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『生き延びろ、お料理教室 』
七ツ狩 ヨルjb2630)&ファウストjb8866


 料理とは、食材との戦いである。
 いつか読んだ料理の指南書に、そんなことが書いてあった。

 今、目の前の調理台には製菓用チョコの塊、砂糖、小麦粉などが置かれている。
 これをチョコレートケーキとして完成させるためには、全ての材料を倒して完全勝利を収める必要があるのだ。

 勝つために必要なものは何か。
 強さだ。

 強くなければ生き残れない。
 だから。


 コマンド:ガンガンいこうぜ

 結果:チョコケーキは炭になりました


「おかしいな……」
 指でつつくと脆くも崩れる真っ黒な塊を前に、七ツ狩 ヨル(jb2630)は僅かに眉を寄せつつ首を傾げた。
「これで勝てると思ったのに、なんでだろう」
 思い描いた完成図とは程遠い。
 原型すら留めていない。
「もっと強くならないと、だめなのかな……」
 しかし自宅にはこれ以上に火力の強いオーブンはない。
 と言うか、これ以上の火力を求めるならゴミ焼却場にでも行くしかないような気がする。
 だがレシピには「おうちで簡単!」と書かれていた。
 ということは、どこの家にもあるような調理器具で問題なく作れる筈だ。
 実際、相方はこのキッチンで何でも上手に作ってくれるではないか。
 なのに、何故こうなる。
 これはもう、自分の腕に何か問題があるとしか思えない。
 何が問題なのか、さっぱりわからないけれど。

 自分で考えてもわからないものは、他の誰かに訊いてみるしかないだろう。
 というわけで。


「ファウスト、料理教えて」
「それは構わんが……貴様何故そこから入る」
 ファウスト(jb8866)は、ますます白目の面積が増えたように思える三白眼で訪問者を見下ろした。
 人間の家には、いや種族や文化を問わず、家というものには玄関がある。
 玄関とはその家の顔であり、訪問者はまずそこで家人に出入りの許可を願うものだ。
 それをいきなりベランダに降り立って、窓ガラスをすり抜けて来るとは、変化球にも程がある。
「まったく、防犯対策もなにもあったものではないな」
 これではどんなに厳重に鍵を掛けたとしても、何の意味もない。
 この賃貸マンションも警備会社に管理を委託しているが、これでは何の意味もーー
 いや、あった。
 壁に取り付けたデバイスが赤いランプを点滅させ、警報を鳴らしている。
 通話モードにすると、スピーカーから警備員の声が響いた。
『お宅のベランダに不審者を発見しました、何かトラブルはーー』
「問題ない、我輩の友人だ……次からはきちんと玄関から入るように言っておく」
 全く悪びれた様子のないヨルにちらりと視線を投げて、ファウストは通話を切った。
「それで、具体的には何をどう教えればいいのだ」
「料理当番を任せてもらえるくらい、かな」
 ヨルと同居している本好きの悪魔は、大抵の料理なら文句も言わずに食べる筈だ。
 その彼でさえ避けようとする腕前とは、一体どれほどのものか。
 よせばいいのに、興味が湧いた。
「そろそろちゃんと覚えたいし、大事なひとには美味しいものを食べさせてあげたい、から」
 そんな健気なことを言われては、ますます協力したくなるではないかーーお爺ちゃん、こう見えても面倒見が良くてお人好しなんだから。
「よかろう。ではまず普段通りに、ひとりで何か作ってみろ」
 指導するには現状のレベルを把握しておくことが重要だ。
 決して怖いもの見たさではない。ない。
 こくりと頷き、ヨルは白いフリフリエプロンが付いたメイド服&ヘッドドレスに衣装チェンジ、靴まで揃えて勝負に出た。
 ヨルくん、形から入るタイプだったらしい。

