる。
「え?」
 朝、目が覚めると僕は最初に鏡を見る。その時に気が付いたのだ。
 猫のような耳が生えている。
「ええ!」
 驚いて僕は思わずベットから跳ね起きた。
 そしてそのこと自体も僕を驚かせた、跳ね起きるだけの体力もなかったはずなのに。そう僕は自分の足を見る。
 するとその太ももに隠れた細長い、ピンクのそれに気が付いた。
 それは尻尾だった、僕から生えてた。
 僕は唖然と鏡に映る自分を見ていた。まるで昨日とは別人のように映る自分、そして体の軽さをどうしていいものか、頭が追い付いて行かなかった。
 その時、突如病室の扉が開いた。
 見れば看護師が立っていた。
 何のことはなかった、いつもの回診の時間だ、けれど看護師さんのリアクションがいつもとだいぶ異なっていた。
「桃井さん、それ」
 口を押えながら、目を見開いて看護師さんはそう言った。
「これ、僕にもわからないんだよね」
 そう僕は言った、その僕の機嫌を表すように尻尾が左右に揺れる
「でもね、すごく調子は良くなったんだよ」
「先生を呼びに行ってきます」
 僕の言葉を遮って、看護師さんは言った。しばしお待ちを、そう告げて看護師さんは走り去ってしまった。
 また、暇になってしまった僕は体の調子を確かめるように、歩いてみたりジャンプしてみたりしながら、誰かが来るのを待った。
 お父さんやお母さんに連絡してくれているのだろうか。
 きっとこの姿を見たら驚くだろうけど、もう病院にいる必要がなくなったとしたら喜ぶぞ。
 その時はそう思っていた。
「遅いな」
 そんな暇つぶしが、三時間くらい続いたころだと思う。さすがに看護師さんが戻ってこなかったことに違和感を感じた。
 だから僕は、体を慣らすついでにと思って、外へ出ようと久しぶりに部屋の扉を自分で開けようとした。
 けど。開かない。
 鍵は内側からしかかけられないはずだ。なのに開かない。
「なんで……」
 僕は茫然とベットに座り込んだ、直後、廊下の向こうが騒がしくなる、大勢の足音。そして。
 扉をあけ放ったのは。僕の両親だった。
「お父さん、お母さん」
 ここで僕は覚った、僕はとんでもない間違いをしてしまったことに。
 久しぶりに見る両親、その表情は僕の記憶の中どこを探してもないような。険しい表情をしていた。
「化け物!」
 その言葉が、僕の脳裏に反響する。
「僕に言ってるの?」
 僕は問いかける、意味がわからなかったから。
 けど二人はうなづきあいながら言った。
「悪魔につかれた」
「愚神の誘いに乗った」
「恥知らず」
「病院に入れてやった恩も忘れて」
 違う、違う、僕は。
 そう僕は自分の無実を看護師さんに訴えようとした。
 けど僕はすぐに理解した。
 僕を化物だと思っているのは、他の人も一緒なんだってこと。
 医者も、毎朝回診に来てくれる看護師も。昨日までの僕を見る目とは、明らかに違う視線を僕に送っていた。
「僕は、何も変わってないよ?」
「だまって」
「ねぇ、お母さん、僕、体よくなったんだ、今では何も苦しくない、走れるんだよ。だから僕を」
「黙って!」
 母は金切り声をあげて、僕をにらんだ。
 僕はもう何も言えなくなった。
 父はそんな僕にしばらくここにいなさいと告げると。部屋の扉を閉めた。
 そして鍵を閉める音を鳴らしてみんなが僕を置き去りにどこかへ行く。
「なんで、なんでさ。僕、体がよくなればみんな喜ぶと思っていたのに」
 僕はやることもなく。窓に近寄った。そこには昨日と同じ景色があった。
 死んでしまった桜の木。けど。
「僕はいらない子だったんだね……」
 けれど僕は気づいていた。この窓の外に、今なら僕は行くことができる。
 ここは二回。けれど桜の木を伝って下りれば怪我なんかしない。
 僕は病室に内側からカギをかけた。
「さようなら」
 そう、誰にとも知れない言葉を残して、窓から病室を抜け出した。

   *   *

 外の世界は寒かった、当たり前だ。季節は冬の終わり。
 パジャマじゃ寒い。
 そう言っても僕は上着も買えなかった、お金は一切持っていない。
 けれどほとんど初めて見る町並みはとても面白かった。
 街灯や町の明りがキラキラしていて。たくさんの人がいて。
 ここで僕はやっと自分の病院が街中にあったことを思いだした。
 そんなことも忘れるくらい長い間閉じ込められていたのだ。
「お腹、へったな」
 けれどご飯を買うお金もない。それどころかだんだんと人の目が気になってきた。尻尾と耳。やっぱり周囲の人たちは僕に複雑な色の視線を向けてくる。
 しばらく歩いていると、警察が向こうから歩いてきた。
 僕は病院に通報される可能性を考えて、路地に入った。
 その瞬間だった。
「こんなところで子猫ちゃんが独りでお散歩か?」
 そう耳元で声が聞こえた。
「ついてきてもらおうか……」
 次いでばちっと音が聞こえた、たぶんスタンガンだったと思う。そして僕は意識を手放した。
 そのあとすぐに目が覚めると、僕は、大型資材がたくさん置かれている倉庫のような場所で目を覚ました。
「ここは、どこ?」
 やっと目が覚めたか、そう男が言った。さっきの声だった。
 見渡せば男は三人いて、あとできいた話だけど、彼等はヴィランの下っ端だった。
「僕をどうする気なの?」
「まずは大人しくしてもらう」
 そう言うと、男は僕のお腹を蹴った。
 その男が僕に更なる攻撃を加えると、同じように他の人も僕を傷つけた。
 蹴ったり、なぐったり。
 すごく痛かったのを覚えている。だって、僕はその時初めて人に攻撃される痛みを知ったんだ。
 震えあがって一言も声も出せない状態だったのを覚えてる。
「これからお前を従順にしてから、こういうのが好きな奴に売り飛ばす。ワイルドブラッドは高値がつく」
 男が言っていることの意味なんて半分もわからなかった。
 けどそれがとてもよくないことだというのは、わかった。
「やめてよ、僕どこにも行きたくないんだ。怖いことなんてもう嫌だ」
「あ? お前に選択件なんてない。っていうか、なに笑ってんだよ」
 そう言って、また男は僕の顔を殴った。

