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『 海と空ときみと 』
ジャック・エルギンka1522)&リンカ・エルネージュka1840


 波の上を駆けてきた風が、潮の香りを運んでくる。
 柔らかな緑の下草が含んだ露が、朝日に照らされて煌めく。
 自由同盟都市の南部の海は豊かで、景色も人々もどこか穏やかに見えた。
 海沿いの堤防から続く丘もなだらかに美しく、鍛錬にもってこいの場所である。
 今日も晴天の元、早朝から鋭い剣戟の音が響き渡っていた。

 リンカ・エルネージュの長い白銀の髪が肩にかかり、荒い息にあわせてキラキラ光をまき散らす。
「はぁっ、はぁっ……、もう一度だよ!」
 可憐な顔立ちの少女に似合わぬ、厳しい声。
「いいぜ。何度でもかかってこいよ」
 受けて立つジャック・エルギンは息を乱すこともなく、大剣を構え直した。
 どっしりと動かない体幹に対して、後ろで束ねた金の髪だけが海からの風にゆらゆらなびく。
 リンカはぐっと唇を引き結んだ。
「たあーっ!!」
 リンカは銀色に輝く剣を振り上げ、足に力を籠めて飛び出した。
 細身の身体がしなり、刃が鋭く空を切る。

 キィン!

 ジャックの頭を狙って振るった剣は、たやすく受け止められてしまった。
「まだまだ!!」
 リンカが捻るようにして離した剣の切っ先が、陽光を反射する。
 すぐさま手首を使って剣の向きを変え、そのまま突き出した。
 ジャックの得物は大剣だ。
 細かい取り回しは不得手とみて、初撃は敢えて正面から。受け止められるのは計算の上、ジャックが剣を構え直すより先に、軽く取り回しのしやすいリンカの剣がジャックの肩口を狙う。
 が、それも受け止められる。
「狙いが見え見えだぜ?」
 ジャックはそう言うなり、大剣を捩じるように押し出す。
 リンカの剣はそれにつられて妙な方向へ刃先を向けた。
「つぅっ……!」
 思わずリンカは剣を取り落とし、手首を押さえて座りこんでしまった。


 それを見て、余裕の笑みを浮かべていたジャックが心配そうに屈みこむ。
「っと、悪い。……大丈夫か?」
 リンカは手首を押さえたまま俯いている。
 ジャックは少し心配になり、膝をついてリンカの肩に手を置いた。
「おい、酷く傷めたのか? ちょっと見せて……」
「あーもう、悔しいよーっ!!」
 リンカがいきなり顔を上げると、青空に向かって吠えた。
 さすがのジャックも一瞬びくっと驚くほどに、唐突な叫び声だ。
「もう、どうしてぜんぜん勝てないのよ!?」
「ぜんぜんじゃねえだろ? 何本かはリンカが取ったぜ」
 ジャックはそう言いながら、思わず笑ってしまう。

 儚げなお嬢さま風の見た目に反し、リンカはかなりのお転婆娘である。
 明るくて元気で、前向きだ。
 そして見た目の愛らしさに似合わず、根性が据わっている。
「何本かじゃダメなの! せめて半分……ううん、3本に1本、うーん、4本に1本ぐらいは……」
 真剣な表情で指を折る姿に、ジャックはまた笑ってしまった。
 リンカがキッと見返す。
 空を映したように青い瞳は真剣そのものだった。
 ジャックは笑いを収め、大剣を肩に担ぐ。
「そういう意味で笑ったんじゃねえよ。でもま、リンカがまだやるなら付き合うぜ?」
「もっちろん! 今度こそ決めて見せるんだから!!」
 リンカは剣を拾い上げ、勢いよく立ちあがった。

 勝ちたい。負けたくない。
 リンカにとって、ジャックは当面の目標だった。
 魔術師(マギステル)であるリンカが、剣技で闘狩人(エンフォーサー)のジャックに叶わないのはある意味当然ではある。
 だが剣を好むリンカに、ジャックは根気よく付き合っていた。
「ほらそこ。踏み込みが一瞬だけ遅れんだよ」
「はいっ!」
 その姿は仲のよい兄妹のようでもあり。
 ジャックを見るリンカの表情には、全幅の信頼があった。

 太陽はふたりを照らし、少しずつ天を駆けあがって行く。
 ふと気がつけば影は短くなっていて、太陽はほとんど真上に達していた。
「もう昼じゃねえか。腹が減らないか?」
「お腹……すいた……」
 リンカは今気がついたという表情で、自分のお腹を片手で押さえる。
「よし。稽古はまた明日、取り敢えず飯食いに行こうぜ!」
「やったー!」
 リンカの顔から厳しさが消え、ぱっと花が咲いたようだ。
「現金な奴だぜ、ホントに」
 そういうジャックの目も、やっぱり笑っているのだ。



