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『幸せなきもちを、籠めて 』
エステル・クレティエka3783)&テオフィル・クレティエka5960


「あぁ、姉上。僕はこのチョコがいいな」
 その日、玄関の扉を開いた彼女は、待ち構えていた弟と遭遇した。
「え…? いきなり何の話…」
「手に持ってるの、チョコが入った袋だよね。開店と同時に買いに行ったんでしょ。そうだよね。ちょっと前まではカカオが高すぎて、チョコも買えなかったもんね」
「そうね。やっと値段も落ち着いてきたし、お友達と一緒に作るつもりで買ってきたんだけど」
「でもいきなり作って失敗すると困るから、試作品作るんだよね。僕はこのチョコが食べたいな」
 そう言うと、おもむろに弟は手に持っていた丸い鏡を手渡そうとした。いや、よく見れば銅鏡の形と模様が刻まれた型である。
「今年はこれなの…?」
 型を受け取り、姉であるエステル・クレティエ(ka3783)は小さくため息をついた。
「去年は埴輪型で…今年はこれ?」
「埴輪もあるよ」
 隠し持っていた埴輪の型も手渡し、弟であるテオフィル・クレティエ(ka5960)は大きく頷く。
「そうよね…。でも…」
 どこからともなく嗅ぎ付けるのか、弟は実に正確に、姉が手作りチョコを作る日を察知して毎年待ち伏せるのだ。いや、嗅ぎ付けると言えば、お菓子作りを家でする日は必ず察知していたように思う。
 昔は「あねうえ〜」と後ろをちょこちょこついて来ていた可愛い弟だったのに、いつの間にか鋭い嗅覚を持って自らの前に立ちはだかるようになっていて、勿論今だって可愛い弟だと思ってはいるのだが、年々手に負えなくなっていた。
「分かった…。テオはこれでいいのよね?」
「それでいいよ。でも試作品は埴輪がいいと思う。大中小とりそろえてあるし、チョコにも可愛さが大事だよね」
「一般的な可愛いとは少し違うと思うんだけど」
「何言ってるの、姉上。この中サイズの埴輪はちゃんと頭部にリボンが…」
「あ、本当! 可愛い!」
「ほら可愛い」
 うっかり『可愛い』と言ってしまったエステルが我に返って顔を上げると、目の前で弟がにやりと笑っている。
 これも『嵌められた』と言うべきなのだろうか。まぁ誰かにあげるわけじゃないから…家族分だから…と思い直し、エステルは厨房へと向かった。
 

