▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『お前は俺の 』
ガルー・A・Aaa0076hero001)&aa0027hero001

 吐き出す息が白く靄となって霧散していく。
 夜の帳が下りた街はひっそりとした静寂に包まれていて、まるでたったひとり取り残されてしまったような気さえした。
「あー……さっみ」
 上着のポケットに両手を突っ込んで、ガルーはすんと鼻を啜る。
「あんのクソジジイ、ちょっと下手に出てやりゃぁ調子乗りやがって。こちとら慈善活動してるわけじゃねぇんだっての」
 いつにも増して凶悪な面構えをしているのは、今日の仕事が思うように進まなかったためか。家で待っている筈の同居人を思い出しているのか、ガルーの足取りは早い。
「チッ、晩飯食いっぱぐれた。家になんか残ってたっけか――」
 ピリリリ、ピリリリ。
「ん?」
 とっぷりと暮れた夜の空気を切り裂いて鳴り響いたのは、ガルーが保持している携帯端末。
 すわ同居人に何かあったか、などと頭の片隅で思いつつ画面を見れば、表示されていたのは最近とみに見慣れてしまったとある男の名前である。
「おう、なんだ――」
『あ、がるーちゃん? おれおれー』
「どちら様でしょう? 人違いではありませんか?」
『待て待て待て、がるーちゃんわかっててやってるでしょ? おれだってば、いるかさーん』
 がやがやとした喧騒をBGMにへらりとだらしない声色で名を告げたのは、不本意ながら近頃よく交流を持っている男、鯆であった。端末に耳をあてがった瞬間、ガルーが反射的に他人のフリをした程度には酔っ払っている様子である。
「……で? なんだよ」
『がるーちゃんなんか冷たくない? いるかさん、ガラスのハートが傷付いて死んじゃうよ?』
「切るぞ」
『あっ待って待って! いるかさんが悪かったから見捨てないで!』
 何故かいつになくごきげんな様子の鯆。ガルーは「めんどくさい奴に捕まった」と盛大な舌打ちを披露している。電話口の向こうに居る鯆にもそれは聞こえているだろうに気にした風もない。ガルーは漏れ出しそうになった溜息をぐっと飲み込んだ。
「今どこだよこの酔っぱらいが。どーせ迎えに来いって催促だろ」
『さっすががるーちゃん、わかってるぅ! 前にも来てもらったことある場所なんだけどさぁ』
 ガルーが断るなどとは一切思っていなかった口調で現在地を口にする鯆。
 ああ頭痛がする。そんな気がしてガルーは額に片手を遣った。
「……戻んなきゃなんねぇじゃねーかチクショウが」
『え? なんてー?』
「なんでもねーよ! 今から行く、もう一滴も飲むなよ。お前それぶっ潰れる手前だから」
『えー? がるーちゃんってばいたいけないるかさんの数少ない楽しみを取ろうってのー?』
「よっぽど放置されたいらしいな」
『ごめんて。んじゃ、待ってるからなー』
 Pi、と特徴的な電子音がして、通話が終了する。ガルーは今度こそ遣る瀬無い吐息を吐き出した。何故奴はこうもヒトの都合を顧みず行動できるのだろうか。
「……まぁ、のこのこ呼び出される俺様も俺様か」
 吐き出す息が、夜の濃紺にふわりと溶ける。
 自嘲気味な苦笑をひとつ漏らして、ガルーはくるりと踵を返したのだった。


「ほら、水でも飲んでしゃんとしなぁ」
「ぅーん?」
「あーあ、駄目だこりゃ」
 片手に端末を握りしめたままカウンターに突っ伏す鯆に、居酒屋の店主らしき男は盛大な溜息をついて首を横に振る。
「迎え呼ぶのがちぃと遅かったなぁ。おいこら、寝るんじゃねえよ」
「なんだとーぅ? おれはまだまだのめるぞー」
「そんなぐでんぐでんで何言ってんだか」
 覚束ない手付きで腕を振り上げた鯆の頭をぺしりと叩いて、店主はもうひとつ溜息を吐き出す。
「いいから水飲めや。あつあつのおしぼりもくれてやるから顔拭いて目ぇ覚ませよ」
「あん? っちょあっづ!?」
 一体どんなトリックを使ったのか、店主が投げ寄越したおしぼりは、英雄である鯆が飛び上がるほど熱さを感じるシロモノだった。
 頭に乗ったそれを若干涙目になって取り払う鯆に、幾多の戦場を生き抜いたという貫禄は皆無である。
