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『遥けき春の花に咲き。 』
志鷹 都(ib6971)&馨(ib8931)


 三月ともなれば陽射しにも春の気配が漂い始めて、暖かな日もちらちら顔を見せ始める。道端の草木にも新しい緑が色付き始め、これから訪れる季節へと様々のものが期待に震えているような、季節。
 都(ib6971)と馨(ib8931)が連れ立って街の乳児用品店を訪れたのもそんな、暖かな陽射しが降り注ぐ、3月のとある日の事だった。いかにも仲むつましげに寄り添い歩く、2人の前にあるのはそろそろ9ヶ月になろうかという、双子を乗せた乳母車。
 陽射しは暖かいと言っても、空気はまだまだ透き通るような冷たさを保っている。だから双子達は今日は、寒くないようにと都が手づから編んだポンチョにすっぽり包まって、春の彩りを宿したかのような深い若草色の双眸を興味深げに、あちらこちらへ向けていて。
 時折は乳母車から身を乗り出そうとする、双子をあやしながら馨と都は、乳母車を押して店の中をゆっくりと巡る。そうして時々立ち止まっては、こんなのはどうだろう、と棚に並ぶ玩具を手に取って。

「これはどうだ?」
「まだ少し早いんじゃないかしら‥‥あら?」
「ぁー‥‥」

 相談していた都と馨の間へと、伸びてきた小さな手は双子達の物。それに少し目を見張り、眼差しを乳母車へと向けてみるとそこには、玩具をきらきらとまっすぐ見上げる、若草色の眼差しがある。
 ふふ、と都は知らず、柔らかな頬笑みを零した。そうして乳母車の中の我が子達と目線の高さを合わせ、「これがいい?」と尋ねる。
 きゃっきゃっ、楽しそうな双子達の声。早く早くと言わんばかりに、小さな両手を一心に伸ばす我が子に、都の眼差しが愛おしそうに細められる。
 その様子を見て馨もまた、知らず幸せな笑みを零した。
 1年前、まだこの子達が都のお腹に居た時にもこの店で、同じように2人であれこれと相談をしながら、玩具を選んだものだ。まだ見ぬ我が子は果たして、どんな玩具を喜ぶのだろうかと――時には腹の中へと語りかけながら。
 それをふと、思い出し。どこかくすぐったい想いを抱きながら都と双子達を見守っていると、その視線に気づいたのだろうか、都がひょいと馨を振り返る。
 眼差しと眼差しがぶつかって、なんだか、くすぐったいような気持ちになった。いつも感じている幸いが、新たに胸の奥底から込み上げて来て、ゆっくりと全身を満たしていく。
 それがまたくすぐったくて、嬉しくて、くすり、顔を見合わせたまま微笑んだ。そんな若夫婦の様子を、乳母車の中の双子達も、それから店主も微笑ましく見守っていたのだった。





 馴染みの和菓子店で甘味を購入して、一家が足を向けたのは近くにある梅園乃至広場だった。
 早春の花を愛でて、口の中でほろりと形を失う甘味を楽しんで。麗らかな春の日差しに、柔らかく目を細めて――2年前の春の日を、想う。
 ずっと離れていた馨と再会して、徐々にだけれども距離は縮まっていって。けれども彼の心はどこか遠く、間に見えない壁があるかのようで。
 だから、彼と寄り添いたい、結婚したいと願いはしても、心のどこかではきっと、結婚は叶わないのだろう――そう思っていた。だからこそ2年前の3月、指輪と共に馨に求婚された時には心底驚いて、そうしてこの上ない嬉しさで溢れる涙を抑える事が出来なかったのだ。
 それから少しして、お腹の中に宿った新たな命の事を含羞みながら告げたら、馨は穏やかな表情で受け入れてくれて。妊娠中は色々と大変な都を心身共にずっと傍で支えてくれ、我が子が生まれてからもそれは変わらなくて――
 その優しさは、今も日々降り積もっている。それを想うたびに、眩暈のような幸いを感じずにはいられないのは、馨にとっても同じだ。
 2年前のあの春は、馨にとっても何よりも特別な、忘れ難い季節。都と再会するまでは現状に甘んじ、同業者の女性との将来すら考えていた馨である。だが再会後に、自分を想っていてくれた都の一途な想いを知って、迷いが生まれ。
 暗い場所で、進んで闇に沈むようにして生きてきた、手に血を染めたような自分が果たして、彼女の手を取る事が許されるのだろうかと葛藤した。葛藤して、葛藤して、悩んで、悩んで――その末にようやく、心の何処かではいつだって望んでいた、明るい世界で彼女と生きて行こうと決めたのだ。
 それから少しして懐妊を告げられた時には、予想していたよりも遥かに速かったせいもあって、さすがに驚いたけれども。いつか父になるのだという覚悟はすでに出来ていたから、すぐにその事実を受け止めて、心の底からの喜びを噛み締め、彼女を支え守らねばならないという想いを強くした。
 そんな、懐かしくも幸せな日々を思い出し――捨てて来たものの事を、思い出す。

(‥‥‥)

