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『白き面影 』
輝羽・零次(ic0300)

「大丈夫か? 留守番してても良かったんだぜ」
「大丈夫よ。零次さんったら心配性なんだから」
 買い物帰り。春へと向かい、寒さが大分緩んできたけれど。夕方ともなるとまだ風が冷たくて……。
 輝羽・零次(ic0300)は、妻の手を取り、守るように前を出る。
 紗代のお腹が重そうで、なるべくゆっくりと歩みを進める。
 ――この風がもっと暖かくなって、花が咲く季節になったら、家族がもう一人増える。
 不意に足を止める紗代。零次が気遣うような目線を向ける。
「どうした? 具合悪くなったか?」
「……ううん。赤ちゃんがお腹の中で動き回ってて、ちょっとビックリしちゃっただけ。この子、蹴る力がすごく強いのよ」
「うーん。さすが俺の子なだけはあるな」
「この子も泰拳士になるのかしら」
 くすくすと笑う紗代。ふと思い出したように小首をかしげて、夫を見つめる。
「そういえば零次さん、この子の名前考えてくれた?」
「ん? んー」
「その様子だとまだ決まってないみたいね」
「色々考えてはいるんだけどさ……」
 赤味がかった黒髪をくしゃくしゃと掻き毟る零次。
 ――勿論、忘れてなどいない。
 子供が生まれる、と紗代に聞かされた時から。今日までずっと考えている。
 お腹の子が男の子なのか女の子なのか分からない……というのも勿論あったけれど。
 しっくり来る名がなかなか思いつかなくて――。
「生まれるまでには考えてね?」
 念を押すような紗代の声に、零次は無言で頷いた。


「……レイジ」
 ――聞き覚えのある声がする。
「レイジは本当に不器用ねえ。そんなところも嫌いじゃないけれど……いつか損をするわよ?」
 ――ああ、これは夢だ。だって、こいつが生きているはずがない。
 透き通るような白い肌。揺れる白い長い髪。悪戯っぽく笑う銀色の瞳……。
 狂気の人妖師の手によって生み出された『人妖のなりそこない』。
 姉達を救う為に、己が処刑されることを知ってなお、開拓者に協力し、創造主の討伐に手を貸した。
 ……アヤカシという、ヒトに仇なす存在でありながら『情』を理解していた白い面影。
 己の手で、始末したアヤカシ――。
 ――そうだ。これは、あの時の……。
「言い残す事は、あるか?」
「そうね。次があるなら……」
 響く白いアヤカシの声。
 零次の視界が急速に白くなって――。


「……っ!」
 布団を跳ね除け、飛び起きた零次。
 昔の夢を見ていたらしい。
 もう10年以上経つというのに、色褪せぬ記憶に、心の奥がチリ、と痛んで……。
 隣に眠る紗代の穏やかな寝顔を撫でて、ふう……とため息をつく。
 ――次があるなら……。
 零次の脳を駆け巡る白い面影の声。
 そう。あいつは――次の生があるならアヤカシではなく、ヒトと共に生きられる存在になることを願っていた。
 ん? 次の生……?
 ふと、妻の大きな腹を見つめる零次。
 頭を過ぎる赤子の名。
 それはまさに、天啓のようで……。


