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『バレンタイン・無垢なる惨劇 』
スフェン・エストレアka5876)&ノイシュ・シャノーディンka4419


 ト、ト、ト、ト。
 小気味良い音を立てる包丁を、ノイシュ・シャノーディンは目をキラキラさせて見つめていた。
 今日のお昼ごはんは蕪菜と燻製肉のパスタ。
 大きな鍋がしゅんしゅんと音を立てて、パスタの投入を待っている。

 スフェン・エストレアは手元から目を離さず、ノイシュにむかって低く囁いた。
「おいノイシュ、そこの……」
 塩をひとさじ、鍋に入れてくれ。
 ――そう頼もうとしてやめた。
「テーブルに皿を用意しておいてくれ」
「わかったわ!」
 ノイシュはぱっとドレスの裾を翻して食器棚にむかい、すぐにお皿とフォーク、それからコップを並べて行く。
(随分手際よくなったものだな)
 スフェンは小さく笑う。


 数年前のこと。
 スフェンは行き倒れていた「美少女」を拾った。
 身につけている衣服や、傷だらけだがふっくらとした手は、元々の育ちの良さを思わせた。
 誘拐された良家のお嬢さんが、隙を見て逃げ出した、というあたりか。
(とにかくこのままじゃまずいな)
 そう思って連れて帰ったのだ。
 が、ノイシュと名乗った「美少女」は、しばらくして「女装の美少年」だと分かった。
「――あァ?」
 スフェンはその時点で態度を変えた。
 女の子だと思って(スフェン基準で)丁重に扱っていたが、男なら多少ぞんざいに扱って構わないだろう。
 それでも何やら訳ありの様子、当人が帰りたがらないのだからと、特に追い出すこともしなかった。

 そうして家に置くようになって、更にわかったことがあった。
 温室育ちという言葉があるが、ノイシュはまさにそれだったのだ。
 スフェンは買い物の仕方も知らなかったノイシュに「はじめてのおつかい」から根気よく面倒を見て、ハンターとして生きていくため猟撃士の技術も仕込んだ。
 それは少し「甘やかしている」と見えたかもしれない。
 だがスフェンは相変わらずドレスを好むノイシュの服装にも口出しせず、ノイシュが自分を「スー君」等と呼ぶのを許し、当人の意思を第一に尊重する「よき父親」そのものであった。


 ふたりで向かい合ってテーブルに座る。
 ノイシュの食事のマナーは美しく、完璧だった。
 スフェンは見るともなくそれを見ながら、そろそろ料理も仕込む必要があると考えた。
「おいしかったわ!」
 綺麗にパスタを平らげ、ノイシュはにっこり笑う。
 育ちのせい、そしてスフェンが若干過保護だったせいもあったのか、「食事は他人が用意してくれて当然」という様子だ。
 そこでスフェンは咳払いの後に、ほんの少し表情を険しくしてみた。
「ノイシュよ」
「なあに? スー君」
 無邪気に返事するノイシュ。
 スフェンはせいぜい威厳を乗せた声で告げた。
「たまには俺を敬ってくれてもいいんだぞ? 食事ができるのは誰のお陰だ?」
 ノイシュがパチパチとまばたきする。
「?」
 ノイシュはしばらく考え込むように首を傾げていたが、やがてわかったというように、パッと顔を明るくする。
「そうね。お世話になってるし、何かしてあげてもいいかも!」
「よし。では火を起こす所からしっかり仕込むからな。覚悟しておくがよい」

