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『寒波 vs 甘味 』
矢野 古代jb1679)&カーディス=キャットフィールドja7927)&ミハイル・エッカートjb0544

「甘いものが食べたい」

 ある冬の日。
 久遠ヶ原学園大学部に所属する撃退士、矢野 古代三十七歳(見た目はプラス二歳)は唐突にそう思い至った。
 理由はどうでもいい。世間でスイーツなイベントが盛り上がっているからとかなんか適当なものを当てはめていただければそれで構わない。
 ただ、一人で自室の天井を眺めていたらふとそう思ったのだ。

 思い至ったので、食べに行くことにする。

 古代は黒いトレンチコートに身を包むと部屋を出て、寒空の下に身を踊らせた。



 ‥‥さて、甘いものを食べると言ったものの。一人ではいかにも物寂しい。
 だが心配はいらない。古代はこんなとき気軽に誘い出せる友人に恵まれていた。早速、彼らを訪ねることにする。

 まずは年下だが気安い友人の一人、カーディス=キャットフィールドだ。
 1LDKの彼の居室はペットOKなのが特徴だった。カーディスも、確か猫を二匹飼っていたはずだ。
 古代は彼の部屋の前にたつと、ドアを二回、ノックした。
 ──ドアは開かない。
「‥‥留守か?」
 もう一度ノックをすると、ドア越しに『どなたでしょうか〜』と声が聞こえた。やや聞き取りにくいが、カーディスの声だ。
「矢野だ。‥‥どうかしたのか?」
 風邪でも引いて中で寝込んでいるのかと思ったが、返事は『開いてますから、どうぞ〜』だった。
「‥‥? 入るぞ」
 ドアを開ける。
 玄関からすぐのリビングに、大きな炬燵が置かれていた。
 人の姿はない。代わりに。
 炬燵から、猫の顔だけが三つ、出ていた。

  カーディスを探せ! 難易度:☆★★★★

 ・ねこ  ・ねこ(着ぐるみ) ・ねこ


 古代はねこ(着ぐるみ)に襲いかかった。

「矢野さん何をなさるのです!?」
 着ぐるみが慌てた声を出す。見事正解。
「さっさと出ろ、外行くぞ!」
「外!? OUT!? ノー! なにゆえ!?」
 困惑する着ぐるみ=カーディスに構わず、炬燵布団をめくりあげる古代。
「ぎゃああ寒いー! いやー! 猫ごろしー!」

 必死に炬燵にしがみつくカーディスだったが、最後は古代に強引に引っ剥がされるのであった。

   *

「矢野さん‥‥寒い‥‥寒いのです‥‥」
「そんなにくっつかれると歩きにくい。外にいる時間が長くなるぞ」
 カーディスの部屋を後にした二人は身体を寄せ合って‥‥もとい、カーディスが古代に一方的にひっついて歩いていた。
「そんなことを言われてもどうしようもないのです‥‥寒いのです‥‥」
「もうしばらくの辛抱だ。甘いものを食べれば身体も暖まる」
「うう‥‥ところで、今はどこに‥‥?」
 カーディスは訊ねた。甘いものを食べに行くとは言われたが、どうも方向が違う気がする。
「もう一人、誘おうと思ってな」
 古代は答えた。



「炬燵はいいな‥‥最高だぜ‥‥」

 ミハイル・エッカートは、広々とした自室に置かれた炬燵に潜り込み、ゆらゆらとまどろみながら呟いた。
 来日して数年の企業戦士兼撃退士も、遠赤外線の生み出す魔力にすっかり参っているらしい。一度入ったら出られない、出なくたって全然良い。日本の冬を支配する、それこそがTHE・KOTATSU。
「どうせ外へ出たって寒いだけなんだ、仕事のない日くらいごろごろしてたって誰も文句など言わないさ」
 などと自己を正当化していたら、呼び出し音が鳴った。
「誰だ?」きっと友人の誰かだろう、と思ったミハイルは、炬燵にくるまったまま伝えた。「開いてるぜー」

