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『 花に酔いたり夢うつつ 』
ka3319)&牧野ka4347)&ロス・バーミリオンka4718)&ka4720


 白い煙が立ちのぼる。
 目で追ううちに、それは次第に薄く広がり、やがて満開の桜に吸い込まれるように消えていった。
 鵤はぼんやりとそれを見届け、それからまた指の間で静かに燃え続けている煙草を唇に挟む。
「さすがに暇だな」
 ぼそりと呟いた言葉は、喧騒に紛れて誰にも聞こえない。
 ただ鵤の上で枝を広げた桜の枝だけが、頷くように揺れていた。

 公園は今、桜の盛りであった。
 辺りを見回すと、色とりどりの敷物が広げられ、地面が見えないほどである。
 敷物の上ではひとり、もしくはふたりが、それぞれ手持無沙汰そうにぼんやりと座っているかと思えば、別の場所ではもう賑やかな笑い声が沸き起こっている。
 鵤自身、そのうちの一枚の真ん中に、つくねんと座りこんでいる状態だ。
「ま、おっさんには適任といえば適任だな」
 多少埃っぽいのが難点だが、程良く暖かく、ときおり吹き抜ける風は心地よい。
 鵤は煙草を揉み消して、ごろりと寝転がった。
 そのまま肘枕で、うつらうつらしはじめる。

 提案者はロス・バーミリオンだった。
「お花見するわよ!」
 鵤の前に現れたオネェ口調の長身の男は、いきなりそう言ったものだ。
「花見?」
「そうよ、夜桜の下で宴会よっ!」
 どうやら花が見ごろの公園を見つけて、お祭り好き・イベント好きの血が騒いだようだ。
「役割分担はもう決めてあるの。ああ、るかちゃんには何にも期待しないから、場所取りよろしくねっ! 失敗すんじゃないわよ?」
「まあいいけどね。で、ロス君は何を用意してくれるんだ?」
「ん、もう! ロゼって呼んでって言ってるでしょう? もっちろん、お菓子担当よ!!」
 少し口を尖らせて呼び名に抗議するが、当然鵤は全く気にしない。
 だが菓子担当については気になった。
 なので、指摘しようとしたが、勢いとスピードで負けた。
「さーて忙しくなるわよお! 準備準備♪」
 鵤が止める間もなく、ロスは飛ぶような足取りで立ち去っていったのだ。

 鵤の転寝は、ほんの10分程だったろうか。
「場所取りですか。気楽でいいですね」
 聞き覚えのある声に鵤は目だけを向けて、いつもの掴みどころのない笑みを浮かべた。
「おおー牧野君か。御苦労御苦労」
 いつも通りのよれた白衣に、履き潰してぺたんこになったスニーカーといういで立ちの牧野が、両手に重そうな荷物を提げていた。
 鵤が首を逸らすと、どうやら酒瓶だ。――それも大量の。
「お、さすがは牧野君。短期間でよくこれだけ調達したものだねぇ」
「もうちょっと余裕があれば良かったんですけどね。ま、桜はこっちの都合は待ってくれませんし」
 牧野は敷物の上に荷物をそっと下ろす。
「あれ? ソムリエナイフはどこに……」
 荷物の中をごそごそかき回していた牧野だが、やがて一本ずつ酒を取り出して並べ始めた。
 さすがに鵤も起き上がって、荷物のための場所を空け、牧野の行動を見守る。
 結局全部取りだした後、牧野は暫し黙考。
「……よく考えたらワインを買っていませんでした」
「……あっそ」
 そしてふたり並んで座り、暫く黙って煙草を吹かしていた。

 日はかなり傾いてきており、昼食を楽しんだ人達が立ち去り、入れ替わりに新たなグループがやってくる。
 そんな混雑の中、見覚えのある人影がこちらを目指して近付いてきた。
 鵯はこちらを見つけても別に嬉しそうな顔をするわけでもないが、これはいつも通りだ。やはり大きな荷物を提げている。
「随分重そうだな、鵯」
 鵤が目を細めると、鵯は小さく頷いた。
「こ、れ……今日の……おべ、ん……とう」
 壊れたテープレコーダーのように、途切れがちな声で荷物を示した。
「御苦労さん。で、言い出しっぺのロスが最後か」
 鵯は鵤と牧野の顔を見比べ、またこくんと頷く。
 それからお弁当の包みを大事そうに敷物の真ん中に据え、自分はその傍にぺたりと座りこんだ。

