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『 空に故郷は見えねども 』
ミコト=S=レグルスka3953)&ルドルフ・デネボラka3749)&トルステン=L=ユピテルka3946


 しん、と静かなある夜のこと。
 昼間に暖かかったせいか、夜になってからは随分と冷え込み、小高い丘の上にはときおり冷たい風が吹きすぎて行く。
 古いお屋敷の窓や扉は、その度に少し震えて音を立てた。
 ミコト=S=レグルスは暖かなベッドのなかで、僅かに目を開く。
 部屋の中は真っ暗で何も見えない。
 けれどミコトは何かに呼ばれたように、爪先でスリッパを探り当てると窓に近づいていった。
 分厚いカーテンをそっと開いたところで、思わず声が漏れる。
「わあ……!」
 月のない夜、澄んだ空には満点の星が輝いていた。
 ミコトは、自分の息で白く曇った窓をカーテンでごしごしと拭き、今度はパジャマの袖で口元を押さえながら改めて冷たいガラスに額をくっつける。
「ここからじゃあんまり見えないよね」
 少しの間、何事かを考え、ミコトはくるりと窓に背を向けた。

 * * *

 ルドルフ・デネボラは寝床で薄眼を開く。
「なんだろう……?」
 夢うつつのまま、部屋の中を見回す。見慣れた部屋に異常はない。
 暫く耳を済ませていると、目を覚まさせた原因は別の部屋にあると分かった。
「ミコ?」
 何かを引きずる音、ぱたぱたと歩きまわる音。
 静まり返った家の中では、壁を伝ってそんな物音も響いてくるのだ。
「こんな時間に何をやってるんだろう……」
 なんとなく気になり、ルドルフはベッドから起き上がった。
「さむっ……!」
 思わず震えあがるほどに、部屋は冷え切っていた。
 上着をひっかけ、スリッパを履いてそっと自分の部屋から廊下に出る。

 そこで顔を合わせたのは、トルステン=L=ユピテルだった。
「なんだ? こんな時間に」
「あ、ステン君も気がついた?」
「あれだけ物音がすりゃな。ミコか。何やってんだよあいつ、こんな夜中に」
 トルステンも物音に気付いて起き出したらしい。
 普段から余り愛想のいいほうではないが、夜中に起こされて眉間の皺が深くなっている。
「どうしたんだろうね」
 ふたりは頷き合うと、静かに廊下を進みミコの部屋へ向かった。

 すると突然ドアが開き、中からミコの爪先が出てきたではないか。
 ルドルフは小さな溜息をつくと、声をかける。
「ミコ?」
「ひゃあっ!?」
 ばさばさばさっ!
 ミコトが驚いて、抱えていた毛布やノートをひっくり返して尻餅をついた。
「わ、わ、びっくりしたあ!!」
 目をぱちぱちさせて、ミコトは座りこんでいる。
 トルステンは辺りを見回し、転がった物を拾い上げながら尋ねた。
「こんな夜中にいったいどうしたの?」
「えっとね……」
 ミコトは頭を掻きながら、床から立ち上がる。
「窓から見えたお星さまがとっても綺麗だったから、秘密の天体観測! と思ったんだけど。同じお家だし、気付かれちゃうよね」
 ミコトは困ったような照れ笑いを浮かべている。
(あれだけごそごそと動きまわって、どこが秘密なんだっつーの……)
 トルステンは呆れたように天井を見上げた。
 そこで突然、ミコトがぱっと顔を輝かせて手を打ち合わせた。
「そうだ! ふたりとも起きちゃったんなら、皆で星を見ようっ! 前からこっちの星空もゆっくり見てみたかったんだよね。ね、そうしよう!」
 トルステンとルドルフは、困惑の表情を浮かべて立ちつくすしかなかった。



 3人はもともと、LH404の学校に通っていた高校生だった。
 ヴォイドの襲撃に続いてサルヴァトーレ=ロッソの転移に巻き込まれ、気がつけば同級生と共に見知らぬ星に辿りついていたのだ。
 その後、混乱しながらもハンターとなることを選び、それぞれ不思議な夢を見る仲間同士でこの丘の上の古い家を借りて住んでいる。
 不思議な夢――余りにもリアルで、切なくて、ただの夢とも思えない夢だ。
 そこに生きる見知らぬ誰かは、自分が誰よりもよく知っている人にも思えて、けれど目覚めればその感触はとても曖昧で。ただ余韻だけが深く心に刻み込まれる。
 そんな話を時々互いに語りあえる、貴重な仲間である。

