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『 ハードボイルド・ホワイトデー 』
加倉 一臣ja5823)&七種 戒ja1267)&石田 神楽ja4485)&カタリナja5119

●ハードボイルドには早すぎる

 開いた扉が背後でゆっくりと閉じる。入ったそこは別世界だった。
 春とは名ばかりの寒さに縮こまっていた身体が、ふっと緩んで行くのがわかる。
 浮かれ騒ぐ人々の喧騒は扉に阻まれてもう聞こえない。かわりにどこか懐かしいが何の曲とはわからない、おしつけがましくないボリュームの音楽が優しく流れている。
「いらっしゃいませ……って、あれ、戒か! 久しぶりだな」
 カウンターの中から、シャツに黒の蝶ネクタイ姿の加倉 一臣が笑顔を見せた。
「おま、人が折角アンニュイに浸ろうと思って来たのに、ノーテンキな顔みせんじゃねえよ。こんな所で何やってんだよ」
 七種 戒は、長い髪をかきあげながら、あからさまに顔をしかめる。
「や、ハハ、ちょっと海よりも深い事情があってね……」
 そう言いながら、一臣が目線で戒をカウンター席に促した。

 ほぼ同時に、カウンターの奥にいた店長のカタリナが顔を出す。
「いらっしゃいませ、カイ。いい夜ですね」
 青い髪をきちんと後ろでまとめ、普段より一層凛々しい、バーテンダーの顔をしたカタリナが穏やかに微笑んでいた。
「ああ、マスター。こんな夜は足のほうがこの店に来たがっちまうんだ。いつものを頼むよ」
「承知しました」
 カウンター席に腰を落ち着け、戒はふっと中空に視線を彷徨わせる。
 棚には数えきれない程の酒瓶や予備のグラスが、抑えた照明の光を受けて、静かに出番を待っていた。
「バーは少し早い、誰もいない時間に限るな」
 どこかで聞いたような台詞を呟く戒の前に、一臣がおしぼりと、ナッツが品良く盛られた小皿を差し出した。
「その台詞、二度とまともに店に来られないフラグだぜ」
 クックと笑いながらまぜっかえすと、戒がじろりと睨みつける。
「バイト君。口はバイオハザードの元、ってジャパニーズジョークがあるのを知らんのかね」
「すみません、教育が行き届いてなくて。今日は居残りで特訓させますね」
 笑みを絶やさず、静かに容赦なくそう告げるカタリナ。
 一臣が何事か言おうと口をパクパクさせるのをさり気なく下がらせ、綺麗に爪を整えた指を真っ直ぐ伸ばし、グラスを戒の前に滑らせた。
「どうぞ。いつものです」
 それはミルクの入ったグラス。ミルクっぽいカクテルではなく、北海道産・無農薬飼料で育てた牛さんの牛乳そのものである。
 戒はグラスを取り上げ、くっと一気に半分程を飲む。
 それからトンと音を立ててカウンターにグラスを戻し、胸の中に渦巻いていた何物かを追いだすように息を吐いた。
「相変わらず、マスターとしてもイイ女だ……温すぎず冷たすぎず、ベィビィにもどっちまうようなミルクを出しやがる」
 おしぼりでミルクの白髭を拭い、戒はそう言って口元をニヒルに歪めた。
 ……一臣はどこから突っ込みを入れるべきか暫し悩んでいたが、やがて無言の突っ込みというものもあるのだと悟る。

 そこで静かに扉が開き、細身の黒い影が滑りこむように入って来る。
「おや。一番乗りには間に合わなかったようですね」
 黒いコートを纏った石田 神楽が、目を細めて微笑んでいた。


