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『 召しませ、ショコラ 』
アティーヤ・ミランダja8923)&フィオナ・アルマイヤーja9370)&ジェラルディン・オブライエンjb1653)&グリーンアイスjb3053)&ブルームーンjb7506

●不思議な衣装店

 あまい、にがい。くろい、しろい。
 そんなチョコレートが少し気取ってリボンを飾って、あちこちの店先から手招きしているある日のこと。
 ジェラルディン・オブライエンはノックの音に扉を開く。
 飛び込んで来たのは、隣の部屋のアティーヤ・ミランダだった。
「今日は、特別ニュースのお届けだよ!」
 猫のような金色の瞳が大きく見開かれ、キラキラと輝く。
「特別ニュース、ですか?」
 ジェラルディンはきょとんとして首を傾げた。
 アティーヤがその顔に満足したようにふふっと笑うと、背後に隠していたものを取り出して、ジェラルディンの目の前に示す。
「あっ……!」
 ジェラルディンの表情がぱあっと明るくなった。
 繊細な型押しの白い封筒。古めかしい赤い封蝋。
 ジェラルディンにもわかったのだ。
 それは特別で、とても素敵な招待状。いつもアティーヤに届けられる、夢のようなひと時へのいざない。
 一瞬のうちに、衣擦れの音、そしてうっとりするような香りが思い出され、ジェラルディンは夢見心地に。
「それは、もしかして……でも今は6月でもハロウィンでもないですよね?」
「うん、あたしもちょっとびっくりしたんだけどね。今回は男子禁制のチョコレートパーティーって趣向なんだって! すっごく面白そうだと思わない?」
 グッと迫るアティーヤの瞳。ジェラルディンはこくこくと何度も頷いた。
「じゃ、決まりね! 今回はどんな風に楽しもうかな?」
 悪戯っ子のような笑みを浮かべ、アティーヤが招待状をひらひらさせる。

 そして当日。
 予定よりかなり早い時間にもかかわらず、待ち合わせ場所にはフィオナ・アルマイヤーが生真面目な顔で立ちつくしていた。
「フィオりん、もう来てたんだ! 相変わらず早いね!」
 アティーヤがジェラルディンと一緒に到着し、フィオナはぺこりと頭を下げる。
「あ。今日はお招きいただいて有難うございます」
 髪を束ねたリボン以外は、フィオナの服装は至ってシンプルでボーイッシュ、こざっぱりとした印象である。
 が、その両腕には、華やか過ぎるほど華やかな薔薇が。
「ねえ。ちょっと離れてくれない? フィオナが動き辛いのよね」
 フィオナの左腕に掴まった青薔薇のはぐれ悪魔・ブルームーンが、形の良い唇をつんととがらせる。とみるやフィオナの耳元に顔を寄せ、囁きかける。
「ねえフィオナ、私が選んだドレスを着てくれない?」
「ふええっ!? え、あ、はい……」
「嬉しいわ。楽しみにしてるわね?」
 幼い少女のようでありながら、抗いがたい魅惑的な微笑みを浮かべるブルームーン。
 右腕に掴まるもうひとりの薔薇、堕天使・グリーンアイスは、その言葉を聞いてフィオナの腕をぐっと身体に引き寄せる。
「歩きにくいと思ったら自分が離れたらいいと思うけど? あ、フィオナ、ドレスはあたしがばっちり素敵なのを選んであげるから楽しみにしててよね!」
「え、あ、はい。って、え!?」
 フィオナは眼をきょろきょろさせる。
「ちょっと、私が先に約束したのよ。邪魔しないでよ」
「あら、後の約束のほうが上書きされるに決まってるじゃない」
 何かと反目しあうブルームーンとグリーンアイスだが、生真面目でストイックな性格のフィオナを振りまわすことに関しては、見事なチームプレイを見せるのが常だった。
 つまりは、ふたりともフィオナを愛している……らしい。
 結局、互いに意見を出し合うことで折り合いを付けた。
「ほんと、フィオりん愛されてるよねえ」
 アティーヤがくすくす笑いながら皆を促した。ここでのんびりしていては、時間がもったいない。

 空の端っこにわずかな夕焼けの名残がみえるだけの街には、既に明かりが灯りつつある。
 どこにでもある街灯が白っぽくて明るいが無造作な光を道に投げかけ、色とりどりの看板がかかった、良く知っている、そして至って普通の大通りだ。
 それがどうしたことか、ふと気付くと辺りの様子が変わっている。
 アスファルトの道はモザイク風の石畳になり、そこを暖かい色味で照らすのはガス灯風の瀟洒な街灯。
 一同の胸は高鳴る。
 目の前には壁一面に蔦を絡ませた、古びた洋館がひっそりと建っていた。


 ――この店は昼間には決して見つからない、魔法の貸衣装点。
 辿りつくには条件がある。
 まず、綺麗なドレスが大好きな女の子であること。
 それから、綺麗になること、そして誰かを綺麗にすることを心から楽しめること。
 そんなゲストが訪れたときにだけ明かりは灯り、秘密の扉が開くのだ――。


●今宵の趣向は?