 ぽつぽつと、桜の中に灯が点き始める。
 夜桜見物の客のために、通路を示すための明かりだ。
 ぼんやりと浮かびあがる桜の花は、昼間とはまた違って、どこか艶めかしくも見える。
 その頃になってようやく、ロスが到着した。
「お待たせ〜! いい雰囲気の場所じゃなあい?」
「ロス……さん、ちょっ……と、遅刻……」
 鵯が無表情のままながら指摘すると、ロスがケラケラと笑う。
「ごめんなさ〜い! お出かけのときの支度は時間がかかるものなのよ♪ さ、はじめましょ!」
 集合をかけた当人は、やはり大いなるマイペースで宴会を仕切り始めた。



 すっかり日が暮れて、灯りを受けてほのかに輝く花は実に見事だった。
 座りこんだロスが、溜息をついて花を見上げる。
「ほんとに綺麗ねえ」
 自慢の朱色の豊かな髪に、はらりと花びらが落ちかかり、髪飾りのようにとどまった。
「やっぱり来て良かったわ♪」
 ご満悦のロスが目を向けると、鵯が持参したお重を広げているところだった。
 一体何時から作り始めたのだろう。大きな三段重ねの上段から、和食、洋食、中華とバラエティに富んだおかずが詰め込まれている。
 別のお重にはおにぎりがぎっしり。
「ひぃちゃんてばすっごいわあ! なあんて美味しそうなの!?」
 ロスが目を輝かせて絶賛する。
「こ、れ……お箸、と……紙の、お皿……使って……」
 鵯は紙袋をごそごそと探り、他にも手拭きやら何やら、細々としたものを取り出してくる。
「完璧ねえ。いっただきま〜す! きゃあなにこれ、美味しいじゃない!?」
 ロス、ひとり宴会状態。
 だが一生懸命作った料理を褒められて、鵯だって悪い気がする筈もない。
 表情はいつも通りだが、なんとなく身体全体から浮き浮きした雰囲気が感じられる。

「まずは日本酒でいいですか」
 牧野が古風な甕のような瓶を傾け、コップに注ぐ。
「良く手に入ったものだねぇ」
 鵤が鼻を近づけ、その芳醇な香りを楽しむように目を閉じる。
「ええまあ。探せばあるものですね」
 牧野はそう言いながら、ロスにも、それから鵯にも酒をすすめた。
「探せば、ねぇ?」
 あいかわらず掴みどころのない笑顔の牧野に覗き込むような視線を向けたあと、鵤はコップの中身を煽った。
 他の酒もこちらでは中々手に入りにくい物が多い。
 これだけ集めるには、さぞかし走り回ったことだろう。
 だが本人が何も言わないのなら、敢えて言うのも野暮というものだ。
 その分こちらは、ありがたくいただくだけである。
「こっちのも貰っていい?」
「ああ、どうぞ」
 鵤は一切の遠慮もなく、高そうな瓶の栓を抜く。

「んもう、るかちゃんたら。折角の御馳走もいただきなさいよ!」
 こう言った頃には、ロスは既におかずを一通りいただいた後である。
「ほらこっちのお魚の照り焼きってば絶品よ? 唐揚げもジューシーで最高! ラタトウィユって冷めても美味しいのねえ!」
「あー、唐揚げか。いいねぇ」
「これ、お塩、つけ……て……お酒、に……あう……」
 鵯が取り皿に塩と唐揚げを載せて、鵤に差し出した。
「お、気が利くね。こりゃあ旨そうだ」
 皿を受け取った鵤は嬉しそうに目を細める。

 牧野がウィスキーの栓を抜き、ロスに差し出した。
「どうぞ」
「まあっありがとう!」
 ロスは満面の笑みを浮かべてコップを差し出す。
 こんな場でも、ロスの所作は実に優雅だ。まるで高級レストランに……は、さすがに無理があるが。
「素敵な桜、美味しいお料理とお酒。どんな高級レストランにもかなわないロケーションよね!」
 酒を楽しむように舌の上で転がし、それから喉を湿す。
 香りが鼻に抜け、胸に広がる。
「いいお酒だわ。まきちゃん、ほんとに目利きよね!」
「お口にあって良かったです」
「お口のほうを合わせるわよ♪」
 ロスは朗らかに喋り、料理を味わい、酒を楽しむ。
 宴会は和やかな雰囲気に包まれていた。

