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『ポートレイト 』
ファーフナーjb7826)&小田切ルビィja0841


 久遠ヶ原学園の斡旋所でファーフナーは立ちつくす。
「どういうことだ」
 あちらこちらで天魔が入り乱れて派手なドンパチをやらかしているはずなのに、この閑散ぶりは。
 眉間の皺を深くして、少ない依頼を改めて読みこむ。
 そうしている間にも周囲の物音は無意識に拾っていたが、聞き覚えのある足音に振り向いた。軽く片手を上げて、小田切ルビィが微笑している。
「めぼしい依頼はあったか? ダンナ」
「いや……。どういう訳だかさっぱりだ」
 僅かに目を伏せ、ファーフナーは首を振った。
「バレンタインデー当日の依頼なんて、受けてくれる奴も余りいねえだろ。緊急の案件以外はな」
 ルビィが軽く肩をすくめた。
「バレンタインデー? ……ああ、そうか」
 ファーフナーがようやく納得したという表情を浮かべる。
 日本に来て数年、その奇妙な習わしは経験済みだ。
「で、そういうお前はこんな所で何をしている」
「決まってるだろ。まあまあ妥協できそうな依頼の話を聞きに来たんだ」
 ルビィは悪戯っぽく笑い、斡旋所の窓口を指さす。
「そうか。では頑張るがいい。俺はもう少し、ここにある依頼を検討してみる」
「オッケ。いいシゴトが見つかるよう祈ってるぜ」
 ルビィは手をひらひらさせて去って行った。

 それから暫く唸っていたが、やはりめぼしいものはない。
 ファーフナーは掲示板を諦め、緊急の依頼が飛び込むのを期待して窓口の近くに佇み、職員の挙動を観察する。
「あ……!」
 女子学生のアルバイトが、ファーフナーを手招いた。
「?」
 窓口に近付くと、書類とペンをぐいぐいと押しつけてくる。
「おい、どうした。何があった」
「お暇なんですよね。急ぎのお仕事なんです、よろしくお願いします」
「待て。仕事内容を説明しろ」
「綺麗な服を着て美味しいものを食べるだけの簡単なお仕事です」
 これほど怪しい説明も珍しい。
 だが暫くのやり取りの後、ファーフナーは渋々ながら書類にサインしていたのだった。



 そして当日。
 指定の場所に行くと、見慣れた顔があった。
「……ゲゲ! この依頼、まさかダンナも請けてたのか!?」
 ルビィが驚愕の表情でファーフナーを見据える。
「奇遇だな、小田切……お前も(押し付けられた)か」
 相変わらずのファーフナーの渋面に、ルビィが肩を震わせて密かに笑う。
「いや、うん、しかしよっぽど人手に困ってたんだな……! いやいやダンナならきっとやり遂げられるぜ、うん」
「……一度受けた仕事なら、どんなものでもきっちりこなすまでだ」
 身体に沁みついた社畜ソウル恐るべし。
 斡旋所であなたしか頼れない、あなたならできると何度も言われると、その気になってしまうのだ。
 そこに小型バスがやってきて、愛想のいい男が顔を出す。
「あ、久遠ヶ原の人ですか? 今日は宜しくお願いしますね〜! さ、乗った乗った!!」
(まるで人買いだな……)
 ファーフナーは言葉に出すかわりに、胸に溜めた紫煙を細長く吐き出した。

 車に乗り込むや否や、それぞれに若い女が迫る。
 といっても色っぽい要素は皆無、いきなり顔面に蒸しタオルをぶつけられたのだ。
 その間に別の男が説明を始める。
「えーとお仕事の内容は既にご存知かと思いますが」
「乙女ゲーの企画って事は、コスプレしたりすんのかね?」
 ルビィが顔をうにうにと揉まれながら、諦めきった様子で尋ねた。
 そう、今回の依頼はリアル乙女ゲー企画。
 1日ゲームの攻略対象キャラクターに扮して、デートスポットを巡り、写真撮影されるモデルの仕事なのである。
「ははは、おふたりともカッコいいのでいい写真が撮れそうですよ! あ、ちなみに、おふたりの設定はこのような感じになります」