 しかし、まぁ、少々どころではなく強引な手段だったが、多少の酔いは醒めたらしい。鯆は不貞腐れたような顔をしながら、ぐいっとひとつ伸びをする。
「ご丁寧にドーモ。あーあ、せっかくいい気分だったのにー」
「そりゃよかったな酔いどれ野郎が」
「んぉ?」
 苦り切った声と共に、鯆の額に軽い衝撃が走った。
 閉じていた目を開けば、逆さを向いた視界に渋面のガルーが飛び込んでくる。
「おー、がるーちゃんじゃなーい。どしたの?」
「お前が呼んだんだろうがっ!」
「あたっ」
 ぺしっと小気味よい音を立てて鯆の額とガルーのてのひらがぶつかり合う。結構な衝撃だったらしく、鯆の額が少しだけ赤くなっていた。
「冗談だってー。あ、そーだがるーちゃんも何か飲む?」
「本気で言ってるんなら俺様は今すぐ帰らせてもらうぞ」
「冗談だってばー」
 何が楽しいのか、へらりへらりと楽しげに笑っている鯆。
「ヒトの事呼びつけといていいご身分だこって」
嫌にご機嫌な様子の鯆に、これでもそれなりに急いで駆けつけたガルーは遣る方無い吐息を吐き出した。
「おら、帰るぞ。大将、お勘定よろしく」
「あいよ」
 手慣れた様子で鯆のポケットから抜き取った財布で勘定を済ませ、手慣れた様子で財布を元の位置に戻すガルー。そしてこれまた手慣れた様子でぐんにゃりとした鯆を肩に担ぎ上げた。鯆がカエルの潰れたような呻き声を上げているが、ガン無視である。
「ぼーりょくはんたーい。酔っぱらいは労るもんだぞーぉ」
「自覚あるんならちったあ自重しやがれ」
「がるーちゃんやさしくなぁい」
「優しくしたらお前調子に乗るだろうが」
 あーだこーだ言い合いながらも肩を組んで店を出て行くのだから、結局は仲がいいのだろう。少なくとも傍からはそう見える。
「ありあとやしたー」
 やる気なくひらひらと手を振る店主に見送られ、野郎二人は冬の冴え冴えとした夜の街へと足を踏み出したのだった。


「がるーちゃーんおんぶしてー」
「道端に捨て置くぞ酔いどれ」
「にゃんだとーぅ? いいのかー? いるかさん吐いちゃうよー? がるーちゃんの一張羅盛大に汚しちゃうぞー?」
「おい馬鹿やめろ!! このスーツ高かったんだぞ!!」
 ふらりふらりと千鳥足の鯆。タイトなスーツ姿でそれを支えるガルー。
 姿は対称的な二人だが、じゃれ合うさまはどう見ても同類のそれである。
「なーなーがるーちゃん、折角だからどっか飲みに行こう?」
「寝言は寝て言え」
 あっちにふらふら、こっちによろよろと落ち着かない鯆の腕を逃げられないようぴっちりと捕らえているため、ガルーまで足元がおぼつかない酔っ払いに見えた。
 電柱にぶつかりそうになった鯆をぐいっと引き寄せて、ガルーは盛大な溜息を吐き出す。
「おら着いたぞ。いいから座れ、そんで大人しくしてろ」
「んんー?」
 行き着いたのは、ぽつりぽつりと該当の灯る深夜の公園。
 ぼんやりと浮かび上がる遊具の群れが不気味だ。しん、と静まり返った夜の公園は、いっそ見知らぬ異界のようにすら見える。
「ったく、お前さぁ、幻想蝶が嫌ならせめて住み家くらい持っとけよ。夜中の公園に男二人連れで入るの嫌なんだよ俺様は」
「ええー? いいじゃん別にぃ。誰も困ってないしさぁ」
「俺様が困ってんだよ!」
 何が楽しいのかへらへら笑っている鯆。ガルーは呆れ顔で頭を掻いた。そうしてアーガイル柄の手袋に包まれた手で煙草を取り出そうとして、取引先で最後の1本を消費していたことを思い出して舌打ちする。
 と、目の前に差し出される見知った煙草の小箱。
「いる? 迎えに来てくれたお礼」
「……もらってやる」
 小箱から突き出た1本を舌打ちしながら抜き取れば、何故か鯆が満足そうな顔で笑っていた。
「ん」
「……ん」
 ジジ、と音を立ててオレンジの炎を吹き上げるオイルライターが差し出される。見覚えのあるそれをちらりと見遣って、ガルーは仄かな溜息と共に、嗅ぎ慣れた匂いの吸い慣れない煙を肺に落としこむ。
「相変わらず気に食わない味だな」
「なら吸わなきゃいいだろ?」
「冗談、煙草に罪はない」
「ハハ、がるーちゃんってばひっどーい」
 口で直接小箱から煙草を一本抜き取って、ガルーに差し出した残り火で日を灯す。鯆の瞳はどこか満足気な光を反射していた。