 それからまた、零次は考えた。
 思いついた名は、個人的にはすごくしっくり来ている。
 己が引導を渡した相手に対し、責任も果たせるように思う。
 でも、あいつはあいつで……生まれ来る子供には何の関係もない。
 これは言わば、あのアヤカシの願いであり、零次自身の業でもある。
 ……そんな重いものを、我が子に背負わせていいのだろうか?
 いくら考えても出ない答え。
 困り果てた零次は、アヤカシの姉達で、今は開拓者の相棒として生活している人妖達にも相談に行った。
 彼女達は『あんなに妹を嫌っていたのにちょっと意外』と驚いていたが、全員が零次の意思を尊重する意向を示した。
 相談しに行った筈が、許可を貰う形になってしまい、零次はいよいよ悩んで……直情型で、深く考えることが苦手な彼が、夜も眠れず、食欲も落ちる程に悩み……。
「零次さん。最近何か悩んでるでしょ」
「え……」
「大丈夫? あの、私で良ければ相談に乗るから……言いたくなければ無理には聞かないわ」
 向かい合って夕餉を食べている時に、ぽつりと呟いた紗代にギクリとする零次。
 ここのところ思案に暮れていたことはすっかりお見通しだったらしい。
 本人が思っている以上に、零次は分かりやすい人なのだが……。
 彼は小さくため息をつくと、意を決したように妻を真っ直ぐ見据える。
「あのな。紗代」
「なぁに?」
「子供の名前なんだが……ヨウ、っていうのはどうだ?」
「……ヨウ?」
「そうだ。葉っぱの『葉』って書いて『ヨウ』と読む」
 葉っぱの葉と書いてヨウ……と、夫の言葉を噛み締めるように呟いた紗代。暫し考えた後、ハッとなって顔を上げる。
「ヨウってもしかして、私を誘拐したアヤカシの仲間のお名前……?」
「……そうだ。イツや人妖達がお前を誘拐したのも、元はと言えばヨウを取り戻す為の作戦だった」
「うん。人妖さん達から聞いて知ってるわ。それしか方法が思いつかなかったって聞いてる」
 遠い目をする紗代。
 ――彼女がまだ子供だった頃、狂気の人妖師の配下達が引き起こした事件に巻き込まれたことがあった。
 小さかった紗代に怖い思いも、痛い思いもさせた。
 そんな彼女に、こんな提案をするのはあまりにも残酷なのではないかと思ったから……零次自身、きちんと話をしておきたかった。
「……あのな。俺、あの白いアヤカシを、この手で処刑したんだ」
「……え?」
「人妖達が生き残る条件が、アヤカシ達の処刑だったんだ。だから、どうしても避けられなくて……俺は、あいつの命を背負うことにした」
「零次さん……。ごめんなさい。私全然そんなこと知らなくて……」
「当たり前だ。今まで話したことなかったからな。……処刑の時、あいつが言ったんだ。『次があるならちゃんとした人妖に生まれたい』って」
 我が子が、あの白いアヤカシの生まれ変わりだなんていうつもりはない。
 それでも勝手な思いを託している気がして……。
「俺は、紗代が何よりも大切だ。一番に優先すべきだし、幸せにしたいし、お前が嫌がるようなことはしたくない。率直な意見を聞かせてくれ」
 さらっと無自覚に愛を囁いた夫に頬を染める紗代。もじもじとしながら目を伏せる。
「……不謹慎だと思ってずっと言えなかったけど。私ね、少しだけ人妖さん達と、アヤカシ達に感謝してるのよ」
「……は? 何でだ? お前酷い目に遭っただろう?」
「うん。それはそうだけど……でもね。あの事件がなかったら、私は零次さんと出会うこともなかっただろうし、今も何も知らずに珠里で暮らしてたと思うのよ」
 頬を染めたまま言う紗代。
 あの事件がなかったら、零次が珠里に来ることもなかったし、紗代が開拓者ギルドの手伝いに行くこともなかった。
 だから……。
「こうして素敵な旦那様に出会えて、開拓者ギルドの職員っていう天職まで与えて貰えたのは、彼女達のお陰だから……零次さんが業を背負っているというなら、私もそうよ」
 俯く零次。
 開拓者である零次が、共に歩むと決めた最愛の女性。
 ――そうだ。あの日、あの場所で出会わなければ。自分が子供を持つこともなかっただろう……。
 目が熱くなって、視界がくにゃりと歪んだ気がして、ぷるぷると首を振る。
「葉って名前、私は賛成よ。男の子につけても、女の子につけても素敵だわ」
「……本当にいいのか?」
「勿論よ。……葉、お父さんが素敵な名前をつけてくれたわよ。良かったわねえ」
 お腹を撫でながら、子に呼びかける妻。
 その姿が美しくて、愛おしくて……零次は改めて、妻も子も必ず幸せにしようと、心に誓う。


 それからまもなくして紗代は産気づき、元気な女の子が生まれた。
 零次と紗代の第一子となるその子は、2人の万感の思いを込めた――『葉』という名を贈られることとなる。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ic0300/輝羽・零次/男/17/不器用な夫

紗代/女/零次の優しき妻(NPC)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。猫又です。

納品まで大変お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。
ご夫婦と白いアヤカシのお話、いかがでしたでしょうか。
好き勝手色々書いてしまいましたが、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
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舵天照 -DTS-
2016年04月26日

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