 勝手知ったる他人の家、ヨルは遠慮の欠片もなく冷蔵庫を開ける。
「卵焼きでいいよね」
 パックごと取り出し、一個、二個、三個……
「待て、どれだけ大量に作るつもりだ」
「これ全部……一度にたくさん作ったほうが美味しいって聞いた」
「それはそうかもしれんが」
 軽く目眩を覚えたファウストは、こめかみを指で押さえながら溜息を吐いた。
 それは基本的に料理が出来る者が言うことであって、出来ないから教えろと言って来るレベルの者がそんな大量に作ってどうする。
「三個で止め……いや、四個目も既に割っているか」
 だが、そこで止めておいてくれ頼むから。
「じゃあ四個で」
 割った卵をボウルに入れて箸で掻き混ぜ、そこに市販の鰹出汁を適当に入れる。
 次に常に持ち歩いているカフェオレをーー
「待て、待て待て待て!」
「え?」
 どぼぼー。
「手遅れだったか……しかし何故、卵焼きにカフェオレなのだ」
「隠し味だけど」
 隠れてない。寧ろ卵より多い。
「……まあいい、好きなようにやってみろ」
 半ば諦め気味に傍観を決め込むファウスト。
 ボウルに入れた卵液(には見えない何か)を脇に置き、ヨルは綺麗に掃除の行き届いたコンロの前に立った。
「これ、あんまり好きじゃないな」
 IHのパネルを弄りながら呟く。
「火が見えないし、ちゃんと焼けてる気がしないんだよね」
 しかし他に熱源はなかった。
 仕方がないから目盛りを最強にセットして、油を引いたプライパンを置く。
 充分に熱したところで卵液(の名残を殆ど留めない何か)を投入。
 じゅわっと派手な音がしたのは一瞬だけだった。
「なかなか焼けないね」
 それはそうだろう、フライパンの中身はほぼ液体だ。
 焼くと言うより煮る、ジュウジュウよりもグツグツだ。
 それでも加熱によって水分が飛び始めれば、どうにか個体の様相を呈し始める、が。
 やはり、どうしても物足りない。
 もっと派手に、豪快に、フライパンの中で炎を踊らせるのが料理の醍醐味ではないのか。
「そうだ、あれをやれば……」
 戸棚からファウスト秘蔵の高級酒を引っ張り出し、その中身を惜しげもなくプライパンにぶちまける。
 そして何故か持っていたライターで火を付けーー

 ぼんっ!!

 フライパンを飛び出した炎は、ファイアワークスでも使ったのではないかと思えるほど奔放に跳ね、踊り、爆ぜる。
「知ってる? こういうのフランベって言うんだ」
「ああ、知っている」
 知ってはいるが、それは何か色々違うと言うか何をどこから突っ込めば良いんですかこれ。

 その時、またしても壁のデバイスから警報が鳴り響いた。
『お客様の部屋で急激な温度上昇と爆発音を確認しました、ご無事であればただちに退避をーー』
「いや、大丈夫だ」
 作動したスプリンクラーの水でずぶ濡れになりながら、ファウストが答える。
 色々と大丈夫ではない気はするが、とりあえず部屋は無事……うん、この水さえ拭き取れば、多分。

 モップだけでは足りず、バスタオルやらシーツやら家にある吸水性のありそうな素材をフル活用し、どうにか水の処理を終えた頃に、ファウストは思い出した。
「卵焼き(を作ろうとした筈の何か)はどうなった」
「これ」
 差し出されたフライパンを覗き込む。
 そこには何か、焦げ臭い匂いを放つ暗黒物質が鎮座していた。
「何だ、これは」
「卵焼き、だけど」
 正確には、それを目指した果てに辿り着いた最終形態。
 つまりラスボス。
「強敵だった」
「待て、貴様は一体何と戦っていたのだ」
 と言うか、何故に戦う必要が。
「本にそう書いてあったから、料理は戦いだって」
 炭になったということは、食べられることを拒否されたと解釈していいだろう。
 それはつまり、卵焼きに負けたということだ。
「倒すためには、もっと強くならないと」
「意味がわからん」
 静かに決意を燃やすヨルに、ファウストは心の中で頭を抱える。
 強くなってどうすると言うのだ、更に火力を上げるつもりか。
(「それではますます食えたものではなくなるだろうが」)
 しかし引き受けた以上は途中で放り出すわけにはいかない、例え成功への道筋が1ミリたりとも見いだせずとも。
 いや、それほど絶望的ではないのかもしれない。
 失敗の原因は大体わかったーー強火力崇拝主義と大量生産至上説、それにカフェオレ万能論だ。
 後は本人にそれを自覚させた上で、それが如何に「美味しい料理」への道を阻害しているかを説いてやればいい、筈……だと思いたい。
 そうだ、有機物に熱を加えればやがて炭になるのは道理。
 コーラがくず鉄になる不条理に比べれば、科学的に説明が付くだけまだマシではないか。