 木の扉の向こう側には蝋燭の明かりが揺れていた。
 一歩踏み込むと、ふわりと上品な香りが身体を包む。お香だろうか。他では嗅いだ事のない香りだが、不思議と懐かしく感じる。
 絨毯の敷き詰められた廊下を、上品な店員が先導して行く。
「いつもご利用ありがとうございます。ごゆっくりお楽しみくださいませ」
 さっと大きな扉が開くと、ジェラルディンの口から思わず溜息がもれた。
 広い部屋の四方の壁を埋め尽くすほどドレスがあふれ、レースやフリルやオーガンジーが優しく手招きしている。
 この中からどれを着てもいいのである。
 普段はつつましく切り詰めた生活を送るジェラルディンにとって、正に夢の世界だった。
 さっそく一歩踏み出し、トルソーが纏う赤地に黒いレースが艶やかなドレスに遠慮がちに手を触れる。
 最初にアティーヤに誘われたときは、正直言って『タダでお茶会』という言葉につられた面もある。
 ドレスが大好きなアティーヤがよく利用しているから招待状が届くらしいが、ジェラルディンにとっては少し気後れのする場所だった。
 だが今の気持ちは「帰って来た」に近い。元々ジェラルディンにとってドレスは馴染みの深いものだ。触れるととろりと手になじむ柔らかな布地は、『普段頑張っているご褒美だよ』と囁くようだ。

 アティーヤが店員に何事か耳打ちし、それから向き直った。
「いい? 今回は自分のドレスじゃなくて、誰か他の人の衣装を選ぶんだよ」
 エキゾチックな小麦色の肌に滑る、艶やかな黒髪。面白い思いつきに、生き生きとした光が瞳をきらめかせている。
 まるでこの店はアティーヤが魔法をかけたのかと思えるほど、この場所にあって自然にふるまう。
「どんな自分に変身するかは、衣装を着るまで秘密。……ああ、ありがとう♪」
 店員が目隠し用の幅の広い黒リボンを人数分持ってきてくれる。
「衣装を着る間は目隠し。メイクのときは目をつぶってね。ドレスアップ完了までどんな風になるかはナイショよ!」
 アティーヤの宣言で、ドレス選びが始まった。

 アティーヤはジェラルディンと組み、フィオナとグリーンアイス、ブルームーンが組になる。
 お互いが何を選ぶかは秘密なので、まるで宝探しのようにこそこそと動きまわる。

 アティーヤはいつも決断が早い。
(ジェラルディンには、今回も思い切った変身をして欲しいかな)
 ふたりは奇蹟的にそっくりの体型をしており、アティーヤは普段から自分のドレスをジェラルディンに着せては楽しんでいる。
 そして気付いたのだが、お嬢さま風で大人しいジェラルディンが、意外にも華やかで艶やかなドレスが似合うということだった。
 元々育ちがよく、ドレスが映える立ち方ができるせいもあるだろう。
 ひっそりと咲く野の花のような風情も悪くないが、誇り高く咲き誇る花も悪くない、とアティーヤは思う。
(この前の真っ赤なドレス、良かったんだよね……うん、これにしよう!)
 さっとドレスを抱え、ジェラルディン用の着替え室に運びこむ。

 一方、ジェラルディン。
(どうしましょう……)
 アティーヤが自分に似合うドレスを選んでくれるのはドキドキするけど、楽しみだ。
 だが自分がアティーヤのドレスを選ぶのは、別の意味でドキドキする。
(アティーヤさんはセンスがいいですから……)
 自分の選択だと、上品だが無難になりすぎて、アティーヤの個性的な魅力をだめにしてしまいそうに思う。
 ジェラルディンは目を閉じて、静かに深く呼吸する。
(私の中のアティーヤさんのイメージは……)
 ぱっと眼を開き、目的の棚の方へ向かっていった。

