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『伸ばした手の先は魔女か天使か 』
エル・クローク3570


「……ク…………クロ…………ク……」

 闇の中、心地良い声がする。

 エル・クローク(3570)はその声にそっと瞳を開く。

「クロ……ク…………クローク……」

 声の主の名前をクロークは知っている。そして、何度もその声で名で呼ばれている気がする。
 その声は徐々に小さくなりながらも何度もクロークの名を呼んでいる様に聞こえる。それはただの反響なのか、クロークを探しているのかは分からなかったが、どうしようもない衝動に突き動かされクロークはその名を呼んだ。

「…………」


 目を覚ましたクロークはそっと瞳を閉じ自分の中で動く秒針を確認する。
 そろそろ店を開ける時間だ。人の姿に戻り店内をざっと掃除する。
 物質が眠る事はない。夢を見る事もあり得ない。ではあれは幻なのか。
 掃除も終わりふとそんな事を思いながら自分の手を見て苦笑する。名前を呼んだ時、確かに手を伸ばしていた。それは衝動の様なもので、特に何かを思ったわけではない。

 それにしても……とあの時自分の名前を呼んでいたのは誰だったのだろうと考え込む。あの時は確かに名前が分かっている気がしたのに、その名を呼んだのに、憶えていない。

「夢……」

 幻とも違う感覚にあるはずのない言葉を呟く。
 あり得る話ではない。しかしその言葉以外に表現する事はできない現象。
 お客に一時の夢や幻を見せてきたクロークはふと自分が見るのは初めてだったのではないかと思う。


 高く綺麗な鳥の声が現実にクロークを戻す。声の方へ目をやると、白い小鳥が窓枠からそっとこちらを見ている。炎のように深いルビーの瞳が白い少女を思わせる。
 そっと窓に近づけば、怯えた様に小鳥は羽ばたき、枠から離れる。静かにそのまま窓を開けるとすぐに小鳥が戻ってきた。
 今度は窓の中まで入り首を傾げたり、囀ったりしている。暖かい春の陽射しを浴びながら小鳥を眺めていると、ビジョンが頭の中に浮かぶ。
 そこは、懐かしい場所。
『魔女殿』と過ごした場所。窓際に座っている『魔女殿』の髪を風が撫ぜ、彼女がそっと目を細めた。その手の中には一つの懐中時計。
 彼女の唇は動かない。懐中時計も口をきいたりはしない。無言の空間の中、小さく秒針の音だけが時間の流れを告げる。不思議と温かくて心地よい落ち着く時間。
 この時を同じ感覚をクロークは感じた事がある。それも一回ではない。相手も愛し想う『魔女殿』ではない。

 記憶を手繰り寄せなくても直ぐに心当たりに行き着く。
 その時間にはクロークが護りたい少女が必ずいた。
 出逢いは依頼。依頼後も気にかかり、事あるごとに彼女の住む精霊の森へ出向いた。色々な経験をし、色々な感情と出会う度に彼女の表情が増えていくのも間近で見てきた。 空ろな目をした最初の面影は薄れ今では出会った当時の話をしても誰も信じないかもしれない程に彼女の表情は多い。
 その起源をクロークはちゃんと憶え、これからも憶えていくだろう。
 彼女がクロークをどう思っているのか、クロークにはわからない。だが、彼女が憎からず、いや、親しみを持っているのは彼や周囲の人々も分かっている。
 もちろんそれを証拠付けるはっきりとした言葉はない。だが彼女は幼子の様に純粋だ。言動や表情を見れば分かる。
 クロークは彼女と過ごす心地よくて温かな時間を、穏やかなこの関係を大切にしたいと願っているだけだ。彼女を護り、彼女との関係を守りたいと感じているにすぎない。

「庇護欲というものじゃないかな」

 彼女と何度も時間を共にする事を疑問に思う声にクロークはそう応えている。そこに嘘はない。クロークはそう感じ、そう思っているし、『魔女殿』への想いを断ち切ったわけでも彼女を忘れたわけでもない。
 しかし、ずっと他人との距離を取りその間に確かな一線を引いて付き合うクロークには珍しいことだ。だからこそ疑問視する声が出るのだが、声の真意にクロークは気付かない。


 本心は語りかける。厳重に封じ込めれば、耳を貸さなければ時に夢や幻として語りかけることもあるだろう。
 物質が意志を持ち、人の形をとることがあるのを、クローク自身が証明している。では、物質が夢を見ないと誰も断定はできないのだから。
 眠らないのなら白昼夢として幻影としてクロークの名を呼び語りかけるだろう。どうかブレーキをかけないで。本当の心に気がついて。

『安心して。僕も協力するから』

 いつか震える誰かにクロークがそういったようにそう言って今度は本心がクローク自身の背中をそっと押すだろう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3570 / エル・クローク / 無性性 / 18歳(外見) /忍ぶ想いを懐くもの 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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エル・クローク様お久しぶりです。

前回ご依頼頂いたノベルがエンディングへと繋がったこと大変うれしく思っております。過去を大切にしながらも本当の気持ちのもと、未来へ歩まれることをお祈りいたします。

お気に召すと大変うれしく思いますが、もしご納得いただけない部分がありましたらお申し付けください。

今回はご縁を頂き本当にありがとうございました。
また、別の世界でお会いできることを願っております。
これからもお元気で。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
龍川 那月 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2016年04月15日

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