 堤防沿いに海辺を歩く。
 火照った身体に、海からの風が心地よい。
 まだ夏の激しい眩しさはなく、水平線は霞みがかかったようにどこかおぼろげで、その上の空は優しい水色だった。
 白い帆を巻き上げた大小の舟がどこまでも並び、漁から帰って来た男達の声が賑やかに聞こえてくる。
 ジャックとリンカは堤防沿いに並ぶ店を眺めた。
 多いのは、獲れたての魚介類を料理して食べさせる店だ。
 昼時とあって、どこの店からも旨そうな匂いが漂い、笑い声は話し声が聞こえてくる。
 ジャックはそのうちの一軒を覗き込み、出てきたおかみさんに笑顔を向けた。
「あいてるかい?」
「どうぞどうぞ。ちょっと、そこつめとくれ!」
 混みあった店だが、ふたり分の席を確保してくれた。
 リンカは目を輝かせて、店の中を見渡した。
 冬場はしっかりと戸を立てるが、気候のいい時期には海側の壁は取ってしまうために、どこまでも広がる海原が見晴らせる。

「おすすめはあるかい?」
 ジャックが尋ねると、おかみさんは今日はエビのいいのがあるという。
「へえ。じゃあエビは焼いて、あとは、これとこれっと……リンカはどうする?」
「えっとね、パエリヤが食べたい!」
「んじゃそれで」
「あいよっ!」
 目の前に置かれたミントを浮かべた冷たい水を、リンカは一気に飲み干した。
「ぷはぁっ!」
 身体を動かした後とあって、全身に水がしみわたるようだ。
「手は大丈夫だったか?」
 ジャックが尋ねる。気になっていたらしい。
「大丈夫だよっ! 慣れてるもん」
 リンカは明るく笑って見せた。
「……ちゃんとケアするのもハンターの仕事だぜ。ほらこれ、一応巻いとけよ」
 ジャックはハンカチにミント水を染み込ませ、リンカの手首に巻いてくれた。
「うん。ありがとう」
 本当はちょっとだけ痛い。ひんやりした感触が心地よかった。
「いつでも出動できるように、コンディションは整えておかねえとな。勿論、腹が減るのは問題外だぜ」
 ニヤリと笑うジャック。
 ちょうど大きなお盆が運ばれて来るところだった。

 大きなエビの塩焼きに、イカやタコや大きな貝がいっぱいのパエリヤ、にんにくの香りが食欲をそそるあさりのパスタ、ケチャップで味付けした白身魚のフライ、山盛りのサラダにはカニの身が乗っている。
「おいしい!」
 リンカが思わず声を上げる。
 鉄板でまだじゅうじゅう音を立てるパエリアをお皿に取り、アツアツを頬張ると、口の中いっぱいに海の香りが広がる。
「このエビ、本当に旨いぜ」
 ジャックもパリパリの皮ごとエビに齧りついている。
 空っぽの胃袋は、魚介の旨みをもっともっとと、貪欲に求めてくる。
 ふたりは次々と料理を平らげた。

「おいしかったあ……!」
 リンカが満足の溜息を漏らす。
 お皿は見事に空っぽになっていた。
「さすが、漁港のそばの店は旨いな」
「うちの店が旨いと言っとくれ!」
 おかみさんが明るく笑いながら、デザートのアイスクリームを運んでくる。
「悪ぃ悪ぃ。ここがいい店なのはわかってるぜ?」
 ジャックとリンカはデザートも平らげ、暫く海を見つめる。
 涼しい風が頬を撫でていき、太陽の光を受けてキラキラ光る海は、平和そのものだった。

「綺麗だね」
 リンカが呟く。
「海はこんなに綺麗なのに、どこかでは歪虚が暴れてるんだね」
「そうだな」
 ジャックも頷く。
 こんな平和な日常が、ある日突然歪んで行く。
 人々の顔から笑いが消え、悲しみと怒りだけが満ちて行く。
 世界のどこかでは、今もきっと――。
「だからハンターが必要なんだよね」
 リンカは自分に言い聞かせるようにそう言って、ジャックを振り向いた。
「もっと強くならなくちゃ。皆を守れるように……!」
 真っ直ぐで、強い光を放つ、青い瞳。
 その視線を受け止めて、ジャックは優しく微笑む。
 いつもは少し斜めに構えがちなジャックの青い瞳が、リンカを真っ直ぐ見つめ返す。
「リンカがそう思うなら、きっと強くなれるぜ」
 リンカの顔が、ぱっと明るく輝く。
「本当に? じゃあもっともっと頑張るよ!」
 この綺麗な海を、空を、悲しみの色に染めないために。
 もっと強くなって、沢山の物を守れるように。

 店を出て、並んで歩く。
 昼を過ぎて漁師たちは舟や網を手入れしたり、休憩をとったりしている。
 穏やかで平和な、海辺の光景だった。
 リンカは堤防の上を飛び跳ねるように歩き、くるりと振り向く。
「また明日も稽古に付き合ってね、ジャック!」
「おう。リンカがネをあげなけりゃな?」
 ジャックはいつも通り、ニヤリと不敵に笑って見せた。

 美しい海と、美しい空と、きみの青い瞳とに誓おう。
 明日は今日より強くなろう。
 その次の日は、もっともっと。
 きっと一緒なら、それはかなえられるから――。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1522 / ジャック・エルギン / 男 / 20 / 人間(CW)/ 闘狩人】
【ka1840 / リンカ・エルネージュ / 女 / 17 / 人間(CW)/ 魔術師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもシナリオでお世話になっております。
この度はノベルをご依頼いただき、誠に有難うございます!
同盟を舞台にご指定いただきましたので、海沿いの光景を大変楽しく描写致しました。
ご依頼のイメージから大きく逸れていなければ幸いです……!
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2016年04月26日

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