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『留まりたい場所、視線の先 』
ユリアン・クレティエka1664)&エステル・クレティエka3783



 年末年始。その表現は忙しさを際立たせる。
(実際は……そうじゃない、のかな)
 倉科悠里は陸上部に所属しているけれど、この時期はオフシーズンとも呼べた。駅伝のような長距離組はともかく、悠里は短距離を専門としていたからだ。
 遠方の実家に帰るような部員もいるからと、部活は基本的には休み。学校に行ったとしても自主練が基本で、見知った顔も少なくなる。
 だから冬休みの間、自宅を起点に早朝の街中を走るのが日課になった。
(身体を作る大事な時期だしね)
 基礎体力とか、とにかく身体は基本だ。休みだからと鈍らせてはせっかくのタイムもきっと落ちてしまう。まだ一年だが、だからこそ手を抜かないで積み重ねておきたい。
 胸の内とはいえ言葉の形で落とし込むのは……それ以外にも理由があるからに他ならなかった。
(自分でも、本当はわかってはいるんだけど)
 特に今日は特別早くに目が覚めてしまった。

 いつもなら薄明りくらいはあるというのに、今朝、カーテンの隙間から見える空の色はまだ暗かった。小さく息をはきながら時計を見れば、まだ早朝でも何もない、深夜に近い時間。
 朝、と呼ぶのは違うかもしれない。
「遅くまでテレビ、見ていたんだけどな」
 年越しライブの生中継を最後まで見て、家族に新年のあいさつをしてから寝床に潜りこんだはず。
「寝足りないはずなんだけど……」
 欠伸が出ない。妙に意識がはっきりとしている気がして、すぐにまた寝付ける気がしなかった。
 いつもより早い時間だ。けれど、このまま横になっている時間がもったいない気がした。
 起き上がり、いつものウインドブレーカーを着込む。
 リビング、台所。まだ家族の気配はない。まだ起き出していないのだ。きっと熟睡しているのだろうと思いながら身支度を整えて、家を出た。

 駐車場の前で体の筋を伸ばす。意識はあるのに、身体は少し寝坊の様子。だから少しだけ時間をかけて、ゆっくりと。
 まあつきあってよ、脳が送り込むシグナルが徐々に身体をほぐしていく。
 街灯を頼りに、ストレッチを終えれば準備はOK、あとはいつも通りに走るだけ。
 まずは家の近くを周回。ランニングで手足の動きを慣らし身体を完全に起こしていく。夜風はまだ冷たくて、吹きさらしの頬を強張らせたりもする。それくらいは慣れっこで、構わず風をきっていく。
 目的地は少し先にある丘だ。身体への負荷をかけるには丁度いい、手ごろな坂も途中にあるからだ。
 いつも通りに繰り返せば、凍りそうな冷気が身体に入り込む。肺が震え、もっと走れと、温まれと強く要求する。
(新年最初、というのも効いているかな)
 ただ走るだけのようでいて、身体全体でひとつの弾になるような感覚。抵抗も迷いも抑え込んで、苦しささえも別のものに変える感覚。
(嫌いじゃない)
 この苦しさが、走ることが。
(あと、もう1本)
 その後で、初日の出を見に行こう。
 あの丘は穴場だと思うから、きっと一人で静かに眺められる。



 夜更かしした分ゆっくりしようか迷ったけれど。
「お母さんおはよう」
 いつもと同じくらいの時間に起きた倉科美星は、台所に立つ母の背に声をかける。
「お兄ちゃんはトレーニング?」
 元旦も欠かしてないのだなと思いながら問えば、そうみたいとの返事。いつもの時間には戻ってくるよねとお互い頷いて、美星は改めて身支度を整えに一度離れる。