 そして大変なのはフィオナである。
「こっち見ちゃダメだよ!」
「安心なさいな、素敵なドレスを選んであげるわ」
 グリーンアイスとブルームーンは何やらひそひそ額を寄せ集め、それからさっと布に隠してドレスを運んで行った。
(こういうときはあのふたり、仲がいいんですよね……)
 どんなドレスなのか気になるが、ぼんやりしている暇はない。何と言ってもフィオナはふたり分を選ぶのだ。
「緑と、青、これは動かせないとして……」
 ううむと唸る。ふたりともそれぞれ違った魅力がある。自然体で自由奔放なグリーンアイス、たおやかで洗練されたブルーローズ。
「あ、そうでした」
 不意にフィオナが何かを思いついたように呟いた。
 そしてにっこり微笑むと、すぐにドレスを探しまわる。

 それぞれの個室にドレスが運び込まれる。
 部屋に入る前には控え室で目隠しをされて、着付け担当の人に手を引かれて中へ。
 衣擦れの音、そして指に触れる柔らかな布の感触。
 目隠しをされているために、それらはいつもよりもっと心に迫る。
 メイクを終えると、また目隠しをされて導かれて行く。
 座るように言われた場所は、心地の良いソファ。
 皆が集まるまで、そこでドキドキしながら待つのである。


●秘密のショコラパーティー

 全員が部屋に集まった。
「じゃあいい? 目隠しを取るよ」
 アティーヤがそう告げるのを待ち構えたように、全員が目隠しのリボンを外す。
 ずっとつぶっていた目には蝋燭の明かりも少し眩しく、暫くまばたきをしてから、ジェラルディンは自分の身体を見下ろした。
「まあ……!」
 黒のシルクが全身を覆っていた。アティーヤが選んだのは漆黒のゴシックドレス。
 黒いレースを黒いリボンが縁取り、大きく広がるドレスにはフリルがふんだんにあしらわれている。
 首元は覆われているが、胸元は少し開いていて、そこにクロスが揺れている。

 思わずジェラルディンが目を上げると、アティーヤは自分の姿を鏡に映して見入っていた。
「へえ、なんだかジェラルディンが選んだんじゃないみたい!」
 アティーヤのドレスは、ポイントにピスタチオグリーンをあしらったマンゴーイエロー。黒い髪は複雑に編み込まれ、やはり緑と黄色の髪飾りがあしらわれている。
「おかしいでしょうか?」
 少し不安げに尋ねたジェラルディンに、アティーヤは突然抱きついた。
「ぜんぜん! なんだか可愛いよね。あ、黒はどう?」
「とっても素敵です……!」
 ジェラルディンは暖かく自分を抱きしめるアティーヤの腕にほっとする。
 こうして抱きつかれることにも、いつの間にかすっかり慣れている。

「こ、これは……」
 鏡の前でフィオナが固まっていた。
「かわいいでしょ? すごくよく似合ってるよ」
「ふふ、夢の国のお姫様みたいよ」
 左右からグリーンアイスとブルームーンに囁かれ、フィオナがびくっと肩を震わせた。
「え、あの……!!」
 思わず頬が熱くなる。だが鏡から目を離すことができない。
 フィオナはふわふわと甘い、ベビーピンクにパールホワイトをあしらったドレスを纏っていた。
 金の髪はアップにまとめられ、パールのティアラが輝く。かなり乙女チックなお姫様スタイルだ。
 普段クールでサバサバしたイメージのフィオナだが、実は可愛く綺麗な物に強くあこがれている。
 もし自分でドレスを選べと言われたら、こんなお姫様ドレスを素敵だと思っても、手にとることはないだろう。
 グリーンアイスとブルームーンは互いに視線を交わし、小さく笑う。
 バッチリ成功だ。
「ま、こんなもんでしょ。それにしてもフィオナの選んでくれたドレス、あたしにぴったりだよね」
 グリーンアイスが自慢げに胸を逸らす。
 ドレスはミントグリーンをベースに、レースや袖の下に覗くフリルなどはショコラブラウンがあしらわれている。
 明るい金髪はサイドだけをアップに、残りは綺麗にカールして肩にかかっていた。
「そうね、フィオナのセンスがいいんじゃない? 私に相応しいドレスも良く分かっていると思うわ」
 ふっと妖しく微笑むブルームーンの纏うのは、少しずつ色調の違う青紫色の繊細な薄い生地を幾重にも重ねて、複雑な表情を見せるドレス。
 ふたりともフィオナの選んだドレスを気に入ったようだ。

「わ、フィオりん可愛い! そういうの似合うよっ♪」
 突然アティーヤに抱きつかれ、フィオナが我に帰る。
「ええっ、そ、そうですか?」
「うん、ふたりのセンスばっちりだよね!」
 いえーいと、アティーヤはブルームーン、グリーンアイス、それぞれとハイタッチして回る。
 それから順に思い思いのポーズで写真を撮り、一緒に収まった写真も撮って。
 撮影会に満足するまで待っていた、お茶の用意が運ばれてくる。


