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『☆バレンタインパニック☆ 』
流 雲aa1555)&紫 征四郎aa0076)&伊邪那美aa0127hero001)&王 紅花aa0218hero001)&奈良 ハルaa0573hero001)&キリル ブラックモアaa1048hero001)&ツラナミaa1426)&フローラ メイフィールドaa1555hero001

○バレンタイン前
 その依頼はH.O.P.Eと連携している、とある企業から持ち掛けられた。
「えぇっと……、バレンタイン関連の依頼か」
 本部に様々な依頼がある中から流 雲(aa1555)が興味を持ったのは、2月13日と2月14日に行われるバレンタインイベント関係だ。
 『年齢は不問、男女問わず、2月13日・14日と両方出れる人希望』とあり、報酬はかなり良い。
「依頼内容は13日はお菓子作り教室で、バレンタイン用のチョコ菓子を作るのか。……へぇ、新しくできたビルの中に入ったお菓子作り教室のお試し版か。材料も全部向こう持ちなのは太っ腹だな」
 お菓子作り教室はまだ正式に生徒を集めて、やっているのではない。
 どうやらお菓子作りの先生がはじめて開く教室のようで、試しとして生徒役を集めて教えてみたいらしいのだ。
「14日は現場は同じビルの中だけど、こっちはオープニングセレモニーの一つとして、来客にチョコレートを渡していくアルバイト――ね。まあバレンタインならではの依頼内容だね」
 雲は思わず失笑する。
 報酬が良過ぎる理由が、明らかに『バレンタイン前後に独り身の人、集まれ!』だからだ。
「僕の場合、特に予定は無いけど……。他にもバレンタイン前後に暇な人に、心当たりがあるなぁ」
 この依頼は複数の人数を募集している為、見知った仲間達が集まることが容易に想像できてしまう。
「まっ、騒がしいバレンタインも、良い思い出になるだろうね。早速みんなに声をかけて、申し込んでこようっと」
 雲は苦く笑い、肩を竦めながら受付へ申し込みに行く。

 ――しかしバレンタインデーが『騒がしく』はなっても、『良い思い出』とは言い辛くなることを、この時の彼は想像もしなかった……。


○バレンタインイベント
 2月13日は冬ながらも、天気は晴れる。
 完成したばかりのビルを訪れた雲は、予想通り仲間達との参加になった。
「結構人が集まったんだな」
 お試し教室には他にもたくさんの生徒役達が来ており、何とか無事に手作りチョコ菓子を作ることができた。
「明日の依頼も同じメンバーになっているし、できたチョコ菓子を配ろうっと。やっぱりプロが使う調理器具を使って作ると、上手にできるな」
 トリュフチョコをたくさん作った雲は、渡す仲間達の数を指折り数えながら箱に入れていく。
 本来ならばバレンタインデーは女性が思いを寄せる男性へチョコレートと共に気持ちを贈るイベントだが、近年ではその定説も薄くなっていた。
 男性が仲の良い友達へ手作りチョコを渡すのもアリとなっているので、最早チョコの受け渡しのみのイベントとも言える。
「まあチョコを貰えなくて泣く男性が減っていると聞くし、良い事……なのかな? まあ少なくとも、僕にとっては良い変化だよ」
 バレンタインデーに良い思い出があまりない雲は、軽く頭を振って現実へ戻った。
「今は仕事に集中しないとね。仲間達がいる場所で、暗い表情はしないようにしないと」
 仲間達に心配をかけさせない為に、雲は暗い思い出に蓋をすることを決める。


