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『月下乱舞、桜花乱舞 』
青霧 ノゾミka4377)&道元 ガンジka6005


 森が、死んでゆく。
 降り注ぐ月光の中で、葉は枯れ、花は萎れ、果実は腐り、枝も幹も萎びてゆく。
 死にゆく木々の陰で、動物たちもまた痩せ衰えた屍と化しつつあった。
 猪が、腐敗しながら干涸びて倒れ、乾いた腐臭を発している。
 萎びた木の枝に、経年劣化した剥製のような小型の物体がこびりついている。小鳥たちの、屍だ。
 大地からマテリアルを奪い、吸引し、森を死に至らしめつつあるものと、その少年は対峙していた。
「わかってんのか、てめえ……猪ってのはな、ご馳走なんだぜ。鍋はもちろん、焼いてもイケる。大根と一緒に角煮ってのも乙なもんだ」
 牙を剥きながら怒りを露わにする、その顔は幼い。豹あるいは狼の、幼獣を思わせる。
「小鳥はまあ、むしって焼くのが一番かな。俺なら骨ごとバリバリいける。口ん中でなあ、脳みそがプチュって出て来んのが最高なんだよ。わかるか? てめえ」
 小柄で細い身体には、しかし小型肉食獣のような剽悍さが漲っている。
 細く筋肉の締まった両腕は、辺境部族の描く獣のような、奇怪な紋様で彩られていた。刺青、であろうか。
 右手には、金属の爪が装着されていた。
 それを相手に向けながら、少年はなおも言う。
「もちろん肉だけじゃねえ。青物やキノコも生える、果物だって生る。森ってのはなあ、食いもんの塊なんだよ。それを、てめえ」
 死にゆく森の光景を見つめる、少年の瞳が、怒りの眼光を燃やした。
「食いもしねえのに殺すたぁ……許せねえ」
 マテリアルを貪り吸う。それは「食う」という行為ではない。この少年に言わせれば、そうなる。
 このような、おぞましい行為が、食事などであるはずがないのだ。
 月明かりの中、揺らめくように佇むその異形を、少年は睨み据えた。
 痩せこけた人型の何かに、汚れた包帯が巻き付いている。そんな姿をした怪物である。
 包帯の中身は、しかし単なる干涸びた屍ではない。
 物質か霊体かも判然としない、禍々しい何かが、骸骨のような人型を構成し、包帯をまとっているのだ。
 世界を蝕む闇の存在……ヴォイド。その中でも特に貪欲さで知られる、フェレライ属だ。
「てめえは道をお間違えだぜ……そう! 腐れ外道って奴だあ!」
 吸い尽くされ枯渇しかけた森のマテリアルが燃え上がるのを、少年は感じた。
 燃え上がる、その炎が、全身に流れ込んで来る。
 森が、最後の力を振り絞っている。森が、その力をくれる。森が自分に、仇討ちを望んでいる。
 少年は、そう感じた。
 小柄な細身が、見えざる炎を宿したまま、獣の速度で疾駆する。ミイラのような姿の、フェレライ属ヴォイドに向かってだ。
 包帯を巻かれた枯れ木のような腕を、ヴォイドはゆらりと動かした。
 それは、合図だった。
 人影が複数、いつの間にか少年の周囲に生じている。
 ボロをまとった、人間たち……いや、ボロ布のようになった皮膚と肉を骨にまとわりつかせた、死者の群れである。
 ヴォイドに殺された人々の、成れの果て。
 今や下級のヴォイドと化し、このミイラのようなフェレライ属に兵士として使役されている死者たちが、少年に群がって行く。腐った頬を引きちぎって牙を剥き、露出した指先の骨をカギ爪として振るい、少年を引き裂こうとする。
「食われもしねえのに殺されちまった連中か……!」
 そのような者たちに、してやれる事など1つしかない。
 少年はその場で、身を翻した。小柄な細身が、竜巻の如く回転する。
 右手に装着された爪が、赤く熱く発光しながら幾重にも弧を描いた。
 赤熱する斬撃が、下級ヴォイドの群れを薙ぎ払う。
 死者たちが、叩き斬られながら焼け焦げてゆく。半ば火葬された状態で、よろめいている。
 そこへ少年の細身が、猛回転を維持したまま襲いかかった。あまり長くない両脚が、左右立て続けに跳ね上がる。
