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『いつか花の咲く頃に 』
ユリアン・クレティエka1664)&ジュード・エアハートka0410)&エアルドフリスka1856)&エステル・クレティエka3783

 冬の分厚いコートがクローゼットの奥に追いやられ始めた頃、ユリアンの元へ一通の手紙が届いた。送り主は――
「チアクからだ。相変わらず元気良いなぁ」
 ペンの勢いそのままに大きく書かれた宛名に送り主を確認するまでもなくユリアンは目を細める。
 チアクは昨年の冬、ユリアンが母の足跡を辿り尋ねた辺境部族の村で出会った少女だ。彼女の部族はアメノハナというその地にしか咲かない花を祖霊とし、代々花の咲く地を守って暮らしてきた。しかし昨年歪虚に襲撃され今は帝国に移住している。
 そしてユリアンと彼の仲間が歪虚を退治した縁で今もこうして交流が続いていた。
 彼らが移り住んだのは帝国の長城近く。帝国側は街での暮らしを提案したが、できるだけかつての村に近い環境で暮らしたいという彼らの希望を最終的には優先させたようだ。
 チアクの手紙には「帝国の冬は雪が少ない」とか「冬なのに花が咲いていて驚いた」とか帝国で暮らす日々の驚きが日記のように綴られている。
 今年の初め辺境部族と帝国の間で互いの文化に対する不干渉条約が結ばれたが、だからといって辺境部族の帝国移住に関して問題がなくなったわけではない。長い道のりの第一歩というところ。問題はまだまだ山積みで、辺境部族に対する偏見もそうそう消えない。
 どれも解決には時間がかかることだろう。
 チアクたちの移住も上手くいくかと心配であった。だがアメノハナの部族は羊の放牧、羊毛を使った織物や刺繍を生業とする穏やかな部族であること、そして彼らを受け入れた辺境近くの領主も良く言えば大らか悪く言えば放任主義であったこともあり大きな衝突もなく比較的平穏に過ごしているらしい。
 帝国としては現在辺境部族の間でも話題に乗らないような小さな部族にかまけてられないという内部事情もあるのだろうが……。
 ともかく手紙から伝わって来る元気な様子にユリアンは口元を綻ばせた。
「どうしたの、兄様? なんだか楽しそう」
 ユリアンの部屋に遊びに来ていた妹のエステルが窓際で手紙を読んでいた兄の側に寄る。
「お手紙? これは――チアクちゃんだ」
「正解。 良く分かったね」
「だって兄様にお手紙をくれる数少ない女の子だもの」
 冗談めかして笑うエステルも手紙の字で兄から聞いている辺境部族の少女だと分かったらしい。
 妹に何度目になるかわからない彼らの村の話をしながら、二人で手紙を読み進める。

『アメノハナはもう咲いたかな。皆がいなくなって寂しくないか少し心配です』

 と、書かれた一文がユリアンの目に留まる。
 手紙は「今年もお祭りの準備をしています」と続き、仮集落の様子や祭りの準備のことがにぎやかに書かれているのだが……。
 ユリアンは妹に気付かれないようにそっと目を伏せた。
 昨年、仲間と共に参加した彼らの春祭り。春の訪れを告げるアメノハナが咲いたことを喜び、陽気に歌い、踊る村人たち。
「これがアメノハナ?」
 チアクの手紙に描かれた小さな花をエステルが指す。
「そうだよ。淡い橙色のとても可愛らしい――」
「兄様ばかりずるい」
 母様がみたという花を私も見たい、とエステルが頬を膨らませる。
「そう言われてもなぁ」
 ユリアン自身、村の様子を見に行きたいという気持ちはあるが、なかなか踏ん切りがつかないでいた。師匠と共にしているアメノハナ移植の研究が上手くいっていないというのもある。それに部族の皆に村の様子を見に行くことを言うべきか否か悩んでもいるのだ。
 季節が一巡して帝国での新しい暮らしに慣れてきたころだろう。だというのに置いてきた花のことや村の事で部外者の自分が勝手に動いていいのか――と。
「私も行きたいな。 今アメノハナの開花の季節なんでしょ?」
「そうだね……。 うん、あの村に行こうか。師匠たちにも声をかけて――」
 中々言い出せなかった言葉を口にした。妹の可愛らしい我儘に背を押される形で。
 余計な希望かな――。アメノハナに案内してくれた少女の得意そうな笑顔を思い出す。
 でも……。
「望むなら連れて行きたいんだ。 チアクも……」
 チアクちゃんは甘いもの好きかな、ジュードさんのお店で色々買って来ないと。軽やかな足取りで扉を開けて出ていく妹にユリアンは「せっかちだなぁ」と苦笑を零した。