 ――しかし2月14日の朝。
「イヤだあああ!」
 雲は昨日決めた心意気はどこへやら、今は涙目になりながら控室になっている地下の広い一室を走りながら逃げていた。
「雲っ、大丈夫よ! あなたならきっとイケるわ! 可愛くしてあげるから、大丈夫よ!」
 と、スタッフ用の制服を持ちながら雲を追いかけているのは、フローラ メイフィールド(aa1555)。すでに制服に着替え終えていて、まだ私服姿の雲を必死に宥めながらも追いかけ回していた。
「ナガレは髪にリボンをつけても可愛いと思います! メイクもお手伝いしますから!」
 メイク道具とリボンを手に持ちながら雲を追いかけるのは、紫 征四郎(aa0076)だ。
「ナガレの女装姿は依頼で何度も見たことがありますが、キレイな女性になることを征四郎は知っています!」
「征四郎ちゃんの言う通りだよ! 雲ちゃんは心配しなくても大丈夫なの! ボク達が女装界で一番の美女にしてあげるから! にゅふふ♪」
 伊邪那美(aa0127)も眼に怪しい光を宿しながら、長い髪のウイッグを両手に持って雲を追いかけ回す。
 そして王 紅花(aa0218)は険しい表情で、雲を睨み付ける。
「コレッ、男のクセに逃げるでないわ! いい加減、腹をくくって覚悟を決めぃ!」
「女装する覚悟って何? 僕はそもそも『女装界で一番の美女』なんてものにはなりたくないんだよ!」

 事の起こりは雲が指定された時間に、この地下室に来た時までさかのぼる。

「おはよ〜」
 仲間達の何人かは既に到着しており、着替えもはじめていた。
 地下室にはスタッフが着替える為の簡易試着室がいくつも置いてあり、部屋の中心には制服がサイズ別にハンガーラックにズラッと並んである。
「制服はバレンタインをイメージしたものと聞いていたけど、ちょっとコスプレっぽいね」
 しかし今日はオープニングセレモニー兼バレンタインデーなので、多少派手でもおかしくはないだろう。
 雇われたスタッフ達は若者が多いので、華やかな雰囲気が生まれることを計算されての衣装だ。
「まあ地味で目立たないよりも、人目を引いた方が印象的だしね。さて、僕もさっさと着替えないと間に合わないから、急がないと」
 雲が自分サイズの男性用の制服に手を伸ばした、その時だった。 
「おはよう、雲。あなたの着る制服は、コレよ」
 フローラに声をかけられて振り返った雲は、女性用の制服を両手に持っている彼女の姿を見て、すぐにその場から走り出す。
 何せフローラの周囲には、不気味なほど良い笑顔の征四郎、伊邪那美、紅花が立っていたからだ。
 女性達の意志を察した雲は、己の身に危機が迫っているのを知った。

 そして今に至る――。

 だがしょせんは一人対四人、あっと言う間に部屋の角に追いつめられる。
 雲は最後の抵抗として、話し合いに持ち込む。
「みんな、ちょっと待って! いくら何でも大事なオープニングセレモニーに、女装はないよね?」
「ああ、それなら大丈夫よ」
「上の方が、理解ある人なのです」
「『世の中には男装をしたい人、女装をしたい人がいることは分かっている。だから今回のイベントでは、どちらでも構わない』だって」
「うむうむ。堅苦しい常識にとらわれないところが、とても好感が持てるのう」
「好き勝手言わないで!」
 あくまでもフローラ・征四郎・伊邪那美・紅花は、雲を自分達と同じ女性用の制服を着させたいようだ。
 雲が目の前にいる四人の女性に意識が集中している隙に、突然現れ出た二人の女性が彼の左右の腕を捕らえる。
「むふふ。流殿はナチュラルメイクが良さそうじゃのう。メガネをかけたままなら、アイメイクは濃い方が良い。ちなみに今日のワタシはオープニングセレモニーのカメラ撮影者なのじゃ。可愛く変身した流殿を、たっぷり撮ってやろう」
 ニヤニヤしながら雲の右腕を掴んだのは、奈良 ハル(aa0573)。制服に着替えているものの、首からはカメラが下がっていた。
「私は甘い物は好きではないが、今日は特別な日。依頼として、人々を喜ばせる為に頑張ろうではないか」
 真剣な表情で雲の左腕を掴んでいるのは、キリル ブラックモア(aa1048)だ。真面目に雲に女装を勧めているところが、少々タチが悪い。
「もうそろそろ着替えぬと、ビルが開く時間になるのじゃ」
「覚悟を決めて、女性用の制服に着替えるんだ」
 二人の女性に捕らえられた雲は、目の前から迫り来る四人の女性から逃れる術がない。
「ひいぃっ……! うっわーーっ!」
 雲の叫びが、地下室に響き渡った……。


