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『春色対話 』
和紗・S・ルフトハイトjb6970


 ふわり、ふわふわ。
 ふわり雲。

 ひらり、ひらひら。
 ひらり春。

 春の装いが本を開くように、花弁纏う少女はココロ揺れる。

「……はぁ」

 春の薫りを吐息で沈ませ。
 夢に誘うかの如き淡い薄紅が、彼女目がけて“ふわりひらひら”――慈しみ深く添っていた。





 気怠い午後。
 活気な色から離れた、久遠ヶ原学園内のベンチ。

 敢えて此処を選んだわけではなかったのだが、言うなれば――桜にでも招かれたのだろうか。ベンチの傍らには桜の木が穏やかに佇んでいた。五分咲きではあるが、優しい春風が覆うその様は、日の本の美を感じさせる。

「……はぁ」

 その、長閑な空間で。この、ベンチで。
 樒 和紗(jb6970)が腰を落ちつけてから早数分。ついた溜息はこれで幾度であったか。

 はらり、ひらり。
 桜の花弁が、和紗の気鬱を祓うかのように髪を撫でていく。

「ふぅ……」

 ひらひら、ひらり――はら、ほろ、ひれ、はれ。

「……やけに花弁が舞ってきますね。散るにはまだ早い、――っ」

 わささささ――。
 まるで、バージンロードを歩く花嫁を祝福するかの如き花吹雪で。

 ちょっ、ちょちょちょちょちょちょ。
 Σ多っ、どんだけ花弁。そんなに散らさなくていいから、何処かのお奉行様も驚いちゃうから。

「――藤宮先生?」

 額に手の甲を添えて仰いだ和紗が瞳に映したものは、何とも戯れたお伽草紙な絵面のように。

「あ、気づいた?」

 そりゃ、そうだろう。

 太い枝に脚を伸ばし、幹に背を預けて寛ぎ体勢の戦闘科目教師――藤宮 流架(jz0111)が桜の大木で柔和に笑み、和紗を見下ろしていた。

「桜の花弁は先生が? 雨並に降ってきたのですが」
「さぁ? 先生は知らないよ。もしかしたら、桜の木が君のことを心配しているのかもね」
「心配……?」
「うん、心配」
「……」
「不安なことでもあったのカイ? 良かったら話してごらんサクラサクサク」
「……桜と一体化しているつもりですか? そして、それは腹話術のつもりでしょうか。と言いますか、その語尾に何の意味が(ry」

 よっ、と。

 淡い紅に一片紛れ、流石の身軽さで着地した流架。穏やかな表情はそのまま、首を傾げるように目笑して和紗を眺める。翠玉な色彩へ、紫水晶が凛と交わされた後(のち)、和紗の瞳が思い出したように俄に膨らんだ。

「――先日、お邪魔した件は楽しかったです。ありがとうございました」
「ん? ああ、どういたしまして。君が山にまで採取しに行って作った栗金団のチョコ、美味しかったよ」
「お口に合ったようで何よりです。録画した映像は何度も見返したのですが、参考になるか不明で……ですが、とても面白かったのできちんと保存しておきますね。あ、映像が欲しかったらご遠慮なく。ダビングしてお渡ししますので」
「……いや、いいかな」
「そうですか?」

 風が戯れに舞って、互いの黒髪を乱した。
 和紗は真珠の如き白い指先で、楚々と、髪を耳の横へ押さえると、目線を伏せ「……はぁ」と吐息。

「――あ、すみません。人前で溜息をつくなんて失礼でしたね」
「んん。君の横、いい?」
「え? あ、ええ。勿論、どうぞ」

 和紗は自らの座り位置を左へずらし、空いた彼女の側面に流架が座す。そして、彼は和紗の“狼狽”を緩和する落ち着きでもって声をかけた。

「俺で良ければ力になるよ」

 温もり溢れるその安定さに、
 こくり。
 和紗は自然な心持ちで顎を引いていた。










 とくん、と。
 その鼓動(オト)は突然、訪れたのだという。……ような気がしたともいう。

「幼い頃は病弱で床に伏している事が多かったのですが、アウルが発現してからは頗る元気だったのです。ですが近頃、稀にですが……不整脈が出る事が増えまして」

 それはどうやら、ある“特定”の人物にのみ作用するようで。
 女子力師匠で頼れる友人。
 尚且つ、彼の翼を休める枝でありたい――と、和紗がそう感ずる人物。

 しかし、和紗の胸に奔るそのオトは、とくん、弦な爪弾きの音色だけとも限らない。
 繊細な調子であることは変わりないというのに、きりきり、と。胸の内を細糸で縛られるような、そんな痛みを憶えるのだという。
 