 ユリアン一行はチアクたちが暮らす仮集落に行き、長老たちに今回の主旨を説明した。主に説明していたのはユリアンの師匠エアルドフリス。ユリアンたちは子供と遊んだり、お土産を配ったりと大忙しだ。
 ユリアンが聞くまでもなくチアクは一緒に行きたい、と長老にせがみ「村の様子を確認して皆に報告をすること」と村を代表して送り出されることとなった。
 村に一泊し、馬を繋いだ場所へと向かう途中――。
 一晩一緒に過ごしてエステルとチアクはすっかり仲良しだ。前はユリアン、ユリアンと何かと後ろをついてきたのに少し寂しい、なんて思わなくもない。
 チアクはエステルに先日近くの町に行商をしに行った話や、帝国のお菓子はすごいなどと興奮気味に身振り手振りつきで話している。
 ギルドなどから入って来る情報によるとチアクたちの移住はかなりうまくいっている方だろう。タイミングも良かった。帝国に移り住んで一年も経たないうちに不干渉条約が結ばれたのだから。
 チアクを始めとして村人たちも帝国を嫌っている様子はない。村人たちが作る刺繍や織物が町に受け入れられているのも大きい。
 だからこそ――
「チアクちゃん、私のヴァニーユに一緒に乗りましょ」
「ユリアンは?」
「兄様は先頭。何かあったら真っ先に出て私達を守って貰わなくちゃ」
 自分たちの文化を捨てなくていい今、彼らも新天地で生きていこうと思い始めるかもしれない。
 俺は……。ユリアンはぎゅっと握った拳を見た。
「しっかりね、兄様。」
 振り返る妹の声も届いていない。
 もしかして「いつか帰る」という希望を押し付けてないだろうか――と。
「ユーリアーンさんっ」
 歌うように調子を付けた声とともに軽く背が叩かれる。今回の旅に同行した小隊仲間のジュードだ。
「兄様のこと頼りにしてるってさ」
「え……?!」
「まかせろだってー!」
「なに?! なにを?!」
 視線を行ったり来たりさせるユリアンの代わりにジュードはエステルたちへと手を振った。

