『スイーツ！ スイーツ！ スイーツ！ 』

キー＝フェイス（ka0791）＆雪雫（ka3362）

「……もう二月だな」
　キー＝フェイスはぼんやりとそんなことを口に出してみる。
　キーは、自分のことはまるっと忘れているけれど、世間一般の常識はしっかりと彼の中に残されている、と言うタイプの記憶喪失青年だ。
　リアルブルーからクリムゾンウェストへの転移のさいに喪われたであろう己の記憶だが、それでも何とかやっていけるのは常識をきちんとわきまえている上に、自身が記憶を喪失だと言うことに嘆きを感じていないからだ。普通ならパニックを起こしても仕方のない状況だろうに、彼は生きる為の手段として迷うことなくハンターの道を選んだ。
　それが吉と出たか凶と出たか、それはいまの彼を見れば一目瞭然だ。
　この世界にも気がつけばすんなりと溶け込んでいるいまのキーは、なかなかに順応力も高かったのだろう。ただもとの性格なのかどうかは分からないが所謂女好き、『種馬』なんてばかげた二つ名を自称している。それでも面白いのは、ナンパは確かに好きでやっているが、女性を引っかけようというヘンな意識はしていないのだ。
　――さて彼にはそんなわけで、女性の友人がなかなかに多い。
　そんな中のひとりが雪雫、キーには『雪にゃん』と呼ばれる存在だ。
　周囲からも心配されがちなくらいにぽやっとした性格だが、裏を返せばそれだけ器が大きいと言えるのだろう。まあ、そのことについて本人の自覚がないのがまたこわい話ではある。
　それでもいつもほわほわと微笑んでいるのが雪雫という少女――もっともエルフなので実年齢が外見にともなっているかは甚だ疑問ではあるがー―である。
　そして今、キーの横でのんびりと茶をすすっていた。
「うーん、リアルブルーなら今頃バレンタインの季節なのになぁ」
　キーはそんなことをぶつぶつと呟きながら、やはり茶をすすっていた。
「バレンタイン……とは、なんでしょうか？　名前くらいは聞いたことがあるのですが、私はあまり詳しくなくて」
　キーのつぶやきに、こてん、と首をかしげる雪雫。
　リアルブルーでは一般的なイベントも、クリムゾンウェストではまだまだ知れ渡っていないものは数多い。バレンタインもそんな一つである。
　まあ、バレンタインというのは土地柄によってずいぶん意味合いが異なってきたりする、かなり面白いイベントではあるのだけれど。
「あ、そうか。雪にゃんはバレンタインを知らないのか……バレンタインってのはな、獲るか獲られるかの、女性の誇りをかけた戦争なんだよ！　って、どっかの本に載ってたぜ！」
　キーはこれは面白いとばかりに正しいような違うような、微妙な表現で雪雫を惑わせる。信じ込みやすい雪雫は目をぱちくりとさせながら、
「とる、とられる……って、どういうことです？」
「ああ、バレンタインは女性が男性にチョコレートをあげて想いを告げることが多いのさ。で、そのためには手段を問わない、なんて言うのも少なくないってコト」
　実際にはそんなことはないし、チョコレートで想いを告げる云々はリアルブルーのごく一部におけるバレンタインのイメージだし、しかも菓子会社の陰謀なんて噂もまことしやかに流れているが、まあそんなことは関係ない。
「なんだか素敵なイベントですね……！　私もそんなイベントなら、参加してみたいです……」
「――それならさ、スイーツでも食べにいく？」
「……はい？」
　キーに突然話をそう振られて、雪雫は驚いたように瞬きをした。
「いやさ、いいケーキバイキングの店があるって、ちょっと聞いたからさ。折角なら野郎ひとりで行くよりも、二人で行く方が楽しいだろうし」
　なるほど。確かにひとりで行くよりも、その方が面白くなるに違いない。それなら、と雪雫はこっくり頷いた。
　
　
　そんなわけで、今二人は最近話題のケーキバイキングの店とやらにやってきている。
　甘い香りが店のあちらこちらからただよってきていて、なんだかそれだけでも心が弾むのは、やはり甘いもの好きな女性の心理が働いていると言うことなのだろうか。雪雫はきょろきょろと店内を見回し、そして嬉しそうに頬を染める。
　一応言っておくが、雪雫とキーの間にはいわゆる恋愛感情というものは存在しない。
