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『半身の記憶 』
ヘスティア・V・D(ib0161)

 草が芽吹き、街のあちこちに花が咲き乱れる頃になると、ヘスティア・V・D(ib0161)は心の痛みと共に思い出すことがある。
 彼女の持っている眼帯。黒いなめし皮に、黒金細工で作られた吼える黒獅子がついた無骨なそれの持ち主。
 ヘスティアの憧れであり……半身を持って行ってしまったあの人のことを。


「なー。参謀ってばー」
「やかましいぞ、ヘス。頭にしがみつくな。書類が見えない」
「俺の話、きちんと聞いてくれたら離してやるよ」
「お前の言いたいことなんざ聞く前から分かる。どうせ『俺を嫁にしろ』って言うんだろ?」
「……何だ。分かってんじゃん」
「……お前毎日同じこと言ってるだろうがよ」
 にんまりと笑うヘスティアに、ため息を返す男。
 彼女がしがみついている男性は、ヘスティアの所属している黒獅子傭兵団の副団長で、参謀の地位に就いている人だ。
 歳の離れたその人は、いつも笑顔で飄々としていて掴みどころがなくて……一歩離れたところから全てを見通しているような賢い人で……。
 彼にぞっこんだったヘスティアは連日求愛を繰り返していて、この光景も傭兵団の詰め所では見慣れた光景となっていた。
「お子様が色気づくには早いんじゃないのか」
「子供扱いすんな! 俺は立派なレディーだぞ」
「レディーはこんな気安く男に抱きついたりしないぞ」
「嫁になるんだからいいんだよ!」
「お前もめげないヤツだなぁ……」
「参謀こそさっさと諦めろ」
 燃えるような赤い髪を揺らして言い募るヘスティアに、もう一度ため息をつく参謀。
 その割には、いつもの通りの笑顔を浮かべていて……彼は隻眼をこちらに向ける。
「兄貴分としてはな、お前みたいなガキにはこんなおっさんより、若くて力のある素敵な相手を見つけて欲しい訳よ」
「だから、参謀よりカッコいい人なんていないってば」
「あー。はいはい。後で『なかったことにして!』って言い出さなくていいように聞き流しておいてやるからな」
「だからそんなことにならねえって言ってんだろ!!」
 ムッとして、回していた腕に力を込めるヘスティア。
 参謀からぐえ、という声がして、腕をぽんぽんと叩かれる。
「あ。おい。コラ。首絞めるな。ギブ、ギブ」
「じゃあ俺を嫁にするか?」
「それとこれとは話が別だ」
「分かった。……じゃあシメる」
「ちょっ。ヘス、待てって」
 そんなことを言いながら、どこか余裕を見せる参謀。
 ヘスティアがどんなに必死になっても、手が届かない――。
 時間をかけて、俺が本気だってことを分からせてやる……!
 ――こんな、切なくて楽しい追いかけっこの日々が、この先もずっと続くのだと思っていた。


 ――その日はやけに霧が濃くて、寒い日だった。
 吐く息の白さが霧に混じり、ぼんやりと浮かぶ木々を見つめる。
「……今日は汚職に関わってるヤツをひっ捕らえるぞ。取調べが必要になるから、くれぐれも殺すなよ」
「こんな霧の濃い日に大丈夫なのか?」
「そうだな……。視界が悪い分戦いにくいが、こちらの動きが伝わりにくいという利点もある。ただし、無理は厳禁だ。ヤバいと思ったらすぐ逃げろ。お前達の命を懸けてまでやるようなことじゃない」
 淡々と言う参謀に、頷く仲間達。
 ――ここで待ち構えていれば、商人の乗った馬車が通りかかる筈だ。
 それを足止めして、中にいる商人を捕らえる。
 商人は、力を持たぬ一般人だと聞いていたし、簡単に済む仕事のはずだった。