 まあそんな経緯はともかく。
 ミコトはずっとこんな調子で、思いつきで行動しては、ルドルフやトルステンをいつも振りまわす。
 それが面倒だと思うこともないではないが、思わぬ事件の連続で下手をすれば不安に押しつぶされそうな心は、ミコトの明るさで随分と救われているのも事実だ。

 真夜中の天体観測。
 その提案に、ルドルフはまたかと溜息をつきながらも、反対はしなかった。
「ちょっと待ってて。用意するから」
 そう言って自分の部屋に戻るとダウンジャケットを持ちだし、キッチンでお湯を沸かす。
「馬鹿かお前ら、風邪ひくぞ。ここはそこまで医療技術も発達してねーんだぜ」
 トルステンはそんな風に文句を言いながらも、大きなマグカップを3つ用意し、ココアの缶とミルクと砂糖を用意する。
「でも冬の星空は確かに綺麗だからね。それに……」
「なんだ?」
 言葉を切ったルドルフを、トルステンが思わず見やった。
「どうせ止めてもミコはやめないよ。酷い風邪を引いて看病する羽目になるよりは、準備して付き合った方がいいんじゃないかな」
「……あー……」
 そこはトルステンも否定しなかった。

 熱いココアと、ありったけの毛布。それらを抱えて来るふたりを、ミコトが屋上へ続く階段で待ち構えていた。
「ふふっ、すっごくいいにおいだね! じゃあ行こうか!」
 凍りついたように固い扉を思い切り開けると、そこは屋根の上。
 顔を出した3人は、思わず目を見張った。
「すごい……!」
 見渡す限りの空には、数えきれない程の星が瞬いていたのだ。
 右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても。
 トルステンの言う「医療技術の発達していない」クリムゾンウェストは、夜の暗さもリアルブルーとは比べ物にならない。
 彼らを包むのは、まるで宇宙がすぐ傍に広がっていると思えるほどの星空だった。



 屋根の上に並んで座り、頭からすっぽり毛布を被ってココアをすする。
 トルステンは出口を挟んで、少し離れた場所に慎重に腰を下ろした。
「あったかいね」
 ふふっとミコトが笑うと、ココアの湯気が柔らかく揺れる。
「気を取られて落ちんじゃねえぞ。怪我したって知らねーからな」
 トルステンが軽く睨みつけたので、ミコトは笑いをひっこめてお尻の下を確かめる。
 学校の頃から何かとすぐに怒られてしまうので、最初はなんだか怖かった。
 でもその言葉をよく考えると、本当は優しい人なんだと思う。今も、ミコトが落ちないように気遣ってくれたのだから。
「うん、気をつけるね。あっ、流れ星!!」
 そう言って立ち上がりそうになるミコトの腕を、ルドルフが慌てて押さえつける。
「だから落ちるって!!」
「あっごめんね、でもほらっ、さっきの流れ星! すっごく大きかったよね!!」
 だが勿論、既に星は飛び去った後で。
 それでもめげずに、ミコトはまた空を見上げる。

 それから暫く星の流れるのを待つうちに、一番明るい星はどれだなどという話になっていき、そのうちミコトの興奮も鎮まって行く。
 ただ黙ってこちらを見下ろしている星空は、とても綺麗だけれどどこかよそよそしい。
 そう思う理由を、ミコトが誰に言うともなく呟いた。
「やっぱり見える星座は違うんだよね」
「そうだね……」
 ルドルフが囁くような声で答え、トルステンは無言で応えた。
 宇宙をはるか遠く旅してきたのだと忘れる程に、昼間のクリムゾンウェストの光景はある意味で「普通」だった。
 彼らの感覚では何もない田舎だったが、LH404にいた頃もそういう光景をムービーで見たことはあるし、母なる大地のイメージというものから大きく離れてはいない。
 だが夜空に見知った星座がひとつも見つけられないことが、これほど異郷を感じさせるとは思わなかった。

 星々を見上げる3人はいつしか口を閉ざす。
 あの星の中に故郷を照らす恒星もあるのだろうか。
 それを口に出してしまうと、この大地に運ばれて飛び立つことのできない自分達が、まるで本当に宇宙の孤児になったようで。
 LH404から母星を思うのとは全く違う、とてつもない寂しさがこみ上げてくる。