●そんな日はなかった

 一臣が旧知の姿に、愛想のいい笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ。……今日は早いね?」
 視線でカウンターがいいか、テーブル席にするかと窺うと、神楽は小さく頷き、戒から離れすぎずくっつきすぎず、椅子をふたつ挟んだカウンター席に座る。
 カウンターから出てきた一臣が愛用の黒いロングコートを預かった。
「ええ、少し買い物の用がありましたので。思ったよりも時間ができたので、早めにお邪魔しました」
 微笑みながら静かに語る神楽は、ジーンズに白いシャツといういつも通りの姿である。これもいつもの黒いネクタイには、大事なネクタイピンが照明の光を受けて輝いている。
「買い物?」
 一臣がカウンターに戻り、おしぼりを手渡す。余計な物を持たないように見える神楽が、わざわざ買い物に出るというのが珍しく思えたのだ。
 だがすぐに気付いた。
「ああ、そうか。もうすぐホワイト……」
 一臣はあくまでも神楽と会話しているつもりだった。
 だがその瞬間、すうっと店内の空気が冷え、天井が迫り来るような息苦しさを感じる。
 違和感はしかし、すぐに断ち切られた。

 かしゃん!

 金属製のメジャーカップが、客からは見えないカウンター内側のシンクに落ちる音が響いたのだ。
「あら、ごめんなさい。手が滑って」
 カタリナが何事もなかったかのようにカップを拾い上げ、戒、そして神楽に視線を向ける。
「……大丈夫ですよ」
 神楽はカタリナの意を汲んで、言葉を選んでそう言った。
「? マスター、珍しいね……でっ!?」
「臨時スタッフさん、ぼんやり立っていてはだめですよ」
 水面下の秘密。カタリナは一臣の靴先をかかとでさりげなく踏みつけ、すりぬけていく。
「な、なに!?」
 そこでようやく一臣は、神楽が横目で戒の空になったグラスを示しているのに気付いた。
(あっ……!)

 一臣はすぐに戒の前に移動し、穏やかに声をかける。
「次は何か? それとももう一杯ホワイト……ギャッ!!」
 びしっ。
 言いかけた一臣の額になぜかギターのピックが。
 戒が酷薄な笑みを浮かべ、カウンターに寄りかかるふりをして隠していた手元を捻っていたのだ。
「バイト君、景気の良いヤツ、頼むよ」
「ハ、ハイ、戒先生……」
 何故こんな仕打ちを。
 目でそう訴えながらまだ分かっていない一臣に、カタリナが小さく溜息をついた。
 さりげなく一臣を戒の前から退かせ、自分が正面に立つ。
「今年もですか、カイは」
 新しいミルクのグラスを置くカタリナにそう囁かれ、戒はふっと視線を逸らす。
「元々バレンタインなどなかった。それだけの話さ」
 そこでようやく、一臣も理解した。
「ああ、そういうこと!? や、だって戒のは通常運転過ぎてですね、寧ろバレンタインの出来事があった方が驚きとかお祝いとか天変地異とk……うわごめん、ほんとごめんって!! グラスはやめてくださいお願いします、俺のバイト料がますます減るから!!!」
 一臣が上げた悲鳴に、酒瓶やグラスが一斉に小さく震え出す。


●一度はやってみたいアレ

 神楽が(※方法の詳細は省略)一臣を黙らせ、いつも通りの笑顔で戒に話しかけた。
「戒さんはもてるでしょう?」
 にこにこにこ。
 どこまで本気か判らない笑顔を、戒は横目でじろりと睨みつける。
「いいか、この世界で明日の朝日を拝みたいなら……アンタッチャブル、だ」
 確かにバレンタインデーにチョコレートは貰った。というか、そこらの男子なら泣いて羨ましがるほどの量のチョコレートが、毎年戒のもとには届く。
 だがそこに添えられたメッセージに、戒の求める言葉はみられない。
『いつもお世話になってます』
『また一緒の戦場に行ったら宜しく』
 この辺りはまあいいとしよう。
『なんか贈っとかないといけない気がしたので』
『今年は本命が届いてるといいね』
 この辺りになると流石に軽く殺意がわいてくる。
『チョコレートよりこれがいいだろ』
 この言葉と共に、コンビニのあんまんが届いたりすることもあったりして。
 そうなると戒は「バレンタインなんかーーーー!!!」と叫びながら、バレットストームで巻き上げた砂塵の中へ駆け込みたくなるのだ。