「では授業を始める」
 キッチンに立ったファウスト教授は、厳かに宣言した。
 調理台に並ぶのは、ボウルにハンドミキサー、ふるい、ゴムべら、ビーカーに試験管、乳鉢、ピペット、上皿天秤ーー
 待って、何が始まるの?
「料理とは、科学だ」
 え、そうなんだ?
「科学とは、客観的かつ正確なデータによって再現可能な現象を指す。正確な分量の素材と正確な手順、そして的確な環境設定、その全てが揃えば自ずと結果は予測通りのものとなるのだ」
 それは料理も同じこと、素材と分量、手順、そして環境ーー料理の場合はそれを火加減と置き換えても良いだろうが、その全てが正確に再現されるならば、失敗することは有り得ないのだ。
「貴様はその、ほぼ全てに於いて正確とは程遠い」
 分量は量らない、余計なものを入れる、火加減は常に最強。
 守っているのは手順くらいのものだろう。
「よって、貴様はまず何事に於いても正確を期するところから始めるべきなのだ」
 計量の正確さという点で、実験器具の右に出るものはない。
 料理用の計量カップやスプーンの中には誤差の範囲を超えて容量の違うものも平気で出回っていると聞く。
 それに、これは料理ではなく実験だと思えば、自ずと「正確に量らなければ」という意識も出て来るだろう、という期待も込めて。
「それで、何を作るの?」
「貴様が炭にしたというチョコレートケーキだ……我輩が教えられるのはザッハトルテだが」
 バレンタインのチョコケーキが炭化したまま終わりでは友人も浮かばれまい。
「わかった、頑張ってみる」

 そしてファウスト教授の監視、いや監修のもと、ヨルのチョコケーキリベンジ作戦が開始された。
 材料を正確に量り、粉をふるいにかけ、チョコを湯煎で溶かし、生地を混ぜーーここまでは順調。
「隠し味、入れていい?」
「カフェオレか」
 訊くまでもないだろうとは思ったが、念のために訊いてみる。
「そうだな、カカオとコーヒーは相性が良い、入れるのは構わんが……」
「わかってる、適量を入れれば良いんだよね」
「そうだーーいや待て、だから待て」
 その500ミリリットル入りのパックを開けて何をするつもりだ貴様。
「だがら、隠し味」
「隠し味というものは、隠れていてこそ意味があるのだ」
 そのパックを丸ごと入れたら、寧ろカフェオレが主役だろう。
「でも適量って、良いと思った量ってことだよね。俺にとっては、これが一番……」
 もしやこれは、料理の腕よりも味覚を何とかするべきだったのだろうか。
 しかし、それは一朝一夕に矯正が出来るものでもあるまい。
「わかった、だが今回は我慢してもらおう。独自の工夫を凝らすのは良いが、それも全ては基本が出来てからだ」
 そう、料理に限らず何かが出来ない勢は大抵ここが問題なのだ。
 基本をすっ飛ばして高度な技に挑戦しようとするから失敗するーーまあ、たまにはそれでミラクルが起きることも、ままあったりはするのだが。
「隠し味なら、せいぜい全体の1パーセント未満に留めておくのが無難だろう」
 この場合は5ミリリットル程度か。
「少ない」
「わかった、10ミリまでは許す」
 だがそれ以上はいかん、生地のバランスが崩れる。
「残ったのは、どうするの」
「飲めば良かろう」
「あ、そうか」
 残ったカフェオレを飲みながら、作業続行。
 生地を混ぜたら180度に熱したオーブンで35分ほど焼いてーー
「温度、低くない?」
 ファウスト家はビルトインタイプのガスオーブンで、コンロの下に鎮座している。
 その前にしゃがみ込んだヨルは、温度の目盛りを弄りたそうに手を出したり引っ込めたり、その合間にちらりと教授の顔を伺ってみたり。
「せっかく300度まであるのに、なんで全力出さないの」
 もしかして舐めプ?
「意味がわからん、全力とは何だ」
「力を出し惜しみしたら勝てないってこと」
「料理に勝つも負けるともなかろう」
「でも書いてあったんだ、料理は戦いだって」
 正確には、素材の持ち味を生かすも殺すも料理人の腕次第……だったかな。
「生かすとか、殺すとか……それってつまり、素材と戦うってことだよね。戦うなら、強くなきゃ……」
「それだ」
「え、どれ?」
「貴様は何か勘違いをしているようだ」
 ファウストは漸く腑に落ちたという顔で頷いた。
「たとえ料理が素材との戦いであったとしても、それは倒す為の戦いではない。生かすための戦いなのだ!」
 拳を握り、教授は熱弁をふるう。
「貴様は常に、相手を殺す為に戦って来たのか? 打ち負かすことが全てだと、本当にそう思っているのか?」
「そんなことない、けど」
 戦いは楽しい。
 必要なら倒すことも躊躇しない。
 でも近頃はーー
「倒すことだけが唯一の手段じゃない……強さにも色々あるし、強さが役に立たないことも、ある」
 それに気付いた。
「料理も同じだとは思わんか」
 生かすことが、素材との戦いにおける勝利の条件なのだ。
 殺してしまっては、そこでゲームオーバーになる。
「そうか、料理に強い力は必要ないんだ……」
「理解したようだな」
 それさえわかれば、後は問題ない……はずだ。たぶんきっと。