(遠くへ来ちまったんだな)
 トルステンは上空から目を逸らす。
 だが正面を見ても、丘の上の建物のその屋根から見えるのは、地平線まで続く星空だ。
(昔と同じモンが見えるわけじゃなし。わざわざ星を見上げる奴の気がしれねえぜ)
 別に帰りたいと思っている訳ではない。
 前にいた場所に執着もない。
 だからといって、流れついたここが自分のいるべき場所だと思える訳ではない。
 少し冷めかけたココアに口を付け、ふとトルステンはかつての日常を思い浮かべる。
 ちょっとしたことで喧嘩して、転移騒ぎでそのまま別れたままの少女の面影が目の前をよぎる。
(くそ、謝り損ねたままじゃねえか)
 そこでまた思いなおし、小さく舌打ちする。
 別に俺が悪い訳ではなかった、と。
 だが心に引っかかった小さな小さな棘が、こんなときには微かに痛むようだ。

 またミコトが声を上げた。
「ねえ、あの星とそっちの星、繋げたらどうかな?」
 指が大きく空を渡る。明るい星を繋げて、よく知っている星座の似姿を辿ろうというのだ。
「ほらルゥ君、似てるでしょ?」
「うん、似ているね」
 ルドルフが微笑む。
 小さい頃から本当の妹のように、いつも一緒にいた幼馴染のミコ。
 不思議な夢を見るのも同じ。こうして異郷に流れ着いたのも一緒にだった。
(これからもずっと一緒にいて、何があっても守り抜こう)
 目を閉じれば鮮明に浮かぶ、夢の中の誰かのように。
 地に足をつけて、力のおよぶ限り。

 ルドルフの微笑みは暗すぎてミコには見えない。
 けれどずっと一緒にいたから、気配でわかる。
 ルドルフに、あるいは自分に言うようにミコトは空に向かって両手を広げ、囁いた。
「こっちに来てから今まで、うちも何とかハンターもやってこれたけど。まだまだ本当のヒーローには遠いよね」
「遠いな」
 トルステンがぼそりと呟くと、ミコトがぷぅっと頬を膨らませた。
「遠いけど! できることを探して、いつか色んな人を助けられる本当のヒーローになるんだよ!」
 ミコトはそう言ってにっこり笑う。
「ここで、皆で一緒にね!」
 トルステンは改めてミコの影に目を向け、それから空を見上げる。
 たとえ空にも、本当の故郷は見えなくても。
 星を繋いで故郷を思うことはできる。
 少なくともこうして、そろって空を見上げられる屋根がある。
 それまではこの家が皆の居場所。
 ルドルフは広い世界の中、この小さな家に身を寄せ合う自分達が、とてつもなく小さくて、けれどとてつもなく強い存在に思えてくる。
(もう少し、やりたい事をしっかり探しててもいいのかもしれねーな)

「――くしゃん!」
 ミコトが小さくくしゃみした。
 トルステンがすぐにいつものトルステンの表情に戻って、軽く舌打ちする。
「だから言っただろうが! ほらとっとと降りて、ベッドに入れ!!」
「もうちょっとだけ! あとひとつ、流れ星を見つけたら、ねっ!」
「……あ。今あっちで流れた」
「えっどこどこ!?」
「俺はもう知らねーぞ、鼻水たらしたヒーローになってもな!」


 故郷を諦めた訳ではない。
 帰りたい気持ちだってまだ残ってる。
 それでもいつか帰る日に、後悔はしたくない。
 この場所でやれることを精いっぱいやって、そして胸を張って故郷へ戻ろう。
 それまでみんな一緒に――。

 明るい星がひとつ、屋根の上の3人を見て笑っているように瞬いた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3953 / ミコト=S=レグルス / 女 / 16 / 人間(リアルブルー)/ 霊闘士】
【ka3749 / ルドルフ・デネボラ / 男 / 16 / 人間(リアルブルー)/ 機導師】
【ka3946 / トルステン=L=ユピテル / 男 / 16 / 人間(リアルブルー)/ 聖導士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、真夜中の天体観測のエピソードをお届けします。
前回をお楽しみいただけたとのこと、大変嬉しいです。

遠い故郷を思いながらも、強く輝く星のように生きる異邦人たち。
そんなイメージで執筆しました。今回の物もお気に召しましたら幸いです。

このたびのご依頼、誠に有難うございました!
浪漫パーティノベル -
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2016年04月21日

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