　キーとしては雪雫のことを天然はいっている為に放っておけない、と言う、あくまで友人の域を出ないし、それは雪雫から見たキーについても、優しくて大事な友人という認識であり、あくまでごく普通の友だちづきあいを続けている。
　あわよくば雪雫の膝枕なんかも堪能してみたいと、キーは思わなくもないけれど――天然な雪雫にはまったく気づかれていない。
「すごいですね……！　美味しそうなにおいが一杯です！」
「最近話題になってるのも納得だな。ついでに言うと、女性客のほうがやっぱり多いな」
　キーも楽しそうに、周囲をきょろきょろと見回してにこにこと笑う。
　もっとも、キーには少しばかりの下心があったわけで。具体的には、可愛い女性の店員さんがいたら引っかけられないかなー、なんてことを考えたりしているわけで。
　まあ、若い女の子達がきゃっきゃとはしゃぎながらケーキに群がっているのを見ているだけでもキーとしては目の保養だ。正直、それだけでもこの店に来てよかったとしみじみ思うくらいである。
「さっそくとってきますね！」
「あ、うん、いってらっしゃい」
　雪雫はうずうずしながらさっそく立ち上がってケーキを取りに向かう。
　美味しいと評判のケーキ店のケーキバイキング、戻ってきた雪雫の皿の上にはショートケーキにモンブラン、ザッハトルテにアップルパイ……おおよそこの店の定番メニューが山のようにのせられていた。
　女性の言う、【甘いものは別腹】というのも納得できてしまう気がする。嬉しそうに微笑んでいる雪雫の顔を見、そして周囲の明るい少女達の声を聞くに連れ、キーもここに来て正解だったとしみじみ思った。
　彼からしてみれば、むろん下心はゼロじゃないけれど、やっぱり気心の知れた相手と楽しく過ごせる時間があるのは楽しいことだ。
「これ、おいひいですっ」
　一口食べて、うっとりと頬を緩ませる雪雫。その顔を見ることが出来ただけでも十分すぎる収穫だ。
「おー、雪にゃんも上手そうに食べてるな。俺もじゃあ、ちょっととってくるかな」
　キーは無造作に立ち上がると、甘い香りがただようケーキのエリアに向かった。
　
　――結論から言うと、二人はものすごくスイーツバイキングを堪能した。
　むろんそれはリアルブルーのそれに比べると若干趣が違うかも知れない。しかし、確かにこのスイーツバイキングはかなり美味しいし、可愛い女の子も周囲に沢山いる。楽しめることは思い切り楽しんだほうが、精神衛生上にもいいうえにお腹もふくれるというものだ。
　それに、雪雫も楽しんでくれている。
　ふだんはぽやっとした天然系の少女だが、やはりこういうときは少女らしく甘いものを嬉しそうに頬張っている。そんな姿を見ているのも、また一興というものだ。
「今日は本当に、美味しいケーキをありがとうございます。キーと出かけるのは楽しいので、ついはしゃいでしまいました」
　嬉しそうににこにこ微笑んでいる雪雫には、『バレンタインだからこの店に来た』という感覚があまりないらしい。
　それでも笑顔を浮かべている少女を見るのはまんざらでもないわけで、キーもつられたように笑顔を返してやった。
　友人以上恋人未満の、どこかほのぼのとした関係。
　二人は微笑みあいながら、春の足音も聞こえてきそうな優しい時間を過ごしたのであった。
　
　
　
　
　
　━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka0791　／　キー＝フェイス　／　男性　／　２５　／　霊闘士】
【ka3362　／　雪雫　／　女性　／　１７　／　疾影士】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

今回は発注の程、ありがとうございます。
少し甘くてかなり酸っぱい……話になっているかは自分でも少し疑問ではありますが、書いていてとても楽しく感じました。
イケメンと美女という組み合わせのはずなのに、そこはかとなくただよう残念な感じは、うまく伝えられているでしょうか？
お二人のさらなる友情？　を、お祈りしています。

では、今回は改めて、ありがとうございました。

浪漫パーティノベル

四月朔日さくら

ファナティックブラッド

2016年03月31日