 並んで歩くジュードとユリアン。
 口数が少ないユリアンへと顔を向ければ、何を考えているのだろうか、難しい顔をしている。
 皆でチアクの村を助けに行った頃から一年ほど。決して長い時間ではないが季節は一巡し、色々と変化が訪れた。辺境を含め自分たちを取り巻く情勢にも、そして人にも。
 跳ねるように一行の先頭を歩くチアクも変わった。
 ユリアンは気付いてないだろうが暫く会わないうちに髪も伸びて、可愛らしいリボンで髪を結ったり女の子らしくなっている。
 可愛いね、と一言言ってやればとても喜ぶだろうに。妹がいるのに、どうしてそういうとこダメなのかなぁ、なんて声には出さずにユリアンの横顔にぼやく。
 そういうユリアンも背が少し伸び、表情もすこしだけ大人びてきた。幼さが身を潜めてきた、というか。
 それが大人になる、ということかもしれないが、広くなった背にその横顔に度々影が落ちるようになったのが気がかりだ。
 今も眉間に刻まれる皺。
 彼の師匠もなにか考え込むときに似たような顔をしていたな、と思う。そんなところばかり師匠に似なくてもいいのに。
「エアルド先生、美味しいもの食べれる場所はありませんか?」
 馬に詰んだ荷物から地図を取り出し道中の水場や野営地を確認していたエアルドフリスのもとへエステルとチアクが駆け寄っている。「道中の美味しいもの沢山食べましょうね」と女の子同士楽しそうだ。
「美味しいもの、ねぇ。 この時期ならば鈴苺とか如何かね?」
「鈴苺のタルトとかジャムとか!」
 目を輝かせる女の子二人にエアルドフリスが笑う。
「長城から先は荒野だよ、チアクたちの村まで集落はないんだ」
 残念、と肩を落とす二人をエアルドフリスが「じゃあ、野営地に着いたら鈴苺を探しに行くかね。砂糖で煮ると宝石みたいな綺麗な赤になる」と慰めている。
「エシィ、チアク。 二人とも師匠を困らせない」
 お兄さんぶったユリアンが足早に三人の元へ。
「……」
 追いかけようとジュードは一歩、ニ歩踏み出し足を止めた。
 視界に映るのは一緒に地図を覗き込むエアルドフリスとユリアン。
 皆との距離は十歩も満たないだろう。だというのに――。
「なんだか……」
 遠い……な。と自分の手を見た。
 果たして俺は変わったのか、と――。
「ジュード、どうした? そろそろ出発だが」
 エアルドフリスがジュードに気付いて片手を挙げた。置いて行ってしまおうか、などと言いつつジュードが来るまで馬に乗ろうとはしない。
「置いて行ったら俺一人だけで美味しいもの食べに行っちゃうからね」
 我ながら単純だ、と思いながらジュードは駆けだした。

 チアクたちの村の周辺はまだ雪に覆われている。とはいえ、新しく降った様子はなく溶け掛けた雪の合間から新しい緑が顔を覗かせたり、そこかしこに春の足音が感じられるのだが。
 チロチロと雪解け水が流れる音に混じり時折動物の気配がする。まだ冷たい空気は、それでも真冬の頬を切るような冷たさと違い陽射しの温もりを宿していた。
 周辺の雑木林は以前来た時と大きな変化はない。歪虚も現れていないのだろう。荒らされた様子もない。
 あっちにはかくれんぼに使った大きな倒木があるの、とかあれはキツネの足跡とかはりきってエステルに説明していたチアクだが、村が近づくにつれ繋いだ手が強張って来る。村がどうなっているのか不安なのだろう、とエステルもしっかりと手を握りなおした。
 先行したユリアンとジュードが戻って来る。危険はなかった、と。だが二人とも微妙に表情が優れない。その理由は問うまでもない。
「とりあえず行ってみんことにはな。 皆に春の知らせを持って帰るんだろう?」
 久々の大雪で疲れたのなら俺が背負ってやろう、とエアルドフリスが揶揄えばチアクは「大丈夫だもん」とわざとユリアンたちが作った道ではなく雪を掻き分け進む。
 村も家と同じだ。人がいなくなれば荒れる。しかも厳しい冬を越したとなれば――。
 一行を迎えた村の門は既に形を成していない。左右に残る柱のおかげでかろうじてかつての入り口だとわかる程度。
 村の中も似たような有様だった。雪の重みでつぶれた小屋や倒れた柵――生活の音がしない村とはこんなにも寂しいものか、とエステルは思う。
「あそこ、犬を飼っていた家だよね」
 軒が崩れた家をジュードが指さす。以前村に滞在した際、小隊の仲間が自分の飼っている犬を思い出すのかはたまた酒豪の樵と馬が合ったのか犬と遊びに訪れていた家だ。
 とん、とエステルの体に走る軽い衝撃。チアクが身を寄せたのだ。
 なんと言葉を掛けていいのか、分からずエステルはチアクの肩を抱く。
「チアク――」
 エアルドフリスが雪の上膝をついてチアクの目線に高さを合わせた。
「おばあさんに、いや長老に村の様子を見ておいで、と言われたのを覚えているかな。 それに君たちは雪というものがどんなものかってのも知ってる。そうだな?」
 こくり、とエアルドフリスの言葉にチアクが頷く。
「良い子だ、じゃあ一緒に村を回るとするか」
 チアクの頭をエアルドフリスの大きな手が掻き回した。くしゃくしゃになった髪に手をやり少し悲しそうな顔をするチアク。それは村に来たときとはまた別の生き生きとした悲しそうな顔だ。
「エアさん、女の子の髪をそう気安く触っちゃだめだってば。 あとで結いなおしてあげるね」
 ジュードがエアの胸元を人差し指でぐいっと押す。
「小さなレディに対して失礼だったか。 すまんね、チアク嬢」
 片目を瞑るエアルドフリスに少し頬を赤らめたチアク。「その気持ちわかるよ」とエステルは心の声でチアクに語り掛けた。兄様の仲間は年頃の女の子ならどこかしら憧れるであろう魅力的な人ばかりだ。

