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『いつか笑顔で超える日を 』
不知火あけびjc1857


 不知火あけび(jc1857)が彼と初めて会ったのは、まだその世界が明るく輝いている頃だった。
 家の中には笑い声が絶えず、あけび自身もよく笑う子供だった、そんな時代。

 不知火は古くから続く忍者の流れを汲む由緒正しき家柄だ。
 立派な門構えの大きな屋敷は敷地も広く、そこは小さな子供にとって格好の遊び場となっていた。
 不知火家の大事な跡取りである彼女は、ひとりで塀の外に出ることを許されていない。
 かといって家の中には年の近い遊び相手もおらず、子供の遊びに付き合ってくれるような暇な大人も滅多にいなかった。
 必然的に、彼女の世界はこの古風ななまこ壁に囲まれた空間のみに限定される。
 しかし、それでも不自由を感じることは殆どなかった。
 何しろ不知火は忍者の家系、その一族が住む家とはつまり――忍者屋敷なのだから。

「あ、ここにも隠し通路みっけ……!」
 壁の一部をそっと押すと、並んだ板の一枚がくるりと裏返る。
 その隙間に身体を滑り込ませ、あけびは狭くて暗い通路を奥へと進んで行った。
 何も見えないが、怖くはない。
 それよりも、この新しく見付けた隠し通路がどこに続いているのか、次はどんな新しい発見があるのか、それが楽しみで仕方がなかった。

 その日も、あけび探検隊(隊員数一名)は未踏の世界への飽くなき挑戦を続けていた。
「隊長、行き止まりであります!」
「仕方がない、ここは引き返そう……ゆっくりと、足音を立てないようにな」
 一人二役、或いは三役四役をこなしながら屋敷じゅうを歩き回り、最後に梯子を登ってマンホールの蓋のような扉を押し上げると、夕暮れの赤い光が差し込んで来る。
「あれ、屋敷の外に出ちゃった」
 それはどうやら緊急時の脱出路だったようだ。
 蓋の隙間から見回してみると、そこは屋敷の正門から少し外れた植え込みの陰。
 そこからなだらかに下る坂道は片道二車線ほどもあり、きれいに舗装もされているが、屋敷の他には通じる場所もない行き止まり。
 穴から出て立ち上がれば、坂の下に広がる町が見下ろせる筈だ。
「これ、脱走する時に使えるかも」
 今のところその気はないけれど、覚えておいて損はないだろう。
 位置関係を確認して、そっと戻ろうとした――その時。

 門の前に黒い人影が見えた。
 いつからそこに立っていたのか、あけびには思い出せなかった。
 どこから来たのかもわからない。
(「うちに来るなら、この道を通るしかない筈なんだけど」)
 ここを通ればいやでも人目に付く。
 門の内側に人の気配がないのは、この来訪者にまだ誰も気付いていないからだろう。
 そんなことが出来るのは、よほど高位の忍者くらいなものだ。
 しかし、その人の佇まいは忍者と言うよりも――
 長くまっすぐな髪を高い位置でひとつに結び、羽織袴に腰には長物。
 赤く燃える夕日を背に、逆光でシルエットとなったその姿は、まるでテレビの時代劇から抜け出して来たようで。
「お侍さん……!」
 その声に振り向いた影の中に、白い歯が零れた。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 そのときと同じ影が今、あけびの目の前にある。

「お師匠さま……」
 呟いた声に、あの時と同じように白い歯が零れる。
「まだ俺をそう呼ぶのか。俺がお前に剣を教えたのは、ほんの僅かな間だったと言うのに」
 僅かに笑いを含んだ声は、あけびの記憶にあるものと変わらない。
 その姿にも、年齢を重ねた跡は見られなかった。
(「やっぱり、本当に天使だったんだ……」)
 改めて、あけびは思う。

 夢の中で、彼に会った。
 それまで顔もぼんやりとしか思い出せず、名前も忘れ、ただ憧れのヒーローとしての印象だけが強く残されていた、あの人。
 おぼろにしか思い出せなくても、あの人のように格好良い侍になると決めた決意だけは、決して揺らぐことがなかった。
 きっと、彼はあけびの元を去る時に、何かの術をかけていたのだろう。
 自分の存在を、記憶から消してしまうような術を。
 しかし、そのとき既にアウルの素養に目覚めていた彼女には、その効果は完全なものとはならなかった。
 時と共に記憶は蘇り、そして今――
「では、何とお呼びすれば良いのでしょうか。仙寿さま、と?」
 彼の名は、日暮 仙寿之介(ひぐらし せんじゅのすけ)と言う。
 その余りに時代がかった古風な名と、立ち居振る舞いや言動、そして腰に差した刀から、家の者には「サムライ」と渾名されていた。
 しかし彼を家に招いた父と、まるで武士のようだと笑った母は、彼を親しげに仙寿と呼んでいた。
 だからあけびもそれに倣ってそう呼ぶことにしたものの、憧れの人を呼び捨てにするのは憚られる。
 だから「さま」を付けてみたのだが。
「いつも言っているだろう、『さま』は要らないと」
「でも、私にとっては憧れのヒーローで、師匠で、目標で……だから、呼び捨てになんて出来ない」
 そう言い放ち、あけびは腰の刀を抜いた。
「でも、もしもあなたに勝つことが出来たら、それは同じ場所に並んだってことだから」
 対等な立場になったということだから。
「その時には遠慮なく、呼び捨てにさせてもらいます!」
 その言葉を聞いて、仙寿も腰の刀を抜き放つ。
 それはあけびの記憶にある通り、眩い光を放っていた。