 素直な弟子に満足げに頷くスフェンだった。
 だがこれが惨劇の予兆だとは、この時点では知る由もなかったのだった……。



 その少し後。
 ノイシュは買い物カゴを下げて市場にいた。
 お金の使い方、商品の見極め方、お釣りのもらい方。全部、教えてくれたのはスフェンだ。
 最近ではメモを片手に、ノイシュひとりで買い物もできるようになった。
 今日も馴染みの店で調味料などを選んでいたのだが、そこでふと気付いた。
「そうか、もうすぐバレンタインなのね!」
 ノイシュは目を輝かせて、チョコレートの棚に近付く。
「うん、感謝の気持ちをこめて、スー君に手作りチョコレートをプレゼントするわ!」
 置いてあったレシピを片手に、材料を選んで。
 スー君のびっくりする顔が見たいから、こっそり作っちゃおうかな?
 アレンジレシピも楽しそう!
 ノイシュはワクワクしながら、紙袋を抱えて帰り途を急いだ。

 それからまた数日。
 スフェンが出かけた隙を狙って、ノイシュは頑張った。
 チョコレートを溶かそうと思ってお鍋を火にかけたら、真っ黒に焦げるなんて知らなかったし。
 溶かして固めるだけと聞いたのに、まさか型から抜けないなんて思わなかったし。
 それでもどうにか(力任せに)外して、可愛いハート型のチョコレートがころんと転がり出たときには、ちょっと感動したりしたのだ。
 そこでノイシュはハッと思いだす。
「……あっ、アレンジレシピ!」
 街で聞いたいろんなチョコレートのアイデア。
 普通のチョコレートだけではなくそんなものも取り入れ、ノイシュは大いに頑張ったのだ。

 しかし、である。

 お湯を沸かす所から、ついこの前教わったばかりのノイシュだ。
 ハート型のチョコレートは何も語ることはないが、大いなる秘密をその中に抱え込んでいるはず。
 そうして、ついに運命の日はやってきた。



 その日もお昼ごはんを向かい合って食べた。
 ノイシュは「ちょっと待っててね」と言って、ご馳走様もそこそこに駆け出して行き、またすぐに戻って来る。
「あのね、スー君」
 慌てて走ってきたノイシュの頬は、バラ色。
 宝石のような紫の瞳は、キラキラと期待に輝いていた。
「どうした?」
 スフェンはなにかを予感し、用心深く尋ねた。
「この前ね、敬えって言ったでしょ? だからこれ。今日はバレンタインデー、だものね♪」
 にっこり笑って差し出すのは、赤と金のリボンを結んだ小箱だ。
 スフェンは驚き、しばらくの間ノイシュの笑顔と小箱を見比べていた。
「え? ああ……そうか。はは、ちょっとびっくりしたぞ」
 そう言って箱を受け取るスフェン。
 最近何やらソワソワしている風なのは感じていたが、こういうことだったのか。
 くすぐったいような、微笑ましいような、暖かな気持ちがスフェンの胸にこみ上げる。

 が。
 それは一瞬のことだった。

 スフェンが箱を開くのを待ちかねたように、ノイシュが言ったのだ。
「スー君に日頃の感謝を込めて、がんばって作ってみたの! ノイシュ・スペシャル☆だよ!」
「は?」
 空耳か。耳が拒否したのか。
 それは危険をくぐり抜けてきた、ハンターの本能だったかもしれない。
 作ってみた。
 その言葉を耳が拒否しても、目が現物を捉えていた。
 箱の中には可愛いハートが並んでいる。
 だがそのハートからは、得も言われぬ『何か』が立ち昇るのが感じられたのだ。
 これ絶対食べたらヤバいヤツだろ!!

「あのね、普通に固めただけじゃなくて、色々頑張ったのよ」
 そう言ってノイシュは身を乗り出し、ハートのチョコレートを指さす。
「こっちはね、大人のビターさ・珈琲豆。えっと……あれこっちだったかな? 確かこっちが東洋の甘みを固めたカンジかな? それから、最近流行ってるって聞いた、スパイシーチョコレートも!」
 ノイシュは一つをつまみあげ、スフェンの口元に差し出した。
「ハイ、スー君召し上がれーv」