 そしてはじまったオープニングセレモニー。主にファッション系の店舗が入ったビルには、数多くの人がやって来る。バレンタインということで、やはりカップルの姿が多い。
 そんな中、制服に着替えたスタッフ達は腕にカゴをかけて、笑顔で小さなハートチョコが三つ入った袋を来客へ渡していく。
「いらっしゃいませ♪ バレンタインチョコをどうぞ!」
 フローラは満面の笑みを浮かべながら、主に子供や女性達にチョコを渡す。
「ふう……。やっぱり開店したばかりのファッションビルには、数多くの人が訪れるわね。実は隠れ人見知りのキリルさんは、大丈夫かしら?」
 チョコを渡すスタッフ達はエントランスに配置されているが、来客が多過ぎて仲間達の姿を見失いつつある。
「この依頼で最年少の征四郎さんは……」
 一番身長も低い征四郎が人の波にのまれていないか、心配になった。
「あっ、無事にいた……けど、アレはゆるキャラなの?」
 征四郎はファッションビルをイメージして作られたゆるキャラの着ぐるみの隣に置かれたお立ち台の上に立ち、主に家族連れにチョコを配っている。
「美味しいチョコなのです。ご家族でどうぞ♪ 『はっぴーばれんたいん』なのです!」
 ファッションの妖精――という設定のゆるキャラ着ぐるみはしゃべらないことになっているので、大きな身振り手振りで来客達に歓迎を表していた。
「……あのゆるキャラの中身は誰なのかな? 身長は高いし、長時間着ぐるみに入ることになるから、きっと男性だと思うんだけど……」
 隣にいる征四郎ならば分かるかもしれないが、フローラと二人の間には客という壁ができている。
「ハッ! 男性と言えば、雲は大丈夫かしら?」
 雲の姿は開店前までは近くにいるのを確認できたのだが、客の姿にまぎれてどこにいるのかが分からなくなってしまった。
「……できるだけ持ち場を離れないように、何とか雲の姿を見つけられると良いんだけど」
 ススッ……と静かに移動すると、何とか雲らしきスタッフを発見することができる。
「いっいらっしゃい……ませ」
 雲はギクシャクと緊張しながらも、震える手でチョコを渡していた。
「アラ……。可哀想なぐらい、緊張しているのね。できれば近くに行って、何とかしてあげたいんだけど……」
 仕事中ということもあり、あまり自由には動けない。
 何より女装をさせられた雲は、構えば構うほど頑なになってしまうところがあった。
「ここは一つ、コレも人生の修行ということで頑張ってもらおうっと。全ては雲の為に!」
 『獅子の子落とし』のごとく、フローラはあえて雲から目線をそらす。
 一方で、雲の近くが持ち場の伊邪那美は、入り口近くのお立ち台に上がってチョコを配っていた。
「いらっしゃいませ! ただ今無料でバレンタインチョコをお配りしています♪」
 子供らしい明るさを振る舞いながら、チョコを渡している。
 しかし近くにいる雲があまりにぎこちない動きをするので、顔では笑みを浮かべながらもコッソリ声をかけた。
「雲ちゃん、そんな硬くなっちゃあダメだよ。お客様が怖がっちゃう。ちゃんと背筋を伸ばして、営業スマイルを浮かべないと。せっかくのお化粧がもったいないよ」
「……生憎と僕は、営業職向きじゃないんだよ。どうせなら、あの着ぐるみに入りたかったな」
 雲が重いため息を吐きながらも移した視線の先には、征四郎とセットになっている着ぐるみがいる。
「う〜ん……。でも雲ちゃん、着ぐるみを着たらメガネをかけるのは無理なんじゃないかな? それに体力もかなり必要になるけど、それでも大丈夫なの?」
「それはやっぱり……、無理だと思う」
