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『夢の先で待ってて 』
小野友真ja6901


 はらり、はらり、花弁のように雪が降る。
 正月も三が日が明け、日常を取り戻し始めた中での非日常。
 闇夜に白い息を浮かべて、小野友真は星の見えない空を見上げた。
(あの日も、たしか……)
 思い起こすのは、一年ほど前のこと。
 年の暮れのある日、買い出しに出て、大雪に降られて……
 寒さと疲労で、ふらりとして、そうして。

 ――にゃーん

 成長途中の黒猫が、不意に友真の足元へすり寄ってきた。
 野良にしては毛艶が良い。
「毛並みの綺麗な黒ネコちゃん……」
 美しい琥珀の瞳が友真を見上げる。
「あの時のネコちゃんか? 大きいなったなー。元気やったか!」
 友真がしゃがみ込み顎を撫でると、猫は心地よさそうに目を細めた。
「あったこうて、柔らこうて……癒されるなぁ……」
 つるふか、もふもふ。時折、様子を伺うようにこちらを見上げる。
 深い深い金の色。
 じーっと見つめて、そして……




 コン、と後頭部に小石をぶつけられて、友真はハッと顔を上げる。
 夜だったはずなのに、周囲は明るい。
 それから、小石ではなく硬貨だと気付く。
「そんなところに突っ立っているからだ」
 横から、聞き覚えのある声。耳障りの良い響き。
「……米倉さん!」
「祈願が済んだら避けろ、また賽銭をぶつけられるぞ」
「え? わ、 おっととと!」
 古びた神社の、賽銭箱の前。後ろには顔も解らぬ人々が並んでいる。
 友真は慌てて退けて、ロングコートを羽織る米倉創平の元へ向かった。

「はー、びっくりした。……ネコちゃんが連れて来てくれたんか?」
 米倉の足元には、先ほどの黒猫。
 合点がいって、友真は小さく笑った。
「へへ。明けましておめでとうございます」
「あっという間だな。つい先ほどまで、ハロウィンで騒いでいたように思うが」
 形のいい顎を撫で、米倉は初詣客を見ると話に見遣る。
「…………」
「なんだ?」
「覚えててくれはってるんやなぁ、て思て」
「なんだそれは」
「米倉さんの中でも、『時間』は積み重なってるんやなて。それが嬉しいなって」
「物好きめ」
 何度も繰り返し掛けられた言葉がくすぐったい。
 決して冷たいだけではない響きを感じ取り、友真の心は温かくなった。