 スフェンは咄嗟に椅子を引き、距離を取る。その表情は硬く、真剣そのものだった。
 ノイシュはその表情を、違う意味に解釈した。
「遠慮しなくてもいいわよ、スー君たら照れ屋さん☆」
 遠慮とか照れとかじゃなくて。スフェンは必死で言葉を探す。
「あー、ちょっと今、腹がいっぱいでな……そうだ後で、後で貰おう!」
 無理無理無理!!!
 ノイシュが持ってるチョコレートも、よく見たら、なんか出てる!
 あれか。東洋の甘みって餡子か! チョコに収まりきれずはみ出して、砂糖が飴みたいにてらてらして、なんかとにかくヤバい!!
「お腹いっぱいでも、別腹っていうじゃない。チョコひとつぐらい大丈夫だよね? ね、折角だもの、感想聞きたいな♪」

 ひたすら無邪気な笑顔。
 裏があるならいっそましだ。殴りつけてでも止めさせられる。
 だがスフェンには分かっている。ノイシュの善意は疑いようがないのだ。
 かすれた声を絞り出すスフェン。
「……そうだ、味見はしたか? どうだった?」
 ノイシュの瞳がひときわ明るく輝く。
「味見なんてしてないわよ。だってスー君に一番に食べてもらいたかったのだもの♪」
 これを聞いたスフェンは、なにがなんでも自分の身の安全を守ろうと決めた。
「はは、そうか。ノイシュがそこまで頑張ったのなら、すぐに食べては勿体ないぞ。記念に暫く飾っておくのはどうだ」
 気持ちは嬉しい。弟子の満面の笑みは可愛い。ここでチョコレートを口にしてやれば、さぞ喜ぶだろう。
 だがさっき椅子を引いたときに気付いた事がある。
 テーブルのタバスコの瓶が、ころりと転がったのだ。
 確かつい先日、古くなっていたので雑貨屋で買って来るようにメモを渡したはずだ。
 なぜ、中身がほぼなくなっているのだ――!!

 そこでスフェンは、ノイシュの表情がみるみる曇って行くことに気付いてしまった。
 見開かれた瞳が不意に潤み、輝きが揺れる。
「食べてくれないの?」
 あざとい。あざといぞノイシュ! だが俺はこんなことに命をかける訳にはいかんのだ……!!

 そこでノイシュが何かに気付いて、笑顔を取り戻す。
「あら、こっちちょっと失敗してたのね。ごめんね、別のにするね♪」
 餡子チョコは下げられ、かわりに一見普通のチョコレートっぽく見えるものが差し出された。
「はい、あーん♪」
 いつの間にやら顎を片手で掴まれ、スフェンの意に反して開いた口にチョコレートが放り込まれる。
 両手で頬を挟まれた瞬間、思わず噛んでしまった。
「……!!!!」
 大きな音を立てて、スフェンは椅子ごと後ろに倒れこむ。
 死ぬほど固い、ビターと言うより真っ黒に焼けた珈琲豆の食感と、遅れて喉を焼くタバスコの刺激。
 吐き出す訳にもいかず、スフェンは床でもがき続けた。

「スー君がそんなに感動してくれるなんて……私、これからもっともっと、お料理頑張るね♪」
 どこか遠いところから天使の声が聞こえる。
 ――お迎えにはまだ早いぞ!!

 スフェンは薄れてゆく意識の中で、笑顔の天使に向かってそう叫んでいた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5876 / スフェン・エストレア / 男性 / 34歳 / 人間(紅界)/ 猟撃士】
【ka4419 / ノイシュ・シャノーディン / 男性 / 13歳 / 人間(青界)/ 猟撃士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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このたびはご依頼いただきまして、誠に有難うございます。
また、色々とお気づかい頂きまして申し訳ありませんでした。
お待たせしました、ほのぼの惨劇の一日をお届けします。
これはこれで幸せ……なんじゃないでしょうか。
終盤はかなりアレンジさせていただきましたが、お気に召しましたら幸いです!
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2016年03月28日

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