 視力と体力に自信がない雲は、ガックリ項垂れた。
「はぁーはっはっ! 我からバレンタインチョコの贈り物じゃ! 受け取るが良いわ! ハッハッハ!」
「……ちなみに『ああ』することを強要されたら、この依頼から僕は逃げたよ」
「まあ流石のボクも、『あれ』は無理だね」
 雲と伊邪那美の視線の先には、エントランスの中央にあるステージに立ち、豪快にチョコを投げている紅花の姿がある。
「我からチョコを貰えるとは、おぬしら、三国一の幸せ者じゃのう。そら、ありがたく受け取るがよいわ!」
「……紅花さん、豆まきみたいになっているわね」
「はわわっ! 若い殿方達がステージに群がって、何だか怖いです!」
 離れた所から見ていたフローラと征四郎は、少々表情を曇らせた。
 何せ紅花はグラマーボディが特徴である美女なので、若い男性達がチョコを貰おうとステージに群がってしまうのだ。
 その光景を、震える体で写真を撮っていたハルはついにふき出す。
「ぶはっ!? くっくっく……! 紅花殿は相変わらず、見せ場を作るのが上手じゃのぅ。……おまえと違っての」
 突然真顔に戻ったハルは、振り返ると同時にカメラのシャッターを押す。
「んぐっ!? きゅっ急に写真を撮るなんて、卑怯だぞ!」
「来客へのプレゼントをつまみ食いしておるキリル殿には、言われたくはないわ」
 キリルは開店してからというもの、ずっとハルの後ろに隠れっぱなし。その上、来客へのプレゼントのチョコを一人で食べ続けており、誰にも渡していないのだ。
「職務怠慢は流石に許せぬのじゃ。依頼として働いている以上、多少なりと客にチョコを渡さぬか」
 そう言いつつも、ハルはずっとシャッターを押し続けている。
「さっ撮影するのを止めてくれ!」
「イヤじゃ。キリル殿が真面目にチョコを配れば、撮った写真を上司に見せなくても良いがの」
「ううっ……! けれどチョコを手に持つと、どうしても自分の口の中へ入れたくなってしまうんだ」
「この依頼はH.O.P.Eと連携している企業から頼まれていることを、知っているんじゃろう? H.O.P.Eの看板と、共に働いている仲間達に泥を塗る気かえ?」
 真剣な表情のハルに見つめられたキリルは、ガックリと肩を落としながら口に入れようとしたチョコを戻す。
「すまない……。真面目に働くことにする」
「まあとりあえず、反省したのならば良しとしよう。しかしキリル殿は気を抜くと、すぐに甘い物を口に入れたがるのが悪い癖なのじゃ。……ああ、こうするのはどうじゃろう。ワタシが昨日の菓子教室で作ったチョコ大福、本当は今日の仕事終わりに皆と食べようと思って控室の冷蔵庫に入れてあるんじゃが、それを全てキリル殿にあげるのじゃ」
「ほっ本当か?」
「その代わり! これ以上、プレゼント用のチョコに手を出すのは無しじゃぞ? ちゃんと客に配らないと依頼は失敗とされて、報酬が出されない可能性があるからのう」
「うっ……! 報酬無しは流石にマズいな」
「じゃろう? ならば真剣にチョコを配ることに、集中するのじゃ。その姿をちゃんと写真に撮れば、依頼人も安心するからのぅ」
「わっ分かった……! ちゃんと仕事をする!」
 キリッと顔を引き締めたキリルは、ぎこちない笑顔と動きで来客にチョコを差し出す。
「どっどうぞ! 美味しいチョコですっ!」
 キリルに声をかけられた来客はビクッと体を揺らした後、引きつった笑顔でお礼を言いながらチョコを受け取った。
 その姿を写真に撮りながら、ハルはため息を吐く。
「はあ……。まっ、今のキリル殿にはコレが精一杯じゃな」