 僕、死ぬのかな。
 そう僕は殴られながら思っていた。
 抵抗しないと、本当に殺されてしまいそうだ。なのにもかかわらず。涙も出てこない。
 でも、そう言えば僕って最近、泣いたことなかったな。
 ……そうか、僕。泣くほど悲しいとおもえないんだ。
 生きてきて、思い出せるのは病室と、風の香りだけ。
 何もない空っぽな僕は、死んで失う物なんて何もないんだ。
 両親も僕を化け物扱いしていたし、あの様子なら死んでしまった方が喜びそうだ。
 だったら、だったら僕はこのまま。

 僕は、殴りつかれた男の手から解放される、朦朧とする意識の中。倉庫の扉の方を見ていた。
 扉が少し開いている、そこから入ってくるのは。冷たいながらも青々しい匂いが混ざる冬の終わりを告げる風
 それがワイルドブラッドの力のせいか、かつて嗅いだ時よりも強く感じられた。
 もし、もしだ。あの向こう、扉の向こうで楽しいことが一つでもあったなら。僕はこんな場面に直面したとき、涙を流せていただろうか。
 わからない。
 体感したことがないからわからない。
 けど。僕は手を伸ばす。
「生きて、見たかったな。自由に、外の世界を」

 その時だった。
 突如、倉庫の扉が大きく開け放たれる。
 月に光に照らされて、一つのシルエット。倉庫の扉前に立っているのが見えた。
 華奢な体、けれどその顔に浮かべる笑みは邪悪。その手には大刃の鋏が握られていた。
 そのシルエットに男が一人近づいていく。
 だが次の瞬間には、その男の腕が切り飛ばされていた。
 男の悲鳴はよく聞こえないくせに、その鋏の人物の笑い声だけが、妙にはっきり聞こえた。
 他の男たちがあわてて拳銃を引き抜く、その男たちめがけて突貫する鋏の人物。
「走れ! 自分の足で歩いて、外の景色を見てみろ」
 そうその人は僕に言った。
 僕はぼろぼろになった体を引きずるように。ゆっくりと外へ、外へ。
 向かって歩いた。
 ただ、そこに何が広がっているのかを観たい一心で。そこには自由があると信じて。
 
 そして扉の先で見た光景が、今でも僕の中に残っている。

 そこは海の近くの港の倉庫だった、だが不思議なことに倉庫付近に、木が植えられている。
 その樹は幹を太く、空まで伸ばして見上げるような大きさでそびえていた。
 その枝には桃色の花が咲き乱れている。
 満開の桜、桃色の花が月光をいっぱいに受けて輝いていた。
 海に映りこむその姿もまた美しい。
 僕はその光景を見てたちつくした。
「綺麗……」
「どうだ? 自分の足で歩いて見に行った景色は、なかなかいいだろう?」
 首から血を吹き出す男の死体を投げ捨てて。血で染まった鋏を担いで微笑むその人がいた。
 返り血が鮮やかにその頬を彩っている。
「うん、もっと見てみたいな」
 僕は言った、床一面に満ちる赤い液体、そこからたちこめるぬくもりと。色鮮やかさが僕の今までの世界を塗り替えていく。
「生きるっていうのはこんな楽しいことに満ちている。だからその楽しいことを探して生きるのもいいんじゃねぇかって思う」
 そう言って『ジャック・ブギーマン(aa3355hero001)』は僕に手を差し出した。血にぬれた手を。
「もしお前が望むなら俺が付き合ってやるよ『死ぬ瞬間まで楽しく生きる』そういう誓約を俺と結ぼうぜ」
 そう微笑んだジャックの手を僕はとった。
 その時初めて心の底から笑うことができていたと思う。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『桃井 咲良(aa3355) 』
『ジャック・ブギーマン(aa3355hero001) 』

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご指名いただきありがとうございます。
 おそらく初めての方ですよね? 鳴海と言います。今後ともよろしくお願いします。
 今回はビギニングノベルということで、二人にとって大切な、始まりの夜を描かせていただいたことに喜びを覚えています。
 私としては、純粋すぎて、周囲の大人の悪意や、ヴィランズの悪意。ジャックの存在を咎めない、咲良と。
 そんな咲良の足りない部分を補完するためのジャックなのかなと、想像して書いてみました。
 もし何か、設定の違いや書いてしまってはいけないことなどあった場合は気軽にお申し付けください。
 このゲームで、能力者と英雄の最初の出会いというのは、特に重要な価値を持つと思います。
 なので妥協なくやらせていただければと思います。
 
 それでは、長くなってしまい申し訳ありませんでした。
 今後、おそらくは依頼の方がお世話になる機会が多いと思います。
 その時はよろしくお願いします。
 鳴海でした。失礼いたします。
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リンクブレイブ
2016年03月09日

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