 ――彼の、確かな微笑みと礼の言。
 ――彼の、受け容れ過ぎな無反応。

「俺はまた、役に立たない体に戻ってしまうのでしょうか」

 緩く溜息を零して、和紗は膝上に置いた掌を、そっ、と、重ねて握った。
 悔しいような、情けないような、それとも――桜の色さえ変える、自覚の無い淡い一片な想いなのか。様々な感情が複雑に入り組んでいる、そんな心境の様であった。

「…………」

 黙って耳を傾けていた流架は、右脚に肘をついた掌で口許を覆う。目線はそのまま、空(くう)の一点を見据えて。思案に馳せる彼の表情を、緩慢な瞬きの次いでに、ちらり、横目で窺う和紗。

 ――。

 思い当たることでもあるのだろうか。
 思いの外、自分は重症なのではないだろうか。
 もしかしたら、彼の腐れ縁でもある保険医のツテでこの症状についての専門医でも牽引しているのでは――!

「少し、訊いてもいいかい?」

 束の間、思考回路の坂を猛スピードで下っていた和紗は、穏やかに窺う声音にはっとして、意識のずれを戻す。それからひとつ頷くように顎を引き、やや前傾になっていた背筋を正して彼の方へ顔を向けた。
 流架は口許の手を外すと、ほんのりと笑みを呼気で落とし、代わりに言を紡ぐ。

「彼は和紗君にとって“大切”な存在かい?」
「――ええ、勿論」
「では、“特別”だと感じたことはある?」
「特別、ですか? ――……とく、べつ。…………」

 その単語をもう一度小さく復唱して、和紗は諮る面持ちになり。自身の手の甲を射貫くように見つめた。その彼女の様子に、流架は「(なるほど)」と、心の内で独白すると、

「――ん、俺の尋ね方が悪かったようだ。今のは忘れておくれ」

 切れの良い声音で流した。そして、改めて問う。

「君の中の彼は“変わった”?」

 ――。

 今、鮮やかな映像が和紗の瞳を横切っていった。
 ……く、ん。
 今、心の水面にナニかが跳ねた――……ような気がした。

「……ええ。ヒトは変われる。彼もヒトを頼れるようになったのだと思います」
「じゃあ、口移しのチョコを解せないと感じたのは何故?」
「それは……嫌なことは嫌だと、彼がはっきり意思表示をしなかったからです。他の者に出来て、彼に出来ないということはなかったでしょうから」
「……ふむ」
「俺、何か変ですか?」
「――いや、ちょっと待っておくれ。整理するから」
「?」

 流架の表情が少しも波打たせていなかったのが、和紗にとっては不安を掬わない救いであったのかもしれない。
 しかし――解せないのは此方だ、とでもいうように、流架の首は正直であった。捻った視線の先で舞う花弁を目で追いながら、斜めに目線を落としていく。

「(何だろうな……。聞いている分には、“鍵”も“鍵穴”も違いないのだろうが……嵌まらない、というか。――いや、)」

 一見、何の根拠もない“嵌まらなさ”が、実は一番頑固で揺るぎないモノであるように窺えて。
 一介の教師の個人的な見解ではあるが。
 だが、妙に腑に落ちてしまった。

「――俺の知っている部分では、何の確証もないけれど」
「藤宮先生?」
「意識しないのが普通なのかもしれない。ただ……憶えておいておくれ、和紗君。物事は不変ではいられない時もある」
「……それは、俺の事情の所為――ですか? やはり、俺の体は……」
「こら、先生の話は最後まで聞きなさい」

 眉尻を下げてそろそろと俯く和紗の片頬に、掌がやんわりと添う。和紗は一度、睫毛を重そうに伏せてから、上目遣いに仰いだ。視界に入った彼の面は、掌の温度のように安定していて。