「おぅら! おらおらおら!」
 竜巻のような連続回し蹴りが、火葬されかけの下級ヴォイドたちを直撃する。
 焼け焦げながらよろめいていた死者の群れが、片っ端から蹴り砕かれ、遺灰と化し、夜風に舞う。
 舞うように宙を泳ぐものが、もう1つあった。
 包帯だった。フェレライ属の身体から触手のように伸び、少年を絡め取ろうとする。
 渦巻く灰を蹴散らすように、少年は跳躍し、襲い来る包帯をかわした。
 入れ代わるように、何かが飛んで来た。
 炎の塊だった。小型の太陽を思わせる、火炎の球体。
 触手あるいは海藻の如くうねる包帯が、黒焦げになって崩れ消えた。
 それらの発生源であるフェレライを、火球が直撃している。
 小型の太陽が砕け散り、飛散した炎の波が下級ヴォイドたちを焼き払う。
 大量の遺灰が、熱風に舞い、渦を巻く。
 灰の渦の中心で、異形のものは佇んでいる。
 死肉か霊体か判然としないものが、骸骨のような細い人型を成しながら、シュルシュルと包帯に包まれてゆく。
 火球の直撃を受け、焼き砕かれつつも再生したのか。あるいは、そもそも最初から効いていないのか。
「手強いな……厄介な仕事に、なりそうだ」
 死にゆく森の、辛うじてまだ木々の生き残っている一角。
 その木立の中に、男はいつの間にか佇んでいた。
 20代半ば、と思われる黒衣の男。青い瞳が、夜闇の中で光を放ち、まるで鬼火のようでもある。
 形良い五指で、くるりと杖を弄びながら、その男は月明かりの中へと歩み出して来た。
 そして少年に声をかける。
「まさか同業者がいるとは思わなかったけどな……誰だか知らないが、一緒に戦おう。加勢するよ」
「引っ込んでなあ。こいつぁ俺の獲物だ」
「そう言うなよ。こっちも仕事で来てるんだ、何もしないわけには」
 男が、そこで言葉を切った。
 綺麗な顔に、怪訝そうな表情が浮かんでいる。青い瞳が、少年をじっと見つめる。
「君、もしかして……ガンジ? なのか?」
「あ? 何だてめえ……」
 少年の名は、確かに道元ガンジだ。
 だが名乗ったわけではない。ガンジは、こんな男など知らない……いや。
「……お前……もしかしてノゾミ……か?」
 青霧ノゾミ。
 その名を、ガンジは知っている。
 定かではない記憶の中に残る、それは数少ない名前の1つだった。


 道元ガンジが、いかなる人物であったのか、よく覚えているわけではない。
 少なくとも、こんな細くて小柄な少年ではなかった、ような気がする。
 だがこの少年は、間違いなくガンジだ。
 特に根拠もなく、青霧ノゾミは確信していた。
「ガンジ……生きてたのか」
 生存が危ぶまれるほどの、何がが起こった。そんな気がする。覚えてはいない。
「お前、やっぱりノゾミだよな!? 元気だったかよ、オイ!」
 下級ヴォイドが大して減った様子もなく群れている中、ガンジが呑気な声を発している。
「おめえも、やっぱこっちに来てたんだなあ。他にも案外いるかも知んねえな」
「こっち……つまり、あっちがあるって事だよな。やっぱり」
 クリムゾンウェストと呼ばれる「こっち」の世界。リアルブルーと呼ばれる「あっち」の世界。
 2つの世界が、存在するらしい。
「リアルブルーから来た人間が……俺たちの、他にも?」
「俺もいろんな事、忘れちまってる。何でここにいるのか、よくわかんねー。とりあえずハンターの仕事ってもんを始めてみた! 難しい話は抜きで行こうぜ!」
 嬉しげな声を発しながら、ガンジが竜巻のように躍動する。
 赤熱する爪が、旋風の如き蹴りが、群がり襲い来る死者たちを焦がし砕いて灰に変える。
 舞い散る遺灰を蹴散らして、蛇のようなものが複数、宙を泳いだ。
 何本もの包帯。それらが、ガンジの細い全身に巻きついてゆく。
 触手のような包帯たちが、少年の小柄な身体を幾重にも絡め捕え、包帯とは思えぬ力で宙に持ち上げる。
