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『兵士ヴィルヘルム・ハスロ 』
ヴィルヘルム・ハスロ8555


「なあヴィルヘルム・ハスロ少尉。あんた、この軍にいたら……いつか消されるぞ」
 若い日本人の傭兵が、声を潜めた。
「何でかは、わかるか?」
「……私は、化け物だからな」
 ヴィルは答えた。他に、理由など思いつかない。
 傭兵が、頭を掻いた。
「それもまあ、ない事はないがな……軍は、化け物としてのあんたを重宝してる。大事に便利に使い続けようって連中と、危険だから始末しちまえって連中が、上層部でせめぎ合っているんだよ」
 あの司令官は前者であろう、とヴィルは思った。彼は自分を、誰よりも利用したがっている。
「……後者の人々が圧倒的に多い、という事かな」
「何しろ、あんたは味方殺しをやらかしてる。それも1度や2度じゃないだろう」
「まともな軍であれば私など、とうの昔に銃殺刑だな」
「そんなもの帳消しにしてなお余るくらいの功績が、あんたにはある。前大統領派や旧ソ連の残党、だけじゃあない……いろんな人間を、始末してるよな。軍の命令で」
 軍にとって、現政権にとって、公になっては不都合な命令もいくつかあった。
「なおかつ、あんたは前の大統領が信頼してた人の御子息だ。どう思うハスロ少尉。軍があんたを生かしておけない理由、これだけあるんだぜ?」
「軍を……脱けろ、とでも言うのか」
「その通り。俺はな、あんたを引き抜きに来たんだよ」
 日本人の傭兵が、ヴィルの緑色の瞳をじっと見据えた。
「戦争屋さんを営業中、と俺は言ったよな。もちろん俺1人じゃあない……戦争の犬どもが何匹も集まって一応、会社の体を成しているのさ」
「……何故、私を?」
「あんたが、引き抜かずにはいられない人材だからだよ。ハスロ少尉」
 詰め寄るように、傭兵は言った。
「バケモノとして始末されるなんて、そんなもったいない話があるか」
「……何度でも言うが、私は化け物だ」
 軍に入って、すぐにヴィルは気付いた。
 同じ戦闘訓練をしていても、他の新兵たちの2倍3倍の速度で、自分が強くなってゆく。
 人間ではないものの素質が、自分にはやはりあるのだ。
「あんたは優秀な兵士なんだよヴィルヘルム・ハスロ。弱い人間を守るために味方殺しまでやらかす、今時どこの軍隊にもいない天然記念物だ。死なせられるわけ、ないだろうがよ」
 若い日本人の口調が、熱を帯びた。
「ここの軍の連中はな、あんたを実験動物として使い潰そうとしてるんだぞ。いや直接、殺そうとしてる奴らもいる。今回だって、そうだ……旧ソ連の残党テロリストと激戦の末、ヴィルヘルム・ハスロ少尉は名誉の戦死を遂げる。そういう作戦だったんだよ」
 言われてみれば、味方部隊が妙に非協力的だったという気はする。
「あの村で、俺はハスロ少尉の戦いぶりを見た。くそったれなテロリストどもが、村の人間を人質に取って、あんたを殺そうとしてたよな。ルーマニア軍の他の連中は、助けようともしなかった……だから、あんたは1人で戦い抜いた」
「あの時……人質にされていた村人たちが、随分と妙なタイミングで脱出して来た。自力で逃げ出せたとは思えない。誰かが助けたのだろう、と私は思っているが……君か?」
「あんたがテロリストどもの注意を引きつけてくれてたからな。ま、そんな事はいい。あの時あんたは旧ソ連残党だけじゃなく、自分の中のバケモノとも戦っていたよな。見ていて俺は思ったよ。こいつは何としても、うちの会社に引き抜かなきゃいけない人材だと……バケモノの力なんて有ろうが無かろうが、あんたは本物の兵士だよ」
「……本物の兵士が、自分の所属する軍を捨てられるとでも?」
 ヴィルは、日本人傭兵に背を向けた。この男の言葉をこれ以上、聞くべきではなかった。
 不覚にも今、ヴィルの心の中で、何かが動きかけていたのだ。
「私は、この軍に拾ってもらった。そうでなければブカレストの裏通りで、野良犬として死に果てていただろう」
「日本には社畜という、それはそれはかわいそうな連中がいる。あんたの考え方はな、そいつらと同じだよ。組織なんてものに命まで捧げちまって、どうするんだ」
 その言葉を背中で受け流し、ヴィルは歩き出した。
 傭兵の声が、後ろから追いかけてくる。
「ここの上層部とは、うちの社長が話つけてくれるよ。俺はな、ある人に頼まれてるんだ。あんたの事をな」
 聞くまい、とヴィルは思った。
「その人はハスロ博士の、学生時代からの親友だ。俺は何としても、あんたからいい返事を受け取って、その人に報告しなきゃならないんだよ。親友の息子さんが、過去から解放されて新しい道を歩き始めたってなあ」
 戯言だ、とヴィルは思う事にした。