 神楽は軽く肩をすくめ、マスターのカタリナに合図を送る。
 それから一臣相手に、低い声で話し始めた。
「もしかして一臣さんがこちらでアルバイトしているのって……」
「ハハハ、ご明察デス」
 バレンタインのお返しを用意するにも先立つものは必要。
 相手は高価なものでなくても喜んでくれるだろうが、やはりここは張り切りたいのが心情である。
 まあお金以前に、カタリナには色々と恩も借りもある。ゆえに、この店でカウンターに立てるぐらいの経験を積んでいるわけなのだが。
「神楽くんは何かいいモノ見つかった?」
 一応戒を気遣って、一臣もひそひそと神楽にだけ聞き取れるように尋ねた。
 他の客もぽつぽつと入り始め、店内が程良く賑わってきたので、手はずっと動かしたままだ。
「ええお陰さまで」
 表情の読み取りにくい、いつもと変わらぬ笑顔が、心なしか穏やかさを見せる。
(良い表情だな)
 一臣は自分のことのように嬉しくなった。

 戒は慌てた風は見せず、けれどずっと手を動かしているカタリナの動きを、ぼんやりと目で追っていた。
 思えばここのところ忙しくて、ゆっくり誰かと話をする時間も無かった。
 いや、会話がなくてもいいのだ。親しい誰かがそこにいる穏やかな時間が過ごせれば。
「フッ、私としたことが。今夜は春の陽気に当てられたようだな」
 などと言いつつ軽く頭をふったところに、目の前に見慣れないグラスが置かれたのだ。
「え?」
 頼んでない。そう言いかけた戒に、一臣が悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。
「あちらのお客様からです」
 思わず見てしまうが、もちろんそこにいるのは彼女持ちの神楽である。
 神楽は相変わらずの笑みを浮かべながら、自分の飲み物を掲げて見せた。
 改めて戒は手元のグラスを見る。白っぽいクリーミーな液体が、カクテルグラスを満たしていた。
 沈黙の意を読み取ったか、一臣が小声で説明した。
「ホワイトのカクテル、『コンクラーベ』っていうんだ。ミルクとオレンジジュース、それからフランボワーズ。飲みやすくて優しい味だよ」
 ミルクを飲んでいた戒に、気持ちの落ち着く物を。神楽のそんなオーダーから作ったノンアルコールのカクテルだ。
 戒はゆっくりとグラスに口をつけた。
 飲み干すとふわふわと甘く、穏やかな気持ちになれる味だった。
 グラスをカウンターに戻すと、指で一臣を招いて囁きかける。
「バイト君。お返しにだね、いっぺんアレをやりたいんだができるかね」
「……カッティに怒られたら、戒先生に命令されましたって言っていい?」
 僅かに顔をひきつらせた一臣は、やはり怒られる前にカタリナを呼びに行った。

「どうしたんですか、カイ」
 カタリナがカウンターに戻ってくるなり、戒に尋ねる。
「とっておきの高くてうまいやつを。ふたつだ」
「……それはいいのですけど」
 カタリナは少し考え、瓶を幾つか吟味する。
 それからかなり厚手のタンブラーを選び、慣れた手つきで氷と液体を注ぎ、慎重にステアした。
「お待たせしました。こちら、『カウボーイ』になります」
 戒は目の前に置かれたグラスを、一見さり気なく、だが内心はドキドキワクワクしながら、力を籠めて押し出した。
 西部劇などで見かける、カウンターの上を滑るグラスだ。
 アレをやりたいとカタリナにせがんだ所、渋々ながらそれらしい名前のカクテルを作ってくれたのだ。

 カタリナが倒れないようにと選んだ重めのグラスは、上手い具合に転ぶことなく神楽の元へ。
 片手で受け止めた神楽がちらりと見やると、戒が軽く親指を立てて見せた。
「……では、いただきます」
(決まったァ……!)
 自分の分のグラスを傾けながら、内心ではガッツポーズの戒であった。
(ああ、よかった……)
 カウンターの中で密かにカタリナが安堵の息を漏らしていたことには、戒は気付いていない。


