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『● 』
クレール・ディンセルフka0586
「わぁ……!」
 工房に足を踏み入れた時、クレールは感嘆の声を漏らした。
 王国が誇る、《グラズヘイム・シュバリエ》の工房の一つであった。職人たちが慌ただしく動きまわるそこはどこか戦場に近しい気配がある。クレールがよく識り、魂に刻まれた光景。ゆえに、彼女にはその場所の凄まじさがよく解った。
「……全部、鍛造しているんだ……」
 鋳型をもととする鋳造と比べ、鉄を延ばし、叩き、形を整える鍛造はとにかく手間が掛かる。製鉄から始まり、細かなリングスや鋲に至るまで、殆ど全てが彼ら職人の手によるものであるらしい。
「――すごい」
 胸の奥、彼女の心の炉に、火が灯った。足を踏み入れてすぐに、はっきりと解ったのだ。彼女は、この場にいる親方はもちろん、徒弟にすら鍛冶の腕は劣る、と。当たり前だ、とも思った。彼らは一生をこの場に捧げている。クレールの生き方とは似ているようで、大きく違う。
「さて、嬢ちゃん」
 果たして。案内してくれた青年職人の声が親しげに、クレールの耳を撫でた。
「はい!」
 たしかに、クレールの技術は劣っているのだろう。それでも、職人達は彼女を受け入れていると、はっきりと解った。ここには、鉄床と、鎚がある。それを振るう彼女もまた、鍛冶師であり、職人だ。
 だから、彼はこう言った。


「造りてぇって、何処からだ?」



 鉄から! と言ったら、それは断られてしまった。
 製鉄は専用の職人がついての作業であり、全行程の質を左右するいわば聖域である、との言を受けて、クレールはすぐに応諾した。


「アンタ、覚醒者なんだろ? なら、覚醒して打ちな」
「え?」
 熱された鉄を前に自前の鎚を取り出したクレールに対して青年はそう言った。怪訝げなクレールに対して、青年は、
「その方が丁寧に打てる」
 青年は腕前が足りないとも、技術が足りないとも言わずに、ただ、そう答えた。
 ――全力を、込めるんだ。
 今回、クレールが『それ』を打つにあたって己に課したのは、ただそれだけだった。逡巡は一瞬。すぐに、両の手背にそれぞれ竜と月の紋章が輝き始める。
「見ててやるから、好きにやりな」
「はい!」
 造るのは剣身の無い柄だけだ、と聞いても、青年は何も言わなかった。ただ、魔導機械である、と聞いて、そしてその細やかな部品に至るまでその手で造ると聞いた時は少しばかり顔を顰めはしたが、それだけで。
 腕組む青年がその言葉通りに見守る中で少女の鍛錬が始まった。


 ――この時、鍛冶に集中していた彼女は気付かなかったのだ。青年が、静かに目配せをしたことに。



 殷々と、音が響く。熱せられた鉄を打つたび、クレールの裡で熱が弾けた。
 思い描く形に近づけていく作業は、ひどくじれったいものだ。肌を焼き、噎せ返るほどの熱も今や気にならない。没入した世界の中で、クレールはただただ只管に鎚を振るい、形を為していく。


 作るのは柄だけだ。刃は鍛錬しない。折り返しや合鎚もいらない。
 創造は、すでに彼女の中では終わっている。頭の中で、心の中で描いた形へと眼前の鉄を鍛えていく。
 その感覚が、今はただ心地よい。
 快音と熱を弾けさせながら、音を打つ。


 ――この鉄。ううん、この《場所》が、凄く、良い。


 炉から届く熱も。振るう鎚に返る手応えも。澄んだ音も。何もかも。
 王国に於ける、鍛冶の頂点――グラズヘイム・シュバリエ。縁あって足を踏み入れ、鍛冶師として腕を振るう事になったクレールだったが、その作業場に漂う空気には神々しさを感じるほど。
 クレールには及びもつかぬ、練達の果ての工房。
 積み上げた歴史。その顕現が、此処に在る。
「……」
 思い至って、震えるほどの歓喜が湧き上がった。


 ――凄い、凄い、凄い、凄い…………っ!