 1年前も山のようにチョコを作ったっけ。そう思い返しながら、エステルは手際よく用意を始める。
 あの時は依頼で色々と作ったのだけれども、渡したい人には一日遅れになってしまった。だから今年こそは…きちんと当日に渡したい。
「あれ、珍しい。お酒買ったんだ」
「少しだけね」
 今年は、ほんのりと酒の香りと味が残るような少しだけ大人のチョコを作ろうかと思ってみたのだ。
「酒臭い埴輪か〜」
「埴輪には入れないから」
 チョコを溶かしつつ、視界の隅で動いている弟も注視しておく。案の定、テーブルの上に埴輪の型をどんどん並べていた。どんどん並べられたって、そんなに沢山埴輪は作らないから。と、心の中で呟いておく。
 溶かし終えた所でまずは…銅鏡型の物体に熱いチョコを注ぎ込んだ。
「やった。僕のチョコが最初だね」
「こんなに大きいチョコなんだから、家族みんなの分よ」
「みんな家に居ないんだし、僕の独り占め同然だね」
「そんなに食べたら…」
 太るんだから。そう言いかけて、エステルは口をつぐむ。乙女の傷を抉るようなそんな台詞を言おうものなら、確実に弟の仕返しを食らうに違いない。お腹が空いてこっそり夜中にお菓子を食べていた幼少時の出来事さえも、引き合いに出してくるだろう。
「食べたら?」
「そこのナッツ取って」
「はい」
 誤魔化すように指示を出すと、弟は素直に器を渡してくれた。そしてそれ以上、突っ込みを入れても来ない。その目は、真っ直ぐに銅鏡型チョコレートに注がれていた。
「えっと…これは後から冷やすとして…」
「次は埴輪だね」
「そんなに沢山は作れないわよ」
「埴輪が沢山並んでたら、父上喜ぶだろうな〜」
「…そうね。じゃあ少しだけ…」
「兄上も喜ぶだろうな〜」
「兄様は女の子埴輪しか喜ばないと思うわ」
「そうなの?」
「そんな気がするだけ」
 喋りながらも手は動かして、埴輪型容器も幾つかチョコで埋めていく。それを嬉しそうに眺めている弟が、年々父親に被って見えるのは何故なのだろう。大好きな父親に顔形が似てくるのはいいとしても、中身も似てきている気がする。
「…うぅん。父様は意地悪じゃないし」
「え、何?」
「そう言えば今年はどうして銅鏡なの? 大仏型を持ってくるかと思ってた」
「埴輪や銅鏡は厄除けになるからね。家族みんなが外に出て危ない仕事してるから、家内安全、皆無事でありますように。そういう思いを、僕なりに籠めてるつもりだったんだけど」
「…私、全然気付かなかった…」
「というのを今思いついた」
「!?」
 弟の深い思いに感じ入っていたと言うのに、これである。
 手の上で転がされている気がしつつも、エステルは本命チョコの作成に取り掛かるべく、鍋に生クリームを注ぎ込んだ。温めた生クリームを刻んだチョコに注ぎよく混ぜてから、酒を少し入れる。ほんのり香るという調整も難しいものだ。真剣な目つきで作業を続けるエステルを、テオフィルは少し離れたところで眺めている。
 一口ずつ味見しながら微調整を行い遂には『この味』と決め、固まり始めたチョコを丸めて形にして行く。
「出来た?」
 形になったチョコの隣で箱を組み立て始めたエステルだったが、声を掛けられて顔を上げた。
「そうね。…包み紙はどれにしようかな…」
「それ、本命だよね。今年も兄上に待ち合わせしてまで同行を頼むの?」
 テーブルの上に贈答用の色紙を何種類か広げると、テオフィルも傍に立ってそれを興味なさげに見やる。
「いい加減兄離れは必要じゃない?」
「兄様をこき使いすぎって? いいの。私も沢山手伝ってるもの」
「そうじゃないよ。行くのは雑貨屋でしょ。『また』、兄上について行ったフリして渡すつもり?」
 また、を強調する弟に、エステルの手の動きが止まった。
 去年は兄について来て貰って、一日遅れとは言え渡すことが出来たのだ。だが今年はまだ頼んでいない。
「別にいいじゃない。兄様とはお友達なんだし、滅多に会わないお友達と会う機会を兄様にあげてるんだから」
「強がりなんて言ってないでさ。行ったら?」
「強がっているとかそういうことじゃ」
「大体、相手が14日に居るとは限らないじゃない。他の子と会う約束取り付けられる前に、予約取ってきたら?」
「ほっ…他の子…」
 うぅん。去年も言ってたじゃない。毎年2月14日は忙しくて忙しくて、自分の予定なんて入れてられないよ、って。そうよ。だからお店に行って渡せば確実に居るってことなんだし、予約とかそんな約束してもらうなんてそんな
「うろたえすぎだよ、姉上。相手だって年頃なんだしさ。女の子とデートくらいしてたっておかしくな」
「テオだって年頃でしょ! 家族から貰ってないで、他の子からも貰いなさいよね!!」
「僕はまだ家族が一番なんだ」
 にっこりと微笑まれて、エステルは小さくため息をついた。勿論ため息をついたのは、弟に焚き付けられたからである。
 その人は、親とは昔馴染みで今も付き合いのある雑貨屋の、店主の息子であった。兄と同じ年の、ほんの少しだけ年上の人。ほんのりと淡い、新雪の粉雪のような、早咲きの桜の花びらのような、小さな恋だったのだと思う。想うだけで幸せで、会えるだけで満足して、ただ話して本を貸して貰って。
 傍から見れば小さな小さな幸せに見えるかもしれないけれども、十分に幸せだったのだ。
 だから、そんな関係性を壊したくはないのだけれども。
「…そう、ね…。じゃあ…テオも来てくれる?」
 他の子と会う約束をもししていたなら、その時はどうすればいいのだろう。それでも会ってチョコを渡したいなどと強引に言えるだけの心の強さは、エステルにはまだない。
「いいけど、お店の外までね」
「兄様に頼まないなら、テオがついて来てくれないと。本も返すから…荷物係りで」
「2冊だけでしょ。僕いらないよね」
「とにかくついてきて!」
 1人で行って伝える勇気もまだない。
 強引にテオフィルの腕を引くと、その勢いに乗じてエステルは玄関へと向かった。
 