「君には君の“ものさし”がある。惑わされたって、自分を取り巻く状況はそう変わらない。だけど――、」
「不変ではいられない、ですか?
 …………。
 先生、俺には矛盾しているように思えます」
「ふふ。ん、そうだろうね」

 顎に指先を添えて顔を傾ける和紗に、流架は朗らかな表情で返す。

「だが……そこが厄介で、愉快なところでもあるんだよ」

 声の調子はそのまま、彼は目笑した。

「偏りがあるのが自然だ。互いに、同じ“ものさし”というのは難しいのかもしれない」
「――それは……そうでしょうね。だけれど、俺は伝えたいです。伝わらなくても、伝わるまで言葉を送ります。きっと」
「ああ、それは和紗君の美点だ。いいんだよ、君はそのままで」
「俺は、俺のままで……?」
「ん。描いた通りにいかない時だってあるだろう。絵も、言葉も、心も。だが、それも君の嘘偽りではないから。君自身だから」
「俺自身……」

 息を漏らしたような呟き。
 それからぎこちなく首を動かして、和紗は数秒思考を巡らせた。双眸をうっすら細くして、どことなくほっとした横顔を流架へ戻してくる。

「それは……つまり、俺は俺自身の中で問題を大きくしてしまっている――……ということなのでしょうか?」

 解釈に自信があるわけではなかった。けれど、焦燥のような蟠りは、いつの間にか和紗の胸の内から姿を消していたから。見返してきた流架の顔が、それを間違いでないと物語っていたから――。

「――ん。よしよし」

 ささやかな春風が朧浮く誰かのココロを攫っていくようで。
 ぽふぽふ、と。
 見上げてくる和紗の頭を、安らかな温度の掌が優しく弾んだ。そして、紅な花弁に溶け込むような静かな声音で囁いた。

「先生が何を伝えたいかっていうと、“大丈夫だよ”ってこと。――だから、和紗君は大丈夫。心配しなくてもいいんだよ」





 和紗は、ほっ、と息をついた。





 空が開けたように。
 濁った色彩の水が透明に澄み渡るように。

 言葉にして、彼に――流架に伝えて良かったと切に感じた。

「ありがとうございます、藤宮先生。やはり、相談して正解でした」
「ふふ、そうかい?」
「ええ。何と言いますか、今、とても空気が美味しいです」
「うん。……ん? ……うん、それは何よりだ」
「しかし、やはり噂通りでしたね」
「やや? 何がだい?」

 じー。

「狡い色彩と天然たらし」

 ぽつり。

「は?」
「いえ、何でもありません」
「?
 ――いや、でも。君の力になれたのなら良かった。和紗君の元気が戻らなかったら、スイカ割りでもしようかな、って考えていたから」

 ――ハ?

「はい? スイカ? 春にスイカ割りですか?」

 ツッこむトコ違うと思いマス。

「そもそも、スイカなんて何処にあるんですか?」
「え? スイカなんて無いよ」

 じゃあ何で言った!!!?

「いや、君の悩みも一緒に割ることが出来たら、僅かでも楽になれるのかな……って思って」
「だからって空想でスイカを生み出さないで下さい。実行するのなら事前に準備をお願いします。その際は俺も参加させていただきますので」
「はいはい」





 春うらら。
 乙女の悩みは薄紅に攫われ、花弁ひらりとさようなら。

 うん。
 橙が青に映えて美しいから――もう“大丈夫”。

「安心したので行ってきます」
「何処へ?」















「山へ」

 ――――Thumbs up。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb6970 / 樒 和紗 / 女 / 19 / オレンジココロに純粋少女】
【jz0111 / 藤宮 流架 / 男 / 26 / 青色サクラにスイカ先生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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愁水です。
此度も素敵なご縁を頂戴出来ましたことに感謝を。

特盛の許可を得させて頂きましたので、どうぞお召し上がり下さいませ……!
お、お口に合えば宜しいのですが。
彼女の悩みが、穏やかな春の色へと流れますように。お力になれましたのなら幸いです。

ご依頼、誠にありがとうございました!
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エリュシオン
2016年03月14日

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