 やがて午後になる時間になった頃、ツラナミ(aa1426)はかったるそうに首を鳴らしながら、ビルのエントランスに姿を現した。
「ふう……。ようやく仕事が終わった。こういう人が多い所での仕事は、短時間でも疲れるんだよな」
 ツラナミはエントランスをグルッと見回して、ふむ……と腕を組む。
「午後になると、客足が減ってきたな。でも渡すチョコがもう無くなりかけているようだし、開店日としては良い結果が残せるだろう」
 チョコを渡すスタッフは、エントランスの壁際に置かれた段ボールの中に入っている在庫が無くなれば、今日の仕事は終了となる。
 既にスタッフの姿はかなり減っており、段ボールも片付けられていた。
「せっかくだし、俺も土産として一つ貰っていくか。……できれば顔見知り以外から、貰いたいもんだ」
 顔見知りからからかわれながら貰うよりも、見知らぬ人から貰った方が良いと思ったツラナミは、見慣れない女性スタッフに近付く。
「一つ貰えるか?」
「はい、どうぞ……って、あっ!」
「うん? ……おまえ、流君か? 何でそんな格好をしているんだ?」
「こっこれは仕事として、仕方なくだなっ……」
 見知らぬ女性スタッフかと思いきや、実は女装した雲だった。
「と言うか、そもそも何で僕がこんな格好をしなくちゃいけないんだ! 皆に依頼を紹介したのは僕なのに、何故、強制的に女装をっ……!」
「……ああ、そこまで聞けば、もう分かった」
 ツラナミは手を上げて止めるも、雲は真っ赤な顔で涙目になりながら恨み言をブツブツと呟いている。
 そんな雲の姿を物陰から隠れて撮影しているハルの姿を見つけたツラナミは、控室で何があったのか理解できた。
「むふふ♪ 女装した流殿が、ツラナミ殿へチョコを渡すシーンは逃せぬのじゃ!」
 ハルは鼻息も荒くこちらを凝視しているというのに、雲は全く気付いていないところを見ると、女装をさせられたことがよほどショックだったのだろう。
 しかしふと、雲は今までツラナミの姿を見ていないことに気付き、冷静になる。
「そう言えば、ツラナミさんもこの依頼に参加していたんだよね? どこにいたの?」
「あー……、裏方のほうだ。俺みたいな男は、客にチョコを配るなんて真似は似合わないからな」
 ツラナミは昨日のお菓子教室ではチョコレートブラウニーを作り、家で待つ者達へのお土産として持って帰った。
 その時は雲と同じ班だったので、次の日のバレンタインデーの依頼について話をしていた。
 ところがツラナミは「同じビルの中でも、俺には別の仕事がある」と言って、今朝の控室でも会わなかったのだ。
「まあ確かにツラナミさんが制服を着て、来客にチョコを渡す姿は想像できないな」
「だよな。それよりチョコ余っていたら、くれないか? 家で待つヤツが、お土産に欲しがっているんだ」
「あー、はいはい。どうぞ。早く受け取って」
「さんきゅ。……おっ、そうだ。コレを流君へ渡すように、言われていたんだった」
 ツラナミはスーツの内ポケットから、ラッピングされたハート形のチョコを雲へ差し出す。
「ウチのモンが、流君と俺が同じ依頼で今日会うことを知ってな。渡してくれって、預かっていたんだ」
「あっ、ありがとう。ホワイトデーには、ちゃんとお返しを渡すから」
「あんま気をつかうな。アイツはバレンタインイベントを楽しみたいが為に、おまえにチョコをあげたかっただけかもしれねーしな」
「女の子って、こういうイベントが好きだからね」
「ああ。そんじゃ、お疲れ」
「うん、お疲れさま」
 ツラナミは手をヒラヒラさせながら、ビルから出て行った。
「……あれ? もしかして今ので最後だったのかな?」
 雲は持っているカゴの中が空っぽになったのを見て、チョコを補充する為に壁際に置かれている段ボールへ向かう。
「雲も補充に来たの?」
「フローラと征四郎さんも?」
「はい。でももう全部空っぽなのですよ」
 どうやら段ボールの中は全て空っぽになったらしく、これでもうチョコを配る仕事は終わりとなる。
「はあ……。ようやく終わったのか。それじゃあとっとと着替えよう」
「のう、おぬしら、ちょっと良いか?」
 そこへ珍しく表情を曇らせた紅花が、三人へ近付いて来た。
「紅花さんもチョコの補充に……」
「いや、在庫が無くなったことは聞いたのじゃ。それより……あやつのことで、ちょっとな」
 紅花が気まずげに視線を向けた先には、撮った写真をニヤニヤしながら確認しているハルの姿がある。
「はあはあっ……! 真っ赤な顔で照れながら、ツラナミ殿にチョコを渡す流殿の姿! たまらんのじゃ〜!」
 コレにはキリルもどう声をかけて良いのか分からず、オロオロとしていた。
「ハルのアレは何と言ったか……。確かふじょ……」
「さあね。とにかく僕は一刻も早く着替えたいから、先に控室へ行ってるよ」
 この話題から逃げたい雲は、早足で控室へ向かう。 