 雪のせいで覚束ない足元。そろりそろりとエステルは進む。
「まだだよ、まだ目を開けちゃだめだからね」
「チアクちゃん、兄様、手を離さないでね」
 右をチアクの小さな手が、左は兄の手が支えてくれている。アメノハナの絨毯をみたらびっくりするから、と群生地に着くまで目を閉じていてとチアクに言われたのだ。
「兄様ってば、言っているそばから!」
「違うよ、前に低木があったから避けようとしただけで……」
 わいわい楽しそうに進む二人にジュードがエアルドフリスに小さく耳打ちをした。
「エステルさん、楽しそうだね」
 年齢に比してしっかり者というのがジュードの中でのエステルのイメージ。でもやはり妹なのだろう。兄に甘える姿に、今回はできるだけ兄と妹一緒にいさせてあげようとこそりとエアルドフリスに提案する。
「ユリアンも、中々に楽しそうだしな」
 ジュードの提案に頷きつつ、エアルドフリスは二人を見つめる目を眩しそうに細めた。部族を、家族を失った彼から見れば兄妹という関係は少しだけ羨ましくもある。
「もーいーよー!」
 漸くチアクのお許しがでてエステルは目を開けた。眩しい春の陽射しと共に目に飛び込んでくるのは優しい橙色の丸い花弁を持つ小さな花たち。
「この花が――……母様が見て、兄様が守った……」
 素朴な花だ。エステルの故郷の野原に春に咲く花々と比べても。とても小さくて素朴な。でもその淡い橙色が胸にじんわりと染みてくる。
 この地に春を告げる、というのがわかるほどに。
「アメノハナ……」
 花の香りを胸一杯に吸い込むように深く呼吸をした。肺を満たす雪解けの清々しい空気。
「ね、綺麗でしょう!!」
 誇らしげにチアクが胸を張る。
「えぇ、とても可愛くて温かい――」
「ユリアンたちが守ってくれたの」
 ありがとう、とチアクに言われたユリアンが照れたように鼻先を指で掻いた。
「だ〜か〜ら、もっと堂々としてればいいの」
 ――にも言われたでしょ、とジュードに小隊長の名前を出されたユリアンは「それは無理だって」と顔の前で手を大袈裟に振る。
 一行は今日は村に泊まる予定だ。宿はどこでも使える家を使ってくれ、と長老から許可を得ている。チアクたっての希望もありチアクと長老が暮らしていた家に泊まることにした。
 夕食の準備はユリアンとエステル。一緒に手伝うと言ってくれたチアクはジュードとエアルドフリスによって「長老たちにアメノハナが咲いていましたって伝えるために絵にしよう」と、アメノハナの群生地にスケッチに行っている。
「チアクちゃんも一緒に来て良かったね」
 最初こそ村の現状にチアクは驚いていたが、家の大部分に大きな被害がなかったこと、何よりアメノハナが咲いていたことですっかり元気を取り戻していた。
 何よりこれで皆に春が来たって教えられると喜ぶ姿は見ていて微笑ましい。
「うん……。 薬局で育てているアメノハナにさ……」
 妹ではなく視線は手元の皮をむいているジャガイモに向けたまま。
「花が咲いて種が実って、その種を薬局で育てて、成長した株をこの地に植えて、そして花が咲いたらなって思うんだ」
 いまだ薬局のアメノハナは蕾すらつけない。諦めるにはまだ早い、ということは知っている。何せ一年目なのだから。まだまだ試行錯誤する余地は沢山あった。
 願掛けに近いかな、と困ったように眉を下げれば妹は「知ってる、リアン兄様?」と干し肉を削る手を止めた。
「まずは願わないとなにも始まらないのよ」
 今回の旅だって私が願って実現したでしょ、と得意気に。
「そうだね。確かに――」
 エシィはすごいなぁ、と感心するユリアンはいつも置いていかれて寂しいという妹の気持ちに気付いた様子はない。でもそれでいいのだ、とエステルは思う。
 そっちのほうが兄様らしい、と。

