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『To you a gift 』
クレール・ディンセルフka0586

 ようやく春の兆しも見え始めたとは言え、朝夕の冷え込みは厳しい。
 吐く白い息が煙のように視界に広がり消える中で、鐘塔が激しく胸の内で鐘を打ち鳴らしていた。
 やっと、ここまで来た。
 彼女の胸に去来するのは、懐かしい思い出だけではない。この場所にやっと立つことが出来ると信じて、石畳の上に今こうして立ち大地を踏みしめていると言うのに、最初の一歩が出なかった。
「…大丈夫…」
 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。一度瞑目し、そしてしっかりと前を見据えた。
「私は…何者かに、なれる」
 見据えた先には工房を併設した家がある。戸口には鍛冶屋を示すマークが入った看板がぶら下がり、少し冷たい風に揺られていた。まだ朝は早いが、炉に薪をくべる音が工房からは漏れ、道具の具合を確かめるような音も聞こえてくる。
 昔と何も変わっていないようだった。例え何があったとしても死ぬ寸前まで金槌を握っているのだろうと思えるような両親だから、朝早くから夜遅くまで働いて、人々の為に作り続けているのだろう。
 家と工房を見渡し、この寒さで冷えた両手を軽く擦り合わせると、ひとつ大きく掌を打ち合わせた。
「…よしっ」
 行こう。
 強い決意を胸に、ここまでやって来たのだ。ただ、前に進むしかない。
 小さく頷くと、クレール(ka0586)は一歩を踏み出した。
 