 キン、と金属音を立ててオイルライターの蓋を閉じる鯆。そうして意味もなく2,3度蓋を開け閉めして、鯆はやっとライターをポケットに仕舞う。
 吐き出す煙と白い呼気が二人分、夜の空気に交じり合っている。
「それ吸ったら寝ろよ」
「んー? どーしよっかなー」
「まさかお前、まだ飲みに行く気か?」
「さぁ? どうだろう」
 にやり、と笑う鯆は、ガルーの目にどこかさみしげに映った。
 ガルーの吐き出す煙に、苦い溜息が交じる。こいつ、完全に飲みに行く気だ。
「……それじゃ、迎えに来てくれてありがとね。いるかさんは一人寂しく寝ることにしまーす」
 だらしなく樹脂のベンチに寝そべった鯆がひらひらと手を振っている。
 ガルーは今度こそ、煙で誤魔化すことなく溜息を吐き出した。
「……1泊だけなら泊めてやる。飲むんならうちで飲め」
 長く伸びた灰を地面に落として、短くなった煙草を取り出した携帯灰皿に押し付ける。仕方ねえなぁ、なんて思いながら顔を上げれば、いやに幼い顔をした鯆と目があった。
 あ、間抜け面。思わず笑いの含まれた吐息を吹き出せば、その声に我に返った鯆が慌てて身体を起こしている。
「え……」
「んだよ、それ狙ってたんじゃないのか」
 素に近い鯆の反応に、気恥ずかしくなったらしいガルーが唇を尖らせて憎まれ口を叩く。鯆が手に持っていた煙草は危なっかしいから取り上げてしまった。
「おら立て、お望み通り背負って帰ってやんよ」
 酔いのせいか、驚きのせいか、反応の鈍い鯆の手を引っ張って無理矢理引き上げる。ただ、掴んだ手が思いの外冷たくて、それが少し、感情のやわらかい部分を刺激した。
 嫌に素直な鯆を背負って立ち上がれば、両肩にずっしりと中年男性の重みがのしかかる。
 ああ、軽いな。思っていた以上に。ガルーは鯆から表情が見えないのを言い訳に顔を歪める。物理的な重さの話ではない。うまく言葉にできない感情を持て余して、ガルーは星すら見えないまっくらな夜空を仰ぎ見る。
「重いぞ中年! 痩せろ!!」
 そう叫んで背中の鯆を揺すりあげれば、右肩に掛かる圧が増した。
「がるーちゃんやっさしー……」
 茶化す声がいつもよりずぅっと小さかったことには気付かないふりをして、ガルーは寒々しい夜の公園に背を向ける。
 冷蔵庫の中何入ってたっけな、なんて考えながら。


 結局、連れ帰った鯆は1泊どころではなくガルー宅に居座ることになるのだが、まぁ余談である。
 ガルーの相棒である同居人から冷めた視線を向けられるのも、まぁ想定の範囲内と言えるだろう。
 鯆は相変わらずのらりくらりと根無し草をしているし、ガルーは相変わらず憎まれ口を叩きながら飲み歩く彼を迎えに行くのだ。二人の仲に変化はない、相変わらずの距離感。
 なんだかんだで、仲はいい。
 少なくとも、側からはそう見えるのだ。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【aa0076hero001/ガルー・A・A/男性/30歳/バトルメディック】
【aa0027hero001/鯆/男性/47歳/ドレッドノート】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 どうもでっす!
 この度はご指名ありがとうございました! 楽しんでいただければ幸いです。
 御察しの通り妙齢の男性(語弊)が好きですはい。若さを失った代わりに得たオトナの色気と落ち着きがふとした瞬間に垣間見れるのがとても好きです。そんなもん微塵も感じさせないちゃらんぽらんな様もそれはそれで良いです。そんなオジサマにニヤリと見つめられて「わっかいねェ」などと言われた日にはあらぬことを口走る予感しかしません。
 そんな想いを詰め込んでみました。はい、趣味全開です。とてもとても楽しかったです。ありがとうございました。
 それではまた、いつかの機会に。
初日の出パーティノベル -
クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2016年03月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.