●そして看板

 その後、色々な客が来ては帰って行き、気がつけばかなり夜も更けていた。
「そろそろいい時間ですね。もう看板にしてしまいましょう」
 折角の夜ですから。
 そう茶目っ気を含んだ調子で言って、カタリナは入口の扉に『CLOSED』の札を下げ、外から見えるガラスにはカーテンを引いてしまう。
 戻って来ながら髪を纏めていたリボンをほどくと、長い髪がふわりと広がる。
「本当に、このメンバーが同じ場所に顔をそろえるのって、久しぶりですよね」
 そう言って微笑むカタリナの顔には、言葉では言い表せないような表情が浮かんでいた。

 学園に来て、色々な人に出会った。
 まるでこの店のように、自分の前に長い間座っていた人もいれば、ほんの1杯か2杯飲んでいた人もいて、それきり会わない人もいる。
 ひょっとしたら自分が店を閉めている間に、店の前まで来て、帰ってしまった人もいるのかもしれない。
 そんな多くの出会った人々、もしくは出会えなかった人々がいる中、こうして細く長く続いている人々もいる。

 カタリナは改めて全員に飲み物を作り……もとい、一臣に「練習です」と言って作らせ、その様子をじっと見つめていた。
「カッティ師匠、緊張して手が震えてきます」
 そう言いながらもかなり慣れた手つきで道具を扱う一臣である。
「もっとゆっくり注いでください。……そうそう、その調子」
 自分の店なのだから、信用していない者に商品を触らせる訳もない。
 改めて、全員が新しい飲み物を手に乾杯。
「来年には、ここでカイのためにおめでとうが言えていますように」
 カタリナの言葉に、戒が額をカウンターに打ちつけた。
「マスター、いきなり何を言い出すんだね……?」
「戒さんの理想が高すぎるのではないですか? ルックスもいいのですから、そのうちきっといい人が見つかるとは思いますけど」
 にこにこ微笑む黒ずくめの男は、自分はまるで他人事という調子である。
 ……まあ実際、最高のパートナーを得た彼にとっては、まさしく他人事なのだが。
「おい、そこの狸。月の出ている夜ばかりと思うなよ」
 戒が歯ぎしりしながら片手を拳銃の形にして神楽を狙う。
「おや、同じインフィルトレイター同士、それは楽しみですね。お店に迷惑をかけない場所ならどこでも結構ですよ」
 神楽は相変わらず笑っているが、その目には冗談ばかりと思えない光が宿っていた。

 これを黙っていられないのが一臣だ。
「まあまあまあ。ふたりとも、ほら、もう一杯おごるからさ」
「ええ、いいですよ。カズオミのバイト料から引いておきますから」
 素早く店長決済。だが一臣は強張った表情でカタリナに迫る。
「え、ちょ、まってカッティ。俺のバイト料ってそれで残る程だったっけ!?」
「さあどうでしょう? まあ約束の日まで頑張れば何とかなるのではないでしょうか」
 経営者の顔で、カタリナがにっこり笑う。
 含み笑いの戒が、ここぞとばかりに追い打ちをかける。
「バイト君。なんならもう一杯、私が追加してあげても構わないのだよ」
「戒様、なんなりとお申し付けください」
 すちゃっ。
 戒の前で決め顔に戻る一臣。
「えーとなんだっけか、さっきの滑る奴、あれをもう一杯だな……」
「やめてお願い!! 失敗したら、俺のバイト料が余計に減るから!!」
 どうやら最もハードボイルド風に乾ききっているのは、一臣の財布の中身のようであった。


 他愛のない会話。
 他愛のない時間。
 いとしい一瞬を閉じ込めて、あと少しだけ、この店の中で笑っていよう。

 この出会いに、乾杯。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5823 / 加倉 一臣 / 男 / 29 / インフィルトレイター】
【ja1267 / 七種 戒 / 女 / 19 / インフィルトレイター】
【ja4485 / 石田 神楽 / 男 / 25 / インフィルトレイター】
【ja5119 / カタリナ / 女 / 25 / ディバインナイト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、気の置けない仲間同士、バーでのひとときをお届けします。
字数にかなり余裕がありましたので、ハードなんだかネタなんだか……という内容で、かなり好き勝手に書かせていただきました。
皆様のイメージを損ねていないようでしたら幸いです。
このたびのご依頼、誠に有難うございました。
浪漫パーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年04月18日

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