 
 胸に湧き上がり、留まることなく溢れるこの思いは… あの日灯った、最初の決意。
 
 
「…ただいま」


 玄関の扉を開くと、天井をゆっくりと鳥が3羽廻っていた。針金で作られたおもちゃのようなものだが、飾り気のないその玩具が懐かしい。
 中に入ってすぐが、工房と繋がっている扉。逆方向にあるのが厨房だ。朝早いこの時間ならば厨房に居るのがきっと母親で、工房に居るのが父親だろう。では先に挨拶すべきは…。
「…あ」
 家を出て3年。その間、何も変わっていないと思っていた。だがこの3年でどうやら厨房は戦場と化したらしい。3つの釜を並べて汗を流しながらそれぞれをヘラでかき回しているのは、あの日殴り倒した父親だった。
「…お」
 小さく漏れたつもりだった声は、悪戦苦闘しているらしい父親に聞こえてしまったらしい。振り返った彼は、大きく瞬きをした。
「いかんな、あの子の誕生日だからって幻影を見るとは…」
「生だよ、父さん…」
「そうか、生か…。おーい、母さんー!!」
 唐突に、父親は母親を呼んだ。その背後で鍋がぐつぐつ音を立てている。
「どうしたの、また焦がした…あら、クレール」
「これは多分幻影だ。ちょっと頬をつねってくれ。ぐっとやってくれ」
「夢でもないよ、父さん」
「ぐっ、とやればいいのね」
「ちょっと待て、それはペンチだ。角度45度の薄刃で切れ味抜群さっきまで磨いていた強力切断用の」
「贅沢ね。どの道具がいいの」
「道具じゃなくて指ィ!」
「…変わらないね、父さんも…母さんも…」
 3年ぶりの再会だというのに娘そっちのけで夫婦漫才を繰り広げる両親に、クレールは当初の思いとは別に、「実家に帰ってきたんだなぁ」としみじみ思った。
「…あなたは、変わったわね。お帰りなさい、クレール」
 娘の呟きに、母親は微笑みかける。その微笑みは変わっていなかった。身勝手も承知で家を出た娘に、変わらぬ愛情を注いでくれる。
「うん、ただいま。母さん…父さん」
 狭い厨房内で両手を広げた父親へと頷き、母親へとそっと抱きつく。懐かしい匂いは、鉄と、炭と、髪を濡らす香料のほんのりとした香りだ。甘える為に帰ってきたわけではないけれど、安心できる匂いに心が落ち着く。
「…父さん、火鍋焦げるよ」
 寂しげな父親に声を掛けると、彼は大慌てで振り返った。
「5つ目の試作品があぁ!」
「あれ、どちら様ですかぁ〜?」
 騒ぐ父親とは対照的に、どこか冷たい響きを伴った声が、厨房に入ってくる。
「あ…もしかして…。大きくなったね!」
「初めまして! 何をお探しでしょうか!?」
「な、鍋かな!? 父さん焦がしたみたいだし!」 
 この3年ですっかり背も高くなった弟が、怒りの炎を纏ってそこに立っていた。態度から察するに、3年前にクレールが家出同然に出て行ってしまったことに対して、相当怒っているらしい。
 彼女は円満に出て行ったわけではない。泣きそうな顔をしてあの日見送ってくれていた弟だったが、きちんと説明もしないまま飛び出した気がする。
「あ、そうですか! じゃあ、これどうぞおぉ!」
「このお鍋、外側も焦げてるよ!?」
 真っ黒な寸胴鍋を渡され、置く場所もないのでとりあえず父親用の椅子の上に置いておく。
「まだまだありますよぉ、お客さんん〜!」
「全部焦げてるよ!?」
 さらに寸胴鍋を持たされた上に立て続けに積み上げられ、うわぁ…とそれを見上げる。今のクレールにとっては3個くらい鍋を積まれたところで大したことはないが、少しでもバランスを崩せば厨房内の乱雑ぶりを悪化させてしまいそうだ。これもとりあえず…と父親の椅子の上に積んだところで、クレールは弟へと向き直った。
「あの…あのね。ごめんなさい! 私、このままここに居たら何も出来ないって思ってた。だから家を出たの。でも全部家のこと、押し付ける形になっちゃったよね…。体が弱かった私じゃ、結局押し付けることになってたかもしれないけど、でも私よりあなたのほうが何でも器用にこなすし、きっと上手くやれるって思ってた。身勝手だと思う。でも私ね」
「別に…いいけど」
 クレールの話を聞きながら、弟は怒りのオーラを収めていく。
「別に…本気で怒ってたわけじゃないし」
「うわぁぁ!! 俺の椅子が真っ黒タワーに占領されてる!!」
「父さんはちょっと黙ってて」
「はい」
 息子にぴしゃりと言われて黙り込む父親は、娘の目から見ても少し哀れである。
「それで、3年ぶりに帰ってきたんだから、何か用事があって来たんだよね。姉さんは、何しに帰郷したの」
「その話は後にしましょう」
 微笑ましく3人を見ながら薄く伸ばした金属の板を型に嵌めていた母親が、椅子から立ち上がって埃を払った。
「お腹空いたでしょ? クレール。何か作るわよ」
「あ、じゃあ…母さんの、いつもの得意料理が食べたい」
「いつものね」
 そう笑う母親が食材を棚から出す姿を見て、クレールの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
 あぁ、帰ってきたのだ。
 私はちゃんと、この家に帰ってくることが出来たのだ。
 
 
 あれから、幾つかの季節が巡った。
 あのとき、彼女はまだ、人並みの力を手にしたところだった。
 殻を破り外へと飛び出した雛は、この世界でどのような力を手にすることが出来たのだろうか。
 この世界から、どのような贈り物を与えられただろうか。
 