 翌朝早く、エアルドフリスは誰も起こさないようにそっとベッドを抜け出して一人村を回った。
 静寂の中、ザクザクと半ば氷となった雪を踏みしめる音だけを友に。
 今回の旅の目的は現在リゼリオの薬局で育てているアメノハナの移植状況を村人たちへ伝えること、そして村の現状を調べそれを報告すること。
 昨夜のうちに壊れた家屋の具体的な数が状態など調べてメモにまとめている。
 エアルドフリスの感想としては思ったよりも被害が少ない、というところだろうか。元々雪深い地域だけあって基本的に家などは頑丈に作られているらしい。
 村人からできれば染物に使う薬草をいくつか持ってきてくれとも頼まれていたが、それは後で弟子にも協力してもらおう。
 足は自然とアメノハナの群生地へ。
 それにしても……大木に背を預けパイプを吹かす。
 ゆるゆると立ち上がる紫煙先に広がるアメノハナ。深い雪の下であっても枯れることなく雪を割り花咲かせる生命力。
 この花はこんなにも力に溢れているというのに。リゼリオの薬局で育てているアメノハナは根付きはしたがどれ一つ蕾がつかない。
 いや一冬越しただけでもたいしたものだ、と長老たちには驚かれたが。それだけではだめだ。
「気温の差か……。それとも土壌か――」
 照射時間、水の問題もある。この地とリゼリオではなにもかも違い過ぎる。
「大きな課題だ、な……」
 自ら望んで負った責だが――と、紫煙の消える先に向けていた視線を爪先へと転じた。
 誰に見られているわけでもない、というのに影で隠すように顔を伏せ苦い笑みを口の端に浮かべる。
「……代償行為かもしれん」
 救えなかった自分の部族の代わりに。
 故郷を祖霊を喪おうとしている彼らに力を貸したところで――
「俺の喪ったものは戻らんのに……」
 ありがとう、と深々と頭を下げる長老の姿。
「彼らの為、と言うのは――」
 不誠実だなあ、と内心を隠すかのような茶化した言葉は煙と共に消えた。
 アメノハナに喜ぶチアクの笑顔、彼らのために悩み真摯に向かい合おうとする弟子……。それに比べて自分と来たら。
 自分は赤き大地の民として今を生きると決め、自分は辺境と向き合おうと決意したというのに……。
 いまだどこか揺らぐ心、それを鎮めるように胸の半分のコインのペンダントへと手を触れる。
 これは彼に勇気をくれ、共に在ろうと誓う最愛の人との証だ。
「あぁ……。 そうだ」
 此処にはいない誰かに頷く。多分この村を一人で訪れていたら自分は本当に色々と考えてしまったことだろう。
 旅は道連れ、といおうか。共に旅してくれる仲間がいるお陰でだいぶ気が安らぐ。
「最後まで、この義務を果たそうと思うよ」
 自分は赤き大地の民として生きていくと決めたのだから。
 大木に預けた背をあげる、と後ろを振り向かずに声を掛けた。
「おはよう、ジュード。 そんなとこに座っていると風邪をひくのではないかね?」
 がさりと背後の茂みが音を立て、彼の愛しい人が顔を覗かせた。