「行動が私とまったく同じでしたね‥‥」
「あんた方いくら何でもはまりすぎじゃないか、炬燵に」

 そんなことを言い合いながらドアを開け姿を見せたのはある意味ミハイルの予想通り、カーディスと古代の二人であった。
「おうどうした、お二人さん。うちの炬燵でぬくまりに来たのか?」
 炬燵で寝っ転がったままミハイルは二人を逆さまに見上げ、至極のんきにそう聞いた。カーディスはふっ、と冷笑を浮かべる。
「残念ながらミハイルさん‥‥炬燵ならついさっき出てきたところなのですよ‥‥」
「うちは床暖房もついてるからな。よりあったまるぜ」
「何ですと!?」
 あっさり食いつくカーディス。踊るように部屋にあがるとさっさと炬燵に足を入れた。
「おお‥‥これは! ぬくぬく! ぬくぬくですな!」
「だろう?」
 ミハイルは得意げにサムズアップした。
「外は今日も寒いみたいだし、だらだらしようぜ‥‥古代、突っ立ってるならキッチンに行ってくれないか。冷凍庫にまだアイスがあったはずなんだ」
 立ってるものは矢野でも使え、である。
「炬燵にくるまりながらアイス! 贅沢ですなー」
 カーディスはすっかり丸くなっている。
 古代は無言で部屋に上がり込むと、ずかずかと炬燵の側までやってきた。
「どうした、俺の記憶通りならアイスはちゃんと三人分あるはずだ‥‥安心してくれ」
 気安い笑みを見せるミハイル。だが‥‥この直後、古代はミハイルが予想だにしなかった暴挙に出た。

 炬燵の枠をがっしり両手でつかむと、そのまま持ち上げたのである。
 炬燵布団によって隠されていたミハイル(とカーディス)の全身はあっという間に剥き出しにされた。床暖房は健在とはいえ、炬燵と併用するために温度を抑えめにしていたのが仇となり、彼らを包み込んでいた天国は瞬く間に崩れ去っていく。

「ああ! 俺の炬燵が〜!」
「ぎゃー! 熱が! 熱が逃げていきますぞ!?」

 丸くなったまま震えだしたカーディスを抱き込みつつ、ミハイルは古代と向き合った。
「てっ、てめぇ‥‥古代! 血迷ったか!」
 カーディスの着ぐるみもふもふに顔を埋めてせめても暖をとりながら、必死の抗議。
 古代はコートの襟を立てたまま、厳かに言った。
「‥‥行くぞ。甘味が待っている」

   *

 外はやっぱり寒かった。

「しかし実はこの俺ミハイル・エッカート、ロシアとドイツのハーフなのだ」
「ということは、寒さはお手の物ですな!」
「‥‥すまない、どっちも住んだことが無い」

 などとコントみたいなやりとりを続けつつ、ミハイルはカーディスのもふ毛に埋まりながら何とか寒風をやり過ごしていた。
「‥‥しかし、この猫の中身はどうなっているんだろうな」
「ミハイルさん!? 物騒な発言が聞こえましたが背中のファスナーを触ってはなりませぬ‥‥!」
「安心しろ、俺は紳士だ‥‥勝手に手をかけたりはしないぜ」
 低音イケボでささやいた後、先を歩く古代へ語気を強める。
「このような狼藉を犯すならばこの先に炬燵天国に替わる天国があるのだろうな!」
 古代に強引に付き合わされたことは何度もあるが、今回ばかりはシャレにならない。天国を蹂躙され、地獄に落とされた──そう表現しても過言ではない。それくらい寒い。

 古代は少しだけ歩みを緩めると、二人を振り返った。
「心配するな。ちゃんとこの先にも天国がある‥‥しっかり付いてこい」
 その言葉にミハイルは良しと頷き、カーディスと抱き合ったまま彼の後に続くのだった。

「‥‥それ、歩きづらいだろ?」
「炬燵を奪われた今、こうしてないと俺は一歩だって進めないんだ」
「むしろ矢野さんもご一緒にどうでしょう? 三人で固まればより暖かいかと‥‥」
「悪いが、俺は犬派なんだ」
「がーん!」



 そんなこんなで。

「着いたぞ。席はあるかな」
「いいからとりあえず入ろうぜ。俺はもう寒くて限界だ」

 古代が二人を連れてきたのは、島内にある和風のカフェであった。
「ここの甘味が美味いらしいと先日聞いたのをふと思い出してな」
 ドアを開けると、カラコロと心地よい音が響いて彼らの来店を告げた。
 店内は木の暖かみを感じさせる落ち着いたデザイン‥‥ではあったが、繁盛店らしく席の大半はすでに埋まっており、そこから漏れ聞こえるざわめきが佇まいとはやや不似合いな活気を生み出している。
 ちなみに、ざっと見たところ客はほぼ女性で占められているようだった。
「結構アウェー感があるな」
「‥‥気にするな、席についてしまえばこっちのものだ」
 三十路のおっさん二人は周辺から向けられる不躾な視線をやりすごす。
「ふふふ、私はピチピチの男子ですからこの程度は何のその‥‥!」
「いや、お前は猫だろ」
「というか俺たちよりカーディスが見られてるんじゃないのか‥‥?」