 約30分後、生地は期待通りーーいや、それ以上に綺麗に焼き上がった。
 後はジャムとブランデーで表面をコーティングして、溶かしたチョコを塗り、冷やしてトッピングを施せば完成だ。
「出来た……」
 焦げてないし、ちゃんとチョコの匂いがする。
 それに誰がどう見てもザッハトルテにしか見えない出来映えだ。
 でも味はどうだろう。
「味見しなくて、いいのかな」
「きちんとレシピ通りに作ったのだ、必要あるまい」
 現象の再現性こそが科学の神髄だ、原因と過程が同一ならば結果も必ず予測通りになる。
「持ち帰って、奴に食わせてやるといい」
 バレンタインには遅くなったが、きっと喜んでくれるだろう。
 それに、この基本がわかれば後はもう何を作らせても問題はない筈だ。
「食事当番、任せてもらえるかな」
「心配ならば、先ほどの卵焼きをもう一度作ってみるといい」
 大丈夫、今度は出来る。
 今度はーー

 ぼんっ!!

「貴様何をした!?」
 そう言われても、ヨルには全く覚えがなかった。
 分量はちゃんと量ったし、カフェオレインも我慢した。
 火加減は中火だから何も問題はない筈、なのに。
 では何が問題なのだと、ファウストは記憶を手繰り寄せてみる。
 先ほどのオーブンでの加熱と、このフライパンを使ったIHコンロでの加熱の違い。
 その時のヨルの立ち位置。
「そうか!」
 手だ。フライパンの柄を掴んでいる、この手が!
「え、なに」
「貴様オーブンからは距離を置いて座っていたな。そして今、この手はフライパンの柄を掴んでいる」
 ザッハトルテの生地は上手く焼け、卵焼きは爆発した。
 ここから導かれる結論はただひとつ。
「貴様はこの手から、魔力を送り込んでいるのだ!」
 恐らくは無意識に。
 魔力という燃料が追加されることでフライパンに伝わる熱量が爆発的に増大し、結果ーーこうなる。
「制御は出来んのか」
「わからない、使ってる意識もないし」
「ならば料理中は鍋やフライパンに手を触れぬことだ」
 解決法はこれしかあるまい。
「しかし、これはまだ仮説の段階だ。立証のためにもう一度作るぞ、今度は手を触れずにだ」
 ただ、その前にーー
 この惨状を何とかしなければ。

 再び水浸しになったキッチンに、三たびの警報が鳴り響いていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb2630/七ツ狩 ヨル/男性/外見年齢14歳/料理は爆発】
【jb8866/ファウスト/男性/外見年齢28歳/料理は科学】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

本日、ファウさんちには局所的に大雨洪水警報が発令されていたようです。
この後、ヨルくんは指導の通りに鍋やフライパンに手を触れない道を進むのか、それともオーブン料理を極めるのか、或いは克服しようと頑張ってみるのでしょうか……
でも大量生産至上説とカフェオレ万能論は、暫くしたら再び復活を遂げるような気がしてなりません(
彼がこの後どんな成長を遂げるのか、楽しみにしていますね。
浪漫パーティノベル -
STANZA クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年05月06日

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