 ファーフナー:ヒロインのアルバイト先の管理職。仕事にはとても厳しいが頑張れば不器用な言葉で認めてくれる。何やら訳ありの様子で、自分のことはほとんど語らない。

 ルビィ:ヒロインのアルバイト先の若オーナー。常にエレガントで紳士的。だが連れている女性が毎度違うともっぱらの噂で、甘いデートには誘ってくれるが、その本心は誰にもわからない。

「……よく分からんが、とにかく写真を撮らせればいいのだな」
 ファーフナーは髪を梳かれながら憮然と呟いた。



 車は勾配のきつい細い道を上がって行く。かつての外国人居留地だという。
 貿易商人の館だった洋館の一室で、ルビィが窓際に立つ。
 仕立ての良いスーツを着込み、指定通りのポーズを決め、エレガントに微笑む。なんともこの場に似つかわしい、エキゾチックな佇まいだ。
「こなれたもんだな。撮影だけでなく、撮られるほうも堂々たるものだ」
 腕組みしたまま、ファーフナーは感嘆の声を漏らした。
 あるいはカメラマンだからこそ、どう動けば「いい絵」になるのかがわかるのかもしれない。
「次はダンナだぜ。……ああ、そこの椅子に座った方がいいんじゃね? そうそう、英字新聞だ。あ? 内容なんて写真見てる奴にはわかんねえって!」
 ルビィはいつの間にか撮影にも口を出し、スタッフのようだ。その表情はエレガントな貴公子から、瞬時に普段のルビィに戻っている。
「ほらダンナ、笑ってる場合じゃねえぜ? どっかの小娘におじさま呼ばわりで引っ張り回されてるときの顔作っとけ」
「……大きなお世話だ」
 ファーフナーは庭に面した窓の傍で、カフェテーブルにつく。
(これも仕事だ)
 自分にそう言い聞かせて英字新聞を広げた。

 その後は、高級ブティックでのお買い物。
 ファーフナーは「ホワイトデーの礼をするから好きなものを選べ」という表情を作れと言われた。……よく分からないが、OKが出た。
 夕日が沈む頃には、すぐ近くの港へ。
 ルビィは「陰を漂わせながら、寂しげにバラの花束を手に海を見つめる」という指定を受けた。……どういう設定かわからないが、OKが出た。
 その度に着替え、髪を整え、少々メイクも施され、ポーズを決める。
(……精神的には天魔退治のほうが楽だな)
 ファーフナーの背中には、どんよりとした疲労が漂っていた。
 まあそれも、くたびれた訳あり男性の雰囲気を盛り上げてはいたのだが。
「お疲れ様です! 最後はあそこのホテルになります〜!」
 運転している男が元気よく、山の中腹にそびえる白い建物を指さす。
 ホテルの最上階のラウンジで、ファーフナーは背中に花束を隠して人待ち顔という、さすがにこれは何を意図しているのか分かるがために気恥ずかしい指定を受けたが、困惑の表情がリアルということで無事終了。
「いや〜、いい企画になりましたよ! また機会があったら宜しくお願いします!!」
 彼らはこれからすぐに記事を作成するとかで、元気よく帰って行った。



 ようやく解放された男ふたりは、夜の街に繰り出すことにした。
「ダンナ、あっちだ!」
 ルビィが指さした先には、赤くそびえたつ巨大な門。中華街らしい。
「腹も減ってるだろ、しっかり食おうぜ!」
「……そうだな」
 観光客でごった返す中を進み、ルビィが調べていた店に落ち着いた。
 店員の日本語も少し不思議な響きで、店内にはもっと不思議な響きがあふれていた。ここではファーフナーとルビィの外見すら誰も気にしないようだ。
 麺類だの炒め物だの蒸し物だの、大きな丸テーブルいっぱいに料理を積み上げ、ふたりは果実の香りのする酒で乾杯する。
「お疲れー!」
「ああ。疲れたな」
 思わずファーフナーの口から本音が漏れた。