 
「…これ、なの」
 食事と団欒のあと、クレールは下ろした荷物の中から大切なものを取り出した。
「『カリスマリス・クレール』。私の…決意の証」
 テーブルの上に置いたのは、一振りの武器だ。魔導機械。美しいマテリアル鉱石の宝玉が埋め込まれており、どこか女性らしい線を持った武具のようにも見える。
「カリスマリス…。そう」
「『カリスマリスとは。彼女の家の鍛冶師が特別な剣を全身全霊を籠めて作成した際につける銘のことである』」
「何読んでるの。なんで窓のほう見て喋ってるの?」
「窓が開いてたから。読んでる本は、図書館にあった『鍛冶師全集今年度版』だよ」
「嘘!? あの、毎年優秀な鍛冶師100人を選出して三ツ星鍛冶師として紹介する、鍛冶師バイブルに載ってたの!?」
「姉さんが載ってるわけないじゃない」
「私じゃなくて!」
 たちまちバイブルの取り合いとなる姉弟から、母親は武器のほうへと目を向けた。慎重に、確かめるように触れてから柄を両手で握る。何度か握り直して裏返し、じっくりと全体を眺めた後に、細部を見つめた。観察を終えるとゆっくりとテーブルの上に置き、振り返ったクレールへと視線を送る。
「…どう…?」
「そうね。悪くないわ」
「本当!?」
「…あなたが3年前に出て行ってしまった時…不安ばかりが心に残っていたのよ。病気がちだったあなたが、どこかで倒れてしまうんじゃないか。その時、助けて上げられる人は居ないかもしれない。あなたが1人で立って歩くことが出来るのか、とても…不安だったけれど」
 母親の告白に言葉が詰まった。体が弱くて両親には本当に心配もかけたし、手も煩わせていた。なのに突然飛び出して、世間も何も知らない引き篭りがちだった娘が本当に家を出て生きていけるのかと、きっと家族皆で心配していただろう。クレールが思っている以上に、自分の無事をただ祈っていたのかもしれない。故郷では有名な当代一の鍛冶師と謳われた母親だったが、その名を聞くことはほとんどなかった気がする。もしかしたら、仕事が手につかなかったりしたのだろうか。
「…ごめ」
「んなさい、は、言わない約束よ、クレール。大人になったならね」
 微笑むと、母親はカリスマリス・クレールを水平に両手で持ち、クレールのほうへと差し出した。
「あなたが帰ってきた理由は、これだったのね」
「母さんに比べたらまだまだだって分かってる。けど…この証を作り上げて、決心がついたの。私は、魔法鍛冶師として生きる道を見つけた。クレール・ディンセルフとして」
 強い眼差しで母親を見つめると、彼女は小さく頷く。
「家名は、受け継いできた誇り。名乗る重さは、母さんも知ってる。それに許しを与えられるのは…自分だけよ」
「はい」
「強くなったのね、クレール」
 母親の微笑みは、安堵の色が強かった。そのまま抱きしめられ、クレールの張り詰めていた気持ちが緩む。気持ちが緩めば、視界が滲んだような気がした。
「もう、安心ね…。20歳の誕生日、おめでとう。あなたは自慢の娘よ。クレール・ディンセルフ」
「ありがとう、母さん…」
 私も、ずっとずっと自慢のお母さんだから。
 
 
 乗合馬車の中で、クレールは出発の時間を待っていた。
 3年前のあの日も、ここでこうして旅立ちの時を待っていたのだ。はやる気持ちを抑えながら。
「忘れ物はないか? 忘れ物はないよな? いやいや忘れ物あるよな!?」
「ないよ、父さん」
「姉さん、次帰ってくるときはちゃんとお土産買ってきてよ。流行りの『珍百武器大全』」
「うん。探しておくね」
「あなたに与えられたものを全うしなさい。きちんとね。それから、次に帰ってくるときはちゃんと事前に連絡してくること」
「そうだよね。うん、次からはちゃんと連絡するよ!」
 御者の呼び声がして、クレールの家族たちは馬車から少し離れた。再び、故郷を出発する時がやって来たのだ。
「あ…クレール。忘れ物よ」
「え!? え、何か忘れた!?」
 言われて慌てて荷物を探ると、笑い声が聞こえてくる。
「この前は、言い忘れていったでしょう?」
「え?」
「『行ってらっしゃい、クレール』」
 あぁそうだ、前は挨拶もせずに飛び出したのだと気付いて、クレールは馬車から少し顔を出した。
「みんな! 行ってきます!」
 馬車が走り出す。生まれ育った風景が滲みながら流れて行く中に、はっきりと家族の笑顔が浮かんでいた。
「今度は早めに帰ってくるから〜〜!!」
 手を振る家族の姿は、どんどん小さくなって行く。けれどもそれを見つめるクレールの胸のうちは、熱くなる一方だった。
 
 
 あの頃は、まだ何一つ道は見えていなかった。
 けれども今は見える。この道を進んでいける。
 クレール・ディンセルフ。この名と共に、今日からまた。
 一歩ずつ。
 
 
 ━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ka0586/クレール/女/20歳/赤竜蒼月の鍛冶師


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注いただきましてありがとうございます。呉羽でございます。
話し方などが違うようでしたらリテイクくださいませ。

今回、参考ノベルとしてご提示頂きました「Friendship with you」に沿った内容で書かせて頂きました。
色はまったく違いますが、お気に召して頂けましたら幸いです。

この度は、クレールさんの大事な節目を書かせて頂きましてありがとうございました。
またご縁がございましたら宜しくお願い致します。
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2016年04月20日

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