「手伝うよ。……お母さんも仕事、あるんじゃないの?」
 どこか気忙しい様子の母に微笑みかけて台所に並ぶ。両親揃って年中多忙な職業だ。年越しを家族全員揃っただけいい方だと思う。
 顔はしっかり洗ったはずが、眠気はまだ残っていたらしい。小さな欠伸に気付かれて、眠そうねとの指摘。母親の目は誤魔化せない。
「昨日はカウントダウンコンサートを見てたから」
 倉科家にはテレビが二台ある。チャンネルの奪い合いが無いなんて久しぶりだったから、ついねとはにかむ。いつもは共に食卓を囲む親戚も、それぞれ実家に帰っている。今の倉科家は久しぶりの五人家族なのだった。
(朝のこの時間も、貴重)
 食事の支度を終えたら母はすぐ仕事に向かうのはわかっていたから、少しでも休息してもらいたいなと……
(無理そう?)
 2人分のお弁当箱を出している時点で、父親も仕事なのは明白だ。お雑煮を手伝うくらいじゃ意味がなかったかと少し迷う。
「卵焼き、まだなら作るよ?」
 おかずも、おせちのお重から取り分けちゃえば楽じゃないかと言ってみる。
「ちょっと味が濃いかもしれないけど」
 白いご飯とは合うんじゃないかな。卵とフライパンを支度しながら言えば、甘えちゃおうかしらと笑顔が返る。
「おせちが欠ける? 大丈夫だよ、だって食べるのは私達だけだよ?」
 親戚が一堂に会するわけじゃないし、体裁なんて誰も気にしないよ?
 そこまで言ってはじめて、ありがとうの返事。うん、うまくいった。
「それじゃ、あとは卵焼き……ちょっと待ってて」
 お雑煮の汁も後は少し煮るだけだから。溶き卵に砂糖を入れながら、美星はコンロへと向き直った。



 初日の出を眺めながらの一息は、意識の切り替えにも便利だと思ったのだ。
(中学とはまた違うんだよね)
 タイミングも、規模も。
 走るのは好きだ。でも、走っているだけじゃ駄目なのだと、気付いたのはいつだっただろう。
「何時まで走ろう」
 脚に自信がないというわけではない、好きだから走っているし、記録は伸びていると自負もある。
 けれど、本当にそれでずっとやっていけるのか、そこまでの自信はなかった。
(走って、バイトして、遊んで……全部、出来るなんて都合よくできたらいいけどさ)
 言うのは簡単だ、けれどそれを全て思うように過ごすことは難しい。どれを選び取るか、きっと決めなければいけない時が来る。
 秋に足を捻って。折角のインターハイの機会が全て潰れた。
 大きな怪我ではなかった。今はもう普通に走れている。後遺症もない。
 ただ、あの一回の怪我で、全ての道が狭くなったようなそんな気になった。
 痛みだってもうない。自己記録もほぼ元に戻せた。体を鈍らせてはいけないと、改めて思ったあの時期。
「高校はこのまま部活で走って、大学まで?」
 走ること、その大きな括りなら続けることは可能だと思う。好きだから、走りたいから。それは気持ちさえあればできることで。
 今もそのために走り続けていて。
(大学、か……)
 むしろ、その前。大学を、どうするか。
 走り続けるために大学に行くのか、大学で走るための学問を選ぶのか。走るのはあくまでも趣味に留めて、全然関係のない職を目指すか。
 大学に行かないという選択肢も、多分ある。それこそ走るために……
「できるのかな」
 それが可能なら、確かに順風満帆な道かもしれないけれど。
 その為に何が必要か、それさえもまだ、よく知らない。
 前以上に集中できるようになった筈だけれど、また同じことをしてしまわないか、その保証はなくて。
 それよりも。
(何も決めてない、むしろ、知らないんだよな)
 息をはく。なるべく深く、長く。
 これはため息ではなくて、深呼吸なのだと体に思い込ませるように。
 ……よし。
 腰を上げる。休憩はここまでだ。
(まずは走ろう)
 去年の自分の残像を、記録の上でも追い越さなくては。
 自分の記録を越えることができれば、去年の自分が過去にできる。
 その上で更に前へ。走って、走り込んで、前に足を踏み出し続けて。
 その時その時の自分を追い越していけば……