 その雑貨屋は、いつもと同じ街路樹の傍で今日も、季節柄という言葉に相応しい飾り付けを施されていた。
 雑貨屋としては大きくも小さくもなく…といったところだろうか。だが女の子が喜ぶ品揃えはきちんと押さえていて、イベントを心待ちにする人たちが店内に何人か居て贈り物を選んでいるようだった。
「姉上〜。早く入りなよ」
 街路樹の所で窓から中を窺っているエステルの背後から、テオフィルがどこか退屈げに声を掛ける。まぁそれもそうだろう。あれこれ10分近くは留まっているのだから。
「入るわよ。入るけど…」
 いつも以上に緊張が解けない。時間が経つにつれ、緊張は増すばかりだ。
「どうしよう…」
 思わず小さな声が漏れ出てしまう。心の音が大きすぎて、口から溢れる声すらも耳に届かない。
「女は度胸って言うじゃない。ここで突っ立っててもしょうがないよ」
「分かってるけどっ…」
 後ろから急かす弟に文句のひとつでも言おうと振り返った瞬間、近くで扉が開くような音がした。それに伴い、弟の視線がそちらへと動くのが分かる。その顔に、笑顔と言う名の表情が乗ったことも分かった。
 つまり。
「あれ…? エステルちゃんと…テオフィルくん?」
 あぁ、もう逃げられないのだ。声を掛けられた瞬間はっきりとそう悟り、エステルは出来る限りゆっくり振り返った。
「…こんにちは。今日は…弟と来たの」
「こんにちは。そうだね、今日は良い天気だから…」
 一瞬だけ空を仰いだその人は、梯子を右肩に乗せ、左手に光を受けて輝く飾りを持っている。梯子を持っているということは、屋根を飾りつけるつもりなのだろう。
「晴れているから、お買い物日和かな、って。…飾りつけ…私もお手伝いしても良い?」
「お客様にそんなことさせたら、母さんに叱られるよ」
「大丈夫。母様も昔よくお手伝いした、って言ってたし、それに…今日は私、お客様じゃないから…」
 エステルの言葉に一瞬不思議そうな表情を見せた彼は、だが不意に破顔して見せた。
「あぁそうか。あいつからの頼み物? あいつは本当に…君を使いすぎだよね。妹だからってお使いを頼みすぎだと、今度会ったら言っておくよ」
「ち、違う…の…」
 青空よりも晴れ渡るような笑みを不意打ちで見せられて、エステルの思考が一瞬止まる。だが慌てて否定して、そのまま梯子を持って店の外壁の所へと向かおうとした彼へと手を伸ばした。
 触れたのはほんの一瞬。上着の裾を僅かに掴んだだけだ。だがそれだけで気付いて振り返った彼に、慌てて手を離して下を向いてしまう。
 きっと、気付かれた。こんなに顔が熱いということは、見れば顔が真っ赤だと分かるということだ。
「…大丈夫…? もしかして…」
 梯子を壁に立てかけて、彼は腰をかがめてエステルを見ている。だが顔を上げることなんて出来ない。
「熱があるんじゃないかな…。テオフィルくん。エステルちゃん、家で具合悪そうじゃなかった?」
「どうかなぁ…。家では元気そうだったけど。もしかしたら見せなかっただけで、無理して来たのかもね」
「テオっ」
「だったらこんな寒空の下に居たら駄目だよ。中に入って」
 そっと促されたが、肩や背に触れるわけではなく、言葉で促されただけだった。そっと顔を上げると、彼の心配そうな表情と、扉を開けようとする仕草が見える。
「…大丈夫」
 心配してくれるだけで充分だ。それだけで胸が満たされる。
「ちょっと…のぼせただけだから」
「のぼせた…?」
「あのっ…」
 胸に抱えていた本を彼のほうへと差し出すと、一瞬だけ驚いたような彼が、頷いてそれを受け取った。
「あぁ…そうか。本も貸していたね」
「本の…お礼がしたいから…。14日に、来てもいいですか…?」
「14日…?」
「お店が忙しいのは分かってるけど…」
「お礼なんて…気にしなくていいのに」
 言いながらも、その表情には笑みと戸惑いが混ざっているように見える。
 困らせてしまっただろうか。不安な気持ちで見上げると、今度はきちんと微笑んでくれた。
「もしかして…もう、用意してくれていたとか…? だったら…ありがとう。ちゃんと、貰うよ」
「ごめんなさい。わがまま言って」
「わがままなんて。用意してくれてありがとう。14日待ってるから、今日は帰ってちゃんと養生するんだよ」
 宥めるように言われて、エステルも微笑を返す。
 赤くなっているのは病の所為だと誤解をしているのだろうけれども、それでいいと思う。赤面した理由を問われても困るし、言い逃れが出来る自信もない。かと言って、その理由を言う勇気もない。
「姉上は、人に遠慮しすぎじゃない?」
 帰り道、テオフィルに色々と言われたが、もうそれも気にならなかった。
 14日は目前だ。もう一度、今度は別のチョコを作ってみようか…。選ぶ楽しみもあってもいいかもしれない。
 そんな悩みも恋する者の幸せだ。灯火が点るような暖かさを胸に、彼女は家路へと急ぐのだった。
 

 決戦当日、予定通り、エステルはチョコレートを渡すことが出来た。
 とりわけ珍しいことは何も起きなかったが、素直に受け取ってくれたことが何よりも嬉しい。
 家に帰れば銅鏡チョコをねだる人物が1人増えていたが、それは喜んで作るとしよう。
 自分の幸せな気持ちが…ほんのりと甘く、そこに籠められるように、と。
 

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

ka3783/エステル・クレティエ/女/16歳/魔術師(マギステル)/姉
ka5960/テオフィル・クレティエ/男/13歳/闘狩人(エンフォーサー)/弟


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注いただきましてありがとうございます。
ぎりぎりの納品となってしまい、申し訳ありません。
話し方などがおかしいようでしたら、リテイクくださいませ。

ラブコメ…というより、姉弟漫才のようになってしまいました。
今回初めて弟君を書かせていただきましたが、如何だったでしょうか。
13歳にしては悟っているように見えて、悟っているフリをしているだけなのでは?と思ったりもしております。

浪漫パーティノベル -
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ファナティックブラッド
2016年04月08日

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