 空中でぐるぐる巻きに捕えられたまま、ガンジがなおも呑気な事を言う。
「さっ再会のお祝いによ、何かおごってくれよう」
「軽口を叩いてる場合か!」
 道元ガンジに食事をおごった事なら、あるかも知れない。
 そんな事を思いつつノゾミは念じ、杖を振り上げた。
 マテリアルが発現し、巨大な氷の塊を成した。
 矢あるいは投槍にも似た、鋭利な氷塊。
 それが飛び、突き刺さった。ガンジを捕える包帯の発生源である、フェレライ属の身体に。
 死肉か霊体か判然としない細い胴体が、巻き付いた包帯もろとも氷塊に穿たれ、凍り付いてゆく。
 ガンジを捕えていた包帯が、パリパリと凍結しながら折れて砕けた。解放された少年の細身が、ひらりと軽やかに着地する。
「ふ……気のせいかな。炎よりも氷の方が、しっくり来るような」
 呟きながらノゾミは、眼前でくるりと杖を回転させた。
 青い瞳が、鋭く冷たく発光する。
「まあ何でもいい。お前は……綺麗な、ダイヤモンドダストに変われ」
 凍り付いたフェレライが、キラキラと砕け散った。
 その破片が月光を受け、一瞬だけ宝石の粒のように輝き、消えてゆく。
 夜桜が散る光景に、似ていなくもなかった。
 親であり統率者であるヴォイドを失った死者たちが、糸の切れた人形のように倒れて動かなくなる。
 死体、本来の姿に戻りつつある。
「死せる森の、肥やし……か。いつか死ぬにしても、死に方はもう少し選びたいもんだ」
「……この森は、まだ死んじゃいねえよ」
 呟きながら、ガンジは目を閉じている。
「ちょっとだけ残ったマテリアルが、まだ燃えてる……ま、100年とか200年先になるだろうけど生き返るよ、この森は。くそったれなヴォイドが、また入り込まなきゃの話だけどな」
 ガンジは目を開いた。
「とにかく、ヴォイドって連中は許せねえ。あいつらがいるだけで、世の中から食い物がどんどん消えちまう……あのクソ野郎ども、俺はこの世に1匹も残しゃあしねえぜ」
「……戦う理由、みたいなものが見つかったんだなガンジは。羨ましいよ」
 新しい世界で、新しい自分を見つけるため。
 ノゾミがハンターとして活動を始めた理由を、無理やりにでも言葉にするとしたら、そうなるか。
 記憶を取り戻したい、という思いが自分にあるのかどうかは、よくわからない。
 ノゾミの足元で、パルムの幼生体が1匹、木陰からひょこっと現れた。
 ガンジが、身を屈めた。
「おお、歩くキノコじゃねえか。こいつら、たまに見かけるけど何なんだ?」
「情報を集めているらしい。俺も、よく知ってるわけじゃないけど」
「ふーん。ま、キノコにゃ違いあんめえ。毒もなさそうだし」
 言いつつガンジが、小さなパルムを両手で抱え上げる。
「薄く切って、炒めて塩胡椒かな。うん」
 じたばたと暴れるパルムを、ガンジが捕え運んで行こうとする。
「ノゾミにも食わしてやんよ。俺、サバイバル料理とか得意なんだぜー」
「……生き物を拾い食いするのは、やめなさい。飯おごってやるから」
 ノゾミは追いすがり、パルムを奪い返した。
「まったく……1つだけ、思い出したよ。ガンジは、確かに大食いだった」
「んー、俺も1つ何か思い出せそうなんだよなぁー。ノゾミって、いつも誰かと一緒だったような」
 ガンジが、夜空を見上げる。
「どんな奴だったっけなあ。ノゾミ1人っきりじゃ生きてけねえって思えるくらい、いつもそいつと一緒だったろ」
「……本当に大切な人なら、そのうち思い出せるさ」
 がたがたと怯え震え上がるパルムを抱き運びながら、ノゾミはそれだけを言った。


登場人物一覧
 ka4377 青霧ノゾミ(人間、男性、26歳 魔術師)
 ka6005 道元ガンジ(人間、男性、15歳 霊闘士) 
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2016年05月02日

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