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『■とある教師の『11月12日』 』
浅緋 零ka4710)&神代 誠一ka2086

●約束のはじまりは、青の世界の日々の中

「……そう、ですか。この子が」
 保健室登校の生徒がいると聞いたのは、教職員の間でクラス編成が内々に決定した初春の頃だった。
 まだ桜が咲くほど温かくもなく、職員室の数カ所では石油ストーブの上に乗せられた古めかしいやかんの口から蒸気がのぼり、部屋全体を静かに温めている。
「ほら、若い先生の熱意、っていうんですか? そういうの、子供たちには大事だと思いますしね」
「はぁ……いえ、全然構わないですが。ただ、別段熱意に年齢もなにもない気はしますけどね」
「はは。まぁ、神代先生には悪いんですけど……“色々”頼みますよ」
 控えめに言えば事なかれ主義の年老いた職員は、そういって自分の肩を叩くと、そそくさと職員室を後にしていった。

 生徒名簿の中から、自分が受け持つことになる生徒たちの個人情報が五十音順に集約されたファイルをめくると、あ行の“彼女”の名がすぐに飛び出してくる。
 ──浅緋 零(ka4710)。
 教員たちの情報網で既知ではあったのだが、彼女を自分が受け持つことになることを知ったのはつい先程のことだ。
 彼女は、ある事情から保健室登校をしている少女だった。
 
 その年の春を迎えてからも、活気ある高校生活を教師としての仕事は、これまで通り、或はこれまで以上に、忙しくも充実した毎日だった。
 様々な問題児もいた。衝突することもしょっちゅうで、同僚からは「神代先生のところはいつも大変ですね」などと真意を図りかねる言葉をかけられることも少なくはなかった。
 けれど同じ視点で、相手の心を図り、教え導き、そして時に教えられる日々の中には、確かに“彼女”が居た。
 春が終わり、夏が過ぎ、そして随分冷え込んできた時期。
 保健室のカーテンが揺れ、銀杏の葉が時折ふわりと風に乗って舞い落ちる秋──
「せんせい」
 自分の作った数学の問題を前に一生懸命考えたものの「解き方がわからない」と降参したような表情で俺を呼ぶ彼女の表情は、春先と比べて随分柔らかくなった、ような気がする。
「ここはほら、よく見ろ。原点を中心とする半径1の円周上の点P(x,y)について、x軸の正方向から……」
 こくこくと頷きながら、白く小さな手に握ったシャープペンで補足事項を書き込んでゆく。
「……以上のことから、あの公式をそのまま使えば、ほら。あとはもう出来るだろう?」
 少しずつ心を開いてくれていると……そう思っていた。
「ん……ありがとう」
 彼女は自分の大切な生徒だが、一人の人間としても、早く彼女の傷が癒えればいいと願っていた。
 だから──
「零、次の問題が解けたらいいことがあるかもしれないぞ」