 ――ヤバいと思ったらすぐ逃げろ。お前達の命を懸けてまでやるようなことじゃない。
 参謀の言葉は、今にして思えば、何かを感じ取っていたから出たものだったのかもしれない。
 霧の中、周囲を伺うヘスティア。
 馬車が来る様子はないが、霧の中に人の気配を感じる。
 ――囲まれた? しかも複数いるな……。
 霧の中、目を凝らす彼女。聞こえる衣擦れと金属音。
 これは。抜刀する音……。
 くそっ! 罠か……!
 参謀を出し抜くなんて、どんな奴だ……!?
「……お前達。俺が囮になる。今すぐここから離脱しろ! 参謀に罠だと伝えてくれ……!」
「しかし……」
「時間がない。いいから行け!」
 ヘスティアの鋭い声。一瞬躊躇いを見せた仲間達だったが、弾かれるように駆け出す。

 ――敵は思いの他強かった。
 相手の目的は分からなかったけれど。
 こちらを殺す気なのだということは、ハッキリ分かった。
 幾度となくぶつかり、飛びずさり。
 振るわれる刃を受け止めて、反撃に転じる。
 訓練は受けていたものの、ここまで長く続く戦闘は初めてで……。
 腕が重い。身体が思うように動かない。
 迫る刃。
 ここまでか……。
 そう思った瞬間、突然何かに引き寄せられて。視界を支配したのは黒い影。
 迸る赤。
 ――そして、訪れる静寂。
 ああ。死というものはこんなに静かなのか。
 死ぬ前に一度、参謀に会いたかったな……。
「……呼んだか?」
「参謀!?」
 聞こえた声に目を見開くヘスティア。気付けば参謀が覆いかぶさっていて……。
 慌てて身を起こす彼女。
 ……目に入る一面の赤。むせ返る血の匂い。
 それは、自分の血ではなく、参謀の――。
「どうして……?! 参謀、何でだよ!!」
「どうしてもこうしても、部下を助けるのに理由はいらねーわなぁ。……お前が無事で良かった」
 震える手で参謀の傷を押さえるヘスティア。
 どうしよう。血が止まらない。
 明らかに致命傷なのに。
 それなのにこの人は、何故いつも通りの飄々とした笑顔を浮かべているのか……!
「参謀……! やだよ、しっかりしてよ!」
「俺は大丈夫だって。泣くな、ヘス。……敵は手負いだ。さっさと終わらせ来い。出来るな?」
 涙を堪えて頷くヘスティア。そうだ。今は泣いている場合じゃない。
 敵を倒さなきゃ……!
 決意と共に立ち向かった彼女。
 ――全てを終わらせて参謀の元に駆けつけると、彼は穏やかな顔で眠っているように見えた。
「……参謀? 参謀……起きろよ」
 参謀の顔が、恐ろしく白い。そしてその身体は急速に冷えて、固くなっていく。
「何だよ。何なんだよ! あんた、こんなの命を懸けてやるようなことじゃないって言ったじゃないか……! 目開けろよ! おい!!」
 白い霧の中に、ヘスティアの叫びが木霊した。


 ――それからヘスティアは、抜け殻のようになって時を過ごした。
 悲しくて泣き叫びたいはずなのに、胸にぽっかりと穴が開いたようで……泣くことすら出来なかった。
 ……あの後、仲間達から、参謀が制止を振り切ってヘスティアを助けに行ったのだと聞かされた。
 好きだと言い募るあのガキがどこまで本気だか知らないが、大人になるのを待ってみるのも悪くないと……。
 だから、助けたいのだと――。
 ……そんなこと、一言も言わなかったのに。
 彼の棺に、長かった髪をばっさりと切って入れた。
 せめて、半身だけでもあの人の傍に。
 彼女の半身は、あの時彼と共に死んで、一緒に天に昇って行った。


 その後、今の夫に逢い、半身を得ることになるが。
 今でも忘れ得ぬ半身の記憶。
 ――なあ、参謀。俺、あの後あんたの後を追おうと思ったんだぜ。
 でも、あんたが喜ばないってわかってたから、止めた。
 でも今、俺幸せだからさ……。子供も生まれたんだぜ。
 あんたも喜んでくれるかい……?
 眼帯を優しく撫でて呟くヘスティア。
 眼帯に埋め込まれた紅玉が、キラリと光ったような気がした。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ib0161/ヘスティア・V・D/女/21/半身を喪った傭兵団員


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。猫又です。

納品まで大変お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。
ヘスティアさんの過去とその半身のお話、いかがでしたでしょうか。
好き勝手色々書いてしまいましたが、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
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舵天照 -DTS-
2016年04月25日

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