 鎚に篭もる力が、なお一層増す。興奮に、打ち筋が乱れた。
 気にしない。だって、こんなにも、楽しいのだ。快いのだ。だから、黄金色の鎚を握る腕はなおも軽妙に振るわれ続ける。


 ひたり、と。
 覚醒が切れるまで、ずっと。



「あ……っ」
 数時間に渡って打ち続けていた疲労よりも、覚醒が解けた差異が大きく響き、鎚振る手、その握りが甘くなった。
 落とすまい、と手を止める。途端に、身体の重さに感覚が追いつく。
「――うわ、ぁ……」
 もう少し、もう少し、と気持ちが逸るが、マテリアルはいっかな湧き上がってこない。
 まだ、と続けようとして。
「よォーし」
 その腕を、男の声と、手が、止めていた。
「次はコイツだ」
 全く周りが見えていなかったから、気付いていなかった。男が示す先、木の盆にずらり、と並べられたのは、夥しい量の、細やかな――。
「あ! これ……素材用、ですか!」
「おゥ。『そっち』は明日に回しな」
 その言葉に、身体にこびりついていた疲労はすっかり吹き飛んでしまった。
「……はいっ!」


 勿論、断る筈も、なかったのだ。
 作業は数日に渡ったが、クレールにとってはあっという間の出来事だった。
 彼女にとって、気絶するように寝床につく日々は、とても充実した日々であったことだろう。





 少女はただ、静かに息を吐いて、それを眺めた。


 艶やかな鉄色が目に眩く、マテリアル鉱石を用いたパーツが碧々と光る。
 黄金色の台座は、空座である。だが、それを含めて、全てが少女が思い描いた形。


 渾身の、一振りであった。


「……カリスマリス。カリスマリス・クレール」
 引き出されるように、少女の口元で、その名が紡がれる。
「銘か」
「はい!」
 クレールは職人の短い言葉に、強く、頷いた。職人として通じ合えた事が、今は何よりも嬉しい。
 その時だ。
「……?」
 ふと、気配が、変わった。厳かだった火事場の雰囲気が、見かけだけはそのままに、一転する。監督役に就いた青年職人が目配せをすると、一人の――これまた若い――職人が恭しく近づいてくる。
「え? え……?」
 唐突に過ぎる変化に、クレールの理解が追いつかない。ただただ困惑する少女の前に、
「ンじゃ、これを付けて終いだ」
 言葉と共に差しだされたのは、ひとつの宝玉だった。機導術デバイスたらしめる、マテリアル鉱石。それが、卓絶した技術で研磨されていると、クレールには一目でわかった。
 だが、それだけでは、なかったのだ。
 宝玉の《中》に、月と龍の紋章が刻まれてるのを見て、クレールの双眸が大きく見開かれた。
「これ……っ!」
「祝いの品だ。嵌めてみな」
 手渡された宝玉を、茫然とした表情のまま見つめる。刻まれた装飾は、紛れもなく、彼女自身の覚醒に顕れる紋章で。
 ――それだけに、特別なひと品だと、知れ。


「……あり、がとう……、ござい、ます……っ!」


 思い至ると、堪えられなかった。澎湃と溢れる涙はそのままに、渡された宝玉を震える手で台座へと据えた。音もなく、抵抗もなく、ぴたりと嵌り込んだ宝玉が、どこか誇らしげにクレールを見返している。
 職人たちはその様を見つめながら笑みと共に、こう結んだ。
「ようこそ、ってな」
 いてもたってもいられなくなって、クレールはその柄を胸元で抱き締めた。


 ――胸を占める激情が落ち着くまで、ずっと、ずっと。



 彼女は夢を抱いている。それはそれは深い憧憬とともに。


 その夢となら、どこまででも歩ける。
 だから彼女は剣を選び、剣に託した。
 その剣には刃は無い。あるのは柄と、その中央に据えられた、一つの宝玉だけ。
 それが、彼女の造った渾身の《刃》だった。



登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0586/クレール・“ディンセルフ”/女性/20歳/鍛冶師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度は、御発注いただきありがとうございました!
 ムジカ・トラスです。先般ご依頼頂いた、オリジナルアイテムに因んだ発注、とても嬉しく思いました。
 テキストデータを書きながら想像していたことを、ノベルにさせていただいています。
 ただのクレールさんから、ディンセルフ家のクレールさんになった、そのお祝いになれば、と。

 お楽しみいただけましたら、幸いです。それでは、また御縁がありましたら。
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ファナティックブラッド
2016年04月21日

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