 控室は既に何人かのスタッフが帰った後のようで、人はまばらだ。
 雲は簡易試着室へ急いで入ると、ようやく私服に着替えられた。そして壁際にあるメイクスペースで、化粧を落としてサッパリする。
「はあ……。男の僕が使った女性スタッフ用の制服は、どうなるんだろう? ……深くは考えない方が良いね、うん」
 制服をハンガーにかけて戻すと、気持ちが段々と落ち着いていく。
 しかしそれと同時に今までの事を思い出して、気分が落ち込む。
「チョコを配っている時の記憶が、かなりあやふやなんだけど……大丈夫だったのかな?」
 顔見知りが来ているのではないかと気が気でなく、来客の顔をまともに見ないままチョコを配っていたことは覚えている。
 それでも何とかチョコは全て配り終えたのだから、とりあえず依頼は成功と言えるが……。
「……問題はやっぱり、僕の知り合いが来て、女装している姿を見ていたかどうか――だよ。もし知っている人が女装している僕を見ていたら……ああっ! もうっ、どうしよう!?」
 頭を抱えながら、壁際に置かれた休憩用の椅子に座った。
 よく思い出してみても、雲と理解したのはツラナミのみ。
 同性で同業者に知られることも辛いが、それでも彼は口がかたいので、雲が女装していたことを言い触らしたりはしないだろう。
「ううっ……! でもあのあわれみの眼差しは、しばらく忘れられそうにないよ。……くうっ! 下手にバカにされるよりも、同情される方がキツイかも……」
「雲ぉ〜。どこにいるの?」
「あっ……、フローラだ」
 雲は手で涙をぬぐうと、自分を探しているフローラへ向かって手を振った。
「フローラ! こっちだよ」
「そこにいたの。……あの、雲。今日はご苦労さま。今日一日、誰よりも頑張ったのは雲だよ。だから……はい、これ。昨日作ったバレンタインチョコよ」
「えっ? あのチョコカップケーキ?」
「うん! 私のチョコは、雲にだけあげようと思っていたから」
「あっありがとう……。そうだ。僕もみんなにあげようと思って、昨日作ったトリュフチョコを持ってきたんだよ」
 カバンからトリュフチョコ入りの箱を取り出そうとして、雲はツラナミから貰ったチョコを落としてしまう。
「……あら? 雲、これは誰から貰ったの?」
「ツラナミさんだよ。仕事終わりに、くれたんだ」
「ええっ!? そっそれはぁ……」
 何故かフローラは眼を泳がせて、戸惑いの表情を浮かべながら俯いてしまった。
「フローラ、僕のチョコはこっちだよ」
「うっうん、ありがとう……」
 雲からチョコを受け取る時も、フローラは視線をそらしている。
「あっ、ナガレ! 泣いたあとが顔にあります。泣かないでください! 今日のスタッフの中で、ナガレが一番キレイでしたよ!」
「……征四郎さん。慰めるのか、プライドを叩き砕くのか、どっちかにしてよ」
 そこへ征四郎もやって来た。小さな手には、綺麗にラッピングされた箱がある。
「今日は一日、ご苦労さまでした。ご褒美に、昨日のお菓子教室で作ったハート形のチョコをあげます」
「嬉しいよ、ありがとう。僕が作ったトリュフチョコを、どうぞ。征四郎さんのは、ちゃんとアルコール抜きで作ってあるから」
「わあ! 嬉しいのです♪」
 征四郎は雲からチョコを受け取ると、両手で持ち上げてピョンピョンッと飛び跳ねた。