 ――そう、この辺りまでは。



 思えば、不思議な縁である。
 見た目はそれぞれ若づくりだったり、うらぶれていたりするが、牧野以外年齢はおよそ似通った物同士。
 リアルブルーにいた頃は同じ組織に所属していたものの、せいぜい互いに面識がある程度の関係で。
 いや、それどころか、不穏な関係だった者同士もいて。
 それがこうして、花の下で酒を酌み交わし、料理に舌鼓を打っている。
 だが全てを忘れた訳ではない。
 全てを晒したわけでもない。
 酔いが回るごとに、本音が出るのか。酔いが仮面を大げさにするのか。
 次第に酔っ払い達の行動は、妙な具合になって行く。

 ロスはウィスキーの瓶を傾けながら、牧野に差し出した。
「まきちゃんてば、あんまり飲んでないんじゃない?」
「いえそのようなことはありませんが」
 実際、自分のペースでほどほどに飲んでいる。
「うそうそ。買って来たんだもの、もうちょっと飲みなさいよ〜! あ〜やだ瓶がおっもーい! 手がだるいわあ、こぼれちゃう〜!!」
 牧野のゆるい笑顔は相変わらずだったが、内心は穏やかではなかった。
 ロスが面倒な状態になっているのがわかったからだ。
 医師としての技量は尊敬に値する。間接的に世話にもなっている。だがこのテンションは牧野にとって、若干厳しいものがある。

「すみません、では瓶をお預かりしましょう」
 牧野は素でわからないふりを装い、瓶を取り上げた。
「なによお、ノリが悪いんじゃない? 面白くないわねぇ!」
「面白いのはロス君の顔だけで充分だからねぇ」
 鵤がまぜっかえすと、ロスが四つん這いからぐっと顔を近づけ、挑発するように睨みあげる。
「あっらぁ〜? 呼んであげたのに座ってるだけだった人が、何か言ってるわねぇ〜?」
「その間の煙草代を請求したわけでもないしねぇ。今日の稼ぎを犠牲にしてるんだから、寧ろ感謝してもらわないと」
 そう言って、鵤はふうっとロスに向けて煙を吐きだした。
 ロスはフッと笑い、その煙を手で払う。
「いい度胸じゃなあい? 何なら余興に解体ショーの実験台になってくれてもいいのよ? 小汚いおっさんの臓器なんか、何の役にも立たないけどね!」
「いやいや。案外臓器はロス君より美人かもしれんけどねぇ?」
 このふたり、楽しく戯れているようでいて、応酬する言葉の底にどこか冷え冷えとしたものが感じられるのは気のせいか。

 おとなげない会話に呆れ、さすがに牧野が割って入る。
「……ロゼさん、とっておきのお酒がまだ手付かずでした。どうですか?」
「んまっ、まきちゃんたら。私のことよく分かってくれるのねえ!」
「あー、牧野君? そんなのに呑ませるぐらいなら地面に撒いた方がほうがましってねえ?」
「言ったわねえ。後で桜の下に埋めるわよ?」
 ――ああヤダ酔っ払い。
 牧野はじわりと胃から嫌な感覚が上がってくるのを感じていた。
 へらへらしているようで、意外にも気を使う性格らしい。

 その間、残るひとりの鵯は……。
「……こ、れ……おいしい……」
 もくもくとお弁当を食べ、更にはロスが持ち込んだお菓子を食べていた。
「なんだ、ろ……こっち……」
 別の箱を開けると、チョコレートブラウニーが並んでいる。
 綺麗な仕上がりだが、個別に包んでいない辺り、ロスの手作りなのだろう。
「ロス……これ……いただ、き……ます……」
 鵯は菓子を取り出し、黙々とほおばる。
 戯れる他の連中をまるで余興のように眺め、ひたすら食べ続ける。
「あの、鵯さん……」
 ロスにべったりと寄りかかられたまま、牧野が目で助けを求めていた。
「すごく、仲良し……いい、こと……」
 わかっているのかいないのか、あるいはわかっていて見捨てたのか。
 鵯はうんうんと頷きつつも、助けの手を差し伸べることなく、お菓子をぱくついていたのだった。