 時は等しく流れているのだということ。
 当たり前のようで当たり前じゃない、不思議で素敵なこと。
 彼の人の時間は永遠に止まったはずなのに、こうして時間を重ねることができるのは、なんと表現すればいいのだろう。
「……それでね。俺、大学も二年生になったんですよ。そんで、ヒーローしてるんです」
「ヒーロー?」
 突拍子もない近況報告に、米倉は思わず片眉を上げる。そういえば、『なる』とか言っていたか?
 『撃退士』は、ただそれだけというだけで一般人からすれば確かにヒーローではあるが……
「友人の頼み事とかー。あと、そのツテでヒーロー業っぽいこととか。それは、すごくやりがいがあるんやけど」
「…………少し待ってろ」
「?」
 彼が友真の言葉を遮るのは、珍しいのではないだろうか。
 普段は、ずっと聞きに徹しているような気がする。
 黒猫を友真に抱かせ、当人は人混みの中へ入ってゆく。それもまた珍しい。人の波など、嫌いなものだと思っていた。
 ――ややあって、紙コップを両手に、米倉は戻ってきた。
「甘酒?」
「二十歳になったから飲めるんだろう?」
「これはお子様でも飲めますぅ!」
「疲れが取れる。体を温めろ」
 男は友真に甘酒を渡すと同時に、猫をひょいと引き受ける。
「『やりがいのあること』は、無茶と無理の境界線を見失わせる場合がある。強制的にでも体を労わってやれ」
「…………米倉さん」
「今は、ここでなら、時間を気にしなくていい」
(かなわんなー)
 甘酒の湯気が、友真の鼻先を湿らせる。ほんのり甘い、酒粕の匂い。
(強気で全力に前向きに――って…… 仮面なん、完全にバレとるんやもん)
 いつだって元気でいたい。
 ヒーローたるもの、笑顔でいてナンボ。
 そう思って、努めていても……見透かされる。徹しきれない。
 相手が、自分より何重もの仮面を被り慣れているからだろうか?
 相手の本心を知りたいと思うから、自然と自分も本心で接しているということだろうか。
 いやいや、いつだってヒーローは100%本心ですけども!!
「米倉さんは、今やったら自分を労わることができますか?」
「ここで無茶をしろと言う方が無理な話だな」
「たしかに」
 ふふっと笑い、友真は甘酒に唇を付けた。体がホワリと暖まる。
「そやったら、米倉さんにとって……ずっと休めなかった分を、取り戻してるってことですね」
 人間として、会社勤めをしていた時も。
 使徒として、京都を守っていた時も。
 心が安らぐだなんて、きっとなかったに違いない。
 いつだって真面目に、与えられたことを黙々とこなしてきたに違いない。
「そんなご褒美の時間に俺がおって、お邪魔やないです?」
「勝手に入ってきて、いまさら言うか? それに、逆かもしれないな」
「というと?」
「俺が、小野の『時間』へ入ってきている。そういうことも考えられる」
「……米倉さんが なんで?」
「心当たりは?」
 ない、とは言いきれない。
 使徒・米倉創平という存在を知って、自分は何を感じたか。何を望んだか。
 あの時に届けられなかった願いを、呼び込むことで今度こそ―― そう、考えはしなかったか。
「だから、邪魔といったことはない。難しく考えるな」
「…………俺」
 会える機会は少ないから、せめてその間は明るく振舞いたかった。
 元気な自分を見てほしい、それで笑ってほしい。楽しいことはたくさんあるんだよって知ってほしい。
 そうあることに嘘はなかったし、今だってそうだ。
 でも、今は――
「……ほんまは、めっちゃ忙しくなってて。だから、暫くは米倉さんに会いに来られへんかもしれんくて」
 何かを考える暇もなく、深い深い眠りに就く毎日で。
「でも、会えんくても、俺のこと忘れへんといてくれると嬉しいな。次会うとき何しよか考えてくれてたりすると、俺めっちゃ嬉しいんですけど」
「会うことを忘れる、という選択肢は?」
「ナシで!! ……ナシでお願いします。少なくとも、俺はまだまだ話したりないですもん」
 話したいことはたくさん。
 遊びたいこともたくさん。
 共有したい時間が、たくさんある。
「忘れんといてください。俺は忘れられるんが、さみしくてつらいから」
 忘れてしまう――その人の存在が、心から無くなる。消滅してしまう。
 生きていても、死んでいても、それは同じ事だ。
「そういうものか」
「そういうものです。だから……俺も米倉さんのこと、絶対に次あうときまで忘れへんからね」
 友真の視線が、言葉を探して彷徨う。
「寂しくなるけど……次会うときは更に成長した、うっかり惚れちゃうくらいのめっちゃかっこいい俺になってるから、楽しみにしててな!」
 精いっぱい、強がりの笑顔。へにゃっと、泣き笑いの表情。
 お見通しの上で、米倉は「ほう」と一言だけ返す。
「うー……。寂しいのは寂しいんです……!!」
 次に会えるのはいつだろう。
 春、夏、秋……季節はどんどん変わってゆく。
 自分自身のこと。学園を取り巻くこと。あらゆることが、目まぐるしく。呼吸さえ忘れてしまいそう。
「これ、持っとってください。使い物にならんなんて言わせません。俺にとっては大事な大事な、宝物なんです」
「……お前ってやつは」
 ついと突き出されたのは、ビニール傘。壊れて、もう役には立てない……
「本当に物好きだな」
 紫水晶の瞳が、柔らかな笑みをかたどった。




 いつの日か訪れた、古びた神社。
 三が日を過ぎて、参拝客の姿などない。
 石段に腰掛けていた友真は、足元にすり寄る猫の感触で目を覚ました。

 あの日のように、猫は鳴く。美しい瞳で友真を見上げる。

(次に、会えるその時まで)
 猫の頭を撫でながら、友真は心の中でそっと願った。
(俺んこと上から見ててくれるとめっちゃ嬉しいな)

 きっと、見守ってくれている。
 漠然とした信頼は、飲みほした甘酒のように胸を暖かく満たしていた。
 さあ、帰ろう。
 暖かな人の待つ、大切な家へ。



【夢の先で待ってて 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6901/ 小野友真 / 男 /20歳/ 約束のヒーロー】
【jz0092/ 米倉創平 / 男 /35歳/ 夢の先で】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
しばしの別れと、再会の約束をお届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
初日の出パーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年03月10日

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