◇Side 浅緋 零

 いつも通り、保健室で勉強を教わっていたところ、突然“せんせい”──神代 誠一(ka4710)がそんなことを言いだした。
 本当に、それまでなんの前触れもなく、いつも通りの“授業”だったので思わず首を傾げる。
 けれど、見上げる誠一の表情が余りに温かく、穏やかだったから。
 それにつられるようにして、同じように頬を緩め、
「……わかった。がんばる、ね」
 しかとその話を受けて立つことにしたのだった。
 先程の設問で三角関数の項目は終了。次は……確率だ。
 ──起こりうる場合が全部でn通りあり、それらが同様に確からしく起こるとする。このうち事象Aが起こる場合がa通りあるならば、事象Aの確率P(A)はP(A)=a/nである。
 定義を思い返し、改めて目の前の問題を読み返す。
 焦らずじっくり、丁寧に目の前の問題と向き合って、ケアレスミスがないように少しずつシャープペンシルで書き進めていく。
 決して勉強は得意ではないが、何かに夢中になる時間。目の前の問題を解決した時の達成感。
 色々な理由はあるけれど、勉強が好きだった。
「できた……! 合ってる、かな」
「採点するよ。ちょっと待っててくれ」
 誠一が赤いサインペンを握り、解法に目を通していく。
 問題を一つ解き終えたことの高揚感からか、少し紅潮してたかもしれない。
「……うん、よし。最後まで綺麗に解けてるよ。良く、頑張ったな」
 誠一のとびきりの笑顔と、最上級の褒め言葉に「よかった」と言葉を綴ろうとしたその時──
 突然、目の前に一冊の冊子が差し出された。
 ──なに、これ? ……なんで?
 思わず誠一を見上げたまま首を傾げてしまう。
 疑問はいくつもあったが、頭も心も整理が追い付かず、言葉もなく見上げるのが精一杯だったのだ。
「昨日、誕生日だったろ。11月23日。……祝日だったから、一日遅れたけど」
 その言葉に、思わず目を見開いてしまった。
 驚きと、それを上回る感情とで胸がいっぱいになってゆく。
「じゃあ、これ……」
「そう、誕生日祝い。……といっても、俺の贈り物なんてそう気の利いたものじゃないけどな」
 手作りの問題集。
 自分のために用意された、世界で一つだけのノート。
 なかば無意識的に、受け取ったその冊子を大切に大切に抱きしめる。
 まるで、以前からずっと欲しかったぬいぐるみをプレゼントされたような気持ちで。
「……せんせい」
「なんだ? 折角作ったんだ。問題集じゃ嫌だ、とかは……」
「ありがとう。……レイ、勉強、がんばる……ね」
「あぁ、それが役に立つのなら、俺も嬉しいから」
 そう言って笑う担任の顔に、なぜか無性に安心感を覚えていた。
 もとより自分の中には他人とは少し異なるのんびりと穏やかな時間が流れているのだろうことは解っていた。
 だが、なぜか誠一とはそういった“時間の概念”がしっくり一致するような感覚がある。
 恐らく、それが“居心地のいい時間”なのだろう。
 こんな時間を、またいつかすごせたらいいのにと──そんなささやかな願いを今だけ、“誕生日”に甘えて口にしてみようと思う。
「……あの、ね。せんせい」
 言葉を待ってくれている誠一の顔はひどく穏やかだ。
「今度は、せんせいのたん生日、お祝い……しよう?」
「俺か? 気持ちだけで十分ありがたいよ。……というか、実はこの間誕生日だったんだ」
 頬を掻き、苦く笑ってそう言うけれど。
「11月2日。……この間、終わったばかりだろ?」
「じゃあ……来年は、まん中たん生日、する」
 過ぎた日を思うのではなく、“次の誕生日”……続く未来への気持ちが芽生えていたから。
「はは、なんだそれ? でも、そういうのもいいかもな」
 そういって、笑いあったあの日の思い出は今も胸の中に鮮やかに残っている──。