 賑やかにもたれたりもたれられたり、酒を注いだり注がれたりしていた一同が、ふと辺りを見回す。
 気がつけば、あれだけ多くの人でごった返していた公園は、随分と静かになっていた。
 誰もいない暗い空間に、ときおり思い出したようにはらはらと花弁が落ちていく。
「いったい今何時だ?」
 鵤が目をしばたたかせるまでもなく、東の空が僅かながら白んできていた。
「さすがに撤収ね」
 ロスが思い切りのびをした。

「しかしよくもまあ、夜通し騒いだもんだねぇ」
 自分のことを棚に上げて、鵤が欠伸する。
「ゴミ……ちゃんと、分け、る……」
 鵯が空になった容器と瓶とを分けていくと、牧野はゴミ袋をそれぞれの近くに置いた。
「瓶は僕が持ち帰りますから、それぞれ分けて入れてください」
「はーい」
 ロスは自分が座った場所の周囲に散らばるゴミは適当に分けた。
「……で、るかちゃんはなにやってるの?」
 ぼーっと敷物の隅に座って煙草をふかしている鵤に気付いたのだ。
「え? いや、おっさんの担当、敷物だからねぇ」
 それまで手を出すつもりはないらしい。
「ゴミなんて纏めて放り込んでおけばいいんじゃないのかい?」
「……後、で……困る、から……」
 珍しく鵯が主張したので、鵤は何か口の中でぶつぶつ言いながらも腰を上げた。
 なんだかんだで、多少は気に掛けているようだ。

 だが今度はロスが渾身のオネェ声をあげる。
「やっだ〜、爪の間に汚れが入っちゃう! 後が大変なのよねぇ」
 それからちらっと牧野を見た。
 見た。
 ものすごく見た。
 ……牧野は仕方なく、返事する。
「もういいですよ。邪魔にならないところで座っててください」
「はぁ〜い」
 ロスがひらひらと手を振って、敷物の隅に移動していった。
 下手な片付けでめちゃくちゃにされるよりはましだ。
 キリキリと痛む胃袋にそう言い聞かせ、牧野は手早くゴミを拾っていった。

 主に牧野と鵯のおかげで、辺りは綺麗に片付いた。
 鵤が敷物を広げる前の状態そのままである。
「これ……みんな……ひと、つ……ずつ……」
 鵯がそういって手渡したのは、ゴミの袋かと思えば、お菓子や酒の残りを、それぞれのお土産として分けていたらしい。
「あらちょうどいいわね。帰ったら家で続きをやらなくちゃ♪」
「……あてが残ってないのは誰のせいかねえ?」
 お菓子では酒が飲めない。
 そんな不満が滲む声で、鵤が袋を覗き込んでいる。
「おほほほほ」
 ロスが笑ってごまかしながら、手をひとつ叩く。
「みんなお疲れ様ー! 楽しかったわ、またやりましょうね!」
 その言葉と共に、牧野の肩にどっと疲労が押し寄せてきた。
(やっと帰れるのか……)
 だが疲れだけではない、なにか心地よいものが残っているのも感じていた。
(まあ、偶にはいいかもしれないな)
 牧野もゴミとお土産を提げて歩きだす。

 胸に吸い込んだ空気には、宴会の後の濁った気配が少し混じっていたけれど。
 それでも朝の光に煌めく桜は、やはり悪くない。

 ……またね。

 ひらりと舞う花びらは、桜がそう言って落としたようだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3319 / 鵤 / 男 / 43 / 人間(RB)/ 機導師】
【ka4347 / 牧野 / 男 / 32 / 人間(RB)/ 機導師】
【ka4718 / ロス・バーミリオン / 男 / 32 / 人間(RB)/ 舞刀士】
【ka4720 / 鵯 / 男 / 29 / 人間(RB)/ 舞刀士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お時間を頂戴して申し訳ありませんでした。
謎めいたメンバーによる、お花見のひと幕をお届けします。
少しずつ皆様の過去の関係なども織り込んだつもりですが、どこまで描写するかは悩ましい所ですね。
今回の物がお気に召しましたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました!
浪漫パーティノベル -
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ファナティックブラッド
2016年04月25日

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