 明け方目覚めると隣のベッドで寝ていたはずのエアルドフリスの姿が無かった。トイレにでも行ったのかとも思ったが中々帰ってこない。
 心配になって外套を羽織り彼を探しに外へ出る。
「うあっ……寒い!」
 ぎゅっと外套の前を手でしっかり握る。もう少し厚着をしてくれば良かったかもしれない。せめてマフラーとか……。ガチガチと鳴る奥歯。
 でも今更取りに戻るのも面倒だし、ユリアンたちを起こしたくもない。
「さてと、どこに行ったのかな?」
 彼の行きそうなところと言えば――と真新しい足跡がアメノハナ群生地へと向かっている。
 群生地手前でジュードは歩みを止めた。細かいところまではわからないが、風に乗って聞こえてくる探し人の声はどうにも邪魔をしてはいけないような雰囲気だったのだ。
「俺が風邪ひいたらつきっきりで看病してもらうから」
 聞こえないような小声で唇を尖らせ、雪から覗いている切株の上に膝を抱えて座る。少し尻が冷たいが我慢だ。
 エアルドフリスは本当に変わったと思う。多分良い意味で。辺境と向き合うと決めてから彼はどこか見え隠れしていた危うさがなくなり落ち着いたように思える。
 ジュードのことも前よりももっと大切にしてくれるようにもなった。
 それは嬉しい――。
「……。 いいや……」
 不意に浮かんできた感情に小さく頭を振る。そんな彼を隣で支えたいと自分は思った、それは紛れもない事実。
「でも……」
 細い声。少し風が吹けばかき消されそうな。なんて声を出しているんだ、と自分を叱咤したい気持ちに駆られたが、それでも浮かんだ気持ちは中々消えない。
「寂しい……かな」
 抱えた膝に頭を乗せて。変わった恋人が、友人が少し遠くにいってしまった気がして。自分ばかり置いて行かれているような気持ちになって――。
 言葉にしたら少し気持ちが軽くなった。
 知ってる?、と胸で揺れる半分のコインを握る。恋人との証のコインだ。振れていると彼と離れていてもその存在が近くにいるように感じられる。
 せめて一緒に過ごせる時間は大切にしたいんだ、と。
 同じ風景を見て、寄り添い合い、笑い合いたい――。分かち合いたい。共に過ごした時間を……。
「だから一人で物思いに耽ってる場合じゃなって……」
 勿論本気の言葉ではない。自身の想いに対する照れ隠しのようなものだ。だが声が聞こえたのか、気配を悟られたのか、はたまたコインの力か――。
「おはよう、ジュード。 そんなとこに座っていると風邪をひくのではないかね?」
 愛しい人の声が彼を呼んだ。
「大丈夫だよ、エアさんに温めてもらうから!」
 ジュードは彼の腕に半ば飛びつくように自分の腕を絡めた。