 どこか遠くを見遥かすように、澄んだ空を仰ぐ。その眼差しが見つめるのは、ここには居ない1人の女性。
 ――先月、酒場で「仕事で世話になってるから」と彼女に甘味を貰った。半ばは投げつけられるように寄越されたそれを、反射的に受け取った馨に向けられたのは、いつもの得意げな笑みで。
 その表情のまま、ひらりと手を振って去る彼女の背中を見送りながら、今はどんな表情をしているのかと心を痛めた。なぜなら馨は今だって、共に生きようと思っていた頃の彼女の事を、鮮明に覚えているから。
 普段は強気なくせに、自分の腕の中でだけ相応の弱みを見せた。それが可愛らしいと、いじらしいとまったく思わなかったとは、とても言い切れはしない。
 病の母の薬代の為、女癖の悪い父に遊廓に売られたのだと言っていたか。そういう場所に在ってはさほど珍しくはない多くの女と同じように、彼女もまた売り飛ばされたその場所で必死に生き足掻いているうちに、子をなせぬ身体になったという。
 だが、そんな女はあの場所に幾らでも居て、誰かだけが取り立てて不幸でもなければ、哀れだった訳でもなかった。それが当たり前の場所だったから、彼女自身だってきっと、そんな現実に疑問を抱く心すらすり減らしてしまっていたから。
 初めて身体を労ってくれた男である馨を、揶揄いながらも本心では慕ってくれていた事を、知っていた。仕事で遅くなった馨の帰りを、食事を作ってを待っていてくれた事だってある。
 将来を共に過ごしても良いかと、考えたのはきっと、だからだ。女がそういう暖かなものに飢えていたように、あの頃の自分もきっと暖かな、けれどもありふれた当たり前の物に飢えていた。
 だが、馨はその場所から抜け出した。都と再会し、眩い光のような彼女のまっすぐな想いを知り――その光へと差し伸べた手が、幸運にも握り返され。
 残ったのは得難い幸運に満たされる胸の暖かさと、その陰に常にある罪悪感。どんなに言葉を繕おうとも、結果として女を見捨て、馨だけが光を手に入れてあの闇から去っていく、その何とも言えない後味の悪さ。
 彼女は、馨を責めなかった。ただ去っていく馨を悲しそうな笑顔で見つめ、普通に生きたかった、と小さく呟いたきり。
 その笑顔を、今でもちゃんと覚えている。胸に刻まれている。鋭い楔のように、深く深く抉り込むように。
 自分が彼女の立場ならきっと、同じように何も言わず、見送ったに違いないから。この罪悪感はきっと、永遠に消えはしない――
 そう、空を仰いで過去を想う夫の心が、もちろん都に見えるわけはなかった。それが少し寂しくて、けれども何を言えるはずもなく、都はただ夫を見つめる。
 何を思い出しているのかと、気にならない訳ではない。けれども都が馨と離れて生きてきた時間のすべてを共有できる訳ではないように、馨が都と離れて生きてきた時間は馨だけの、生半かな気持ちで触れてはいけないものだ。
 だから。己の知らぬ、知りようもない空白の時間に寂しさを覚えながらも、決して詮索はしない。ただ、今この時に馨が傍に居てくれる幸いに感謝して、これから先もずっと傍に居てくれる事を心から願うだけ。
 そんな複雑な心境の両親に、当たり前と言うべきか、まだまだ幼い双子達は気付いた素振りもなかった。しっかりと抱き上げられた両親の腕が揺らぐことなどみじんも疑わず、初めて見る花や淡雪に興味津々だ。
 今も柔らかな癖のある黒髪を風にそよがせて、あちらこちらを好奇心いっぱいの瞳で見回すのに大忙し。時には小さな手をばたばたさせて、目についた花を触ろうと大きく身を乗り出している。
 一体いつの間にこんなに大きくなったのかと、その様子につい目を見張る。毎日見て居るはずなのに、それでもふとした瞬間に驚かされる、こんな小さな成長がただ、愛しくて仕方ない。
 都と馨の腕の中、小さな手を世界に一心に伸ばす我が子を、そうして愛おしげに見つめた都は、ねぇ、と馨を振り仰いだ。うん? と少し不思議そうな表情に馨に、考えていたことを告げる。

「この子達がもう少し大きくなったら、2人を色んな所へ連れて行って、色んな景色を見せてあげたいの」

 もしかしたらそれでもまだ幼過ぎて、定かにはわからないかも知れないけれども。きっと心で感じた事は、記憶には残っていなくとも、心のどこかには残るだろう。
 そうしてもし覚えていてくれたとしたら、子供の頃に見た景色は大人になった時、きっと掛け替えの無い宝物になるだろうから。
 その『宝物』をこの子達にあげたいのだという、都のまっすぐな眼差しを見下ろして、馨は知らず、穏やかに微笑んだ。そうだな、と笑んだ瞳のまま、頷く。
 幸いだと、思った。それを、噛み締めた。
 嘗ては互いに手が届かぬと思っていた、ごくごく当たり前の平穏な家族の時間。それが今はこの手の中にあって、こうして都と当たり前に、遥かな将来に想いを馳せて、我が子のために何が出来るのかと幸いな悩みに思考を巡らせている。
 その、眩暈がするような幸いを、想う。そうしてこの幸いが始まった、手に入れられたあの早春の柔らかな日差しの日を――此れからの遥かに続いていくだろう、続いて欲しい平穏無事の日々を想う。
 そうして2人は穏やかに、幸いに微笑み合ったのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職 業 】
 ib6971  / 志鷹 都 / 女  / 23  / 巫女
 ib8931  /  馨  / 男  / 30  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ご家族の春を楽しむそぞろ歩きの物語、如何でしたでしょうか。
前回の物語もお気に召して頂けたとの事、本当にありがとうございます!
奥様は初めてお預かりさせて頂く事もあり、今回もどきどきしながら紡がせて頂きました。
きっとこんなご夫婦の元で育つ双子ちゃんは、愛情いっぱいで幸せな日々を過ごすのだろうなぁ、と思ったり。
もしイメージと違うなどあられましたら、いつでもお気軽にリテイクをお申し付けくださいませ(土下座

ご夫婦のイメージ通りの、過去の向こうの未来を見つめるノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
浪漫パーティノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2016年04月11日

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