「ただいま」
 ドアの音が聞こえてすぐに玄関へと向かえば、靴を脱いだばかりの悠里の顔。
「お兄ちゃんお帰りなさい」
 手にお玉を持ったままで出てしまった事に少し、恥ずかしくなる。
「お雑煮出来てるよ。お餅幾つ?」
「んー……3つ。二人はもう仕事?」
「年始早々呼ばれたみたい。海苔餅は?」
 着替えて来たらすぐ出せるようにするからと美星が続ければ、迷う仕草。
「やっぱり2つ。減らした分を海苔で」
「わかった、任せて。あ、ついでに」
 二人視線を合わせて、それから二階を見上げた。もう一人の家族はまだ起きる気配がないようで。
「……了解。起こせる自信はないけど」
「起きないなら後でも大丈夫だと思うけど。お正月だしね」
 遅くまで夜更かししていたのは末の弟も同じだと分かっているから、兄妹はくすりと笑う。
「じゃあ声かける程度にしとくよ。美星か母さんなら一発なんだけどなー」
「起こしに行ってもいいけど、お餅の準備、代わりにしてくれる?」
「寝かしとけば良いと思……わかった、連れてくるよ」

「美星は初詣行くのか?」
「友達と約束してるよ。受験だし、学業のお守りを買いに行こうって」
「ふぅん」
 何の気なしの会話は悠里と美星の2人だけ。一度は起きた弟も、リビングの炬燵に入った途端すぐに寝息を立ててしまった。
(一緒の高校行けたら良いんだけどな)
 お兄ちゃん子だと思われるだろうか、言ってもいいものかな? ちょっとした距離感を伺うように、美星は言葉を選ぶ。
「お兄ちゃんの高校、制服可愛いよね」
 文化祭の時にも改めて思ったんだよねと続けば、兄も察したようで。
「吹奏楽部はそこまで名門でもないぞ?」
 今日一緒の友達だって、部活の友達なんだろ?
「部活は続けたいけど。名門すぎるとフルート出来ないし」
 フルートが好きなのは本当だけど。と念を入れて。
「高校まで、好きな楽器で部活を思い切りやって。大学は趣味サークル位の予定よ」
 奏者になりたいとか、そういうわけじゃないの。好きな事として、ずっと一緒に居たいって言うのかな。
「進路はね、お母さんと同じ薬剤師かそっち方面が良いなって」
「そっか。美星はそれなりに決まっているんだな。偉いよ」
「わぁ、褒められるとは思わなかった」
「茶化すから、今のやっぱりなしで」
「えーっ、素直にそこは褒めたままでいいのに」
 ガタッ
 炬燵から寝がえりに失敗した音がして、二人は慌てて声を落とす。折角気持ちよさそうに寝ているのだ、また起こすのも忍びない。
「……まぁ、高校は好きな事が楽しく出来るなら何処でもいいと思う」
 長男の俺が私立に行っちゃったのは申し訳ないとは思ってるけど。ぼそぼそと続く台詞は最後まで聞かずにおく。兄がそれをずっと気にしていて、進んでアルバイトを始めたことは家族皆が分かっている。
(高校生になると遊びに使うお金だって増えるからとか言ってるけど……無駄遣いの気配が無いの、みんな知ってるよ)
 大学は国立とか、奨学金もとか。ぶつぶつと考え始める兄の様子を眺める。
(ちゃんと『お兄ちゃん』だと思うんだけどな)
 誰もお兄ちゃんを考え無しだなんて思ってないよ。
(むしろ、考えすぎてないかなって、心配してたくらいなのに)
 秋口に怪我をしてから、少し沈んでいた気がしたけれど。その様子は薄くなってきている、そんな気がした。
「私、ちょっと数学苦手なんだよね」
 理系には必須でしょ?
「だから、今度教えてね?」
 頼りにしてます、と両手を合わせて上目遣い。
「お兄ちゃんの分のお守りも買ってくるからっ」
 お守りって自分で買うより、人に買ってもらう方が効果があるって言うし。私のは友達と交換するけど。
「まあ、数学なら……わかった」
 俺も後で行こうかなあ。
「ねむねむ君の朝ごはん……」
「あー……そうだった」
「私、もうすぐ時間だから行くね。片付けも一緒によろしくっ」
「ん。それじゃ初詣、気を付けて行けよ」

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1664/暮科 悠里(ユリアン)/男/高校一年/積み重ね怠るべからず】
【ka3783/暮科 美星(エステル・クレティエ)/女/中学二年/時は道の先に】
初日の出パーティノベル -
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2016年03月18日

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