 やがて、和風テイストな制服に身を包んだ店員さんがやってきた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「二人と一匹」

 一行は奥の席へ通された。たぶん、そこしか空いていなかったんだろう。

   *

「さて‥‥古代。分かってるだろうな」
 暖かいおしぼりでかじかんだ手をつかの間温めつつ、ミハイルが古代を鋭く見据えた。
「炬燵天国を捨ててまで付き合ってるんだ。替わりとなるものがなかったら、その時は‥‥」
 ミハイルは光纏し、その手に銃を顕してみせた。もちろんただの威嚇だ──今はまだ。
「大丈夫だ、命は取らない」
 つまり、命以外は覚悟しとけよコラ、である。
 だが、古代は動じなかった。
「もう注文はすませてある‥‥もう少しの辛抱さ」


「お待たせいたしましたー」
 店員さんがお盆を持って颯爽とやってきた。三人の前に手際よく並べて行くのは。
「おお‥‥これは美味しそうですな!」
 それは善哉であった。それも、ただの善哉ではない。茶碗の中は薄緑のきめ細やかな泡に覆われていた。ほんのりと湯気が立ち上り、まだ作りたての暖かさを醸し出している。
「抹茶善哉か‥‥」
「この店のオススメらしい」
 ミハイルは古代を見据えたまま、光纏を解いた。
「悪くないな」

 抹茶の海にはつるりと光沢をたたえた白玉が浮かび、中央には二色の餡が山を象るようにして盛られている。オーソドックスな粒あんと、濃い緑のもう一色は、抹茶餡だろうか。

「さあ」
 古代は二人に笑顔を向け、言った。
「いただこうか」

 三人それぞれに、匙で善哉をすくい、口に運ぶ。

「ん‥‥」
「む‥‥」
「おお‥‥!」

 それぞれに、小さく声が出た。

「これは‥‥美味いな!」
 最初にはっきりとした感想を述べたのは、ミハイルだった。
「抹茶の風味がめちゃくちゃしっかりでてるぜ‥‥それに、温まる」
「餡のしっとりした甘さと、抹茶のほろ苦さがたまりませんねー‥‥温まりますし」
 カーディスもうっとりと呟いた。
「‥‥温かいって、贅沢だよね」
 古代もしみじみそう言った。

 善哉をひとくちすするたびに、寒風に冷え固まった心がほぐれる。決して過剰でない甘さがかじかんだ身体をゆっくりと包み込んでゆくかのようだった。
 三人は外の寒さなどすっかり忘れ、夢中で善哉をかき込み、平らげてしまった。

「幸せですねぇー‥‥」
 ぽかぽかになった身体を椅子の上で緩ませ、カーディスは目を細めた。
 ミハイルも、身体はすっかり温まっていたのだが。
「あれはあれで美味かったが、俺はまだ満足してないぞ」
 テーブル脇に挟まっていたお品書きを取り上げ、開く。
「やっぱりプリンがいいな。温まった所で冷たいのを食す至福をよこせ〜」
「私はケーキが食べたいです!」
 カーディスも、ミハイルにのしかかるようにしてお品書きをのぞき込んだ。
 古代はすっかり元気を取り戻した二人を見て、ふ、と小さく笑った。
「よし、じゃあ追加注文と行くか。今度は各々食べたいものを注文するとしよう」
 そして、お品書きへと身を乗り出すのだった。

 
 寒風も、周りの女子の視線も気にせず盛り上がる男衆。
 甘くとろけるこの世の天国に、性別も齢も関係ないのだ。


「ところで‥‥ミハイルさんに聞きたいことがあったんだ」
「ん?」
 ミハイルが顔を上げると、古代は真顔でこう言った。


「ロシアなのイギリスなのアメリカなのそれとも‥‥どいつ?」


「‥‥」
「‥‥」


 寒波と甘味の対決は、甘味の勝利に終わった──
 そのはず、である。


<了>


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb1679 / 矢野 古代 / 男 / 39(実年齢37) / インフィルトレイター】
【jb0544 / ミハイル・エッカート / 男 /  31  / インフィルトレイター】
【ja7927 / カーディス=キャットフィールド / 男 / 20 / 鬼道忍軍(ねこ)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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男三人、甘味を食す。
何気に炬燵から抜け出すまでの方が長くなっている気がしますが( 、いかがでしたでしょうか。
お楽しみいただければ幸いです。
浪漫パーティノベル -
嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年03月15日

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