 ルビィは早速箸を取り上げ、料理を口に運ぶ。
「しっかし毎年毎年、良くもこれだけ騒げるもんだぜ。だいたい日本人にゃ、聖ヴァレンティヌスとか言うオッサンなんか関係ねーし?」
 ファーフナーも点心を摘まみ、酒を追加する。
「日本人は商魂が逞しいというか、良く言えばどんな文化も柔軟に受け入れるというか……」
 バレンタイン、クリスマス、ハロウィーン。おまけにジンジャに初詣だ。
 何が彼らをそこまで駆り立てるのか、ファーフナーにはわからない。
「そもそも海外では大切な人に贈り物する日なんだってよ? ダンナは知ってたか?」
「そうだな、アメリカでは男から女へ贈っていたな」
 ファーフナーが手を止め、何処か遠くを見るような目をした。
 だがルビィは気付いているのかいないのか、相変わらず本を贈る国があるとか、花を贈る国があるとか、愚痴とも蘊蓄ともつかないことを言いつつ、合間を縫って料理を口に運ぶ。

 そこに何やら呼び出し音が鳴り響いた。ルビィがスマホを眺め、ややあって噴き出す。
「仕事はええな!?」
 見せてくれた画面には……

『今日は君の貸し切りだよ。この部屋も、僕も』
『こんな日に私に付き合ってくれるとは思わなかったな』 
『このバラを海に捧げるのは今夜限り。明日からは――』
『今日は君に赤いバラを贈りたいと思う。陳腐だと笑うかもしれないが』

 ……などのポエムまがいの台詞が、昼間の写真に合成されていたのだ。

「…………」
 ファーフナーは遠いどころではない、異次元を見つめるような視線を宙に彷徨わせた。
 これも仕事だ。仕事が完璧なら、何も言うことはない。
「ダンナ」
 呼びかけられて、ふと我に帰る。ルビィが両手の親指と人差し指で四角を作ってこちらを覗いていた。
「うん、ちゃんとしたカメラ持ってくりゃ良かったな。ダンナはこういう場所に良く似合うぜ」
 そこでファーフナーは気付いたのだ。今日の仕事で妙に疲れた本当の理由を。
 写真は元々あまり好まない。
 写真には思わぬ物――隠し通しているはずの感情や、これまで生きてきた道程や――が写り込み、それがファーフナーを不快にさせるのだ。
 だが最近ではそうでもなかった。それは撮るのが主にルビィだったからなのだ。

 そこまでこの青年に気を許していたのか。
 ファーフナーは自身に半ば呆れる。だが不思議と悪い気はしなかった。
「今度こういう機会があったら、お前をカメラマンに指定するとしよう」
「お、わかってくれるか? さっすがダンナだぜ!」
 グラスをまたあわせ、ルビィは楽しげに話を続ける。
 思い起こせば、去年のバレンタインデーもこのふたりだった。
 ふとファーフナーは眉を曇らせる。
(おい。俺はもういいが……こいつは大丈夫なのか?)

 ――いつの間にか赤の他人を心配するようになった自分の変化に、ファーフナーが気付くのはもう少し後かもしれない。
 

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7826 / ファーフナー / 男 / 52 / 訳あり年上上司(設定)】
【ja0841 / 小田切ルビィ  / 男 / 20 / 謎多き御曹司(設定)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、『男ふたりのバレンタイン・再び』のお届けです。
場所はご指定いただきました神戸のイメージです。
他、かなり好きなように書いてしまいましたが、お気に召しましたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました!
浪漫パーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年03月31日

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