 安物の礼服を、なかなかに格調高く着こなしている。
 立派な男になったものだ、とヴィルは思った。
(などと他人に言えるほど私は立派なのか、と訊かれると……な)
「ヴィルの兄貴! 来てくれたんだな」
 この結婚式の準主役である若者が、嬉しげに声をかけてくる。
 主役は、その隣にいる女性だろう。結婚式とは、花婿よりも花嫁を中心として催されるべきものだ。
 純白のウェディングドレスが、目に眩しい。
 自分の目はもはや闇を見つめる事しか出来ないのだ、と思いつつもヴィルは微笑を返して見せた。
「見違えたよ、2人とも。まあ新婦の方はもともと美しい人だったけれど、新郎はな……私と一緒に、野良犬のような暮らしをしていたと言うのに」
「へへっ、兄貴のおかげだよ。俺が、ここまで来れたのも」
 新郎の顔が少し、俯き加減になった。
「……俺たちのために、ヴィル兄貴は」
「何を勘違いしている。私はな、お前たちと離れ離れになって清々しい気分のまま、高給取りな軍の生活を満喫していただけさ」
「相変わらずね、ヴィルは」
 花嫁が微笑んだ。ウェディングドレスに負けない、眩しい笑顔。
「あの頃から本当、変わってない……私ね、あの頃はちょっとだけ、本当にちょっとだけヴィルの事、好きだったのよ。だけど貴方、軍になんか入って全然会えなくなって……だから私、この人に乗り換えちゃった」
「おいおい、俺はヴィル兄貴の代わりかよー」
 花婿も、笑っている。
 彼はもはや、ストリートチルドレン時代の兄貴分など必要としていない。自力で幸せを見つけ、勝ち取ったのだ。
「君も……幸せそうで、本当に良かった」
 花嫁に対してヴィルは、そんな事しか言えなかった。
 自分の父親を、ヴィルの父親に殺された少女。
 少女ではなくなった今、こうして幸せそうにウェディングドレスを着ている。
 かける言葉などあるはずがないヴィルに、花嫁が言う。
「次は貴方が幸せになる番よ、ヴィル。急いで誰か見つけて結婚しろとは言わないけれど……過去は捨てて、前に進んで欲しいと私は思うわ」
「そうだぜ兄貴。みんなもう、あの頃みたいなガキじゃあない。自分でちゃんとした仕事、見つけた奴もいる。働きながら学校行ってる奴もいる。みんな、もう自分の力で生きていけるんだ……ヴィル兄貴の、おかげだよ」
「……お前も、仕事を見つけたのだったな」
「ああ、イギリス系の馬鹿でっかい会社でさ。菓子とか紅茶とか扱ってて、アジアの方まで商売広げてるんだぜ? 俺まだヒラ社員だけどさ、はっきり言って兄貴より稼いでるから」
 紅茶や茶菓子だけでなく、様々な怪しいものを世界中で売りさばいていると言われる商会だ。黒い噂も絶えないが、給料は確かに良いだろう。
「本当に何もかも……ヴィル兄貴の、おかげさ。ありがとう」
「……私は何もしていない。お前たちのために力を尽くしてくれたのは、この人だろう」
 言いつつヴィルは、歩み寄って来た人物に対し、敬礼をした。
「……お久し振りです、大佐」
「活躍は聞いているよ、ハスロ少尉。君を軍に推薦した私も、鼻が高いというものだ……が、そろそろ充分ではないのかね」
 花嫁の叔父で、ヴィルにとっては一生かけても返しきれない大恩のある人物だ。
「我が軍は、君の力を大いに利用した。君を、実験動物のように扱った。君が何か恩のようなものを感じているとしたら、それはもう返しきったと言っていいだろう……あの日本人傭兵はな、まず私に接触を求めてきたよ」
「……これまで私は大佐に、尻拭いを押し付けてきました。この上」
「私の顔に泥を塗る、などと思って欲しくはないな今更。君がしでかした数々の味方殺しに比べれば、軍からの脱退など何という事はないよ」
 大佐が、にやりと笑う。ヴィルは俯くしかなかった。
 俯いたヴィルの肩に、大佐が力強い片手を置く。
「君が使用済みの実験材料として殺処分されるなど、私は我慢ならない……いささかでも私に恩を感じてくれているならば、生きてくれヴィルヘルム・ハスロ。前に向かって生きる道を、どうか歩み始めてくれ」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年04月26日

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