 そして伊邪那美もチョコを持って、雲の所へ来る。
「雲ちゃん、ここにいたの。今日はいっぱい頑張ったね。ご褒美として、昨日作ったチョコ入りマシュマロをあげるよ」
「ありがとう。僕からはアルコール抜きのトリュフチョコをあげるよ」
「やった♪」
 そこへ着替え終えた紅花も合流した。
「おっ、流君、ここにおったのか。今日はご苦労であったのう。これをやろう」
「紅花さんもありがとう。僕のトリュフチョコを受け取ってくれるかな?」
「無論。おぬしの料理の腕は信用しておるからの。ちなみに我のチョコは、アーモンドとくるみを叩き割って、溶かしたチョコレートをまぜて冷やしたものじゃ」
「うん、知ってる」
 昨日のお菓子教室で、紅花は高笑いをしながらアーモンドとくるみを叩き割っていたので、先生から注意をされていたのだ。
「しかし大人しく着替えてくれて、良かったのじゃ。暴れ方が酷ければ縄で縛ってから着替えさせようとしたのじゃが、『それじゃあ着せられないだろう!』と女性全員からツッコまれてしもうたのじゃ」
「いや、アレでも全力で逃げていたんだけど……もういいよ。ぐっすん」
「何じゃ? 泣くほど良かったのか?」
「そんなワケないだろう!」
「おうおう、この声は流殿だな。見つかって良かったのじゃ。いつの間にか姿が見えなくなっていたから、焦ったのう」
 ようやく現実世界に戻って来たハルと、どこかゲッソリしているキリルも控室へ戻って来た。
「実は流殿に、ワタシが作ったチョコ大福をやろうと思ってのう。本当はキリル殿にだけ渡そうと思っていたのじゃが、何故か流殿にも渡すと良いと言われたのじゃ」
 ハルは不思議がりながらも、チョコ大福が入った箱を雲へ差し出す。
「えぇっと……とりあえず私と紅花殿から、流殿へバレンタインのプレゼントということで……」
「キリル殿は昨日作ったチョコレートケーキを、全部自分で食べてしもうたのじゃ。まあ兼用ということにしておくれ」
「紅花殿っ! あっアレは家に帰ってから、みんなと食べたんだ!」
「そういうことに、しといてやるのじゃ」
「ははっ、でも嬉しいよ。二人とも、ありがとう。――コレは僕から二人へ、バレンタインチョコだよ」
「ありがとうなのじゃ♪」
「しっ仕方ないから、家で食べてやる!」
 雲は貰ったバレンタインチョコをカバンに入れている途中で、ふと気付いた。
「……でもよくよく考えてみれば、こんなに女の子からチョコを貰ったことなんて、生まれてはじめてだ。ううっ……! 今日は厄日かと思ったけれど、良い日でもあったんだな」
 再び泣き出した雲を、慌てて六人の女性は慰める。
 しばらく泣いて落ち着いた雲はふと、先に帰ったツラナミのことを思い出す。
「そう言えばツラナミさんも今日の依頼に参加していたはずだけど、何の仕事をしていたのか、誰か知っている?」
 雲の質問を聞いて、六人は各々顔を見合わせた。
 そして征四郎が、ゆっくりと小さく手を上げる。
「あの……実は征四郎の側に、ずっといてくれました」
「征四郎さんの側と言えば……」
 そこで全員の頭の中に、征四郎の側にいた着ぐるみの姿が思い浮かぶ。
「えっ!? まさかあの着ぐるみの中に、ずっとツラナミさんがいたの?」
「はっはい……。皆さんには言っていなかったんですね。あの着ぐるみは、ツラナミさんが入るのにピッタリだったようで……」