●X years later/それは、赤の世界の湖畔の家で

 太陽もじき天辺に通りかかろうという頃。
 木漏れ日に溢れた街はずれの借家の戸が小さな音を立てた。
 軽快で、どことなく遊び心のある音色。
 それに気付いて扉を開けると、そこには小さな少女──零がいた。
「おはよう。……いや、そろそろこんにちは、か?」
 一瞬挨拶に迷った俺を見上げながら、くすりと笑う少女は
「おはよ。……と、こんにちは、だね」
 律儀に二通りの挨拶で応じた。
 リビングダイニングに通すと、彼女は勝手知ったる様子で、どこか軽快な足音を立てながら“自分の席”を見つけて座る。
 それを見守りながら、自分は温めていたカップに淹れたてのコーヒーを注いでテーブルへと二つ運んでいく。
 しばし、ここ最近の話を語り合いながら、談笑をしていたが、誠一にはこのひとときが“あの頃の保健室”に重なって見えて、どこか懐かしみを覚えていた。
「……せんせい」
 ふと気づくと、零が席を立ち、青年の隣に立っていた。
「零?」
 驚いて立ち上がるも、少女が後ろ手に何かを隠していることに気付いてしまう。
 ──零は隠せていると思っているんだろうが、残念ながらこの身長差じゃあな。
 少女が隠していた“包み紙”の一端が角度的に見える。
 それが少しおかしくて、青年は思わず口角を挙げてしまった。
「……どうした?」
 改めて、ゆっくりと穏やかに問う。
 ややあって、零はそっと後ろ手に隠していた小さな包みを彼に差し出した。
「まん中たん生日、だから」
 その言葉に、誠一は内心驚いていた。
 だが、そうか。まさか……
「今日は、俺と零の……誕生日の」
 丁度、“間の一日”だったのだ。
 教え子の誕生日は把握していたが、すっかり自分の事は意識の底に押しやられていたのだろう。
 だから“日付”の考えが及んでいなかったし、それに……
「11月12日」
「……覚えていたんだな」
 誠一は、零があの日の約束を覚えていたという事実に驚いたようだった。
 同時に、言いしれない嬉しさを感じたのも事実で。
 ほくほくとした笑顔を見せる零の手からしっかりと、差し出された包みを受け取る。
「ありがとう。それと……ちょっと、待ってて」
 「いい子にしてるんだぞ」というニュアンスは子ども扱いしすぎかもしれないが。
 それでも大人しく待つ零に背を向けて、誠一はダイニングの奥、机の引き出しからある物を取り出した。
「……零、俺からも。祝えなかった分のも纏めて」
 そういって、小さな手に託したのは数冊の冊子だった。
「これ……?」
 渡された冊子に首を傾げながら、中を開いた零が目を見開く。
「問題集。……せんせい、作ってくれたの?」
 ぱらぱらと紙をめくる手をとめ、じっと見上げてくる生徒の眼差しが少々照れくさくもあるが。
「こっちの世界じゃ、随分やることは多い。生きていくためにすべきことも含めてだ。けど……」
「うん」
 嬉しそうに冊子を抱きかかえて、零は目を細めて笑う。
「勉強は、忘れずやるんだぞ。きっと零の役に立つ日がくるから」
 少し説教じみたか? とわずかに反省しながらも、小さな咳払いと一緒にそう告げる。
「……せんせい」
「なんだ?」
「ありがとう。……また、勉強、がんばるね」
「あぁ、お前ならできるよ。採点はいつでもするからな」
 そういって、二人は互いに笑いあった。



「せんせい……レイのも、見てみて」
「あぁ、そうだな。何が入ってるんだろう」
 先程もらってからというもの大切に抱えたままでいた包みを、零が突いた。
 折角だからと、丁寧に包み紙を開き、中を開くと──
「これ、狸か?」
 その中には、手作りのストラップがあった。こくりと頷いて、少女が小さく拳を握りしめる。
「……そう。フェルトで、作った」
「そうか。器用だな。零はこういうの得意だよな」
 褒められることになれていないのか、あるいは別の理由からか。
 少しはにかんだ様子でいた零だが、やがて青年の手の中にある包み紙の中に小さな手を突っ込んだ。
「? まだ何か……」
「……これ」
 そこには、先程の狸より一回りも小さいフェルト製の猫がいて。
「ちっちゃいにゃんこも、作った」
「はは、そっか。これは、二匹とも大事にしなくちゃ、だな」
「……ん」
 こくこくと、何度も首を縦に振って、また零が笑った。
 まるで、長い冬を越えて、春の温かさに気付いた桜が、ふわりと白く淡い花を咲かせるかのように。


 ──場所も時間も何もかも違うこの世界で。
 こうしてまた出会えた奇跡と、限りなく穏やかな時間のなかで笑いあえる今を、いつまでも大切に覚えていようと思った。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4710/浅緋 零/女/14/猟撃士】
【ka2086/神代 誠一/男/32/疾影士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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特にアドリブで書かせて頂いた部分など、イメージや、設定と異なる部分がございましたら、容赦なくお申し付けくださいね。
私からのお二人への誕生日プレゼントになれば、幸いです。
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2016年03月31日

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