 彼、仙寿は父の古い知り合いだと言っていた。
 その役目は不知火家の次期当主として多忙を極めていた父を補佐すること。
 と言っても、まだ幼かったあけびには、彼が実際にどんな仕事をしていたのかはわからない。
 それに彼は父といるよりも、あけびと共に過ごす時間の方が多かった気もする。
 お陰で彼女は、仙寿から様々なことを学んだ。
 強くあること、優しくあること、誠実であること、そして主君に対する忠誠心。
 特に教え込まれたという記憶はない。
 ただ共に過ごし、その姿を目にするうちに、自然と感化されたのかもしれない。
 あけびが彼を尊敬と憧れの眼差しで見るようになるまで、多くの時間は必要なかった。

 洗脳は完了した。
 今なら、この娘はどんな命令にも喜んで従うだろう。
 仙寿はそう考え、かねてからの計画を実行に移そうとした。
 その計画とは、あけびを自らの使途にすること。
 身体能力も高く、また忍らしい命令遂行への冷徹な意志を持つ彼女に自分への忠義を植え付ければ、良い使徒になるに違いない。
 元々そう考えて近付いたのだ。
 ところが。
 いざ計画を実行に移そうとしても、なかなか踏ん切りが付かない。
 まだまだ伸びしろがある筈だ、ここで成長を止めてしまっては勿体ない、もう少し育ててから――そんな言い訳を繰り返し、月日ばかりが過ぎていった。
 やがて、あけびの身に変化が起きる。
 アウルの素養が発現したのだ。
 一介の天使である彼に、アウル覚醒者を使途にすることは出来ない。
 こうなってしまっては、もう諦めるか――或いは害となる前に殺してしまうより他になかった。

 そして、彼は去った。
 殺せなかったことを悔やみもせず、そればかりか彼女のアウル発現に安堵さえした自分の感情に驚き、戸惑いながら。

「仙寿さま、あなたが何を考えていたのか……私にはわかりません」
 去り際に言った「お前は笑ってろ」の言葉が耳に残っている。
 だから嫌いにはなれなかった。
 けれど、もしあのまま状況が変わらなければ、自分は彼の操り人形になっていたのかと思うと、この再会を単純に喜ぶ気にもなれない。
「でも今、あなたがこの世界を侵略しようとしているなら――容赦はしません」
 天魔は人道的に許せない。
 学園への義理もある。
 その思いは全て、自分がかつて彼の背中から学んだものだ。
 そしてやはり、かつて教えられた通りに刀を構える。
「俺に勝てると思うのか?」
 あけびに据えられた仙寿の目は、勝負に挑む者のそれではなかった。
 かつての弟子の成長を穏やかに見守る師匠の目だ。
 そんな目をされたら、もう勝てる気がしない。
 けれど天魔出現の報を受け、撃退士としてこの場に立っている以上、退くことは出来なかった。

「覚悟!」
 寧ろ覚悟を決めるのは自分のほうだと頭の隅で思いつつ、あけびは仙寿に斬りかかる。
 しかし、殆ど何が起きたのかわからないうちに、その手から刀が消えた。
「えっ、なに!? どこ!?」
 自分の手から仙寿の顔に目を移し、その視線を辿る。
 遙か後方の地面に突き刺さった自分の刀が見えた――と思った瞬間、それは実体を失って消えた。
 V兵器は持ち主の手を離れた数秒後には、ヒヒイロカネに戻ってしまうのだ。
 丸腰となったあけびに、刀を納めた仙寿が近付いて来る。
「言っただろう、お前は笑っていろと」
 そう言った彼の目も、僅かに笑っているように見えた。
 だが、それに笑顔で応えるわけにはいかない。
 少なくとも、今はまだ。
「笑うためには、強くなければならないのです!」
 足を踏ん張り、肩をいからせて言い放つ。
「そうか」
 仙寿はその姿に目を細め、暫くの間じっと見つめていた。

 いい女になった、と言うにはまだ、様々な方面で発展途上か。
 しかし、そうなりつつあることは確かなようだ。
 この娘を使徒に出来なかったのは、惜しいことをしたと思う。
 反面、これで良かったのだと安堵する思いに気付いても、仙寿はもう驚きはしなかった。
「良い顔をしている。あけび、お前はそのまま走り続けろ」
 そしていつか、その笑顔が見られたなら――


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 天使は去った。
 彼等はただ、この辺りに調査に来ただけのようで、他には被害の報告もない。
 だがいつかまた、彼等はここに現れるだろう。
「調査に来たなら、それだけで終わるなんてことない筈だし」
 あけびは夜の闇に沈み始めた空を見上げる。

 その時までに、どれくらい強くなれるだろう。
 その時は、笑うことが出来るだろうか。

「ううん、強くなる。強くなって、あの人と肩を並べて……笑ってやる」

 笑って、手を差し伸べたい。
 もし彼がまだ、後戻り出来ないところまで行っていないなら――



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢16歳/発展途上のサムライガール】

【NPC/日暮 仙寿之介(ひぐらし せんじゅのすけ)/男性/外見年齢?歳/憧れのヒーロー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
お待たせしました&ご依頼ありがとうございました。

だいぶ色々と、捏造させていただきました。
そしてネーミングセンスが絶望的なことに関しては、諦めてください……(
なお名前の由来については、おまけノベルにて。

口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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エリュシオン
2016年03月30日

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