 どうやらツラナミはゆるキャラの着ぐるみを着ることが、今日の依頼内容だったようだ。
 ツラナミは元々、お世辞にも作り笑いが上手いとは言えない。
 ゆえに雲達のように制服を着てスタッフとなり、来客にチョコを配るのは無理があった。
 それならば顔も体型も隠せる着ぐるみを着て、働いた方がまだマシ――と考えたツラナミのことは理解できる。
「本当はツラナミさんは昨日のお菓子作り教室で依頼は終わりだったそうですが、どうしても断れない方から着ぐるみの件を言われたそうで……」
 その代わりに、更衣室は他のスタッフとは別の場所にしてもらったのだ。
「道理で今日は朝から姿が見えなかったわけだ」
「ある程度、お客さんの数が落ち着いたら、ツラナミさんは早上がりを許されたそうです」
「なるほど。だから帰りは僕らよりも早かったんだね」
 恐らく着替えるところをうっかりでも見られたくはなかった為に、そういうやり方にしたのだろう。
 雲は頭の中で女装をさせられた自分と、着ぐるみを着させられたツラナミを天秤にかけた。
 そして自分の方が不幸であったのではないか――と一瞬思うも、それでもカバンの中には女性達から貰ったチョコがたくさん入っている。
「まっ、とりあえず『ハッピーなバレンタイン』と言えるかな?」
 しかし雲は一つだけ、トリュフチョコが残っていることに気付いた。
「……あっ、しまった! ツラナミさんにチョコを渡すのを忘れてたよ」
 その言葉に思わず白狐耳をピンッと立てて反応したハルは、意味ありげにニヤニヤしていた。
 ハルの様子に気付かない雲は、その後、深く後悔することになる。


 何故なら後日、女装した雲がツラナミへ恥ずかしそうにチョコを渡す写真が、仲間達の間で流れてしまったのだ。
 その元凶であるハルを、雲は泣きながら恐るべきスピードで追いかけたのであった――。


<終わり>


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【aa1555/流 雲/男性/18歳/人間】
【aa0076/紫 征四郎/女性/7歳/人間】
【aa0127/伊邪那美/女性/8歳/ドレッドノート】
【aa0218/王 紅花/女性/27歳/バトルメディック】
【aa0573/奈良 ハル/女性/23歳/ジャックポット】
【aa1048/キリル ブラックモア/女性/20歳/ブレイブナイト】
【aa1426/ツラナミ/男性/46歳/アイアンパンク】
【aa1555/フローラ メイフィールド/女性/18歳/ブレイブナイト】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 このたびは指名していただき、ありがとうございました(ぺこり)。
 大人数を書くことができて、とても楽しかったです。
 ドタバタコメディ仕上げのストーリーを、お楽しみいただければと思います。
浪漫パーティノベル -
hosimure クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2016年03月17日

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