 ジェラルディンはレースの手袋に包まれた両手を組み合わせ、目をキラキラさせた。
「素敵……!」
 今回はバレンタインの趣向ということで、チョコレートを使ったお菓子がメインだった。
 アティーヤは銀のコンポートに上品に盛り付けられたチョコレートをひとつつまみ、ジェラルディンに見せる。
「今回はね、ジェラルディンはこのイメージだったんだ」
「えっ……?」
 アティーヤがつまんだのは、ダークチョコレート。
「ピュアで、しっかりしていて、素材の良さが問われるチョコよね」
 黒のドレスをきちんと着こなせる、それはジェラルディンのことで。
 ジェラルディンはほんのりと頬を赤らめ、それからおずおずとアティーヤを上目遣いで見る。
「あの、私もなんとなくチョコレートのイメージだったんです」
 アティーヤのイメージは、南国の明るさと華やかさ、そしてそこにこっそり隠れたスパイシーな風味。
 一流のショコラティエが丹精込めた一粒のような、ときめきと感動をくれるのだ。
「ふふっ、なんだかそう言われると嬉しいよね♪ で、フィオりんはやっぱりあれかな?」
 フィオナの前に置かれたのは、ホワイトチョコレートでコーティングした苺のムース。ふわふわと甘く、優しい口どけ。お姫様気分そのものの可愛くて優しいお菓子。
「わ、私は、こういう物に縁がありませんから」
 そう言って居心地悪そうに座り直すフィオナに、ジェラルディンが微笑みかける。
「お菓子づくりは、科学の実験と同じです。手順や材料を間違うと、固まらなかったり美味しくなくなったりしますから。甘いお菓子は、昔の人の経験と、完璧な計算のもとにできてるんですよ」
 家事万能、バイト歴多数。ジェラルディンならではのコメントである。
「そういうものですか……」
 専門は違っても、技術者としては興味深い話である。
 フィオナは改めて、さりげなさの中に色んなものが秘められたお菓子を口に運ぶ。
「……美味しいですね」
 しみじみと言ってから、ハッと気付いた。
「そういえば! おふたりのドレスはどうでしょうか?」
「いいわね。気に入ったわ」
 右側に座るグリーンアイスがフィオナの顔を覗き込む。
「あたしのこと、良く見てくれてるなって。フィオナのこと見直したかも?」
「えっと、実は、グリーンアイスさんのドレスはミントチョコレートのイメージでした」
 自由奔放に伸び伸びと育つミント、けれどほんの少し摘むだけでさわやかな香りが立ち昇る。
 グリーンアイスはコロコロと笑いだした。
「面白いセンスよね、フィオナって!」
「じゃあ私は?」
 左側からブルームーンが顔を出す。
「ええ、バレンタインのお茶会ですので。先日見かけた、スミレの砂糖菓子のイメージでした」
 上品で、けれどどこか秘密めいた、欧州のお菓子。口に含むとふわりと香り高く、優雅な気分が後を引く。
「ふふ、確かに面白いわ」
 気に入ったのかどうかはわからないが、ブルームーンがくすくす笑った。


 バレンタインデーは、女の子がチョコに愛を託す日だという。
 でもここは、男子禁制の秘密のパーティー会場。
 お友達のために、そして自分のために、ときにはとびきりのチョコレートを。
 さあ今夜は、思う存分召しませ、特別なチョコレート。
 そしてこれからもずっと、こうして心おきなく語りあうことができるようにと――。
 
 さあ。もうひと粒、いかが?


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8923 / アティーヤ・ミランダ / 女 / 23 / トロピカル・スパイシー・チョコレート】
【ja9370 / フィオナ・アルマイヤー / 女 / 23 / ダーク・ピュア・チョコレート】
【jb1653 / ジェラルディン・オブライエン / 女 / 21 / ストロベリームース】
【jb3053 / グリーンアイス / 女 / 18 / ミントチョコレート】
【jb7506 / ブルームーン / 女 / 18 / スミレの砂糖漬け】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。淑女たちの秘密のお茶会、バレンタイン編のお届けです。
ドレスのイメージについて、ご指定されていなかった分は本当に好き勝手に書かせていただきました。
それぞれのキャラクター様のイメージから大きく逸れていなければ幸いです。
このたびのご依頼、誠に有難うございました!
浪漫パーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年04月18日

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