 朝食前にユリアン、エステル、チアクはユリアンが薬局から持ってきたアメノハナを植えに群生地へと向かう。
 三人ともエアルドフリスとジュードがいないことに気付いてはいたがそこには触れない。
 多分二人の関係を気付かれていないと思っているのはエアルドフリスだけだ。チアクですら「二人はとても仲良しさんなのね」と何かを察している。
 だが――
「あ……」
 アメノハナの群生地で五人の声が重なった。
「ユリアンたちも朝の散歩かね?」
 皆が気付いていることに気付いていない事実はいっそ奇跡じゃないかとエステルは思う。兄は見守る方針のようだが、正直なところいずれ誰かが指摘したほうが良いようにも思える、とチアクをみれば、少女はこの旅で一番の大人びた笑みで肩を竦めた。
 十にも満たない女の子に気を使われていますよ、先生!! エステルの心の声はきっと届くことはない。
「薬局から持ってきたアメノハナを此処に植えてみようかと思って」
 ユリアンが革袋から取り出した苗を掌に乗せた。
「あ、蕾がついてるよ!!」
 覗き込んだチアクが声をあげる。
「え……。 本当だ!!」
 持ってくるときに確認したときは蕾はなかった。多分昨日の夜もだ。やはり村の気候が合うのか、それとも水の問題か。ともかくアメノハナは小さな蕾をつけている。
 根っこを傷つけないように細心の注意を払ってアメノハナを群生地の端に植えた。
「俺たちが育てたアメノハナだよ、よろしくしてやって欲しいな」
 水をやって土を馴染ませる。蕾が先程より少しだけ膨らんだように見えた。
 蕾を付けたことに喜びしかなかったユリアンの心に急速に広がる不安。果たして同じ色の花が咲くのか――と。
 土は此処から持ち帰ったものを使っているが水と風が違う。
「もしも花の色が違ったら……」
 春の陽だまりのような色ではなかったら――……。それでもアメノハナと言えるのか……。
「リアン兄様?」
 心配そうに覗いこむエステルに「大丈夫」とユリアンはぎこちない笑みを見せる。
「花の色が変わってもいいじゃない」
 事も無げに妹が言い切った。
「でもアメノハナは春を呼ぶ花で、春の陽だまりのような色だからこそ……」
「それは環境に適応したその花の強さの証」
 ユリアンの言葉に被せるように言い切って「そうですよね、エアルド先生?」とエアルドフリスを見上げる。
「あぁ、それは生命の持つ力だ。 生命は常に生きることにひた向きなのさ」
「だからこそ、花は強く美しく。 ですよね、ジュードさん」
 今度はジュードに顔を向ける。
「守られるだけの存在じゃないってね」
 ジュードとエアルドフリス腕を組んだままだ。
「ユリアンの育てたアメノハナは何色の花が咲くの?」
 興味津々といった様子でチアクがしゃがみ込んで見つめている
 ユリアンは自分に向く仲間たちの視線にふっと肩の力を抜いて笑う。
 先祖代々の土地を離れ外の世界で暮らすようになったチアクたち。彼女たちの部族は外の世界に触れ、外の文化を知り、それを拒絶することなく、かといって自分たちの生き方を捨てることなく生きている。彼らは決して武勇に秀でた部族ではない。寧ろ戦闘においては弱者の部類に入るのだろう。
 だが彼らは決して弱くはない。
 アメノハナはそんな人たちの祖霊花なのだ。花の色が土地に合わせて変わる、でもアメノハナはアメノハナのまま。それは彼らの逞しさと強かさ、そのものだ。
 早く大きくなぁれ、チアクの御呪いが利いたのか、蕾はみるみる大きく膨らみそして――

 真っ白い花が咲く。

 それは始まりの色。無限の可能性を秘めた色だ……。

「いずれ……」
 薬局で育てた種が此処で花を咲かせたら――。昨夜妹に語った話。
 帰って来ていいって事かな、と。
 それはきっと外の世界とつながった、アメノハナの部族の新しい形ができた合図。
 風に揺れるアメノハナ。ここの風はいつも心地よい。
 いつか風向きが変わり、小隊の皆と別れることがあるかもしれない。
 例え師匠やジュードさんと離れたとしても――……。
 此処で同じ風景を見ていたことは変わらない。感じたことも、交わした言葉も何一つ変わらない。


「チアク……エシィも覚えておいて」
 この花の色を――。
 形は変わっても本質はきっと変わらない。
 例え道を違えても、共に過ごした時間はずっと自分の中に変わらずに――。
 彼らはずっと――……。

 風に身を任せるようにユリアンは手を広げた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1664/ユリアン/男/疾影士】
【ka0410/ジュード・エアハート/男/猟撃士】
【ka1856/エアルドフリス/男/魔術師】
【ka3783/エステル・クレティエ/女/魔術師】

【ゲストNPC/チアク/9歳/辺境部族の少女】

■ライターより
この度はご依頼頂きありがとうございます、桐崎です。

小さな旅の物語。
旅路で皆さんが何を思うのか――。
しんみりと、でも皆さんが仲良く旅している光景が伝わるでしょうか?

アメノハナの部族のお話をまた描くことができてとても楽しかったです。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
浪漫パーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2016年04月27日

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